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県民200万人の行動変容を起こす。長野県「くらしふと信州」にみる、対話と共創によるゼロカーボン社会のつくりかた

[sponsored by くらしふと信州]

地球温暖化によって、世界各地で異常気象や気象災害が頻発する近年。気候変動を食い止めるために、二酸化炭素の排出量を実質ゼロにする、「ゼロカーボン(※1)」の動きは、もはや企業や行政だけでなく、私たちの暮らしにも密接に関わる課題です。長野県では2021年6月に「長野県ゼロカーボン戦略」を策定。2030年度までに国の目標値よりも高いCO2排出量60%の削減をしながら、2050年度までのCO2排出量実質ゼロ(2050ゼロカーボン)を目指すとして、2023年11月にはさらに具体的な工程表としての「ロードマップ」を作成しています。

くらしふと信州(正式名称:ゼロカーボン社会共創プラットフォーム)」は、こうした長野県のゼロカーボン戦略に呼応する形で立ち上がり、「対話」を通してさまざまな人々と学び、つながり、共創しながら県全体としてゼロカーボンを達成していくためのプラットフォームです。

2023年1月、JR長野駅から徒歩8分の善光寺に通じる門前の通りの一角に、「くらしふと信州」の拠点施設がオープンした

プラットフォームの取り組みを前進させているのは、「くらしふと信州運営ミーティング」です。ミーティングの運営メンバーは、飯田市役所ゼロカーボンシティ担当参事の田中克己(たなか・かつみ)さん(※2)、「NPO法人上田市民エネルギー」理事長の藤川まゆみ(ふじかわ・まゆみ)さん、信州大学人文学部准教授の茅野恒秀(ちの・つねひで)さん、「Hue-ish株式会社」代表取締役の神原沙耶(かんばら・さや)さん、「株式会社ふろしきや」代表取締役の田村英彦(たむら・ひでひこ)さん、「セイコーエプソン株式会社(以下、セイコーエプソン)」地球環境戦略推進室副室長の木村勝己(きむら・かつみ)さんの、計6名の運営メンバー。また、藤原智子(ふじわら・ともこ)さんをはじめとする長野県環境政策課の職員や、県地域おこし協力隊の北埜航太(きたの・こうた)さんもコーディネーターとして加わり、多彩な顔ぶれとなっています。

「200万人の長野県民の行動変容を促し、ゼロカーボンを達成する」という大きな目標を掲げながらも、一人ひとりの足元の暮らしからシフトすることで、真の意味での持続可能で豊かな暮らしを模索する「くらしふと信州」。そうした思想や哲学を体現したのが、2024年3月2日に長野市内で開催された「くらしふとカンファレンス」だったといいます。カンファレンスを通して感じたことや、見えてきた可能性について運営メンバーのみなさんにお話を聞きました。

(※1)地球温暖化の原因となる温室効果ガス(二酸化炭素など)の排出量を、森林などが吸収する量以下にすることで、温室効果ガスの実質的な排出量をゼロにすること。ゼロカーボンの実現のためには、再生可能エネルギーの導入や省エネの推進、インフラ整備などの整備により二酸化炭素の排出量を減らすことが必要とされる
(※2)2024年3月の取材時点での肩書き

(トップ写真:3月2日、くらしふとカンファレンスの終了時、企画運営に関わったメンバーたちの集合写真

ゼロカーボン達成に向けた高解像度のロードマップ

2019年10月、「令和元年東日本台風(台風19号)」によって、千曲川の堤防が決壊、多くの家屋が浸水するなど、長野県内各地に甚大な被害がありました。その後の調査からは、地球温暖化の影響で海水温が上昇したことで台風の勢力が衰えなかったこと、またそれによって降水量が増加したことが指摘されています。

これを受けて、2019年12月、長野県は都道府県として初めてとなる「気候非常事態宣言」を行い、2021年6月には2050年度のゼロカーボンを目指した2030年度までの行動計画となる「長野県ゼロカーボン戦略」を策定。数値目標では国よりも高い6割削減を目指していることから、全国的にも注目されています。

環境問題は、産業だけでなく、暮らしのありとあらゆる側面に関係するもの。長野県の庁内でも、環境部の中だけの課題とせず、全部局を横断した協力体制を整備してきたといいます。

