「なぁ、この人たちだれ?」
「まーちゃんのお友だちが遊びにきてくれてん」
取材チームが到着したとき、門の前で子どもたちと遊んでいた“まーちゃん”こと「一般社団法人 和草(にこぐさ)」代表の溝口雅代(みぞぐち・まさよ)さん。少し緊張気味の子どもたちに、私たちをそんなふうに紹介してくれました。
和草は、奈良県生駒市小平尾町にある古民家を借り、フリースクールを運営しています。
フリースクールとは、何らかの理由で学校に行かなくなった子どもたちが、その代わりに過ごす場所のこと。子どもの不登校は年々増加傾向にあり、令和2年度は小学生だけでも全国で63,350人と、過去最高に(参照:文部科学省調査)。生駒市をはじめ各自治体もさまざまな制度をつくっているものの、本人や家族にとって「居場所探し」が大きな課題となっているのが現状です。
和草には現在、16名の子どもたちが通います。時間割もルールもない“100%自由”な環境で、子どもたちは驚くほどの変化・成長を遂げているといいます。
代表の溝口さん、副代表の石尾修一(いしお・しゅういち)さん、そして和草に関わる地域のみなさんに、設立の背景や大事にしていることをうかがってきました。
一般社団法人和草代表理事。
児童英語講師、保育士として英語塾や保育園で教育に長年携わる。2015年にこども食堂「たわわ食堂」をスタート。2017年に「一般社団法人和草」を立ち上げ、現在は個別学習塾とフリースクールを運営。
一般社団法人和草副代表理事。自然農百姓・数学講師。
長野県で数学教師をしたのち、農家に転身。生駒市にUターンして自然農を営む。
2017年に溝口さんと一緒に和草を設立。
ダンサー・ダンス講師。「sukima dance club」代表。
和草で月に1回ダンスレッスンを開講。和草に通う小2男児の保護者。
こども食堂で感じた、フリースクールの必要性
かつては子ども英語塾の講師をしながら、実家の保育園でもスタッフとして働いていた溝口さん。子どものことを「もっと知りたい」と専門学校へ通い、30歳のときに保育士の資格を取りました。
保育実習で児童養護施設などに通う中、「食」の大切さに気づいたことがきっかけで、2015年にこども食堂「たわわ食堂」をはじめます。
溝口さん 食器の音や調理のにおいで、「もうすぐご飯できるね」「待ち遠しいな」と感じてからご飯を食べるのが大事だと気づいたんです。それと同時に、「子どもの7人にひとりが貧困」ということを知りました。東京でこども食堂をはじめた人の記事を新聞で見て「これならできる!」って。
当時はまだ子ども食堂が世間に認知されておらず、生駒市に貧困の子どもがどれだけいるのかを小学校の先生に聞いてもわからない、手探りの状況でした。
ところが、たわわ食堂にやってくる子どもたちと接するうちに、現状が見えてきたといいます。
溝口さん こども食堂をやってみて、生駒には「背負ってるものが多いな」と感じる子が多かったんです。塾や習い事ですごく多忙で時間がない子や、自分の思いで動けていない子、「こっちがダメならあっちに行こう」と、バネのように“しなる”のが不得意でパキンと折れてしまうイメージの子が多く、いつか行き詰まるような気がしたんです。だから、いずれフリースクールが必要になるだろうなという気がしていました。
石尾さんと出会い、「学び処和草」がはじまる
石尾さんは長野県の進学校で数学の教師をしていましたが、「偏差値=人の価値」のような校風に違和感を覚えるようになり、農業の道へ。やがて自然農に挑戦するため地元の生駒市に拠点を移します。溝口さんと出会ったのは、畑をやりながらフリースクールを立ち上げたいと考えていたときでした。
たわわ食堂に学習支援を取り入れようとしていた溝口さんにとって、農業と教育に携わってきた石尾さんは願ってもない存在。たわわ食堂の中で無料塾を開催するなど、一緒に取り組むようになりました。
そして2017年、生駒市内のビルの一室で、まずは個別指導の塾「学び処 和草(以下、学び処)」をはじめました。
学び処では溝口さんが英語と“遊び”を、他の科目を石尾さんが担当します。幼稚園児から高校生まで幅広い年齢の子どもたちが通っていますが、そのときその子がどうしてほしいのかをお二人が“におい”で感じとり、その日の内容が決まるそう。
