このシリーズでは、持続可能な未来を志向する方々に、レンタルショップなどで手に入りやすい、オススメのドキュメンタリー映画を紹介します。
8月は「戦争を考える月」として戦争にまつわる重たい映画を2本お届けしまして、9月は明るい話題でもと思ったのですが、9月といえばまずやはり9.11を取り上げなければなりません。2001年の事件から今年で9年、ニューヨークのいわゆる「グランド・ゼロ」では現在、新しいビルが建設されている真っ最中です。新しい建物が建つことで悲劇は目に見えないものとなりますが、人々の記憶の中では生き続けるに違いないものですし、忘れてはならないものでもあります。
そこで、今回はその「9.11」と「アメリカ」について考える糧となりうる『ミリキタニの猫』を紹介します。
リンダ・ハッテンドーフ監督はニューヨークの街角で、韓国人のデリの軒先を借りて暮らす80歳になる日系人のジミー・ミリキタニと出会います。ジミーは第2次大戦中に強制収容所に収容された経験を持ち、その経験や出身地広島に落ちた原爆を絵に描き続けるアーティストだったのです。強制収容所や原爆のことをあまり知らなかったリンダ監督はジミーのもとに毎日通い、強制収容所でのことについて話し、それをカメラに記録していきます。
しかし、いつものようにカメラを回していたある日、高層ビルにジェット機が突っ込み、世界は変わってしまいます。そして、その事件によって吐き出された有害な煙はリンダとジミーの関係をも変えるのです。ジミーは今までは親切な韓国人店主に軒先を借りて夜露をしのぎ、昼間は公園などで絵を描いていたのですが、9.11による有害な煙はジミーの健康をさいなみ、リンダは自分の家で一時的に暮らすようジミーを説得します。
ジミーは頑固だけれど朗らかで堅苦しさはなく、自由奔放。リンダの家に世話になってもまったく遠慮というものを知らず、自分の創作に没頭するばかり。リンダはジミーのためにも社会保障の手続きを進めようとするものの、ジミーはこれを拒否します。その理由としてあるのは、ジミーの政府に対する不信感、アメリカ市民である自分を収容所に押し込み、市民権を奪った政府をそうやすやすと信用することはジミーにはできない。だからこそ、ジミーは市民権のないまま60年以上を独力で生きてきたのです。
それでもリンダはジミーのために市民権を回復させ、社会保障を受けられるように奔走します。リンダとその友人たちは本当にいい人たちで、多様な人々を受け入れるアメリカの寛容さを体現しているように見えます。しかし、ジミーを拒絶し、9.11の後にはアラブ人たちを差別し迫害したものアメリカ社会なのです。果たして、ジミーはそのアメリカを赦し、受け入れることができるのか、その課題はさまざまな問題をも孕むのです。
この映画の魅力はなんと言ってもジミー・ミリキタニという人間そのもの! 80歳にしてホームレスという苦難の人生を生きてきたはずの彼からあふれ出てくるバイタリティとクリエイティビティが半端無いのです!
ジミーをはじめとして、この作品で魅力的なのは人。人と人とがつながって社会となり、国家となるけれど、その過程のどこかで個人というものは薄れて行ってしまう。そのことが偏見や差別を生み、対立や争いを生む。大げさに言えば、そのように社会が非人間的になるのを防ぐ方策はあるのかをこの映画は探ろうとしているのです。
不寛容が生む悲劇を私たちは繰り返し目にしてきました。それを繰り返さないために何をすればいいか、それを考えるヒントをこの映画は与えてくれるかもしれません。