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アートがつなぐ、震災の記憶と希望。宮城のアートシーンをめぐる日帰りツアー [イベントレポート]

地元の人たちに愛されていた解体予定のカフェ・ロワンにて
アートプロジェクトの舞台となった、解体予定のカフェ・ロワンにて

震災後、東北地方にはさまざまなアートのプロジェクトやアーティストによるワークショップが立ち上がり、それらは各地で今も広がりをもって継続されています。

5月18日(土)、現代アートの教育やアートを通した交流の場を提供するNPO法人アーツイニシアティヴトウキョウ[AIT/ エイト]の主催で、東京発着の「宮城のアートシーンを巡る日帰りアートツアー」が開催されました。

アートを通じて、東北で今起こっていることを目や耳で感じ、そこに関わり、暮らす現地の実践者たちと対話。参加者それぞれが強く感じるものがあった貴重な一日となりました。当日の様子をレポートします。

アートで震災に向き合う「ビルド・フルーガス」

新幹線で仙台駅着後、貸切バスに乗車。バスの中で自己紹介をしながら向かったのは、宮城県塩竈市のアート・スペース「ビルド・フルーガス」。AITと共に今回のツアーを企画してくれた、高田彩さんが主宰するアート・スペースです。

塩竈市のアート・スペース「ビルド・フルーガス」を主宰する高田彩さん(Photo by NANAE TAKAHASHI)「ビルド・フルーガス」を主宰する高田彩さん(Photo by NANAE TAKAHASHI)

高田さんはAITが主催する現代アートの学校「MAD (Making Art Different =アートを変えよう、違った角度で見てみよう)」の修了生です。ツアー参加者には「MAD」受講生・修了生も多く、つまり先輩にあたります。

カナダ留学を経て2006年、高田さんは出身地である塩竈市にこのアート・スペースを立ち上げました。しかし、ようやく地域の人々との信頼関係ができ軌道に乗った2011年、東日本大震災が起きます。

今まで収集したアート作品の一部が津波で水浸し。「わたしがやってきたことは、ただの紙きれにすぎなかったのかな…。」そんな風に心底落ち込んだ当初でしたが、これまで共に歩んできた人々と一緒に、「愛する街が傷を負ったこと」に、アート活動を通して向き合ってきました。

精一杯だった日々から2年経ち、「現状対応から、ようやく冷静に、これからのビジョンを想い描けるようになった」と語る高田さんが最近関わったのが、「ジョルジュ・ルース・アート・プロジェクトin 宮城」です。

解体される地元カフェに、新たな”記憶”を生み出す「松島 ネガ/ポジ 2013」

ジョルジュ・ルースと手がけたアートプロジェクト「松島 ネガ/ポジ 2013」作品展示ジョルジュ・ルースと手がけたアートプロジェクト「松島 ネガ/ポジ 2013」作品展示

プロジェクトの舞台は、松島湾を望む高台にある「カフェ・ロワン」。眺めがすばらしく、地元の憩の場として愛されてきたこの空間は、地震によって建物が傷み、使用することができなくなりました。

高田さんは、フランス人アーティストのジョルジュ・ルース、美術関係者、そして地域住民と共に、現代アートのふれあいを通して、3.11後の宮城の新たな出発のきっかけとなるようにと、解体予定のカフェに絵を描き、写真を撮り、空間の記憶を残すプロジェクトの一員として企画に携わりました。

今回のツアーでは、「ビルド・フルーガス」のギャラリーで制作の記録映像と完成作品の写真の特別展を鑑賞。高田さんと制作に参加したボランティアスタッフさんから、制作過程や作品解説のお話をしていただきました。

アートプロジェクトの舞台となった、解体予定の「カフェ・ロワン」アートプロジェクトの舞台となった、解体予定の「カフェ・ロワン」

2013年4月、解体予定の「カフェ・ロワン」の壁や床は、ルースとボランティアスタッフの手で青く塗られ、満開の桜を背景に、青と白の2つの対の星ができあがりました。こうして作品「松島 ネガ/ポジ 2013」が完成しました。

お話を伺った後、「カフェ・ロワン」に実際に足を踏み入れます。秋には解体されるこの空間を歩き、松島湾から吹く風を感じながら、地元の人たちの記憶、そして希望に想いを馳せました。

ランチは塩釜仲卸市場で「マイ海鮮丼」づくり

塩釜仲卸市場にて。目の前でさばいてもらえる。(Photo by NANAE TAKAHASHI) 塩釜仲卸市場にて。目の前でさばいてもらえる。(Photo by NANAE TAKAHASHI)

ランチは塩竈漁港でとれた新鮮な水産物や加工品などを取り揃えた卸市場で、地元の恵みを堪能。ツアー参加者でグループをつくり、好きな具材を調達してシェアします。初対面同士でも、おいしい「マイ海鮮丼」をつくるために協力し、アートについて語り合うと、いつの間にか顔なじみに。

