ISSUE☆連載 ママごと・しごと・じぶんごと

2 years ago - 2014.10.16

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“ワンビッグファミリー”の気持ちで、ママと子どものためのプロデュースをなりわいにするレゲエダンサー横山ちえさん [ママごと・しごと・じぶんごと]


横山ちえさん photo by 山元裕人

レゲエと奈良とママ。この意外な組み合わせに引きつけられて、ひとりの女性を取材しました。

横山ちえさんは奈良在住で2児のママ。5歳と2歳の子どもを育てながら現役レゲエダンサーとして、またママイベントの仕掛人として活躍されています。

さて、ここに至るまでには、どんなライフストーリーがあったのでしょうか。まずは横山さんの上京物語から紹介していきます。

レゲエダンサーをめざし、六本木でシェアハウス生活。

横山さんが24歳のときのことです。東京で出演したテレビ番組を観たミュージシャンから出演オファーが届きました。なんとそれがサザンオールスターズの桑田佳祐さんだったのだそう!

上京後はいいご縁に恵まれてとんとん拍子で仕事になっていった、と振り返る横山さんですが、レゲエダンスを始めたのは22歳のとき。

2001年当時は現在のように、レゲエダンスのスクールがほとんどなく、アフリカンダンスやジャマイカから取り寄せたビデオを手本にして練習していました。

歯科医院で働いていたので、お昼休みに練習をすると腰振りが激しい踊りに院長先生が驚き、肌の露出が大きい衣装を見た母親からは、とても心配されて困ったというエピソードも。
 
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アーティストのステージダンサーとして活躍

22歳はダンサーではもうかなり遅い年齢でした。それでも一緒に踊っていた相方と一旗あげてみようよって決心して東京に出たんです。

最初は六本木の一軒家のシェアハウスで生活を始めました。持ち前の自由人的な行動力でなんとかなるやろーって(笑)

クラブのイベントに出演しながらチャンスをうかがっていると、知り合った制作会社の方からテレビ出演のオファーがあり、その番組がレギュラー化。たまたま番組を見ていた桑田さんから出演の依頼が来たのでした。

クラブイベントでは2年くらい踊っていました。レゲエやっている人ってみんなファミリーという感じでいい人が多くて、若手が踊れる機会もたくさんあったし、本当に恵まれていたと思います。

ステージの仕事がどんどん増えてきて、平日はレッスンと都内でのショー、週末は地方のクラブでのショーと、いつの間にかダンスだけで食べていける生活になっていきました。

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大きなステージでのツアーも経験

29歳で結婚と出産。6ヶ月でダンサー復帰、でも……。

ダンサーの仕事も順調だった29歳のときに結婚して出産を経験。6ヶ月後にはダンサーとして復帰するのですが、そこで横山さんに悩みがでてきました。

お金を頂かない趣味の範囲で踊るならいいと思いますが、プロの仕事だから以前より仕事の量をペースダウンしていても手は抜けません。

夜中のショーに出演して、しんどくても寝ないででも子育てしないと、私自身の心のバランスが崩れると思ったんです。専業主婦に憧れもあるけれど、やっぱり自分らしさとしてステージのように派手な場所が必要でした。

一人目の子どもはツアーにも連れていきました。レゲエの言葉で「ワンビッグファミリー」って言うんですけど、みんなが家族のように大切にしてくれるから、出番の間はメイクさんが子どもの面倒みてくれたりして、一緒に楽屋に入るのを許してくれたツアースタッフにも感謝しています。

現場に子ども連れでくるならもう次は呼ばないって言われてもおかしくないのに、みんな温かかったです。

さらに大変だったのが2人目の子どもが生まれた後に、東日本大震災が起こったことです。余震の度におびえる子どもの姿を見たとき、横山さんは東京から地元の奈良へ戻ることを決意。別居、その後離婚となりました。32歳のことでした。

東京での一定の成功を手放して奈良に戻ることに不安はなかったのでしょうか?

ダンススクールなら奈良でもできるだろうし、ダンスで食べていけないなら、別の仕事をすればいいという腹はくくっていたから不安はありませんでした。

それに、私は都会も田舎も両方大好きなんで環境の変化は問題ありません!ただ育児については母も姉も近くに住んでいるので、多少は甘えさせてもらっています。

公園デビューよりもママと子どものフェスを!

奈良に戻った横山さんは、ほどなく東京で同郷の仲間のITSUMI(BABYJAM東京代表)と立ち上げていた「BABYJAM」というママと子どもが一緒に楽しめるイベントを関西でも立ち上げました。

そもそもは横山さんに子どもができて母親同士のつながりが増えたときに感じた違和感からスタートしたイベントでした。
 
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BABYJAMの主催者として奮闘

私、ママ友がいなかったんです。まわりのママたちがすごく盛り上がる話題に全く興味が持てなくて……。たとえば旦那のグチの言い合いとか、なんやろなーこれって(笑)

ずっとステージの上で生きてきたからか、身なりを地味にしたつもりでもやっぱり派手で。公園デビューとかもう別世界のことのように、ぽつんと取り残された感じがしました。

無理に馴染もうとするより、自分に正直でいたかったのかな。ちょっと派手目なキッズパーティーにも出かけてみたんですけど、ワインがどかっとテーブルに並んでいて子どもはずっと託児所に預けるような形式で。

