ISSUE まちづくり

2 years ago - 2014.08.23

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百聞は一見に如かず!海士町合宿で学んだ「地域で仕事をする心構え」とは?「めぐりカレッジ」体験記(後編)

巡の環看板

地域で仕事をしたいと考えたとき、その熱意に加えて求められることは何でしょうか? その土地の課題や風習、気候などによって正解は異なりますが、どんな土地にも、どんな仕事にも共通する“心構え”というものが必ずあります。

株式会社巡の環」が始めた地域コーディネーターを育成する学校「めぐりカレッジ」中級コースの合宿での“体験”が、まちづくりに関わる(または関わっていきたいと考えている)参加者の心にどれほどの影響を与え、豊かな学びになったのかは、前回の記事でご紹介した通りです。

あまりの内容の濃さに、合宿に参加した誰もが、否が応にも、自分がつくりたい未来に真正面から向き合う結果になりました。

今回は、合宿中に起こった出来事やお話を交えて、合宿の目的として掲げられていた3つの視点ごとに、私たち参加者が何を得て、何を感じたのかを、具体的にご紹介していきたいと思います!

3つの視点
1.【まなざし】地域で仕事を興すための基本姿勢を身につける
2.【受信力】地域の声をしっかりと聴けるようになる
3.【推進力】人間関係の狭い地域で、どうすれば前に進むことができるのか、実践者から学ぶ

【まなざし】地域で仕事を興すための基本姿勢を身につける。
〜よそ者であることの意味を考える〜

海士町の神社を訪ねる
地域のことを知るために、まちのあちこちを巡ります。土地を守る神様にも、しっかりご挨拶を。

合宿2日目の夜のことです。海士町の料理上手な”お母さん”が滞在先の村上家にきてくださり、みんなで島の食材でごはんをつくり、夕食を食べました。ワイワイ楽しく、島のことをいろいろお聞きしていたのですが、お酒もだいぶ進んだころ、おかあさんが巡の環のスタッフに、ある質問を投げかけました。

あんたたちは、よくやってくれてる。でも、海士で一生暮らす気はあるのか。

巡の環の活動に温かく協力してくださっているそのお母さんが、私の知る限り、どんな団体よりも地域と密な関係をつくって活動している巡の環に対してすら、そんな不安を感じることがあるのだとわかり、それは“よそ者”として活動するほとんどの参加者にとって、とても重い問いになりました。

よそ者が、地域に移住する理由はさまざまです。しかし、その土地で生まれ、まちに愛着をもって生活している地元の方々にとって、果たしてよそ者の都合はどう映っているのでしょうか?

お母さんが、不安と本音を実際に言葉にしてくれたことで、地域に対する愛と敬意、そして地元の思いも受け止めた上で仕事に取り組む“覚悟”が必要なのだと気づかせられました。

まちの未来の中には、自分だけではなく、たくさんの人の人生が詰まっているのです。

【受信力】地域の声をしっかりと聴けるようになる。
〜地域を知ると、まちに興味が沸いてくる!〜

滝中のじっちゃんと崎地区を歩く
滝中のじっちゃんの知識と話術に、笑顔が絶えなかったまち歩き。

地域が求めているものを本当に理解しなくては、地域のためにはなりません。ましてや、自分のやりたいことについての理解を得ることもできないでしょう。合宿では、地域の生の声を聞く機会がたくさんありました。

その中で改めて大切だと感じたのが、「地域を知る」ということです。

たとえば2日目の午後、海士町の歴史に詳しい”滝中のじっちゃん”という地元の方が、崎地区を案内してくれました。滝中のじっちゃんは、崎地区の名所を巡りながら、テンポよく歴史や言い伝えについて話してくれます。すると不思議と、まちに対して、どんどん興味が沸いてくるのです。

人柄、環境、歴史、交通、生活、食べ物…。合宿中、まちを知っていくことで、地域を見る視点や愛情のあり方まで、変わっていきました。すると、まちづくりのアイデアも自然と膨らみます。現在の活気ある海士町が生まれた背景について、なるほどこういうことかと、妙に納得したこともたくさんありました。

意見の違いを受け入れられなかった結果、何が起こったか?

