野口さん(左)と代表の川口加奈さん(右)
「まさか自分がホームレスになるわけがない・・・」
きっと、多くの方はそう思っているのではないでしょうか? ところが、実際にはふとしたきっかけから仕事を失い、家を失い路上生活を送らなければならなくなるということは誰の身の上に起きる可能性があるのです。
そうなる前に相談できるセーフティネットを整え、また、ホームレス状態から脱出したい人たちの自立支援を行っているのが「NPO法人Homedoor」。「誰もが何度でもやり直せる社会」を目指しています。
Homedoorの中心となる事業が、シェアサイクルサービスの「HUBchari」です。
ホームレス状態は抜け出たものの、仕事を見つけることが難しい”おっちゃん”たちに自転車修理の技術を活かした働く場所をつくること。そして街を移動する人たちにとって魅力的なツールであるシェアサイクルを街に導入すること。
学生時代にHUBchariを立ち上げた川口加奈さんについては、greenz.jpでもたびたび取り上げてきました。
今回は、川口さんだけでなく、Homedoorとの出会いを通じて路上生活から抜け出し、現在は運営スタッフとしても活躍している野口さんにもインタビュー。また、Homedoorの新プロジェクト「&(アンド)ハウス」のオープンとその役割についてもご紹介します。
「HUBchari」のステーションで自転車を修理する“おっちゃん”
ある日、突然に仕事と家がなくなった
さかのぼること10数年前。野口さんはある企業の正社員として働いていました。ところが不景気のあおりを受け、突然解雇に。さらに社員寮に住んでいたため仕事と家の両方を失ってしまいました。
しばらくは、給料の残金で暮らしていましたが、それも尽きて路上生活となりました。
野口さん 当時は世の中の景気も悪く、ハローワークに行っても「本日は紹介できる仕事がありません」という表示が毎日出ていたのを覚えています。
1500人程度の受け入れが可能なシェルターがありまして、そこに泊まろうと3時間並んでも、自分の前で打ち切られることもよくありました。
そんな時は、ホームレスの人向けの炊き出しがあり、最低限の食事をとることはできたそう。ただ、「このままではダメだ」と野口さんは思いました。
野口さん 毎日、全く発展性がないんです。今日、どこで炊き出しがあるという話は聞こえてきても、仕事の話がほとんど聞こえてきませんでした。
空き缶を集めて業者に買い取ってもらうにしてもコツがあります。そうした仕事の情報がありませんねん。それでも、このままでは自分がくさってしまうと思って仕事を探し続けました。
しかし、過酷な路上生活の中で、入退院を繰り返すようになり、生活保護制度を利用してなんとか家は借りれたものの、なかなか仕事がみつかりません。そんなとき、仕事の情報を持っている仲間と知り合い、HUBchariと出会います。
HUBchariは、ホームレスの方々が得意とする自転車メンテナンスの技術を活かしたシェアサイクルサービス。現在のところ、大阪市内で7つの拠点があります(相互乗入れ拠点を含めると18拠点)。
「どこで借りても、どこで返してもいい」レンタサイクルの進化版で、運営はホームレスの方や、ホームレス経験のある生活保護を受けている方々が行い、中間的就労の場として機能。今までに59名の方が働き、32名の方が次の仕事を見つけました。
現在、大阪ガスの寄付プログラム「Social Design 50」では、古くなった自転車を買い換えるための資金を集めようと、広く応援を集めているところです。
「HUBchari」は市民の交通手段に加えて、外国人観光客の利用も増えています
夢をつづった「野口ノート」
川口さんは、野口さんと出会ったときのことをこう振り返ります。
川口さん その頃の野口さんは、怪我で入院生活を余儀なくされたために、履歴書に空白ができていたんです。5.6ヶ月も働いていないとなると企業でも雇用してもらえなくなってしまいます。
野口さんは特に、ホームレス状態も長かったのでますます難しかった。そこで、空白をなくし、次の仕事が見つかりやすくなるように、中間支援をしているHomedoorで働いてもらうことにしました。
HUBchariで働き始めた野口さんに、その後大きな変化が生まれていきます。
ある日、仕事に出かけた野口さんが事務所に忘れていったノートがありました。そこには日々のことを書きとめたなかに混じって、「ホームレス問題を解決したい」という夢が書かれていたのです。
元当事者でありながら、「同じ悩みを抱える人を救いたい」と思っている野口さんの想いを知った川口さんは、一緒にHomedoorの運営をしていく放置自転車対策の現場リーダーをお願いすることに。
相談できる仲間の存在が一番大きい
野口さん 15年前の自分に戻れるとしたら、自分に対して「あほやろお前! もっといろいろできることがあるで」と言いたいです(笑)
