「社会起業」をするつもりはないけど、社会に貢献する仕事がしたい。最近、そんな声を周りで聞くようになりました。いまの会社・いまの仕事を通して社会に貢献する方法を模索している方が増えているようです。
そういった方にご紹介したいのが、「コスメ調合室フルフリフリフラ」の取り組みです。フルフリは、自然派化粧水のてづくりキットを販売する会社。サイト上で化粧水の原材料を選び、自宅で調合するというちょっと変わったサービスを提供していますが、基本は化粧品会社です。それにも関わらず、
・放置された小田原のみかん農園を整備
・障がい者と一緒にビルの屋上を緑化
・出荷作業を障がい者に依頼し、一般業者と同水準の報酬を支払う
・カンボジアで若者の就労支援を行う女性起業家と一緒に商品開発
といったことを、本業を絡めて行っているのです。今回は、その背景やノウハウをご紹介します。
放置みかん農園を整備して、みかん花化粧水をつくる
フルフリで販売している商品のひとつ、「みかん花化粧水KUNO」は、温州みかん花蒸留水から作っている化粧水です。社長の杉拓也さんはなんと、この化粧水をつくるために小田原の耕作放置されたみかん園を整備する団体「里山みかんプロジェクト」を仲間と立ち上げてしまいました。
杉拓也さん
最初は、みかん農園の再生に取り組むNPOから花をもらう予定だったんです。でも、その団体が農園の整備を投げ出しちゃって(笑)。捨て犬を拾うような気持ちで、引き受けることにしました。
輸入自由化によりみかんの価格は下落し、国内でみかん農園の耕作放棄が増えています。1kg150円という卸価格では、みかん農園を維持するための費用を捻出するのは困難です。
でも、実はみかんの花のエッセンスや蒸留水は、フランスでは「ネロリ」と呼ばれとても高価に取引されているものなんです。通常は価値がない葉っぱや青い実も、「プチグレン」というアロマテラピーの成分になります。こうした今まで捨てられていたものを化粧品の原料として使って、売上を農園の維持費用に回しています。
ここで小さな成功事例をつくれば、大手化粧品会社が真似をして、困窮する日本のみかん農園を少しでも助けてあげられるかもしれません。
杉さんがこのプロジェクトを始めた5年前、国内で同様の試みをしているところは他になかったといいます。それが、ここ最近ちらほらと噂を聞くようになったそう。杉さんは「どんどん広まってくれたら」と願っています。
地域の資源を使って特産品を開発
フルフリでは、外部の団体とのコラボレーションを行うこともよくあります。
ハンガリーウォーター「てんくうびより」は、障がい者の就労支援を行う「WEL’S新木場」と一緒に開発した商品。フルフリとWEL’Sが借りているシェアオフィスの屋上で、知的障がいを持った方にハーブを育ててもらい、そのハーブからできた化粧水の収益を工賃や庭園の維持管理に充てるという、これまでにない試みです。
「補助金や寄付による運営」「低い収益率」といった障がい者就労支援事業の常識、コストがかさむ屋上緑化の常識に挑戦しています。
また、カンボジアで若者の仕事づくりを行う「クル・クメール・ボタニカル」と開発したのは、現地で採れるハーブを使ったバスソルトやバスティー(入浴剤)。ある日、代表の篠田ちひろさんから相談のメールが届き、質問に答えているうちに親しくなったそう。最終的にはカンボジアまで行って商品を仕上げました。
現在は、高知県室戸市の団体と一緒に、地元産品を使ったコスメを開発中。地方には、食用にはできなくても、化粧品の原料としては活用できる素材がたくさん眠っています。フットワークの軽い杉さんは「交通費さえ出してくれれば、どこへでも行く」そうなので、地域の特産品を開発したいと考えている方がいたら、一度相談してみてはいかがでしょうか。
最初に仕組みをつくれば、障がいがあっても健常者と同じ仕事ができる
フルフリでは商品の出荷作業を障がい者の方々に依頼しています。お支払いしている報酬は、出荷一件につき200円。これは一般の業者に頼む場合の価格と同程度の水準だそう。
障がい者の賃金が低い理由は、その程度の簡単な作業しかさせないからです。僕のところでは、けっこう難易度が高い作業をお願いしています。でも、ミスの発生率は一般の業者と同じなんですよ。それは、最初に手間をかけて、障がいがあってもできる仕組みを整えているから。
作業所でははじめにその日出荷するアイテムを全て机に並べ、一人がメモを読み上げ、一人が確認します。次に、注文を読み上げて一つずつ箱に詰めていきます。これなら、入れ忘れがあった場合でも、テーブルにアイテムが残っているから気づけますよね。
役割分担によって一人ひとりが行う作業の難易度を下げ、ミスをしても気がつく仕組みをつくる。そうすれば、障がいを持っている方にも難しい作業を発注することができるというわけです。
でも、そもそもなぜ杉さんは障がい者の就労支援を行おうと思ったのでしょうか。
昔、電車の中で、突然大声を出し始めた男性がいたんです。他の乗客はみんな逃げていっちゃったけど、僕はそのとき失恋した直後で苛立っていたから、「何だおまえ!」と食ってかかったんですよ(笑)。それで話を聞いてみたら、少し精神的に障がいがあって、好きな子がいるけどうまくいかないと悩んでいたようで。「…わかるよ」って、共感しちゃったんです。今まであまり障がいを持った人と接することがなかったけど、悩みは同じなんだなって。
それから障がいを持っている人に関心を持ち始め、スペシャルオリンピックスでの通訳ボランティアにも参加しました。障がい者がもっと幸せに暮らせるといいなと思うし、そういう社会って、普通の人にとっても生きやすいんじゃないでしょうか。マイノリティを受入れる職場では、パワハラやセクハラも起きにくいし、子育て中の方も気持ちよく働けるのでは、と思っています。
企業内では秩序を守るために一定のルールが存在し、そこからはみ出した社員は「ダメ社員」とレッテルを貼られがち。でも、人は本来とてもユニークな個性を持っているし、働き方や方法はもっと多様であっていいはず。職場にマイノリティを受入れることで、ルールに人を当てはめてできないことを責めるのではなく、一人ひとりの個性を活かす方法を生み出していくように意識が変わるのかもしれません。
共感する団体に仕事を依頼することで、社会を少しだけ良い方法へ
フルフリの利益は微々たるものですが、商品の材料を買ったり、作業を依頼したりすることで、誰かの雇用やお金を生み出しているんですよね。それってすごいことだなって、あるとき思ったんです。
せっかくなら、自分が応援したい人や共感している団体に回したい。そうすることで、社会がちょっとだけ自分の好きな方向、「こうあってほしい」という方向に向かっていく。杉さんはそう考えているといいます。
たとえば何か製品をつくっているとしたら、地方で今まで活用されていなかった自然素材を使うことでその地域は潤い、製品も独自性のあるものが生まれるでしょう。たとえばどこかに外注している作業があるなら、それを障がいを持った方にお願いすることで就労支援につながり、メンバーの個性を活かす姿勢や知恵が身に付くかもしれません。
共感できる人と一緒にいい仕事をして、お互いにとってプラスを生む。そういった事例がどんどん生まれたら、仕事も社会も、どんどん楽しくなりそうですね。