溝口さん 「とにかく遊んでほしい!」というご依頼で、個別でみっちり遊ぶ幼稚園児さんのクラスもあるし、中学生でも9割くらい話をするだけの日もあります。一旦気持ちがピースフルに戻ったら、そこから勉強をプラスする。 すると、不思議と本人が納得のいく結果がついてくる感じ。
石尾さん 自然農の畑みたいに、一人ひとりが個性を持って伸びたいときに伸びる感じがいいなと。時期が来たら支柱を立て、まだ小さいときはお日様が当たるように草刈りでそっとお手伝いをして。それぞれの成長と生きる力に日々感動です。
子どもたちとの関わりで大事にしていること
2018年には、学び処と同じ場所で「フリースクール和草(以下、和草)」をスタート。当初は1〜2人が通う程度でしたが、2021年6月に現在の場所へ引越し、本格的に始動しました。
和草が開くのは、月火木金と週4日。毎日通う子もいれば、週に1度だけの子もいます。
プログラムは特にありません。好きなゲームをずっとやっていたり、「ドッヂボールしよう」と外に繰り出したり。みんなが好きなように1日を過ごします。
通いはじめた当初は周囲に攻撃的な言動を取っていた女の子が、いつからか「ありがとう」を言えるようになったり、下の子のお世話をするようになったり。一日中同じところでじっと動かなかった男の子が、1年後にはお友だちを集めて「こういうことはやめてほしい」と自分の意見を伝えるようになったり。日々、子どもたちは目まぐるしい変化を遂げているといいます。
そんな変化の背景には「いろんなことに対して余裕が持てるようになったんじゃないかな」と溝口さん。お二人は、子どもたちとの関わりの中で、どのようなことを大事にしているのでしょうか。
溝口さん 子どもたちをよーーく見て、欲しているものとか、「今こんな言葉がいるのかな?」とか、逆に「何も言ってほしくないんかな」とか。必要そうなら行くし、そうでなければ客観視します。心はピタッと寄り添って、目が合ったら見てるよと合図は送りつつ、お口はチャックでジャッジしないように。同じ子でも毎日違うし、だからこそちょっとした変化がすごくおもしろい。これが醍醐味ですね。
夕方に学び処へ移動してから、二人で「今日、気づきました?」と子どもたちの小さな変化をシェアするのが楽しみだそう。
石尾さん 「和草」って、若い出たての芽のことなんです。そういう瞬間が子どもたちの中にいっぱいある。できてなかったことが急にできたり、尖っていたところがきゅっと丸くなったり。それが楽しくて楽しくて。僕の呼び方も「石尾さん」から「石尾」、やがて「石」まで省略されて、それがまた「石尾さん」に戻っていったり。だんだんだんだん丸くなってる感じ。
学校とちがい勉強の時間がほとんどない過ごし方に、「うちの子は字を書けない大人になるのでは」と不安を抱く保護者も少なくないといいます。そんなとき溝口さんは「絶対大丈夫!」と力強く励ますそうです。
溝口さん 絵と同じで、「書きたい」って思ったら絶対書くと思っています。鉄道好きな子が必死で駅名を書くこともありました。「いつできるようになるか」なんてどうでも良くて、どっかで帳尻が合えばいいんです。
漢字が苦手な子も、数字が苦手な子も、それは個性。「得意なところを伸ばしてあげれば、その子らしく成長してたくましくなってくれる」と石尾さんも語ります。
今年の9月からは週に1回「勉強の日」をつくり、石尾さんが2階の一室に「まなびどころ」と掲げ、子どもたちを待っているそう。お絵描きをする子も、学校からもらったプリントを持ってくる子もいます。
溝口さん 子どもたちは、本能的に自分の好奇心のある方に興味がいくんだと思います。お友だちにゲームのやり方を説明することで表現がすごく上手になる子もいるし、「時間がもったいないからもうゲームせえへん」という子もいるんです。
“地域びと”との関わりが、子どもとの共通言語を増やす
溝口さん たとえば私がゲームのことをよくわかっていれば、子どもとの話を深めるきっかけをつくれます。でも、ゲームも小説も人気のキャラクターも全部に詳しくなるのは無理。100%自由でカリキュラムがない分、何か特定のものを好きな子が、それをいかして次のステップに行くために、地域の人の力を借りていけたらいいなと思っているんです。
北島章子(きたじま・しょうこ)さんは、 そんな“地域びと”の一人。今年度から月に1回、和草でダンスのレッスンをしています。