石巻市の実践者たちを訪ねて

次に向かったのは、甚大な被害を受けた石巻市。町の復興をめざして、石巻を拠点に建築やデザイン、アートに関わる活動をしている「日和アートセンター」と、グリーンズでも何度かご紹介している「石巻工房」と「石巻2.0」を訪問します。道中、震度5強の地震が発生するという場面も…。

国内外のアーティストを受け入れるアーティスト・イン・レジデンス事業や、石巻を拠点に活動するアーティストの情報収集・発信を行う「日和アートセンター」に到着。

スタッフの立石沙織さんから、震災をきっかけとしたアート・スペースの変遷を伺った後、滞在制作を行ったオーストラリア出身のアーティスト、リチャード・バイヤーズさんによる展示「光とつくる」を鑑賞。リチャードさんが滞在中、心を動かされた「石巻の日常風景」を中心に写真やインク・ドローイングで表現した作品です。地元の人たちの希望から、被災して今はなき建物の姿や、復興活動中の様子を描いた作品もありました。

石巻市「日和アートセンター」の立石沙織さん石巻市「日和アートセンター」の立石沙織さん

次に、隣接するシェアオフィスで活動する「石巻2.0」へ。「石巻2.0」は、石巻を震災前の状況に戻すのではなく、新しいまちへとバージョンアップさせるために2011年6月に設立された団体で、石巻経済新聞や復興BARなどを運営しています。代表の松村豪太さんから、「新しい石巻をつくる」という想い、そして立ち上げから地域を巻き込んでいった過程や、現在の課題意識などを伺いました。

「石巻2.0」代表の松村豪太さん「石巻2.0」代表の松村豪太さん

続いて「石巻2.0」に隣接する「石巻工房」へ。2011年に生まれた石巻旧市街地にあるものづくり工房です。復興のため、自力での修繕や生活必需品を制作する支援をするほか、人材の育成など「地域のものづくりのための場」を目指し、建築やプロダクトに関わるデザイナーと、地元の人や企業が協同して活動しています。

「石巻工房」代表の千葉隆博さん「石巻工房」代表の千葉隆博さん

石巻工房がつくった椅子に座り、代表の千葉隆博さんを囲んで、支援を待つだけではダメになってしまうという現場の危機感や、デザインやものづくりを通した自立復興活動に耳を傾けました。千葉さんは、実は鮨職人の後継者でしたが、震災でお店がなくなったことをきっかけに、趣味だった大好きな日曜大工を本業にできた、なんていうお話もポロリ。

集合、発信、記憶の拠点「せんだいメディアテーク」

最後に訪れたのは、「せんだいメディアテーク」。図書館、ギャラリーなどを併設し、美術・映像文化の活動拠点であると同時に、展覧会・ワークショップの企画などを行う生涯学習施設です。

企画・ 活動支援室室長の甲斐賢治さんから、市民、専門家、スタッフが協働し、復旧・復興のプロセスを独自に発信、記録していくプラットフォームとなる「3がつ11にちをわすれないためにセンター(通称:わすれン!)」の活動や、震災復興や地域社会、表現活動について考える場である「考えるテーブル」の活動について伺いました。

「せんだいメディアテーク」甲斐賢治さん 「せんだいメディアテーク」甲斐賢治さん

ほかにも、宮城県を拠点に活動するアーティストである志賀理江子さんと開催された展覧会や、震災の記録のみならず、市民グループの活動の資料を、未来の財産となるように記録するデジタルアーカイブについて、また、現在直面しているリアルな課題や今後の展望に耳を傾けました。

行政と市民が一丸となった活発な活動の様子に驚き、未来の為に「記録」をするという文化装置の必要性について考えさせられました。地域に根付き、人と人、過去と未来をつなぐハブとしての「せんだいメディアテーク」の魅力を、肌で感じることができました。

アートがつなぐ人と地域、記憶と未来

ツアーをガイドしてくれた主催「AIT」のキュレーターの塩見有子さんと堀内奈穂子さん(Photo by NANAE TAKAHASHI) AITキュレーターの塩見有子さんと堀内奈穂子さん(Photo by NANAE TAKAHASHI)

バスの中での感想発表タイムでは、参加者からは、「マスメディアでは見られなかった、現地の人たちの等身大の姿に触れることができた」「アートができること、できないことについて考えさせられた」「生命力に勇気づけられた」といった声があがりました。

日常生活から離れ、アートを通じて現地の記憶、現在、そして未来への希望に触れたことで、今後の震災復興そして日本の未来にどんな風に関わっていけるのか。それぞれの心の中に、小さな”種”が生まれたようです。