当時は、相談できる人がたくさんいることも、対処法があることも知らなかったから。経験がふえた今ならアドバイスできることが山ほどあります。
だから昔の自分と同じような境遇で困っている人の相談に乗って、ホームレスになってしまうのを防ぎたい。ホームレス状態から脱出するのを手伝いたいと思っています。
現在では野口さんを含め4名の現場リーダーが約50名のメンバーを束ね、放置自転車対策にあたっていて、ある地域では、60%もの放置自転車が減ったという成果を挙げています。
また、野口さんは生活相談をかねた夜回りにも定期的に参加し、ホームレスの経験者であることを活かした自立へのアドバイスもするようになりました。
あたらしい拠点「&(アンド)ハウス」は「安堵ハウス」
順調に事業が広がっているHomedoor。この3月には事務所を引っ越し、一般の方からのご寄付を募って、「&(アンド)ハウス」という新しいスペースを開設しました。路上生活のストレスや仕事の疲れを少しでも癒やせる場所をつくるためです。
Homedoorでは、路上から脱出したいと思っている多くの方が相談に訪れます。相談者の状況に応じて、生活保護などの公的制度の利用を勧め、家を確保したあとで仕事の提供を行ってきました。
しかし、生活保護受給者へのバッシングがきつくなっている最近では、生活保護の利用を頑なに拒む人も増えています。そういった方は、自力で路上から脱出したいと、就労支援事業で働き、路上生活脱出をめざしてお金を貯めています。
1日2,500円〜7,000円(時給850円〜950円)の給料を得て、安いホテルで夜を明かしながら少しずつお金を貯め、早い人は3ヶ月で路上から脱出していきます。なかには、1日も早く路上から脱出するために、ホテル代も節約して野宿をしながら働きにきている人もいるのだとか。
&(アンド)ハウスは、そういう方々もほっと一息つける場所です。中には一時的に荷物を預けられるスペースや洗濯機もあり、布団で寝ることもできます。
何より、野口さんや川口さんをはじめとした相談できる相手がいて、いつも笑い声の絶えない縁側のような「安堵」できる場。取材当日も、元割烹料理人だったという“おっちゃん”がシーフードトマトカレーを振る舞い、和やかな昼食の時間が流れていました。
日本と海外とを比較してみると、こうした&(アンド)ハウスのような取り組みは遅れていると野口さんはいいます。
野口さん 海外のホームレス支援の取り組みを勉強する機会があったのですが、日本とは全く違っていて驚きました。
たとえば、香港では公衆トイレの天井に簡易ベッドが吊られていて、夜になると誰でも利用できるようになっていたり、仕事を失ってもホームレスの社会復帰のための仕事が予め確保されていたりもします。
昼間は路上でも夜はドライバーをやっているという人もいました。自立のためのステップがいくつも用意されているんです。
川口さん この場所がそういった自立ステップのひとつになるといいなと思っています。こういったシェルター機能のある場所は、ホームレス問題に関心を持った中学時代から描いていた夢だったんです。&(アンド)ハウスはその最初の一步。医療施設や宿泊施設も充実した、ひとつの街のようなものになるといいなと思っています。
川口さんが高校2年生のときに描いたシェルターの設計図
生活するための仕事だけでなく、わくわくできる仕事を。
こうして川口さんの夢から始まったHomedoorの取り組みは、野口さんをはじめ多くのおっちゃんたちの夢になっています。そんな野口さんに、最後はこんな質問をしてみました。”はたらく”って、どういうことだと思いますか?
野口さん 生活のためにお金を貯めることはもちろんですが、それだけじゃだめなんです。やっぱり仕事のなかにわくわくする気持ちがないと楽しめないし、前向きな気持ちになっていきません。
HUBchariスタッフをしていたとき、使ってくれた人が「ありがとう」と言ってくれるんです。感謝したいのはこちらなのに。それが嬉しくて、また明日も頑張ろうと思えました。そういう仕事を自分たちでつくっていかないとあかんと思います。
「行政に任せとけばいい」というのではなく、行政だけではできない就労の場づくりをHomedoorが実験的につくっていく。そして、その成果を行政の支援制度にも取り入れてもらい、連携していく。
野口さんも、川口さんも思いはひとつ。
もっともっと仕事の数を増やしていきたい!
ふたりの信頼関係から生まれる力強い言葉が、ホームレス問題の解決に向けた「前進」を感じさせてくれました。
私たちにできること、それはまず無関心にならないこと。&(アンド)ハウスでは定期的に勉強会や、運営についてのワークショップも開催されています。あまり構えずに気軽に参加してみてはいかがでしょうか。
“おっちゃん”たちが、「どうぞ、どうぞ、いらっしゃい!」と笑顔で迎えてくれますから。