ダンサーであり、ダンス講師でもある北島さんは、1年ほど前から和草に通う子どもの保護者でもあります。自身のキャリアをいかし、今年、不登校の子どもたちのためのダンス教室「sukima dance club」をはじめました。
北島さん 去年、学校に行かなくなってから和草にたどり着くまで、いろんな選択肢を探したんですけど、結局ここに来るかどこにも行かないか、その二つしかなかったんです。昼間にやっている習い事すらなくて、「何かあってもいいんちゃう?」って思ったんですよね。この地域にもきっと同じ状況の人がいるはずなのに、不思議! って。
その感覚をずっと忘れないでおこうと感じていた北島さん。息子さんにとって和草が大事な居場所になってきたのを機に、「行く場所がない子がアクセスできる場所をつくりたい」という思いを行動に移すことにしました。
北島さん ダンスって別の言語をひとつ持っているくらいの強みにもなるんです。ジャンプしたら前向きになるとか、体から意識が起き上がっていく体験もできる。そういう、身体と中身、“入れ物”と自分自身との付き合い方っていうのを、不登校の子どもたちだからこそ知ってほしいです。
レッスンは水曜日に開催し、ダンスでお腹を空かせた後はたわわ食堂でご飯を食べるというのがもっぱらの流れ。一度溝口さんに会えば、その子たちが居場所を探すときにアクセスしやすくなるだろうと、和草との橋渡しの役割も担っています。
和草では、子どもたちの様子に合わせて臨機応変に対応できるよう、プロのミュージシャンを呼び太鼓の生演奏でレッスンに臨みます。本物の太鼓の音を感じながらリズムで遊んでいるうちに、気がついたらダンスのような動きになっていればOK。そんな場面をたくさん引き出そうと、毎回工夫しています。
「いつかは舞台に乗せたい」と、更なるビジョンも描く北島さん。帰宅後に息子さんとレッスンを振り返ることも増え、和草に関わる喜びを感じているそうです。
目の前の人たちと、自分の根っこを育む
北島さんをはじめ、和草には何人もの地域びとがボランティアなどの形で関わっています。同じようなしんどさを抱えている高校生が、有償ボランティアとして子どもたちと関わることで、元気をもらって帰ることもあるとか。
この日はたまたま、はじめてボランティアに訪れた生駒在住のプログラマーの男性も。地域びととのつながりは日々濃くなり、子どもたちに新しい世界を見せてくれています。
溝口さん 育ってきた地域は自分の根っこになる。だから、たまたま目の前にいる人たちと育む何かが、この地域で根付いていけばいいなと思っています。それが自分のルーツになり、深ければ深いほどいいものだと思うので。困っているおばあちゃんがいたら手を貸すとか、散歩している人に声をかけるとか、自分の周りを大事にするという意味でも、目の前の人と幸せになって、根っこをぐんと深く育ててほしいなって思います。
石尾さん 自然と同じで、まちは多様であればあるほど豊かだって思っていて。若い子もお年寄りも障害を持っている人も、いろんな人とつながりを持ってくれたらいいなって。
“目の前の人”を大事にするからこそ、出会えた子ども一人ひとりに深く関わっていくのが溝口さんたちのスタンスであり、喜びであることが伝わってきました。
教育熱心な家庭が多いと言われる生駒市。毎日元気に学校へ行き勉強や部活を頑張ることを当たり前に求める大人はまだまだ多く、子どもが「学校に行きたくない」と声に出すことも、親がその声を受け入れ周囲に相談することも、容易ではないのかもしれません。
だからこそ、和草をはじめ、この連載で紹介してきた生駒の大人たちーー子どもの個性を大事にする商店街の人たちや、生きる力を身につけさせようと奮闘する学校の先生たちーーのように、子どもたちのありのままを大事にする人が増えてきているように感じます。今後の生駒では、地域で子どもを育む動きがますます活発になっていくのではないでしょうか。
たった今だって、毎日をなんとか生き抜いている子どもや、その姿を見て泣きたくなっている大人がきっといるはず。どの地域でも、子どもたちが自分に合った場所で毎日を過ごせるのが当たり前になりますように。取材を通し、そんな願いが深まりました。
(撮影:都甲ユウタ)
(編集:増村江利子)