12月2日に公開された映画『沈黙 立ち上がる慰安婦』。
従軍慰安婦というセンシティブな問題を扱った映画で、触手が伸びない方も多いかと思いますが、実際にどのようなことが起き、当事者たちは何を言っているのかを知らなければ、それについて考えることもできません。
その意味で映画をぜひ観てほしいのですが、この映画の日本での上映にはMotionGalleryのクラウドファンディングで集めた支援金が使われました。
今回は、クラウドファンディングが映画に何をもたらしたのかを中心に、監督の朴壽南(パク・スナム)さんと、娘でプロデューサーの朴麻衣さんにお話を聞きました。
1935年三重県生まれ。在日朝鮮人2世の作家として民族差別問題に取りくみ、小松川事件の死刑囚・李珍宇少年との往復書簡『罪と死と愛と』(63年)で注目を集める。『もうひとつのヒロシマーアリランのうた』(86年)で朝鮮人被爆者の実態を映像化し、続いて沖縄戦に連行された朝鮮人軍属と「慰安婦」の証言を掘り起した『アリランのうたーオキナワからの証言』(91年)で約20万名を動員。日本の植民地支配による朝鮮人犠牲者の沈黙に光をあて続ける。『ぬちがふぅ(命果報)-玉砕場からの証言-』(2012)では沖縄戦の「玉砕」の真実に迫った。第19回韓国KBS海外同胞賞受賞。
距離をおいた視点が映画を自分ごとにする
まず簡単に映画『沈黙 立ち上がる慰安婦』について説明します。
映画はスナムさんと麻衣さんが、韓国の田舎を訪れるところから始まります。そこに暮らすのはイ・オクソンさん。スナムさんとは久しぶりの再会で、抱き合って喜びます。
オクソンさんは1994年にいわゆる「従軍慰安婦」として名乗りを上げて14人の仲間とともに来日し、日本政府に謝罪と補償を求める活動を行った女性たちの一人。それ以降20年以上に渡って闘い続けてきました。
スナムさんはその活動の初期からハルモニ(おばあさん)たちに寄り添い、その闘いを記録してきました。映画にはその記録を中心に、彼女たちの活動と、それが日本と韓国でどう受け止められてきたかが描かれます。
国会前のデモや講演会といった表立った活動も取り上げる一方で、彼女たちが日本でどのような日常を過ごしていたのか、そこにどんな困難があったのかということも映し出しています。
「慰安婦問題」をどう捉えるかは、この映画を観終わった後でも人それぞれ違うと思います。それはそれでいいのです。なぜなら、スナムさんはハルモニたちと一体化し彼女たちの主張を声高に叫ぶためにこの映画をつくったわけではないからです。映画を見ると、その視点は一歩引いたところにあり、傍観者としての立場から組み立てられていることがわかります。
スナムさん自身もこの客観的な視点は強く意識されていたといいます。
スナムさん わたしの映画はいつもドライで入り込まないんです。自分を全部入れてしまうとドキュメンタリーの独立性がなくなってしまうから、できるだけ距離を置いて編集しています。
全身から吹き出しそうな感情を抑えて距離を取るというのは難しいんですけど、感情移入をできるだけ拒否して抑制することが大事なんです。
この「距離を置いて客観的であろうとすること」が、実は私たちをこの問題へと近づけます。思いっきり感情論で被害者たちの悲惨さをアピールされてしまうと、どうしても距離を取りたくなってしまうものです。
それは罪の意識から来るものなのか、それとも懐疑的な心から来るものなのかはわかりませんが、とにかく映画の物語から距離をおいてしまいがちです。
それに対してこの映画は、映画自体がすでに彼女たちの感情から距離をおいているので、観ている側はすんなりとその視点に入っていけます。その上でハルモニたちが語る悲惨なエピソードを聞くことで、その語られていることの意味を自分ごととして考えることができるようになるのです。
クラウドファンディングを発明した人に、
ノーベル平和賞をあげたい
この作品がクラウドファンディングを行ったのは、日本での公開のための資金を集めるためでしたが、つくる段階でもお金はなかったし、そもそも第1作をつくった頃からお金は全然なかったとスナムさんはいいます。
スナムさん ドキュメンタリーはだいたい「この映画をつくらなきゃいけない」という強い思いでつくるから、お金がなくても無理しながらつくってる人が多いんですよ。私たちも基本的にカンパで映画をつくっていて、思いのある人がお金を持ってきてくださるんです。
