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海を守るために、海をつくる。釣り人・漁業者・行政に、都市部の企業も加わり挑む熊本県上天草市の「アマモ場再生」への道

[sponsored by 熊本県上天草市]

熊本県、天草諸島。
九州のかたちを勾玉のように捉えれば、ちょうど真ん中の窪みのあたりに、大小様々な島々が点在します。北を有明海、南を八代海に挟まれた天草諸島は、120あまりの島々の総称。
南蛮貿易とキリスト教の信仰の歴史を背景に、さまざまな文化が人びとの暮らしに混じり合い、独自の発展を遂げていました。

その支えとなってきたのは、島々を取り囲む“豊かな海”。山や河川から栄養塩が多く流れ込み、プランクトンが豊富な海には、多種多様な海の生きものが生息します。漁業や水産業は古くから住民の生活と地域の発展を支え、現在、天草諸島は全国的に見ても有数の漁業・養殖業の拠点と言えます。

上天草ブルーカーボン グリーンズ

松島海水浴場から見た、島原半島方面。名も無き小さな島々が浮かぶ多島海岸の風景(撮影:諸岡若葉)

豊富な魚種を求めて海に向かうのは、漁師だけではありません。「天草五橋」でつながる大矢野島、天草上島、湯島など大小約68の島々からなる「上天草市」は、市のほぼ全域が雲仙天草国立公園に含まれており、干潟、砂浜、岩場、藻場など多様な環境に恵まれる海岸は、釣り人たちも虜にしています。

まさに、海とともに生きてきたまち・上天草市。
しかし近年では、気候変動による海水温の上昇や、人間の営みに影響を受けて起こる環境の変化が、着実に海の生態系にも影響を与え始めています。その危機を敏感に察知できるのは、日常を海とともに生きる人びと。例えば、漁師や漁業に従事する人、そして釣り人。さらには、海とともにあるまちを総括的に考え動く、行政職員。

その生の声を伺うべく、天草漁業協同組合の濵田力さん、上天草で遊漁船の船長を務める山下一美さん、上天草市役所の飯野亮さんを訪ね、今直面する海の変化と、失われつつある”豊かな海”を取り戻すために始まったそれぞれの取り組みについて伺います。

上天草ブルーカーボン グリーンズ

濵田力(はまだ・ちから)<写真左>
天草漁業協同組合 上天草総合支所 販売課長
上天草市出身。漁協職員として部署を経験しながら、2024年より販売課長に就任。天草漁協、(株)ニチレイフレッシュ、(株)福岡魚市場が共同で取り組む「生命(いのち)の海プロジェクト」の担当も務める。

山下一美(やました・かずみ)<写真中央>
上天草市釣りを軸にしたブルーツーリズム推進委員会 会長
奄美大島出身、20歳から海に関わる仕事を続ける。8年前に上天草市に移住。上天草市内にあるマリーナ・フィッシャリーズフィッシャリーズにて遊漁船の船長を務め、釣り人を沖の釣り場まで案内するなど日常的に釣り人と接している。2021年に立ち上げた「上天草市釣りを軸にしたブルーツーリズム推進委員会」では会長を務める。

飯野亮(いいの・りょう)<写真右>
上天草市市役所 企画政策課 地方創生係
東京出身。大学卒業後、民間企業で廃棄物関連の仕事に携わった後、JICAの環境教育隊員としてスリランカに滞在。帰国後、福岡県北九州市のまちづくりNPOなどを経て、7年前に上天草市に引っ越し、市役所に勤務。地方創生に取り組む市役所職員としてはもちろん、いち市民としても、上天草の地域の魅力である海に関わる活動に取り組む。

上天草の豊かな海に現れ始めた変化

上天草ブルーカーボン グリーンズ

平日の昼下がり、穏やかな海辺で釣りを楽しむ人の姿(撮影:諸岡若葉)

天草五橋を渡りながら上天草市内を車で走っていると、国道沿いには観光客向けのリゾートホテルやマリンレジャー施設、現代的にデザインされたお土産屋さんなど、目を惹く建物が点在します。その間には、古くからこのまちに暮らす人びとの民家や、こぢんまりとした海水浴場や漁船が停泊する小さな港、日常生活を支えてきた商店や食事処も。

上天草ブルーカーボン グリーンズ

少し海岸を歩いてみると、釣り人や漂着したゴミを集める住民の姿に出会う(撮影:諸岡若葉)

