気候変動が今起きているのは明らかだ。ここで報告する気候変動は我々の意見ではなく、観測された事実である。その事実を受け止め、対処する必要がある。
気候変動はただの環境問題ではない。それは私たちの生活に関する問題だ。
6月16日、ホワイトハウスで、そんな緊迫感ただよう発言が繰り返された。
そこでは、大統領府科学技術政策室が新たにリリースした「地球規模気候変動が米国に与える影響報告書(Global Climate Change Impacts in the United States Report )」の説明会が開催されていた。
6月16日にホワイトハウスで開かれた説明会の模様
上記の発言をしたのは、米国マサチューセツ州にある ウッズホール海洋生物学研究所 (Marine Biological Laboratory)のJerry Melillo博士。報告書作成にあたり、NASAやEPAをはじめとする13の政府機関、国立研究所、大学などを代表する各分野の科学者から成る専門委員会において共同議長を務めた一人だ。
Melillo博士が自信をもって「気候変動は観測された事実である」と述べるだけあって、今回の報告書は、包括的で信頼性のある内容となっている。何しろ、1989年から気候変動の調査を続けてきた米国地球変動研究計画(USGCRP)やIPCC、その他の国際機関や国立機関の研究結果、そして米国の最新統計データを元に、10年の歳月をかけて作成された報告書なのだ。
なお、報告書の草案は、民主党および共和党によるレビューとパブリックコメント募集を経て最終版へと修正されており、政権交代などの政治的背景を考慮した政治的なメッセージを発するものではないとされている。
この報告書の内容について政治的プレッシャーは全く受けていない。この報告書は、科学的完全性を追及したものだ。
(Melillo博士)
では報告書の目的は何かというと、行政や企業、政策立案者、個人などに対して、意志決定のための情報を提供することだ。この目的を果たすため、気候変動が社会に与える影響を、地域別および分野別(水資源、農業、健康、交通など)に、分かりやすい文体で説明されている。また、そのような影響を最小限に抑えるための「選択肢」も盛り込まれている。
それではここで、この報告書に記載されている調査結果の主なポイントを挙げてみよう。
1. 世界規模で気温が上昇している
過去50年間で気温は世界規模で上昇している。その主な原因は人間の活動による温室効果ガス排出の増加である。
2. アメリカにおいて気候変動はすでに観測されており、今後も拡大する
アメリカ国内において、豪雨、気温上昇、海面上昇、急速な氷河の後退、永久凍土層の解凍、農作物の生育期の延長、河川の流れの変化、山火事の増加、害虫の繁殖増加などが観測されている。これらの現象は拡大が予想される。
3. 気候変動による影響はすでに観測されており、今後も拡大する
気候変動は、水資源、生態系、エネルギー産業、農業、交通、人々の健康などに影響を与えている。その影響は地域により異なる。影響度は気候変動の進行に伴い拡大が予想される。
4. 気候変動は水資源に影響を与える
地域によって影響は異なるものの、干ばつ、洪水、水質汚染は多くの地域で悪化が予想される。西部やアラスカにおいては、氷原の減少が水不足につながる恐れがある。
5. 気候変動は農作物や家畜の生産量に影響を与える
農業は気候変動への適応性は高いといわれているものの、気温上昇、極端な天候、ペスト増加、水不足、伝染病などによる農作物や家畜の生産量減少が予想される。
6. 気候変動により沿岸部でのリスクが増加する
海面上昇や高潮は沿岸部における土壌浸水や洪水のリスクを増加させる。沿岸部に位置する発電所や交通インフラなどはマイナス影響を受けやすい。
7. 気候変動は人々の健康を脅かす
気温上昇や極端な天候による体調不良、水や害虫を媒体とした伝染病の拡大などのマイナス影響が予想される。
8. 気候変動は社会・環境問題との相互作用によって影響度を増す
気候変動は、公害、人口増加、過度な資源消費、都市化などの社会・経済・環境問題によるマイナス影響度を拡大する。
9. 自然界には、後戻りできない「限界」がある
気候系や生態系は、氷河や永久凍土層の量、生物の種の多様性などにおける様々なバランスを保って存在している。気候変動のさらなる進行により、そのような自然界のバランスが崩れ、回復不可能となる限界を超え、観光業や漁業にマイナス影響を与えることが予想される。
10. 「いま」の選択と行動が、今後の気候変動の進行とその影響を左右する
温室効果ガスの排出量を削減することで、気候変動の加速度を抑えることができる。気候変動による影響は、適応によって抑えることができる。
気候変動の「軽減」と気候変動への「適応」
今回の報告書において、最後のポイントは特に重要視されている。説明会でも、気候変動の影響を抑えるための対策として、「mitigation(軽減)」と「adaptation(適応)」という言葉が何度か繰り返された。
報告書によると、従来通り温室効果ガスを大気中に排出し続ければ、アメリカにおける気温は今世紀末までに現在より摂氏約13度から20度も上昇する。では、排出量を削減できた場合はどうかというと、上昇率は低下するものの、現在より摂氏約7度から12度は気温が高くなると予測されている。
「行動するには遅すぎる」というほどの危機的状況ではないものの、今から排出量を削減しても、気候変動の進行は避けられないということだ。そこで、気候変動による影響を最小限に抑えるために、たとえば沿岸部の土地開発を避けたり、農地を移動したり、水利用を制限したり、という「適応」が必要になってくる。
もちろん、将来必要となる「適応」レベルは、今後の「軽減」対策によって異なる。今から温暖化ガスの排出量削減に取り組めば、適応の必要性は減ってくる。
報告書では、高排出レベルと低排出レベルのシナリオが比較されている。その分析結果を見れば、できるだけ早い段階で排出レベルを抑えることが環境面、社会面、そして経済面においても好ましいことが分かる。
日本の中期目標はこのままでいいの?
この報告書がリリースされたちょうど10日後、米下院本会議にて、「米クリーンエネルギー安全保障法案(American Clean Energy and Security Act)」が可決された。全米における温室効果ガスを2020年までに2005年比で20%削減、2050年までに83%削減するという目標が盛り込まれた法案だ。
日本では、6月10日に、麻生太郎首相が2020年までに2005年比で15%減という中期目標を表明した。%で表すと、アメリカと日本の目標値の差はあまり目立たないかもしれない。でも、実際の削減量を比較してみると、アメリカは約12億トン、日本は約2億トン(いずれも二酸化炭素換算)と、ずいぶん差がある。
今回の報告書の対象はアメリカだが、早急な気候変動対策が求められているのは、アメリカに限らない。
報告書の内容を踏まえて、日本も中期目標値の見直しをするべきではないだろうか。
Global Climate Change Impacts in the United States Reportをダウンロードする。