『もうひとつのヒロシマーアリランのうた』の時なんか、定年退職した大阪の高校の先生が200万円の退職金を持ってきて「これで映画をつくってください」って言ってくれて、あの映画はそれでつくれたようなものでしたよ。
プロデューサーの麻衣さんも、お金集めの苦労について話します。
麻衣さん 以前はニュースレターをつくって色々な人に発送して思いを伝えて、郵便口座にお金を送ってもらったりしていて。
本当に30年も40年も同じ人からカンパをいただいて、それはそれで嬉しいんですけどもう少し広げられればと思ってました。
今回も本当にギリギリで、韓国の映画祭に呼ばれて行っている間に資金がゼロになってしまったんです。
韓国の映画祭というのは「DMZ(非武装地帯)国際ドキュメンタリー映画祭」のことで、この映画祭で同作は特別賞を受賞しました。映画祭が開催されたのは2016年の9月、ちょうどクラウドファンディングを実施していた期間でした。
資金がゼロになってしまうくらい資金難であるにも関わらず、企業スポンサーなどは付けずに映画づくりを続けてきたのは、お金に対するこんな考え方があるからです。
スナムさん お金というのは心でしょ。クラウドファンディングの魂というかアイデンティティがまさにそれですよね。お金に魂。
それに、メッセージ付きっていうのがいいですよね。お金だけじゃちょっと寂しいですけど、メッセージが届くと本当に喜びましたね。ぺちゃんこになってた気持ちが風船のように膨らんで。クラウドファンディングを発明した人に、ノーベル平和賞あげたいくらい!
クラウドファンディングを行った人に話を聞くと、必ずと言っていいほど、「お金に思いが乗っているところがいい」といいます。単にお金を集めるだけでなく、お金を通じて心が通じ合うような気がするというのです。
スナムさんは以前から思いのこもったお金を使って映画をつくってきました。その意味でクラウドファンディングには出合うべくして出合ったのかもしれません。
お金の意味と人間の尊厳
”お金”は映画の中でも鍵になっています。
ハルモニたちは謝罪と賠償を日本政府に対して求めるわけですが、日本側では政府による賠償ではなく、政府からの出資金と寄付によって設立された「女性のためのアジア平和国民基金」からの「償い金」というかたちで彼女たちにお金を渡そうとします。しかし、ハルモニたちはこれを拒否。
基金の人たちとハルモニたちが話し合う場面はこの映画の一つのクライマックスとなりました。
この事実をどう捉えればいいのか。
”お金の色”ということを考えると、善意で寄付をした人たちからのお金のほうが思いが乗っているように思えますが、ハルモニたちがお金に求めたのは思いではなかったのです。彼女たちが求めたのは尊厳の回復であり、そのためには尊厳を損ねた張本人である日本国に賠償してもらう必要があったのです。
私は正直、映画を観たときにはそのことがピンときませんでした。むしろ善意の人たちの思いが乗ったお金のほうがいいのではないかと思ったのです。それは、ここまで問題がこじれてしまうと、私たちとしてはそういう方法でしか彼女たちに償うことができないのではないかと考えたからでもありましたが。
しかし、スナムさんの話を聞いて、戦争を体験した人たちとの感覚の隔絶を感じました。スナムさんはこう話します。
スナムさん 「我等は皇国臣民なり、忠誠以て君国に報ぜん」というフレーズわかりますか? 私たちはあの教育を受けたんです。それを聞くとビリっと来ましたね、子どものころは。
このフレーズは、皇民化教育のため1937年に発布された「皇国臣民ノ誓詞」の一節。国民基金との話し合いのシーンでオクソンさんが突然朗々と唱え始める言葉です。
スナムさん あの言葉によって彼女たちは精神的にもがんじがらめにされて、日本国のために死ぬことが名誉だって徹底的に吹き込まれてきたんです。だから、あんな生き地獄でも、従うか死ぬかの選択肢しかなかったんです。
そして、その教えは戦後に覆されます。
スナムさん 戦争が終わったら、教科書を墨で塗れって言われて、ぜんぜん違うことを教えられるようになった。あれは本当にショックでしたね。
いまだに頭に刻まれている言葉。しかしその言葉が語っていることは嘘で、しかも自分を傷つけたものであったという経験。それは心に消えない傷を刻み、人としての尊厳は損なわれたのです。それを映画では恨(ハン)と表現しています。彼女たちが日本を恨む気持ちはわかります。でも正直なところ、私は彼女たちの恨の強さを実感として感じることはできませんでした。