上天草の海は、ここで暮らす人びとの日常にも、外からこの地を訪れる人びとの非日常の時間にも、恵みを与える大切な存在であることがわかります。

一方で、7年前に上天草市に移住してきた飯野さんが感じるのは、「海で遊ぶ子どもをあまり見かけなくなった」という変化です。上天草出身のパートナーが「昔は堤防が今よりも低くて、夏になると子どもたちが道路側から海にぴょんぴょんと飛び込んでいた」と語る風景は、今では見られないものになりました。

防災や安全性の観点から、より高い堤防が新たに設置され、人びとの暮らしと海の間に物理的な隔たりができていることも事実です。しかし、ここ数年での変化は、近年の地球温暖化によるところが大きいと、みなさん口を揃えます。

上天草ブルーカーボン グリーンズ

濵田さん 自分は生まれも育ちも上天草ですが、子どもの頃は、真夏でも気温が30度以上になる日なんて稀だった記憶があります。今は連日のように30度以上、日によっては40度近い気温になって、海水の温度もかなり高くなっていますよね。

漁協職員として漁業に携わる濵田さん、遊漁船の船長として釣り人の視点から海を見続けている山下さんは、仕事柄、海水温の変化による影響を肌で感じています。

上天草ブルーカーボン グリーンズ

山下さん 私は8年前に上天草に移住してきましたが、ここ数年の間にも海水温の上昇を実感しています。例年だと温かい時期にしか釣れないはずの魚が一年中釣れるようになったり、魚種ごとの釣れる時期が変わってきたり。理由は海水温の上昇だけではないと思いますが、地球温暖化による海への影響は間違いなくあると思います。

濵田さん 漁獲量は全体的に減っていますね。特に、タコやイカは目に見えて減りました。プランクトンが多いところに生息するコノシロ(コハダ)は上天草の名産品でもありますが、ここ数年はずいぶんと少なくなっています。

豊かな海を支える“アマモ場”の存在

海水温の上昇によって現れ始めている海の変化の一つに、藻場の減少が挙げられます。「藻(も)」とは、海の中に生える海草の一種。日本各地の海に生息する「アマモ」も藻の一種です。藻が群生する場所は「藻場(もば)」、アマモの場合は「アマモ場」と呼ばれます。

小さな魚やエビ、カニなどが身を隠す棲家や産卵場所となり、プランクトンも多く集まるアマモ場は「海のゆりかご」とも呼ばれ、海の生態系において重要な基盤。ところが近年の調査では、その面積が世界的に減少していることが明らかになっています。海水温の上昇によって、藻を食べる生きもの活動が一年を通して活性化し過食が起きることや、水温が藻の生育に適さない温度になってしまうことなどが原因に挙げられます。

上天草ブルーカーボン グリーンズ

アマモは、光が届く浅瀬の海底に根を張り、海の中で花を咲かせ種子によって繁殖する、イネ科と同じ単子葉植物。20〜100cmほどの細長い葉が海中に茂る(写真提供:(株)ニチレイフレッシュ)

漁業や水産業が地域を支えてきた上天草市や熊本県全体でも、アマモ場の減少が海の生態系に与える影響は大きな危機感となり、行政や研究機関などによる調査が進められています。

上天草ブルーカーボン グリーンズ

飯野さん 昭和54年の第2回自然環境保全基礎調査では、上天草市周辺の海域にも多くのアマモ場が確認されていますが、平成26年に行われた熊本県による聞き取り調査では、一部消失したことが確認されており(※)、熊本県のアマモ場は全体として減少しているといえます。職場の同僚からは、「昔は海水浴に行くと足にアマモが引っ掛かってたけど、最近はそんなことはないよね」という話も聞きました。

※「漁業者のためのアマモ場造成マニュアル」(2014年熊本県)参照

山下さん 私は、出身地である奄美大島の透明度の高い海を見て育ったので、8年前に初めて上天草の海を見た時に「透き通っていない」と感じました。最初はそれが美しくないと思ったんですが、実際に沖に出てみると、たくさんの魚がいて、釣った魚を食べてみるととても美味しくて驚いたんです。

上天草の海は透明ではありませんが、それはプランクトンが多く栄養価が高いことや、アマモ場の存在が海の生態系を支えている証拠で、だからこそ多くの魚が生息する”豊かな海”なのだと考えるようになりました。

