途上国の農村支援と聞いて、あなたは何を想像しますか?「農業指導」や「農機具の提供」などはわかりやすく、すぐ思い浮かびますよね。実際、国連や先進国がそういった形の支援を行うケースは多々あります。しかし、育てたものを売るルートがなければ、農民は収入を得ることができません。
流通システムが整っていない東ティモールの農民は、「売れるものがあるのに、市場に運ぶことができず現金を得られない」というジレンマを抱えていました。たとえば、育てた牛を街まで運ぶにはトラックを一台チャーターする必要があります。しかし、その費用は月収の約7倍!町から離れたところに済む貧しい農民ほど、物流がハンディキャップになるのです。
物流というと、「行政単位で取り組むべきことで、個人が解決できるようなものではない…」と思うのではないでしょうか。ところが、この問題をショートメールサービスとスマホアプリを使えば簡単に解決できる可能性があるのです!
提案しているのは日本人のプロボノチーム「tranSMS」。代表の瀬戸義章さんは、「ゴミタビ」と称して東南アジアと日本のゴミ事情を取材して回り、昨年夏には『「ゴミ」を知れば経済がわかる』(PHP研究所)という本を出版した方です。
ゴミの専門家が、なぜ途上国の農村支援を行うようになったのでしょうか?
ゴミを活用して新しいものを創造したい
瀬戸さんがゴミタビを行ったのは、2010年末から2011年前半にかけて。取材を通して各地で目にしたのは、ゴミを活用してものづくりを行ったり、ゴミを暮らしに取り入れて生計を立てたりする、逞しい人々の姿でした。
次は自分もゴミを活用して新しいものを創造する側になり、その経緯をゴミタビ第二弾として本にしようと思いました。それで、発展途上国のための発明&ビジネスコンテスト「See-D Contest2012」に参加したんです。参加者同士でチームをつくり、東ティモールのピティリティという村を偵察しました。
そこで見えてきたのは、冒頭に挙げた物流の課題。しかし、やはり大きな課題なので、自分たちで解決するのは難しいだろうと考えていたそうです。
でも、最終日に村にトラックが入ってくるところに遭遇したんです。それで、運転手に給料や村に来る頻度を聞いて。村のキオスク(小規模商店)に、定期的に日用品を配送していることを知りました。
その時は具体的なアイディアは思い浮かばなかったんですが、後に友人宅で『辺境から世界を変えるーーソーシャルビジネスが生み出す「村の起業家」』(ダイヤモンド社)という本を読んだんですよ。そこには、インドのドリシテという企業がインターネットを使って辺境にあるキオスクをネットワーク化することで物流を最大効率化した事例が載っていました。
ちゃんと在庫管理をすることによって商品のロスを減らす、それがキオスクを運営する人のトレーニングにもなるんですよね。今まで商品が無くなったら仕入れていたのが、「この時期はこれが売れるから多く仕入れよう」と考えるようになる、と。すごいなと思いました。
似たようなことを、東ティモールでもできないか。ピティリティのキオスクに来ていたトラックの荷台は、帰りは空っぽ。そこに農産物を載せて運んでもらったら…?
瀬戸さんはさっそく仲間に提案し、プランを練ったといいます。
トラックの「帰り便」に農産物を載せることで、運送費を格安に
最終的に、プランは次のようなものになりました。
◯◯村を訪れる際、トラック運転手は携帯アプリを使って農民に運んでほしいものがあるか聞き、帰りの荷台に載せて市場へ運ぶ。
それだけ?と思われるかもしれませんね。そう、実にシンプルな仕組みです。でも、これによって輸送コストは大幅に激減し、農民は商品を市場で売ることができ、トラック運転手にとっては副収入を得ることができるのです。
ただし、トラック運転手が農民一人ひとりに電話で確認しては、お金と時間が膨大にかかってしまいます。そこで、専用のAndroidアプリを開発。トラック運転手は3回画面をタッチするだけで、帰り道にいるすべての農家に「何か運ぶものはありますか?」とSMSを使ったテキストメッセージを送ることができます。
運んでほしいものがある農家は、このメッセージに返信すればOK。携帯を使った「ご用聞き」のようなイメージです。
開発中の物流支援アプリ 左:メイン画面/右:顧客画面
一番に考えたのは「どうすれば農民が注文してくれるか」です。集配所をつくって農産物を持ち込みしてもらうという案もありましたが、面倒がって使ってくれないんじゃないかと心配でした。
東ティモールにも携帯は普及していて、農民はSMSを使い慣れています。だったらそれを活用しよう!と。色々な機能やオプションをつけようかと迷いましたが、現地での使いやすさを考えてあえてシンプルなシステムにしました。
この携帯を使った格安運送サービスプランは、「See-D Contest2012」で最優秀賞と会場賞をW受賞。瀬戸さんたちは「tranSMS」というチームをつくり、企画を実現するため動き出しました。
空のトラックを見て、「もったいない」と思う視点
プロジェクトの現地パートナーは、マヌファヒ県サメ市でキオスクを運営するジョアキム氏。ビジネスとして取り組む人が現地にいることで、このシステムはしっかり回っていくはずです。長年東ティモールでマイクロファイナンスを行ってきたマツバファンドからの融資も決定しました。現地の農家をまとめるNGOとも連携し、筋道は立っています。
しかし、肝心のAndoroidアプリはまだ開発段階。現地で故障やトラブルが起きないよう、可能なかぎりブラッシュアップすることが不可欠だからです。現地での説明会の開催やフォローアップ等、やることはまだまだたくさんあり、資金も必要。クラウドファンディングサービスの「READY FOR?」で支援者の募集を始めました。5月に現地へ導入することを目指して、tranSMSのメンバーは奮闘しています。
東ティモールでモデルをつくったら、他国へ展開することも検討中。既にナイジェリアとカンボジアから「導入したい」という声が挙がっているそう。シンプルな仕組みなので、広く普及する可能性を秘めています。
現地で行ったフィールド調査にて、興味津々な子どもたち
最初は現地に落ちているペットボトル等のゴミを使って何かをつくりたいと思っていました。そのほうが、ゴミタビからの流れとしてわかりやすいでしょう(笑)でも、「空っぽのトラック」も見方を変えれば「サービスの廃棄物」なんですよね。
何も積んでいないトラックの荷台を見て、ただ「空いているな」と取るか、「もったいない」と取るか。その視点は、ゴミタビを通して養ったものだと思います。
「ゴミ」とは、「ある人から見たある一定の状態」に過ぎないと瀬戸さんは言います。ある人が「ゴミ」と思ったものが、ある人にとっては「資源」となる。瀬戸さんは、今回の実体験をもとに、次の本を書こうと計画しています。
「課題に対してどう発想してアイディアを磨くか、どうやって現地に導入していくか」ということを伝えるノウハウ本にできたらと思っています。
途上国支援というと「すごい人」でなければ成功しないようなイメージがあって、一般の人には真似しづらく感じるかもしれません。社会人のプロボノチームが土日だけでイノベーションを起こせるという事例を見せたら、挑戦する人が増えるんじゃないかなって。そうしたら、会社も社会ももっと面白くなると思うんですよね
「◯◯問題に関心はあるけど、自分の力では何もできない…」。そんなモヤモヤを抱えている方は多いのではないでしょうか。実はそれって、「活用できる資源を発見する能力」さえあれば、意外と簡単に解決する仕組みをつくれるのかも。自分ごととして取り組みたい問題があるなら、身のまわりのものを「資源」だと思って眺めてみてはいかがでしょう。グッドアイデアが浮かぶかもしれませんよ。