しかし、だからこそ彼女たちの姿と言葉を映像にとどめておくことに意味があるのです。私たちの想像が及ばないような体験をした人たちが実際にいた事を私たちは忘れてはいけないし、否定してもいけないと私は思います。
一つか二つ心に残ることがあれば、それで十分
スナムさんはこの映画を「日本人は観たくない映画」と言っていましたが、「観たくない映画だからつくっている」とも言っていました。観たくないと思ってしまう理由は色々あると思いますが、だからこそ観てほしいと私は思いました。観ることでなぜ観たくなかったかがわかるし、それがこの慰安婦問題を自分に引きつけるきっかけになるからです。
だから、このクラウドファンディングにも大きな意味があったと思います。しかし麻衣さんは当初、クラウドファンディングをやることに恐れもあったといいます。
麻衣さん 慰安婦問題はネットの世界のバッシングがひどいので、審査に通らないんじゃないかと心配したし、審査に通ってからも恐る恐る始めたんです。
でも実際やってみたら、「40年前に講演聞きました」という人もいれば、母のことをまったく知らなかった人もいて、在日の人もいましたけどほとんどは日本人で、海外の方もいました。日本でこれだけ集まったっていうのがほんとうに意味があるし、ありがたいと思いました。
集まった金額は200万円。そのほとんどがスナムさんも麻衣さんも、面識のない人から寄せられたお金だったと言います。「これがなければ何か削らなければならなかった」と麻衣さんが言うように、本当にクラウドファンディングのお陰で私たちはこの映画を観ることができるのです。
この映画について賛否両論出るのは当然ですし、スナムさんもこの映画で問題が解決できるとは思っていないでしょう。それでも映画を観た人の心に何か残ればいいと考えているのです。スナムさんはこんなことを言っていました。
スナムさん 映画見た後、みなさんとってもいい顔して帰るの。あの顔見るの大好きでね、それで映画が成功したかどうか分かるの。一つの映画で一つか二つ心に残ることがあればそれで十分だと思います。
この作品は東京、名古屋、横浜などでの劇場公開に加え、全国で自主上映の募集も行っています。スナムさんも「お茶飲みながらお酒飲みながらじっくり話したいでしょ」と言うように、この映画を観た後の“もやもや”は誰かと話さずにはいられないものかもしれません。
クラウドファンディングの次は自主上映によって、映画を通じたコミュニケーションが生まれる、そんな作品になればいいですね。
最後に、クラウドファンディングのことも含めて今後について麻衣さんにお聞きしました。
麻衣さん 母が86年から撮りためた16ミリフィルムがあるんですが、データ化しないと見れないんです。戦争の被害者や被爆者なので、亡くなられている方も多くて、すごい量があるんですが保存状態も良くないので、デジタル化してなんとか作品にできないかと考えています。
デジタル化は専門の方にお願いするしかないので、それもクラウドファンディングで呼びかけたらどうかとみんなに言われて。クラウドファンディングはやることでその後のつながりもできるので、できたらいいですね。
失われていく記憶を映像にとどめておくことの重要性は、この映画を観ると本当に強く感じます。現在82歳のスナムさんですが、まだまだ創作意欲は衰えず、クラウドファンディングという新たな資金獲得方法も手に入れました。これからも長く活躍してくれそうで、本当に勇気づけられます。
「従軍慰安婦」問題はスッキリと解決することはおそらくもうできない問題なのかもしれません。でも、こうやって映画の上映やクラウドファンディングによって人と人とがつながって、互いの考えを尊重し合うことができるようになれば、二度と同じことが起こらないような未来に向けて、ほんの一歩でも進むことができる気がしました。
– INFORMATION –
12月2日(土)~29日(金) アップリンク渋谷 〈16日(土)、17(日)監督トークあり〉
12月9日(土)〜15日(金) 名古屋シネマスコーレ、 12月30日(土)〜 横浜シネマリン
他、全国順次公開
2017年/韓国・日本/117分
監督:朴壽南(パク・スナム)
撮影:大津幸四郎/ ハン・ジョング/チャン・ソンホ他
音楽:ユン・ソンヘ