「これは一体誰のためのパーティーなんだろう?私たちの方がもっといいパーティーにできるよ!」って思ったんです。

思うまでは誰でもできますが、「自分でやっちゃおう!」とはなかなかなりませんよね?思い立ったら行動に移すのが横山さんのすごいところ。体と心が同時に動きだす人は強い!さすがダンサーです。

東京でのBABYJAMは、入場料をチャリティにまわしてスポンサーを獲得しながら開催を重ねていきました。渋谷のクラブに鉢植えを持ち込んで親子で野菜の収穫体験ができる企画も大賑わいだったとか。

それは有機野菜の宅配会社との提携企画でした。キッズダンスのステージやネイルのワークショップなど、親子が両方楽しめる企画をどんどん増やしていきました。

BABYJAMは音育・食育・コミュニケーションを軸にしたママが安心してお洒落して遊びにいけるイベントにしました。サンダルやスウェットを着替えて過ごす特別な1日。だからドレスコードもつくりました。

その特別な1日があれば、また明日から頑張れると思えるイベントにしたかったんです。それに親が一番楽しくなるのは子どもがはしゃいだり、驚いたりしている姿を見ることだと思うから、生音の演奏や工作体験なども参加型にしました。


キッズダンサーたちもイベントの主役

BABYJAMを奈良から関西にむけてスタート。

奈良に帰ってBABYJAM関西を始めるときに悩んだのが東京の都会と同じことをしても駄目だという点でした。

近所に畑があるのに収穫体験をしても盛り上がりません。そのためより都会的な企画を増やしたそうです。会場探しにも苦労しました。どこにかけあっても、前例がないせいか「何をやろうとしているの?」と相手にされないことも多かったそうです。

ようやく話を聞いてもらえたのが、現在の「ベビーカフェ・トジュール・ベイビーズ(以下、ベビーカフェ)」でした。

BABYJAMのような場所は私自身が欲しかった場所だから、他の人には理解されにくいのかなと思っていたんですが、イベントを宣伝してみるとチケットは完売。入場規制がかかるほど盛り上がって、奈良でも同じ気持ちのママがたくさんいたんだ!と勇気がわきました。

実績ができたBABYJAMは2回目からはすごく開催しやすくなり、集客見込みも立っていることからスポンサーの獲得も楽になっていきました。こうした実践が身を結び、横山さんはダンサーだけでなくプロデューサーとしても活躍の場を広げていったのです。
 

キッズによりヒューマンビートボックスは大人も顔負けのパフォーマンス


BMXのデモンストレーションとコラボも!


いろいろなコラボでネイルや雑貨、工作体験のブースなども出展

ベビーカフェプロデューサーとしてのお仕事。

第1回BABYJAM関西の開催がきっかけで、横山さんはベビーカフェと契約を交わしてプロデュースの仕事を任されることになりました。ママが来店したときに荷物を預かるタイミングや授乳室のデザインなどママ視点のアドバイスを現場に活かして、退任するまでの半年間で会員はなんと1000人を超えました。

プロデュースで気をつけたのは、子どもに合わせすぎないこと。子どもと一緒にいて心地よいカフェはたくさんあるけれど、スタイルを子ども向けにしすぎると、大人が楽しめる空間にならないからです。

あくまで“ママの特別な1日”を、子どもも一緒に楽しめる空間であること。イベントの企画運営の経験がここに活きています。

プロデュース業と一緒にダンスレッスンの仕事もしています。3クラスを1日にまとめて教えているので時間の都合はつきやすいですね。それでもイベントが近づくと必死で、スタッフ同士で泣きながらお互いを励ましあっています(笑)

コンテンツを考えるときには、まず、自分の子どもに見せたいと思えるかどうかを大切にして決めています。


カフェプロデューサーとしても仕事の幅を拡大中

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カフェイベントもママとキッズが一緒に楽しめると評判

横山さんに聞きました。「あなたにとって働くことって何ですか?」

うーん。自分を表現することかなあ。私にとってはプライベートと分けられないものです。たくさんお金を稼ぐとかではなく、自分のしたことにやりがいを感じて、人といい関係をつくって増やしていくものだと思います。

子どもができるとママは自分ができることとできないことを目の当たりにするんです。だったらできることを伸ばしていこうよってアドバイスしたいです!

世の中がもっと働く子育て世代に協力的になって、みんなで子どもを大事にしてほしいなって思います。

“ワンビッグファミリー”=コミュニティでの子育てと言い換えれば、単純すぎるかもしれません。横山さんはダンスイベントの現場にも子どもをよく連れていくそうです。

子どもがいろいろな大人と接することは、子どもだけの世界から踏み出して社会を経験することとも言えます。親以外の大人とのかかわりのなかで育った子どもは、きっと大切にされたことを忘れずに育ってくれることでしょう。

そしてまた、自分が大人になったときに子どもたちを大切にしてくれることでしょう。ひとつの世代の家族のことではなく、何世代もつながっていく“ワンビッグファミリー”なんですね!

BABYJAMに行ってみよう!
BABYJAM関西の10/26のイベント情報

writer ライターリスト

東 善仁

東 善仁

greenz シニアライター 1976年6月4日 奈良県(都祁村)生まれ、大阪市在住。「weather」としての活動はクリエイティブディレクター、コピーライター。実家の里山と都市を往復しつつ、どちらでも楽しく暮らせるアイデアを考えています。スチールパン奏者見習い。

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