上天草ブルーカーボン グリーンズ

エメラルドグリーンやコバルトブルーなど多様な青色が入り混じる上天草の海(撮影:諸岡若葉)

アマモ場再生の先に見据える「ブルーカーボン」

2022年、内閣府の「SDGs未来都市」に選定された上天草市は、市の未来を描く計画書の中で「海を守り、海を活かし、海と生きる」というスローガンを掲げました。持続可能なまちづくりを実現していくために、海を守る取り組みを推進していくという上天草市の姿勢が表れています。その取り組みの一つとして掲げられているのが、ブルーカーボンです。

ブルーカーボンとは、アマモなどの海草や、ワカメやコンブなどの海藻が光合成によって取り込み、海底や堆積物に長期的に貯蔵される炭素のこと。地球温暖化の原因となるCO₂を、海の植物が閉じ込める役割が注目され、カーボンニュートラルの実現に向け期待を集めています。

海底が炭素を吸収するブルーカーボンの仕組み。森林が吸収するグリーンカーボンはすでに広く知られ、各地で植樹などが取り組まれているが、実はブルーカーボンの方が炭素の吸収効率が高いという研究結果もある(画像:環境省のブルーカーボンに関するサイト「ブルーカーボンとは」より引用)

減少するアマモ場を再生させることは、海の生態系を守るためだけでなく、ブルーカーボンを増やすためにも効果的な取り組みの一つです。全国的にもブルーカーボンに注目が集まり、アマモ場の再生に取り組む自治体も増える中で、上天草市の取り組みの特徴は、漁業者や釣り人など、海に関わる人びとの中から活動が生まれていることにあります。

上天草ブルーカーボン グリーンズ

遊漁船の船長として働く山下さんと、漁協職員の濵田さんも、アマモ場の再生活動に取り組む実践者です。それぞれ、地元の小学校や市内外から参加者を募って、アマモ場の再生活動に取り組んでいます。

それらの活動に自らも参加しながら、山下さんや濱田さんの取り組みを見守るのが、上天草市役所の飯野さんです。市が掲げるブルーカーボンを見据えながら、主体的に活動に取り組む人びとと直接会って、関係性を育みながら現場の声を聞き、それぞれが活動を継続していくために市としてできる支援や仕組みづくりを考えます。

飯野さん 山下さんや濵田さんの活動に私自身も参加しながら、必要に応じて、参加する小学校との間に入って調整を行ったり、活動の中でうまくいかないことが出てくれば研究機関とつないだりと、協力させていただいています。

山下さんや濵田さんが、漁業者や釣り人にとっての”豊かな海”を守るために「アマモ場の再生」が必須であると身をもって感じ、考えて、行動する。自分たちが守りたいものを守るための活動であるからこそ、取り組む意義や価値が、参加する人びとの間に共有されます。

では、山下さんと濱田さんは、飯野さんとの連携を通してブルーカーボンの可能性も探りながら、それぞれどのような活動に取り組んでいるのでしょうか。

海を守るために、釣り人が海をつくる

上天草市内のマリーナに勤め、遊漁船を操縦する山下さんは、釣り人たちにとって言わば“上天草の海の案内人”です。市外から訪れる釣り人たちが上天草の豊かな海に魅了される姿を間近に見ながら、「釣りを軸に上天草をもっと盛り上げたい」という思いを胸に、2021年に「上天草市釣りを軸にしたブルーツーリズム推進委員会」(以下、ブルーツーリズム推進委員会)を立ち上げました。

上天草ブルーカーボン グリーンズ

ブルーツーリズム推進委員会は、山下さんを会長に、20名ほどの釣り人たちがメンバーとして活動している

委員会の主な活動は、今年4回目となる「上天草パールライン釣り大会」の開催と、2024年から新たに始めたアマモ場再生活動です。

「上天草パールライン釣り大会」は、「釣り」と「ゴミ拾い」を掛け合わせた、ブルーツーリズム推進委員会発案のユニークな釣り大会。決められた時間内に釣りとゴミ拾いを行い、釣った魚の魚種の数によって得られるポイント数と、拾ったゴミの総重量で得点が決まります。釣りを通して上天草の豊かな海の恵みを楽しみながら、一方で、私たち人間の行いによって多くのゴミが海に流れてしまっている現状を実感を伴って学ぶ機会になっています。