「くらしふと信州」に構想段階から携わってきた長野県環境部環境政策課の藤原智子さん。長野市内にある「くらしふと信州」拠点には県庁の職員をはじめ、民間企業や地域の人たちも出入りしており、環境問題についてオープンに話せる場としても機能している

藤原さん 長野県では『長野県ゼロカーボン戦略』を策定するタイミングで、すべての部署を横断した『長野県ゼロカーボン戦略推進本部』を設置しました。『ゼロカーボンの達成は環境部だけの課題ではなく、全部署が一丁目一番地で取り組んでいくもの』という共通認識を持つことで、戦略の策定段階だけでなく、実行していく際にもゼロカーボンを意識しながら、施策づくりや予算確保を行っています。

また、この動きをさらに加速させるために作成したのが、2030年度までの具体的な達成目標やアクションをまとめた『長野県ゼロカーボン戦略ロードマップ』です。二酸化炭素の排出量を削減するために、各部局でどんなことがどれくらいできるか、足りないところがあればどの事業を重点分野とするかなど、現状と照らし合わせながら具体的に数字を積み上げ、2030年度目標を達成するためのシナリオを提示したものになります。ここまで詳細な目標設定をしている計画は他の自治体になく、日本初のロードマップでした。

長野県が2023年11月に発行した2030年度までの『長野県ゼロカーボン戦略ロードマップ』

「くらしふと信州」の立ち上げにつながる構想も「長野県ゼロカーボン戦略」から。当時を振り返って語るのは、「くらしふと信州」の運営メンバーのひとりで、「長野県ゼロカーボン戦略」の策定プロセスにも関わった茅野さんです。

茅野さん 『長野県ゼロカーボン戦略』の文書の中には、ゼロカーボンを推進する動きとして『長野県ゼロカーボン実現県民会議(仮称)を始動する』と書いてあります。肩書きを持っている人が有識者として組織を代表してゼロカーボンについて話すというような場ではなく、行動する全県民が参加できるようなプラットフォームにしたいというのは、既にこの頃から話していたような気がします。

お話する信州大学人文学部准教授の茅野恒秀さん(画面右上)。専門は環境社会学。運営チームが地理的に離れていることもあり、当日の取材はオンラインと対面でのハイブリッドで行われた

藤原さんが、米国での2年の出向期間を終えて、長野県環境部環境政策課に配属となったのもこの頃。藤原さんは海外から長野県を俯瞰的に眺める経験をしたことで、健康寿命を支える地域の発酵食や、自然資源が豊富な長野県にポテンシャルを感じていたといいます。

藤原さん 長野県には市町村が77あり、自治体数が日本で2番目に多い都道府県です。各市町村には多様な自然環境があり、そうした資源や気候をうまく活用しながら地場の産業を生み出してきました。こうした歴史をヒントにしながら、地域発のゼロカーボンを実現していくことができれば、世界に誇れるような事例となるのではないかと考えていました。

(※)2015年に開かれたCOP21(国連気候変動枠組条約第21回締約国会議)では、世界の気温上昇を産業革命前と比べて「2℃を十分下回り、できれば1.5℃に抑える」という目標が合意された(パリ協定)

「学ぶ・つながる・共創する」3つの循環で持続可能な暮らしへのシフトを目指す

ゼロカーボンを地域から実現するにはどのようなことができるのかを理解するには、まず、長野県の市町村にどのような資源があるのか、知る必要があります。藤原さんは、県内で環境問題に取り組む自治体や事業者を訪問しはじめました。その中で、長野県立大学の地域コーディネーターやライターとして南信エリアで活動していた北埜航太さんに、南信エリアでサステナビリティに取り組む企業やプレイヤーをめぐるツアーをコーディネートしてもらったといいます。

健康寿命が長く、自然資源が豊かな長野県。米国で生活していた頃から“発酵長寿”、“サステナブルNAGANO”というキーワードでゆくゆくは国内外に向けてもブランディングできるのではないかと考えていたという藤原さん

藤原さん 最初はサステナブルを学ぶというテーマで、北埜さんには南信エリアをはじめ、他にもさまざまな企業や地域おこし協力隊、事業者の人とつないでいただき、いろいろな人たちにどんなプラットフォームになったらいいのか壁打ちしていただきました。でも、県内を回りながらわかったのは、こんなに素敵な人たちや取り組みがあるのに、意外とプレーヤー同士つながっていないことでした。彼らの取り組みをもっと可視化できれば、それぞれの動きを知ることができるかもしれない。また、それを面的に発信すれば、きっと県外の人たちが見た時にも『長野県ってすごく面白い場所だな』と思ってもらえるのではないかと考えました。