そしてもうひとつ、受信力を養う上での大きな学びがありました。

最後の夜、明屋海岸というところで、焚き火を囲んで、ゆっくりと話をする時間が設けられていました。何日も一緒に過ごしたことですっかり仲良くなっていた私たちは、合宿での学びや今後についての悩みなどを、穏やかな雰囲気の中でじっくり話し合っていました。

ところが途中から、海士町在住の方やたまたま視察に訪れていた方などが合流することになり、事態はおもわぬ方向に展開していきます。
 
焚き火カフェ
焚き火カフェスタート! この時は和気あいあいだったのが…。

それは「幸福度とは何か」というお話になったときのことです。議論が白熱し、かなり激しい言い争いのような状況になりました。それは違う、おかしい、あなたはかわいそうな人、そんな言葉まで飛び出しました。

じつは合宿初日に、合宿中に大事にしたいこととして「意見の違いを楽しんで、相手の考えも自分の考えも両方大事にする」ということを言われていました。そのこともあってか、私たちは合宿中、相手を否定したり、意見の食い違いで言い争うことは一度もありませんでした。

それなのに、最後の最後に訪れた険悪な雰囲気に、参加者はほとんど口を閉ざしてしまいました。正直、嫌な気分でした。

険悪な雰囲気を体験し、コミュニケーションの大切さを学ぶ

焚き火カフェ
すっかり真面目に話し合う時間に…。この時はどんよりしてしまいましたが、結果的にいい学びに繋がりました。

夜もだいぶ遅くなっていましたが、ゲストの方々が帰ったあと、参加者は浜に残り「なぜこういう雰囲気になってしまったのか」、「何が嫌なのか」を話し合いました。

嫌だという感情がここまで高ぶるということは、そこに自分がどうしても大切にしたい“何か”が潜んでいる、ということ。そこで私たちは相手を否定しないことや、言葉の選び方の大切さ、そして「自分が本当に大切にしたいものは何か」について深く話し合うことができました。

そしてこれを受けて、最終日には、急きょ「ノンバイオレンスコミュニケーション」というコミュニケーションの手法について勉強することになりました。流れに応じて、臨機応変にプログラムを変えてくれるのも、少人数制のめぐりカレッジの魅力だと思います。

人と人とをつなぐ要素が多いまちづくりの現場で、相手の話にきちんと耳を傾けることは、とても重要なことです。私たちは、実際に嫌な思いをして初めて、コミュニケーションの取り方がいかに大切かということに、気づいたのです。

【推進力】人間関係の狭い地域で、
どうすれば前に進むことができるのか、実践者から学ぶ。
〜町役場の行動力が生み出した、海士町再生への道〜

合宿中は、海士町の財政破綻の危機を乗り越え、まちづくりを進めてきた方々にお会いすることができました。

ここでは、海士町役場の財政課課長、吉元操さんと、高校魅力化プロジェクトを手がける岩本悠さんの談話から、まちづくりを進めていくうえでのヒントとなるお話をいくつか紹介したいと思います。
 
吉元操課長のお話を聞く
今の海士町を築き上げてきた吉元さんのお話に、真剣に耳を傾けました。

吉元さんは、海士町が単独町政を続けていくために、役場職員の給料カットや特産品の創出、UIターン者の積極的な受け入れを行うなど、さまざまな対策を手がけてきた方です。吉元さんが何度も言っていたのが、仲間をつくることの大切さでした。

吉元さん “我々”という意識をもつことが大切。だから、相手との共通点をいつも探す。共有できるところを見つけて、そこから人間関係をつくっていく。同じ体験をしていると、信頼感が大きくなっていく。