上天草ブルーカーボン グリーンズ

2024年10月に行われた第3回大会では、73名が参加し、集まったゴミの総重量は520kg。これまで3回の開催で累計971kgのゴミを回収。(写真提供:上天草市釣りを軸にしたブルーツーリズム推進委員会)

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第3回大会で釣り上げられた魚は43種。参加者は、釣りを通して上天草の海の豊かさを体験する。(写真提供:上天草市釣りを軸にしたブルーツーリズム推進委員会)

企画のきっかけとなったのは、“釣り人”に向けられたネガティブな印象でした。ブルーツーリズム推進委員会として活動を始めた当初、山下さんたちは「釣り人を呼び込むことが地域の活性化につながる」と考えて釣り人向けのさまざまなイベントを企画していましたが、地域住民からは、釣り人に対して「駐車のマナーを守らない」「ゴミを放置する」などの悪い印象が向けられていたのです。

実際には心無い行動をとる釣り人はごく一部であって、上天草の地域や海を大切に思う釣り人が多くいることを知ってもらおうと企画したのが、釣りとゴミ拾いを組み合わせた釣り大会でした。釣り大会の開催を通して、海を守る活動により積極的に取り組みたいという思いを持ち始めた山下さんたちに、飯野さんが提案したのは、アマモ場の再生活動です。

上天草ブルーカーボン グリーンズ

山下さん アマモ場の再生に取り組むことは初めてでしたが、海を守るためには、ゴミを拾うだけではなくて、その先に、海をつくっていかなければならないということに納得しました。今すでに失われている海の環境を、再生させなければ間に合わない。それも自分たちだけでやるのではなく、釣り大会のように「一緒に、海の環境を育てませんか?」と輪を広げていくことが大事だと考えました。

そうして2024年から始まった「釣り人によるアマモ場再生プロジェクト」では、6月に天然のアマモから種子を採取し、7月に成熟した種と未成熟の種を選別する作業を行います。そのまますぐに海底に播くと暑さで生育しないことがあるので、約5ヶ月間冷蔵で保管。12月に、種を海砂と一緒に麻袋に入れ、麻袋ごと海底に固定する「麻袋式」という方法で種まきを行っています。

アマモの種子の選別の様子。成熟した種をピンセットでつまみ出し、保管用のビンに移す細かな作業。(写真提供:上天草市釣りを軸にしたブルーツーリズム推進委員会)

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12月、潮位が低くなる早朝の時間帯に、アマモの種子と海砂を入れた麻袋を海底に固定する。写真中央、作業に立ち会っているのは飯野さん(写真提供:上天草市釣りを軸にしたブルーツーリズム推進委員会)

上天草ブルーカーボン グリーンズ

3月初旬、麻袋はすべて流されずに海底に残っており、アマモが発芽していることが確認できた。(写真提供:上天草市釣りを軸にしたブルーツーリズム推進委員会)

山下さん 長い目で見ていかなければならない取り組みなので、すぐにわかりやすい効果が現れるわけではありませんが、続けていくうちに少しずつ活動の輪が広がって、結果も出てこればいいなと。地道な取り組みだとしても、「やらなければ何も変わらない」と考えています。

飯野さん この取り組みは、『釣りによる地域振興と海の豊かさを守る活動』として、「くまもとSDGsアワード2024」の「未来づくり部門」に入賞しました。“釣り”や“ブルーツーリズム”という切り口を、海の環境を守ることとユニークに掛け合わせて、何より楽しみながら取り組まれていますよね。

上天草ブルーカーボン グリーンズ

子どもから大人までさまざまな人が参加するアマモ場再生活動(写真提供:上天草釣りを軸にしたブルーツーリズム推進委員会)

都市の企業×漁協×市場がともにつくる「生命の海」

生命(いのち)の海プロジェクト」は、上天草市がSDGs未来都市に選定された2022年と同時期に始まったアマモ場の再生活動です。

プロジェクトの主体は3者。東京に本社を置き、水産品と畜産品の素材提供を主軸とした事業をグローバルに展開する株式会社ニチレイフレッシュ、西日本における水産物流の中核拠点を担う鮮魚市場を運営する株式会社福岡魚市場、そして濵田さんが所属する天草漁業協同組合です。ニチレイフレッシュの若手社員が上天草に来訪し、漁業者と協力しながら、自分たちで手を動かすだけでなく、小学生たちも一緒にアマモ場再生に取り組んでいます。