出てきたキーワードは「共創プラットフォーム」。県内の取り組みを発信し、環境問題に関心のある人たちが自由に参画しながら、地域でプロジェクトを共創するための伴走を行うプラットフォームです。だいたいの構想が決まったところで、県で考えていることを外部のいろいろな立場の方に共有し、“一緒につくっていく”ために、オープンダイアログをすることにしました。

2022年3月に開かれた第一回のオープンダイアログでは、県知事をはじめ、産官学民、さまざまな分野の人たちが参加。全員が安心して対話できる場となるよう、肩書きではなく「さん」と呼ぶなど、雰囲気づくりにも細かに配慮した

藤原さん 共創をテーマにするのであれば、立ち上げのプロセスも共創していくことが大事だと感じていました。そのため、プロジェクトの細かな仕様や名前を決める前から『こんなことをやろうと思ってます』というのを、なるべく早くオープンにして、いろいろな人に関わっていただきました。

2022年4月以降は、オープンダイアログに参加した人たちに運営メンバーとして加わってもらいながら、構想をさらにブラッシュアップ。ワークショップなどを通して意見を集約しつつ、コンセプトやネーミングを決定していきました。

“くらしふと”は、日本語の「暮らし」と英語の「シフト」を組み合わせた造語。また、暮らしの足元を「ふと」立ち止まって見つめなおすという意味も込められている。人々に馴染みのある単語で、子どもからお年寄りまで誰でも発音しやすい言葉にすることを意識したという北埜さん

北埜さん ネーミングを考えるにあたっては、“共創プラットフォーム”だと少し硬い印象があるのと、何を目指していくのか方向を指し示すようなニュアンスがあるといいという前提が最初にありました。また、ゼロカーボンって新しいトレンドのように語られがちだと思うのですが、化石燃料の消費で二酸化炭素の排出量が増加したのは産業革命以降の話。歴史を遡れば日本の暮らしはもともとサステナブルだと、地域のフィールドワークから学びました。だからこそ、“ゼロカーボン”という新しい概念を取り入れて、暮らしや地域、社会を一気に変革していこうというよりも、それぞれの地域で長い年月をかけて育まれてきた、持続可能な暮らしを見つめ直しながら、新しいテクノロジーも取り入れて、ゼロカーボンな暮らしに緩やかに“シフト”していくというイメージがすごくしっくりきたんです。

もう一点、「暮らし」にフォーカスした背景としては、長野県では自分たちの暮らしを自分たちでつくっていくという意識が高いという県民性がありました。実は長野県には、太陽光、薪ストーブの普及率が全国トップの自治体があったり小水力発電所の数も全国でトップレベルです。長野県のビジョンも「確かな暮らしを守り、信州からゆたかな社会を創る」。そういった自治に対する意識や環境意識がもともと高い長野県だからこそ、大企業や行政が主導するトップダウン的なゼロカーボンシフトではなく、県民一人ひとりが暮らしからボトムアップで変えていく、自律分散的なスタイルこそが、長野県らしいゼロカーボンシフトのあり方ではないかと考えました。そういった背景を踏まえて、『くらしふと信州』というネーミングを提案しました。

地域ごとに独自の旗の掲げ方があっていい。旗のゆらめきは、信州に吹くゼロカーボンシフトという新しい風、旗の色は信州の土地と人の営みの歴史が折り重なって育まれてきた風土の多様性を表現している

「セイコーエプソン」の木村さんは、運営メンバーの一人として「くらしふと信州」の立ち上げに関わるなかで、対話や共創の大切さを身を持って感じているといいます。

木村さん 脱炭素に向けて一企業としてできる取り組みや成果は限られています。集まっている運営メンバーは、産官学連携で実際に脱炭素の活動を実践している人たちであり、メンバーとのディスカッションは、一緒に共創していけるような具体的なテーマの発掘や新たな思想、物事の考え方を学ぶ機会にもなっています。