今までやってきたことに変化を加えようとすると、やっぱり抵抗が起きる。ひとりではよう乗り切らんと思う。だけん仲間づくりが大事だわい。最低3人ぐらいはいて、きちっとしとけば、そういう状況も打ち破っていける。

そして、変化を起こすためには、口だけではなく、行動を起こすことも大切だと吉元さん。給料カットやUIターン者の積極的な受け入れは、吉元さんたちのまちへの思いを、行動で示した結果でした。

吉元さん 町村合併しなくちゃいけない理由はお金だった。でも、財政は職員の給料を30%カットすれば、大丈夫になる。

給料をカットさえすれば(単独町政が継続できて)もらえる額より得るものがある。で、住民もそこまで苦しいんかってわかってくれた。ほんなら自分らも(協力する)っていうことになったな。

よその人をいれんとダメだろうね。交流のないところにはなにも生まれんけん。困ったときに交流しながらいろんなことをやっていくのが大事。そうせんとなかなか停滞から抜けられない。(海士町は)ずっとそうしてきた。

目標は「教育から持続可能な社会をつくる」

岩本悠さん
高校魅力化プロジェクトを手がける岩本悠さん。

3日目の午前中には、存続が危ぶまれていた「島前高校の魅力化プロジェクト」を手がけている岩本悠さんにお話を伺いました。

島に高校がなくなると、若者や子どものいる家庭は島から出ざるをえなくなり、人口減少にさらに拍車がかかります。まちの再生には、高校の存続は重要な問題でした。

岩本さんは「教育から持続可能な社会をつくる」というライフテーマをもっており、そのモデルをつくるという意識で海士町にやってきた方です。つまり、海士町で暮らすことを目的に移住したわけではなく、海士町の課題解決を通して社会に貢献しようという目標のために、移住した人なのです。

そういった意識で地域に入り込んでいった岩本さんが、どのように成果を上げていったのか。よそ者という立場からの、とても興味深い話が聞けました。

よそ者が地域で仕事を興す苦労を聞く

岩本悠さんのお話を聞く
岩本さんと立場が近い参加者が多かったことから、質問も次々に飛び交いました。

岩本さんは、当初は3年間という役場からの依頼で海士町に移住しました。しかし、実際に高校の問題にとりかかってみると、たくさんの人をまとめあげて成果を出し、それを持続可能な状態にまでもっていくことは予想以上に困難で、とても3年ではできないということがわかります。

岩本さん 学校と地域のコーディネーターとして海士町に入ったから、何が大変かって、結局、(学校での)権限が一切なかったことです。

高校は町立ではなく県立なので県との協議が必要だし、隣の西ノ島町や知夫村の子どもたちも通うため、3つの町村との調整も必要になってくる。僕は学校に対しても地域に対しても完全によそ者なので、最初はどんな企画を出しても相手にされないし、調整ばかりで動かないんです。

これは3年じゃできないなと思ったときに、違う場所でやったほうが、社会に貢献できる度合いが高いんじゃないかと、島を出るかどうかを悩んだこともありました。

でも、外の人間が、中に入って一緒に協働を生み出しながら課題解決を推進していくっていうのは、これからの時代の新しいリーダーシップの形だなと思ったんです。それを僕は、組織の枠組みや立場を超えて変化を起こしていく「越境的リーダーシップ」って言っています。

そう考えると、今の僕の苦労は、未来の多くの人たちが抱える苦労なんだと。この苦しみがこれからの社会をつくる種だし、まずは僕が耐えながら道を切り拓かなきゃいけないんだと思って、なんとかやっていったっていう感じですね。

海士町風景
こんな景色が広がる海士町が、地域づくりの最先端を行っているのです。

結局、三町村と県立高校で、学校の未来を考える会をつくるのに1年、その下にワーキンググループをつくって本格的な議論が始まったのが2年目。1年かけてビジョンを生み、カリキュラム(教育計画や授業)を新しくつくり、全国からの生徒募集をようやくスタートさせたときには、当初予定していた3年が経っていました。

しかし、このプロジェクトは着実に成果を上げ、現在では海外からも生徒が集まるようになりました。学級数は2学級に増え、早稲田大学や慶應大学など難関大学に合格する生徒も出始めました。「将来は島にもどって起業したい」という生徒も増えています。

成果が出始めたことで、岩本さんも徐々に受け入れられるようになり、仕事もやりやすくなってきているそうです。けれども、ここに至るまでにはたくさんのご苦労があったことが、話の節々からひしひしと伝わってきました。

近所付き合いが苦手でも、地域で仕事をすることはできる!?