上天草ブルーカーボン グリーンズ

東京から上天草に来訪し、アマモ場再生活動に参加するニチレイフレッシュの若手社員たち(写真提供:(株)ニチレイフレッシュ)

プロジェクトの始まりは、福岡魚市場を通して天草漁協の芝海老を購入しているニチレイフレッシュからの提案でした。食品を取り扱う企業として資源や環境の持続可能性に向き合うために、これまでも環境活動に取り組んできたニチレイフレッシュは、新たに芝海老の売り上げの一部を活用して海を守る活動に取り組めないかと考えたのです。

ニチレイフレッシュ・福岡魚市場・天草漁協の3者で協議した結果、それぞれの売り上げの一部を基金にして共同で取り組むアマモ場再生の取り組み「生命の海プロジェクト」が動き出しました。

上天草ブルーカーボン グリーンズ

天然のアマモから種子を採取し選別する工程までは、ブルーツーリズム推進委員会の活動と同じ。「生命の海プロジェクト」では、アマモが順調に育っているかどうかを観察するために、種をポットに植え付け苗の状態まで育ててから海底に移植する方法で取り組んでいる(写真提供:(株)ニチレイフレッシュ)

濵田さん プロジェクト全体の計画や進行は、主にニチレイフレッシュの入社2年目の20代前半の社員さんたちが毎年持ち回りで担当しています。漁業や海の現場のことを知ったり、子どもたちへの環境教育を経験したりといった、社員研修の機会にもなっていますね。

現場のことも尊重しながら一生懸命取り組んでくださるので、こちらも特に“若手だから”というような見方をせず、協力しながらプロジェクトを進めています。

上天草ブルーカーボン グリーンズ

濵田さん 地元の小学校2校と連携して、子どもたちにも、アマモ場の再生活動に参加してもらっています。子どもたちが取り組んでくれているのは、種子を海砂とともに寒天で丸いだんご状に固めたものを海に向かって投げる「寒天だんご式」です。小学三年生のうちの子も「早くやりたい!」と参加を楽しみにしていますよ。


自分で丸めた寒天だんごを海に投げる5年生の子どもたち。ニチレイフレッシュの若手社員が小学校へ赴き、子どもたちにアマモ場の大切さを教えながら、種の選別や、種まきを行う

取材中、様子をのぞきに来たのは、天草漁協の江口美好(えぐち・みよし)さん。濵田さんの前任者であり、「生命の海プロジェクト」の立ち上げ期を担当者として経験している江口さんは、複数の企業が連携しともに取り組むことが重要であると話します。

上天草ブルーカーボン グリーンズ

江口美好さん

江口さん 海の生態系を守る活動や、地球温暖化への対策は漁協としても取り組んでいかなければと思いますが、そもそも漁協はアマモに関して詳しいわけではなく、本業が最優先にある中で、漁協だけではできる範囲が限られます。
だからこそ複数の立場から共同で取り組むことで、それぞれの知見をいかしたり活動の範囲を広げたりすることができますし、海の環境に対する意識を高め合っていけたらと思います。

熱心に耳を傾けていた山下さんからは、アマモ場再生の“先輩”である「生命の海プロジェクト」に対して、「3年間取り組んできた中で、アマモ場が増えてきたなという手応えはありますか?」と質問が。

江口さん アマモ場をどのくらい増やすことができているかはまだ明確にはわかりませんが、種のまき方に関しては、手探りの状況から試行錯誤を重ねて、より着実な方法に近づいているように感じます。

実は上天草市には、熊本県の水産研究センターや、熊本大学くまもと水資源・減災研究教育センターの沿岸環境部門の拠点施設など、海の研究機関が多く、企業が関わりながら民間主体でのアマモ場再生に取り組みやすい背景があります。研究機関と連携し、アマモ場の再生活動を調査・研究のフィールドにしてもらったり、その結果を活動にいかしたりすることができる環境では、より効果的な活動を行うことができるのです。

上天草の海と日々向き合い、その変化を肌で感じながら漁業に取り組む漁協。
漁業者と卸業者の間に立ち、水揚げされた魚介類の流通拠点を担う市場。
豊かな海がもたらす恵みを物流に乗せ、小売店や飲食店、消費者の食卓に届ける企業。