個人・団体、教育機関、企業、行政など多様な主体が分野や世代を超えて「学ぶ・つながる・共創する」場であり、ゼロカーボンが達成される未来に向かって、豊かな自然と調和した信州らしい暮らしへとシフトしていくムーブメントの旗振り役。2022年9月より、「くらしふと信州」は本格的にスタートしました。

各地域の事例発信のほか、連携拠点の拡大や共催イベントなどの開催など、さまざまな企画を実施している

違いを乗り越え、200万の長野県民をエンゲージする

自分たちだからこそできる、ゼロカーボンシフトのあり方とは何か。数値上の脱炭素だけを追い求めるのではなく、こうした運動をきっかけに、豊かな自然と調和した信州らしい生活文化を見つめ直し、真の意味での持続可能な暮らしや地域をつくることはできないだろうか。
 
これらの問いに対する答えは、多くの人との対話をベースとした協働や共創なしには、なかなか見えてこないものでもあります。長年気候変動やゼロカーボンに対して取り組んできた人たちだけでなく、なかなか行動には至っていないけれど環境活動に関心がある人も一緒のテーブルにつく必要がある。「くらしふと信州」が共創プラットフォームと呼ばれる所以には、こうしたいろいろな立場の人が運営メンバーに集まっているという背景があります。

「多様な主体が共創関係を育んでいくためには、学びだけでなく対話が必要」という考え方は、初回のオープンダイアログ開催時から「くらしふと信州」のチームで大事にしてきたことでもある

茅野さん ゼロカーボンを達成するためには、何か正解を見つけてそれを教え込むというやり方だとおそらく浸透していかない。学びと対話がセットになることが重要で、学んで対話して腹落ちした人たちが、『よし、じゃあ、一緒にやってみようか』と、共創が始まる。共創とは一体なんだろうということを考えていたときに、そんな整理の仕方をしたんじゃないかなと思います。

ロードマップ事業を県民運動につなぐ。「くらしふと信州」が大事にしてきた対話の文化をオープンにし、さらに多くの主体を巻き込みながら、学び、つながり、共創の輪を広げていく場として構想をし始めたのが、「くらしふとカンファレンス」でした。しかし、業種や立場も違えば、環境問題への関わり方も異なる人たちが対話をするとあって、時としてお互いに腹落ちできないことも。

長年太陽光パネルの設置を行う活動を続けてきた藤川さんと(写真中央)と、関心はあるけれどあまり行動できてなかったという北埜さん(写真中央下)。立場は違っても、対話をやめず、徹底的に話しあった

北埜さん カンファレンスを開催する上で、脱炭素につながる数字上のインパクトを出せるようなカンファレンスにしていくという話と、関心を持つ人を増やして裾野を広げていくという、二つの目的をどういうふうに織り交ぜていくかを決めるのに、みんなでかなり議論を重ねました。

藤川さんや茅野さんは、もともとずっと環境の分野で活動されてきた方々ですが、僕自身は関心はあっても環境という分野になかなか関わってこれていませんでした。やっている人はすごくやってるからこそ、素人が口を出してはいけないんじゃないかとか、心理的なハードルがあって。それでも、関心を持つ人の数が増えないことには、これ以上の広がりはありません。多様性があるからこそ、いい意味でお互いに綱引きをすることができ、違いを超えて本当に大切なポイントがどこなのかを探りあえるのだと思います。

2023年秋、運営チーム全員が「くらしふと信州」の拠点に集まり、改めて「くらしふと信州」の存在意義はどんなものか、そのために「くらしふとカンファレンス」ではどのような場になったらいいのか、メンバー同士が言葉を尽くして対話しました。そのなかで、全員の足並みを揃えるきっかけをつくったのが茅野さんを中心として出てきた「200万人の長野県民とエンゲージする(※3)」という言葉でした。

「200万県民」というキーワードは、「くらしふとカンファレンス」の冒頭の茅野さんのキーノートセッションの中でもシェアされた

茅野さん “200万人”というのは、“長野県民による長野県民のための”という意味でもあり、ひいては“地球のための”という意味でもあります。あえてどんな解釈でもできるような言い方にとどめておいたのは、その言葉を聞いた人たちがそこから先を自ら想像できるようにするため。だとすると、一人ひとりに響かないといけないということで、「くらしふと信州」の使命は、『200万人の長野県民とエンゲージ(※)する』ことだよね、と、運営メンバーと方向性を共有できました。