村上家での一幕
4日間の学びを振り返る時間を経て、少しずつ自分の未来に向き合います。

それと面白かったのが、じつは岩本さんは、近所づきあいが苦手だというお話でした。岩本さんは、海士町で暮らす中で、地域とも仕事ともうまくバランスを取ることに成功しています。

岩本さん 自分が人づきあいや近所づきあいが苦手だということは自覚していました。それは、田舎とはかなり相反するものだとはわかっていたから、海士町に行ったら、相当いい修行になるだろうなとは思っていました(笑)

最初は結構がんばって地域に馴染もうとしたし、一年目はそれで良かったと思うんだけど、今は7年もたって、地域に無理に入ろうとしてないんですよ。もちろん、地区の行事や掃除への参加とか、地域での役割は最低限やります。でも無理したり、力まない。

自分が本当に入らないといけないのはどこなのかを考えたときに、僕は自分の本業である学校や教育現場だと思ったんですよね。漠然と地域に入ろうとするより、本業を通じてちゃんと子どもや保護者さんたちの信頼を得て、仕事で関わる地域の人たちとしっかりした関係をつくっていくことのほうが大事だなと。

そんな岩本さんだからこそ、プロジェクトは成果を上げているし、学校関係者にも地域の方々にも認められ、受け入れられるようになったのかもしれません。地域への入り方にもいろいろな形があるのです。

岩本さん 地域の人たちには、「これをやることが地域にとってどういう意味があるのか」っていう話をします。でも、保護者や教育関係者とは「子どもにとってどういう意味があるのか」という話をします。

要は同じひとつの取組みにしても、話す相手に応じて、それぞれ違う側面をちゃんと伝えていくことが大事なんです。

たった一回の体験が、理想を現実に落とし込んでいく

合宿終了
お別れのとき。スタッフ総出でお見送りしてくれました。充実した4日間を思い返して、ちょっと、本気で涙出ました。

100冊の本を読むよりも、頭の中で100回想像するよりも、たった一回の体験のほうが、遥かに得るものがある。それは、実際に体験したときに、初めて気づくことなのかもしれません。

海士町での4日間のプログラムの中で、私たちはたくさんの現実を見ました。思わずワクワクするすてきな現実もあれば、困惑してしまった厳しい現実もありました。

しかし、描いていた理想が現実に落とし込まれたとき、自分のやりたいことと社会のためになることが、どう混ざり合ってよりよい未来へ向かうのかを、本当の意味で考え始めたような気がします。

合宿を経て、しっかりと地に足をつけた私たちは、その後、半年間のSkypeによるケースメソッド講座とカウンセリングを受け、より学びを深めていくことになります。

次回は、ケースメソッド講座とカウンセリングについて、ご紹介します!

writer ライターリスト

平川 友紀

greenz シニアライター リアリティを残し、行間を拾う ストーリーライター 1979年生まれ。20代前半を音楽インディーズ雑誌の編集長として過ごし、生き方や表現について多くのミュージシャンから影響を受けた。体調を崩したことをきっかけにマクロビオティックを学び、持続可能なライフスタイルを模索し始める。2006年、神奈川県の里山のまち、旧藤野町(相模原市緑区)に移住。その多様性のあるコミュニティにすっかり魅了され、現在はまちづくり、暮らし、コミュニティを主なテーマに執筆中。通称「まんぼう」。 facebook:https://www.facebook.com/captainmanbou twitter:@captainmanbou

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