1月9日の夕方から深夜にかけて、Twitter上の話題を独占した「skmtSocial project」。この時間帯、一度はハッシュタグ「#skmts」を目にした人も多いのではないでしょうか。本プロジェクトは、ミュージシャンの坂本龍一氏が、本人の意志で韓国でのピアノソロライブ「Playing the Piano from Seoul」をUst中継し、更にファンに対して自由なパブリックビューイングの開催を呼びかけたもの(くわしくはこちら)。
結果、Ust中継の参加視聴人数約20万人、最大瞬間視聴者数は2万2000人という、アーティストのUstとしては異例の数字。また、ハッシュタグ#skmtsでつぶやかれたツイート数は4万回、ツイート人数は1万人、 Twitter上のハッシュタグの表示回数は4219万回(!)という、単なるライブのUst配信だけでは終わらず、ネット上での一大ムーブメントへと拡がりました。
「ソーシャルメディアの大実験」と銘打たれた本プロジェクトが、WEBと音楽、双方にもたらした「実験成果」とは、なんだったのでしょうか。
1.参加者が「つくり手」に回る仕組み
プロジェクトの期間中、運営スタッフたちの間では、参加者と運営者の壁を、ソーシャルメディアを使ってどうやって低くしてゆくか、ということに主眼が置かれていました。
そのために、参加者たちには、Twitterや事前のUst中継、togetterなど、あらゆるソーシャルメディアを使い、“プロジェクトをより楽しむために、当事者としてコミットして欲しい”というメッセージを一貫して伝えていました。
その一つの例がUstreamの「skmtStaffチャンネル」。作業風景を常時Ustし、作業の進行具合や、困っていること、助けてほしい事を常に“ダダ漏れ”状態にしました。それを見て「私も頑張ろう、コミットしよう」と、自発的にアクションを起こす参加者が徐々に増えてゆきました。
こんな感じで中継してました。
もちろん、参加者の中には、最初は戸惑いを覚える方も少なからず居たようです。今までの、お膳立てされたサービスの上で、運営者にフォローしてもらえて当たり前、といったエンターテイメントの形態とは異なっていたため、当然の事かもしれません。
しかし、作る側に回るのに躊躇していた人たちが、つくり手との「近さ」を感じ、まったく面識がなくても、「楽しまなきゃ損」と思った人なら簡単にこちら側(つくり手側)に来られるようなムードができた事が、参加者を増やせた一番の理由ではないでしょうか。
例えば、当初のWEBサイトは日本語のみでしたが、ファンが自発的に翻訳を行ったおかげで、海外でのPV会場数が一気に増えました。結果、世界中410カ所以上でPVが行われる事に。
世界中のUst会場がライブの合間に中継されています。
また、PVや開催方法についても、Twitter上でユーザー同士が助けあい、「分かる人が答える」という流れができていました。公式サイトのQ&Aのページも、それをtogetterでまとめたもの。参加者同士、ハンドメイドでプロジェクトを作っていく感覚が、本番のライブの大きな一体感につながったようです。
togetterを使用したQ&Aサービス
今後はそういった集合知やクラウドソーシング的な文脈に慣れて、乗っかり始める人が増えるのではないでしょうか。
そのためにも、もっと簡単に誰でも参加できるように、WEBのシステム面のハードルを下げてゆくのが今後の課題になりそうです。
@大阪YMCA学院 日本語学科会場
2.ライブの思い出が「参加した思い出」に
また、2日後、1月9日の夕方4時と、夜8時の計2回おこなわれた公演は、それぞれの公演がライブ盤「Playing the Piano from Seoul」としてiTunes storeで発売され、一位、二位を独占しました。タイムラグ無しでライブ盤を購入できるなんて、以前では考えられなかったはず。
ライブの感動が冷めないうちに、そのままネットでポチっと購入できる、この即時性がこの順位を実現したのではないでしょうか。
ライブ版は、参加者にとっては「思い出」のようなもの。
今まではライブ会場に居た人にとってだけの思い出だったのが、Ustだと、開催までの準備期間全て含め、参加した何万人にとっての自分が参加した思い出として残ります。
「ライブ盤」の商品としての性質までも変えてしまったのです。
3.「投げ銭」システム―エンターテイメントの原点に回帰
また、現状Ust中継は無料で提供されるものですが、北米ツアーの時には、ライブの興奮を抑えきれない視聴者から、お金を支払いたくても支払えない、という不満の声がありました。
そこで今回は、プロジェクトに満足した人、次回以降を応援したい人達に向け、ライブグッズを「おひねりグッズ」として販売しました。
今回のこうした「投げ銭」型の支払いシステムは、「お代は見てのお帰り」―内容に満足した人がお金を支払うという、芸能本来のあり方に回帰した形。作り手への対価を支払う方法が未整備なWEBの現状に一石を投じ、ここ数十年のエンターテイメントの形を覆す、音楽業界的にも大変価値のある実験でもありました。
おわりに:ソーシャルメディアが変容させた、エンターテイメントの未来の最初の兆し
また、今回Ustream中継を担当した株式会社デジタルステージの平野友康さんも、韓国のライブ会場でリアルとネットをつなげる役を担った感想として、こう語っています。
「坂本龍一氏も、とても楽しんでくれていたと思います。ネットを活用した音楽の在り方について、とても深く考察し、そして誰よりも意欲的に、かつ自由に考えている印象を持ちました。
次があるなら、倍くらいの時間をかけて盛り上げたいです。また、今度はライブを実際に運営するスタッフさんたちの思いの部分に耳を傾け、光を当てたいですね。」
ソーシャルメディアの仕掛けによって、運営者と参加者の距離が限りなく流動的に変化し、エンターテイメントの「受け手」でしか居られなかった人々の誰もが「当事者」になれる―今回のプロジェクトは、今後のエンターテイメントのあり方の変容を誰もが垣間見た、最初の試金石だったのではないでしょうか。
ソーシャルメディアの大実験、坂本教授からバトンを受け取ったあなたが、今度は実行する番かも?!