ゼロカーボンの実現という未来の目標に向かって、もう一段解像度を高く「200万人の行動変容を起こす」というスローガンを設定することは、カンファレンスの運営だけでなく、「くらしふと信州」の次の段階に向けたアクションを考える上でも、必要なステップだったと振り返るみなさん。運営チームとして、大きく前に踏み出す原動力となりました。

(※3)engage: 英語で、「深く関係を持つ、引き込む、参加させる」などの意味がある動詞

プロセス自体が共創。カンファレンスで起きたこと

ビジョンやミッションが共有されてさえいれば、そこへの辿り着き方は人それぞれ、多様であっていい。当初は二転三転していたというカンファレンスの企画も最終的には田村さんの提案で、運営メンバーがそれぞれ自分の興味関心や現在の課題感などに合わせて企画を立ち上げることに。

藤川さん 本当に当日までどういう企画で、どういう全体像なのかわからないまま参加したところもありましたが、『それぞれに考え方が違ったとしても、重なりあうところがあるんだ』という事実をお互いに確認できたような。まさにカンファレンスを立ち上げるプロセス自体が共創。『くらしふと信州』としても象徴的な出来事だったと思います。

藤川さんは、長野県の住宅の屋根に太陽光パネルを設置する動きをさらに加速させるための、「すべての屋根に太陽光を!ゼロカーボンを広めるメッセージのつくり方」というタイトルで分科会を実施しました。

分科会1のテーマは「ムーブメントを生み出す伝え方」。「人は事実を伝えるだけでは動かない。その事実が聞き手にとってどんな“意味”を持つのかというところまで考えて発信をしていくべき」など、“伝える”と“伝わる”の違いを説いた

藤川さん 太陽光パネルを題材にしましたが、実際にはみんなの内発的な行動変容をどうやって起こすかのセオリー(原理原則)をみんなで共有しましょうという内容のセッションでした。ゲストに呼んだ砥川直大(とがわなおひろ)さんは、広告業界でクリエイティブディレクターとして活躍する、いわゆるゼロカーボンの専門家ではない方ですが、このセオリーはどの分野でも使える汎用性の高いものです。示唆に富み、参加された方もすぐに実践できるような学びが多かったのではないでしょうか。

田村さんは、「幸福度と脱炭素、両輪駆動のまちづくり」というタイトルで分科会を実施。回が終わって参加者から言われた一言が印象的だったと振り返ります。

普段は長野県千曲市でワーケーションプログラムなどを通じて異業種の人たちや地域と企業など、多数の共創プロジェクトに関わっている田村さん(写真左)。「まちづくりと共創」というテーマで分科会を開催した

田村さん 参加者のひとりが、いい意味で『こんなにゆるいゼロカーボンのイベント初めて』と言ってくださったんですよね。ゆるいとは、つまり、自分の言いたいことが言えるような雰囲気がつくれたということだと思います。カンファレンスを開催する前に自分が実現したいと思っていたことだったので、やることができてよかったと思います。

分科会3では、飯田市の田中さんが企画した「自治体から挑戦する地域密着型ゼロカーボン」をテーマに、「エネルギー自立地域づくり」に関して、現場の知見がシェアされました。

北海道や小布施町、生坂村の事例のほか、長野県で進むPPA(Power Purchase Agreement:電力販売契約)の説明など、各地域に応用ができる具体的な知見やスキームがシェアされた

田中さん 僕らも飯田市の環境文化都市実現のためのプラットフォーム『うごくる。』として活動してきたなかで、どうしてもマンパワーの問題で飯田市の外まで広がっていかないことに課題を感じてきました。カンファレンスには非常に感度や熱量の高い人たちが来ていて、参加者と主催者たちによる双方向のコミュニケーションが実現できたことは、私たちにとってもすごく励みになりました。

終始熱気に包まれていた「くらしふとカンファレンス」。オンラインでの参加者を合わせて、延べで約200名が参加し、大盛況のうちに幕引きとなりました。アンケート回答者のうち、約40%は口コミから参加に至っており、カンファレンスや「くらしふと信州」の趣旨がいろいろな人に共鳴し、ゼロカーボンを実践する中心層ではない人たちにも届いたイベントだったことが伺えます。