それぞれの立場から“上天草の海”とつながる3者が手を取り合い、試行錯誤から始めた「生命の海プロジェクト」は、研究機関や小学校なども巻き込み、広がりをつくりながら進んでいます。

上天草ブルーカーボン グリーンズ

2024年、漁業に関わる複数の民間企業が共同で主導しながら、行政・学校・研究機関など様々なセクターが広く連携して取り組んでいることが高く評価され、「サステナアワード2024」の環境大臣賞を受賞(写真提供:(株)ニチレイフレッシュ)

海を守り続けるために、海をいかす

アマモ場の再生は、一朝一夕で成果が出るものではありません。継続的に取り組みながら実績を積んでいくことが求められます。そのためには、活動にかかる費用負担が少しでも軽減されて、無理なく続けられる仕組みをつくっていくことも重要です。

上天草ブルーカーボン グリーンズ

アマモ場の再生活動には作業にあたる人手が必要なことはもちろん、調査・研究費用や、作業のための資材購入費なども必要(写真提供:(株)ニチレイフレッシュ)

そこで上天草市が目指すのが、ブルーカーボンのクレジット化。アマモなどが吸収・貯蔵する温室効果ガスの量を「クレジット(=証書)」として取引する仕組みのことです。アマモ場の面積を増やし、吸収・貯蔵するブルーカーボンの量が増えれば、その分のクレジットを得ることができます。クレジットは、企業などに販売することにより収益を得られます。

今回紹介した二つのプロジェクトは、目の前に取り組むことはアマモ場の再生でありながら、活動を継続していくことで確実にブルーカーボンを増やすための取り組みにもなります。アマモ場の再生活動に取り組み、ブルーカーボンをクレジット化することによって利益を得られれば、その利益をプロジェクトの継続にいかすといった循環を生み出すことができるのです。

海を守ることと、そのために海をいかすことが、上天草の海を越えて循環していく未来が描けます。

上天草ブルーカーボン グリーンズ

取材を行ったのは、山下さんが所属するマリーナ。山下さんが操縦する遊漁船も停泊している

ブルーカーボンクレジットを販売するには、国が運営する「Jブルークレジット制度」の認証が必要ですが、ブルーカーボンは、グリーンカーボンや再生可能エネルギーなどと比べて、正確な評価や測定が難しく、クレジット制度の国際的な基準も発展途上にあります。認証件数は、2024年度末時点で全国で55件とまだ多くはない中、上天草市でも認証取得に向けた模索が始まっています。

上天草ブルーカーボン グリーンズ

飯野さん 2024年には、ブルーカーボンの取り組みを実施する企業や団体が、Jブルークレジットの認証申請を行う際に必要な調査方法を整理した「上天草ブルーカーボン量算定マニュアル」を作成しました。また、研究機関とも連携しながら、より正確な調査と活動の実績把握に向けて取り組んでいますが、認証申請に必要なカーボン量にはまだ達していないのが現状です。

認証の申請には、最低でも年間で0.1トンのブルーカーボンが必要とされます。飯野さんによると、0.1トン(CO₂換算)のブルーカーボンをアマモ場の再生面積に換算すると、約300㎡(約15m×20m程度)になるそうです。認証へ向けてアマモ場の面積拡大に取り組むことを考えたとき、アマモの生育に適した場所を見つけることが課題だといいます。

上天草ブルーカーボン グリーンズ

山下さん アマモが育ちやすいのは、海底が砂地で根が張りやすく、光が十分に届く程よい浅瀬で、強い波や潮流を受けにくい場所。さらに常に変わる水位の状況などもかけ合わせると、条件をクリアするところを見つけるのはとても難しい。どこでもいいから植えれば育つというわけでもないんです。

ブルーカーボンクレジットの価格は、需要と供給のバランスや取引条件によって変動しますが、クレジットを発行するジャパンブルーエコノミー技術研究組合の情報をもとに目安を換算すると、1トンのブルーカーボンクレジットの販売に対し利益は5万円〜8万円程度(※)だそう。

※ジャパンブルーエコノミー技術研究組合(JBE)2021〜23年度取引実績による

アマモ場再生の活動にかかる費用や、クレジットの認証を受けるための調査・研究費用なども考えると、クレジット化によって活動の費用負担を軽減することはできても、その利益だけでアマモ場の再生活動のすべてを支えることは現実的ではありません。しかし、上天草市がブルーカーボンクレジットに寄せる期待は、収益性だけにとどまりません。

