水色の扉が目印「うみべのえほんやツバメ号」
横須賀を走る京浜急行線の終点、三崎口の手前にある津久井浜駅。駅を降りると、個人商店が並び、坂の上の高校生たちが登下校する、のどかな様子が広がります。そんな駅前に、「うみべのえほんやツバメ号」があります。
水色の扉が目を引く10坪程のお店は、三浦半島の海から本当にツバメが訪れてくるのではないかと思わせてくれるかわいらしい店構えです。
子どもも大人も楽しめる空間
店内に入って左半分には、海外の絵本から地元の横須賀や三浦が舞台となっている絵本など、さまざまな新刊・古本の絵本が並んでいます。
一方、右半分のカフェスペースでは、コーヒーや手づくりスイーツを口にしながら、ゆったりと店内の本を片手にくつろぐことができます。
壁側の椅子はベンチシートになっており、それはお母さんと子どもが一緒に並んで絵本を読んだりくつろげるようにと、保育科を卒業し2人のお子さんを育てたお店のオーナーである、伊東さんの気づかいから生まれました。
「絵本」のもつ魅力と目を引く空間で、オープンして間もなく、地域に住む絵本作家や音楽家たちも訪れるようになり、「何かイベントをしましょう」と声をかけてくるようになったそうです。
絵本作家自らの読み聞かせイベント、羊毛フェルトで絵本の主人公をつくったり、スクラップブッキングで絵本のようなアルバムをつくるワークショップ、珍しい楽器の演奏会など、次々と絵本と人をつなぐ催しが開かれています。
地域の絵本作家さんが紹介していくことで、出版社やさまざまな絵本関係者とのつながりも広がってきました。いずれは使用しようと考えていた2階も、予定を早めて改装を始め、時間をかけてDIYをしながら、ギャラリーやイベントとして使用できるようになっています。
「絵本」が起こす化学反応
「うみべのえほんやツバメ号」は、「絵本は大人も子どもも楽しめる」ことを伝えていくお店。店内の書棚には”大人向けの絵本”と題して、伊東さんがセレクトした大人向けの絵本も並べられています。
またお店が位置するのが、津久井浜海岸に向かう通り道ということもあり、地元のひとだけではなく、海を訪れる人や果物農園に訪れる観光客などもふらりと立ち寄るそうです。
お客さんは、幼児を連れた家族やカップル、学生や学校の図書室の先生など、さまざま。お店に入る共通点は、「絵本」が好きということ。
地域で読み聞かせのボランティアをしている親御さんも訪れます。三浦市の図書館で読み聞かせの活動をしているお母さんたちを、横須賀で活動しているお母さんたちに紹介したところ、地域で異なる課題やアイデアが、お互いあることが分かりました。
気がつけば、伊東さんの手から離れて、両者がそのノウハウを共有し合い、視察に行ったりして、図書館で抱えていた課題が解決したそうです。
横須賀市、三浦市という地区内で考えると解決しなかったことが、「絵本」という興味でつながる場、そして地域の垣根のない場だからこそ、自治区を超えた、新しいつながりを生みだすのでしょう。
また、自分の持っている絵本を持ってくるお客さんも増えました。一度来店したお客さんが、後日、お店にない本や、横須賀や三浦海岸に関係する絵本を教えに来てくれるのだそうです。
そうすると今度は別のお客さんがその情報を受けて、また別の情報も持ってくるのです。追浜を舞台にした『ダットさん(こもりまこと著、教育画劇)』、三浦海岸の駅前を舞台に三浦在住の作家が書いた『ぽんこつドライブ(平田昌広著、小学館)』など、あっという間にうみべのえほんやツバメ号には横須賀や三浦の歴史、地域の魅力を伝える絵本や人が集まってきました。
そのひとつが、ビキニ環礁の水爆実験によって被爆した第五福竜丸を通して反原水爆を訴えた絵本『ここが家だベン・シャーンの第五福竜丸(ベン・シャーン、集英社)』です。
持ってきてくれたお客さんは、絵本の素晴らしさとともに、「第五福竜丸の被害のあと、原水爆実験反対の声をいち早く上げたのが同じマグロ漁船に乗る三崎の漁船員の奥さんたち」ということから、「この絵本は、三浦・三崎にとってもつながりが深く大事なメッセージ」と伝えに来たそうです。
後日そのエピソードを絵本とともにお店で紹介していたところ、今度は別のお客さんが、「自分の地域でも関連した行事があったと聞いた」と情報が集まってきました。
“大人のための絵本”というコンセプトを大事にしてきたからこそ、お客さん同士が情報を重ね、またひとつの地域の歴史がつながり、新しい表情が見えてきたのです。
地域の情報交流拠点へ
伊東さんは、はじめの2年間、ネットショップ「絵本古書専門ネットショップ 海辺の絵本屋 ツバメ号」で営業をはじめました。その傍ら、名古屋の実家のそばにあった子供の絵本専門店「メルヘンハウス」や、鎌倉にある「SONG BOOK Café」、そのほかさまざまな“ブックカフェ”を訪れ、温かく居心地の良い場を考えてきました。
リアルな「場」を開いたことによって、情報交流の質も量も変わりました。ネットショップでは情報の交流といえば、本の売買に関することばかりでした。
「場を求めていた人がたくさんいたんじゃないでしょうか」と伊東さんご自身も語るように、お店を開いてからは、訪れるひとたちが、本だけでなく地域に関することや自分のやりたいことに関することを話していくようになったそうです。
新しいイベントやワークショップが企画され、新たなつながりが生まれていく。並行してSNSを通じて情報交流も盛んになっていく。ネットショップのときはあくまでも「絵本古書店」だったお店が、いまは地域の情報交流拠点にもなっているのです。
うみべにある世界観とふらりと立ち寄れる温かい空気を醸し出すうみべのえほんやツバメ号は、「絵本」の魅力を提供しながら、化学反応を起こし、まちにひとつひとつ新たな表情を生み出しています。