運営メンバーの神原さんは、カンファレンスを通じてご自身の変化を感じたといいます。

お話する神原さん(写真中央左)。東京都の銀座を活動拠点に都市部と長野県の地域を繋ぎ、関係人口を創出する事業を行っている

神原さん 私は、ゼロカーボン初心者の立場として『くらしふと信州』に参加させてもらっていました。これまで、ゼロカーボンと聞くとプラスチック製品を一切使わないで暮らさなければならないとか、今の生活の何かを捨てて、今より不便な暮らしをしなければならないというような印象があったんです。それを行うことで自分にとってどういいのかをあまりイメージできず、ライフスタイルを移行することを重たいものだと感じていました。

ですが、カンファレンスを通じて、ゼロカーボンど真ん中ではない分野にも関わらず、暮らしや環境を考えて事業運営されている人たちに出会った時に、意外と私がやっていることの延長線上にも環境課題を解決する未来があるのではと思えたんです。今は、『どこまで効果的かはわからないけれど、できることをやってみるか』みたいな感じ。いい意味で、すごく気軽なものとして捉えられるようになりました。

たとえ現時点では行動ができていなくても、ゼロカーボンについて詳しいことを知らなくても発言していい場。神原さんが担当した「越境/共創ピッチA」は、ゆっくりと時間をかけながら対話することで、理解が深まっていくという、神原さんが「くらしふと信州」を通して体験してきたことを、体現するような場になったといいます。

越境/共創ピッチAでは椅子の並びを急遽車座に変更。雰囲気づくりを大事しながら徐々に場を温め、予定にはなかったが参加者全員がピッチをする流れとなって会場のボルテージも最高潮に

神原さん ファシリテーターとしてご一緒させていただいた田中信一郎(たなかしんいちろう)さんが参加者の方にマイクを回していくと、感想やゼロカーボンに対して取り組んでいること、こういう応援をしてほしいといった話も出てきました。その光景をみた時に、誰だって思っていることはあるし、舞台に立ちさえすれば、話したいことは溢れてくるんだと実感しました。そして、『それをみんなが聞いてくれる場がここにある』ということの大切さも再確認しました。

カンファレンス当日の様子をそれぞれグラフィック・レコーディングしたもの

また、運営チームにとって、カンファレンスの経験は共通の体験や言語をつくる上でも大きく寄与したといいます。

カンファレンスを経て、真ん中でゼロカーボンに取り組むコア層だけでなく、周辺の関心層にいる人を巻き込む重要性もチームで共有できたという藤原さん(写真右)と北埜さん(写真左)

藤原さん 抽象論で話をする場合、共通の体験がなければみんなこれまでの経験を引き出しに考えるので、思い浮かべることや印象が全員異なります。それが、カンファレンスを経験したことで、個別具体で共通の顔が浮かぶようになったんです。考え方もやっていることも異なる立場のメンバーがコモングラウンド(共有基盤)を見つけるとき、抽象的な表現に逃げず、『この人がいるから、こうしたほうがいい』というみんなが共通して思い描けるような具体的なイメージや体験を持つことの大切さを実感しました。

特定少数から特定多数へ。共に変容しながらゼロカーボンの裾野を広げる

カンファレンスを終えて、現在「くらしふと信州」が注目しているのは、活動や思いに共感し、共創の輪を一緒に広げていく“アンバサダー”と呼ばれる人たちです。

カンファレンスの登壇者の一人、砥川直大さんはゼロカーボンの裾野を広げていくには「イノベーター理論」の考え方が重要という指摘をされました。

アメリカ・スタンフォード大学の教授エベレット・M・ロジャースが著書『イノベーション普及学』のなかで提唱した「イノベーター理論」では、生活者を5つの層に分けて「特定の市場において新しい製品やサービス、ライフスタイルがどう浸透してくか」を説明しています。最初の16%を占めるイノベーターやアーリーアダプターとなる層を上手くエンゲージしていくことで、選択に慎重なアーリーマジョリティ以降の人の不安が払拭され、もっと大きな動きとなって行動変容が進み、最終的に社会全体の変容につながっていくというもの。
「くらしふと信州」では、こうしたイノベーターやアーリーアダプターとなってくれるような人たちを“アンバサダー”と名付け、このような存在の人が増えていってほしいといいます。