上天草ブルーカーボン グリーンズ

飯野さん ブルーカーボンクレジットは、企業・団体や個人と上天草市をつなぐ接点となる可能性が期待できます。

SDGs未来都市の選定を受けたことをきっかけに、市内外の企業から「上天草市や海を守る活動のために、企業として何かできることはないですか?」という問い合わせをいただくようになりました。すでに企業版ふるさと納税を活用しており、沿岸部に工場を持つ企業が「海の環境保護に使ってほしい」という希望で寄付先に選んでくださったほか、昨年度は20社以上から寄付が集まっています。

今後、より多くの企業や団体が上天草市に関わるきっかけや手段を増やすためにも、ブルーカーボンクレジットの仕組みも活用していきたいと考えています。

上天草市としてブルーカーボン事業やクレジット化を見据える中で、民間から生まれた活動に、行政や研究機関も協力しながら進み始めている、上天草のアマモ場再生。すでに始まっているプロジェクトの活動からわかるのは、さまざまな立場の人がアマモ場の再生活動に参加することによって、アマモ場が“豊かな海”を守るために大切な存在であることへの理解や期待が実感を伴って広がるということ。すでに生まれているその事実こそが、上天草市におけるブルーカーボン事業の何よりの価値のように感じられます。

そこには、いろんな立場の人が参加できる余白も用意されています。例えば、都市部の企業や、海に関わる企業が加わることでも、新たな可能性が広がるかもしれません。

上天草ブルーカーボン グリーンズ

景色として眺めているだけでは見えてこない海の変化は、一歩先に、行動を起こしてみることによって見えてきます。すでにその変化に気づき、活動に取り組み始めている人たちの話に耳を傾けてみる。そこに少しでも感じることがあるならば、さまざまな選択肢の中から、自分が関われる方法を選んでみる。遠いまちからでも、会社の社会貢献活動の一環としてでも、海をつくる活動に参加することはできます。同じ海でつながる上天草に足を運んで、山下さんや濵田さんのような活動の担い手とともに、海に足を踏み入れてみることだって、できるのです。

行政・漁業者・企業・釣り人…それぞれの取り組みが交差し、うねりをつくりながら進む上天草市のアマモ場再生への道は、まだ始まったばかり。今ある豊かな海が40億年の時をかけてつくられてきたように、これからも長く続くその道は、さまざまなかたちで開かれています。

[sponsored by 熊本県上天草市]

(撮影:柚上顕次郎)
(編集:村崎恭子)

– INFORMATION –

上天草市の海の豊かさを守るーブルーカーボンを活かした持続可能なまちづくり

■企業・団体の皆様へーーともに未来をつくるパートナーを募集しています
上天草市は海の豊かさを守る取り組みに共感し、支援・連携を希望される企業・団体の皆様を歓迎しています。地域の課題解決と企業の社会的価値創出を両立する、持続可能なパートナーシップを築いていきたいと考えています。

■ブルーカーボン創出活動を行う団体への支援
上天草市では、アマモ場造成等のブルーカーボン創出の活動を行う団体に対して、各種支援を行っています。
・ブルーカーボン創出活動支援助成金の交付等の金銭面での支援
・ブルーカーボン創出活動を行う団体の情報発信の支援
・関係団体との連絡調整等の事務の支援
・Jブルークレジットの認証申請にあたっての基礎情報の提供及び申請書作成の支援等

■企業版ふるさと納税による支援を募集します
地方創生応援税制(企業版ふるさと納税)を活用することで、税制優遇を受けながら地域貢献が可能です。寄附金は、ブルーカーボン関連事業や環境教育、地域振興に活用されます。

■官民連携による協働
技術提供、人材派遣、共同研究、広報支援など、企業の強みを活かした多様な連携が可能です。CSRやSDGsの取り組みとしても高い評価を得られます。詳しくはお問合せください。オンラインでの意見交換等も可能です。

■お問い合わせ・ご相談
この取り組みにご関心のある企業・団体の皆様は、ぜひお気軽にご相談ください。ご寄附や連携のご提案、現地視察のご希望なども随時受け付けております。
• 担当課:上天草市 企画政策部 企画政策課 地方創生係
• 電話番号: 0964-26-5539

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