エベレット・M・ロジャース教授(Everett M. Rogers)によるイノベーター理論(“イノベーター理論をわかりやすく解説!【事例あり】”, 東大IPC. 2022-04-15, https://www.utokyo-ipc.co.jp/column/innovation-theory/,
URL, (参照: 2024-03-28))

その時に足がかりとなるのは、カンファレンスを開催したことで、直接会って話したりした、顔が見えてきた人たちです。

藤原さん 私たちは特定少数から特定中数、さらに特定多数と、顔が見える人の数をいかに増やせるかということをよく話しています。『カンファレンスにいたあの企業さんに、この自治体に関わってもらいたい』とか、『地域おこし協力隊のあの人が自分の地域でゼロカーボンの事業をやってくれたら嬉しい』とか。共通ではなくて全部違うんですが、おそらく200万県民のゼロカーボンを考える上では、この前のカンファレンスに集まった一人ひとりの行動変容を顔が見える形で応援できたら、その先につながっていくような気がします。

カンファレンスで行われた越境/共創ピッチBでは、エネルギー自立地域マッチングとして、エネルギー自立地域を目指す市町村が、参加企業とマッチングするためのピッチが行われ、会場は熱気に包まれた

アンバサダーを通じた行動変容の広がりは、伝えたり、問いを投げかけたり、自由に対話をしていくことで、自分と他者が共に変容していくプロセス。また、当事者意識を持つ人が増えることで、ゼロカーボン自体の裾野も広がっていくかもしれません。

北埜さん ゼロカーボンは気候変動にいかに対処するかという文脈で語られることが多かったと思うのですが、そうすると気候変動に思い入れがある人しか参加できないし、自分ごとになっていきづらい。個人的にはもっといろいろな語られかたがあっていいと思うんです。『外からエネルギーを買うのではなく地域で発電することで、結果的にお金が地域に流れていくから、地域活性化にもつながる』とか、『森や生物多様性を守るために、ゼロカーボンを上手く取り入れていくこともできるよね』とか。切り口の数だけ内発的な動機があると思います。

自分の関心領域を「ゼロカーボン」に少しずつ手繰り寄せることで、全ての人にとって豊かな社会が実現する(「くらしふとカンファレンス」茅野さんのプレゼンテーション資料から抜粋)

2015年6月に実施された「世界各国の地球温暖化に対する意識調査」(※4)。「あなたにとって気候変動対策とはどのようなものですか?」という内容の問いに対して、日本で「多くの場合、生活の質を高めるものである」と答えた人は17%にとどまり(世界平均は66.24%)、2021年9月に米シンクタンクが行った調査でも、「気候危機対策のために自分の生活を変えてもいい」人が17の対象国の中で最下位という結果に(※5)。とりわけ日本では、多くの人にとって、「ゼロカーボンや気候変動対策は、自分の暮らしのなかで何かを手放したり、我慢するもの」というイメージがあるようです。

しかし、ゼロカーボンに向かって自分の暮らしをゆっくりでもシフトさせていくことは、新たな豊かさに向けていろいろな選択肢を手にできるということでもあります。地元の魅力を発掘したり、自然豊かな美しい景観が維持されたり、新たな雇用が生まれたり、公共交通機関で行けるところが増えたりする。ゼロカーボンの実現によって本当に恩恵がもたらされるのは、地球環境だけでなく、そこに暮らす自分自身や周囲の大切な人たちです。

多様な人たちが、多様なまま、自分らしく生きていくことと、ゼロカーボンを実現していくこと。その両輪で動いていくことが、真の意味での持続可能な未来につながるのではないでしょうか。

「自分にも何かできることがあるかもしれない。」そう思ったみなさんは、もうすでにアンバサダーです。暮らしの足元を見つめ直し、今日からでも始められる暮らしのゼロカーボンシフトを一緒にやっていきませんか。アンバサダー人材になりうるみなさんと出会えることを楽しみにしながら、「くらしふと信州」は今日も旗を振っています。

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らしふとカンファレンス後の懇親会にも多くの方が参加し、フードやドリンクを片手にさらに対話と関係が深まる時間に

(※4)2015年6月に実施された世界市民会議(World Wide Views on Climate and Energy)より
(※5)2021年9月に実施された気候危機や地球温暖化対策について意識調査(Pew Research Center Official Web Site, September 14th, 2021)より

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(撮影:山田智大)
(編集:増村江利子)