みなさんは、映画館で映画を観るならどこに座りますか? 私は前から5列目までの席にうんと深く腰掛けて、スクリーンを見上げるのが大好きです。今やPCでも手軽に映画が見られるようになりましたが、映画は映画館で観てこそ。
ただ「映画館」とひと口にいっても、シネコンから、大手映画会社の影響を受けず独自の企画で上映するミニシアターまで、色々あります。しかしこのミニシアターは、若者の映画離れや、市場を席巻する大型のシネコンの影響もあり全国的にどんどん姿を消しています。
そんな中、今日はクラウドファンディングを使って老朽化した映画館に再び命を吹き込み、新たに映画館としての歴史を歩みはじめた大阪市・西区九条にあるミニシアター「シネ・ヌーヴォ」の物語をお届けします。
映画ファンに愛される映画館
「シネ・ヌーヴォ」がオープンしたのは、今からちょうど20年前の1997年。同館代表の景山理さんはもともと、80年代から『映画新聞』という紙メディアを発行していました。さらには、興行収入の観点などから一般公開されにくいドキュメンタリー映画などの上映運動に協力したり、海外の貴重な映画の自主上映会を開催するといった活動も行っていました。
こうした活動を続けるうちに、「自分たちが観たい映画を上映する映画館がほしい」という熱意が仲間たちの間で自発的に高まりました。また同時に、ハリウッド映画が日本映画を駆逐するのではという危機感も強く感じていたそうです。
そこで、「映画新聞」の紙面で「映画館をつくりませんか?」とひと口10万円で出資を呼びかけたところ、たった数ヶ月間に全国の映画ファンたちから1800万円もの出資金が集まったのです。
景山さんはこの圧倒的な熱狂に押されるように翌月には株式会社シネ・ヌーヴォを設立。そして空きのある映画館を探したところ、西区・九条の物件にすぐに入居が決定。こうして「シネ・ヌーヴォ」は誕生しました。
「シネ・ヌーヴォ」の特徴は、何といっても映画ツウが全国から駆けつけて観たくなるような上映ラインナップにあります。映画監督や女優などのテーマで特集を組み、国内外の異色作を上映するという2本柱を軸に、開館以来6000本もの映画を上映してきました。
そして、「シネ・ヌーヴォ」のもうひとつの大きな魅力は、劇場の内装です。入り口の壁には大きなバラのオブジェが来る人を出迎え、劇場内の天井は、水の中から空を仰ぎ見た時のきらめきが描かれています。
コンセプトはずばり、“水中映画館”。施工を手がけたのは、大阪を拠点に活動する総勢50名ほどの劇団員で、劇場を一からつくっては、公演が終わったら劇場を壊すという独自のスタイルで知られる劇団「維新派」の座長・松本雄吉さんとメンバーのみなさんでした。
映画館の内装を劇団員たちが手がけるという、ほかのどこにもないアート空間が誕生した経緯には、松本さんと景山さんのこんなエピソードがあった、と支配人の山崎紀子さんが教えてくれました。
山崎さん 「映画新聞」を発行していた時代、代表の景山が『1000年刻みの日時計』というドキュメンタリー映画を自主上映したんです。それは山形県の過疎化が進む村に住む農家を追ったドキュメンタリーで、「維新派」の座長・松本雄吉さんがその映画のためだけに劇場をつくってくれることになりました。
その時は土や藁や丸太でつくったので、どうしても完全な暗闇を再現できなかったそうなんです。それ以来、いつか暗闇のある映画館をつくりたい、と松本さんは思っていてくださり、「シネ・ヌーヴォ」開館時にお声がけしたところ、ふたつ返事でお引き受けくださったと聞いています。
20年の時の重み
「シネ・ヌーヴォ」が20年前に誕生したとき、内装施工は年末年始を返上して、維新派の劇団員が手がけました。開業してからも、何度か改修を行ったり、デジタル映写機を購入するなど、設備面でのアップデートが繰り替えされていましたが、20年が経過し「シネ・ヌーヴォ」はさらなる局面を迎えました。
山崎さん 固定のお客様も高齢化が進み、男子トイレが和式のままで不便だという声をいただいていました。さらに、床面や壁面など20年経って、あちこち修繕が必要だったんです。とはいえ、少人数で日々の運営を切り盛りするのに精一杯。改修に必要なまとまった資金の調達方法なんて考えられませんでした。
そんなとき、兵庫県の豊岡劇場の石橋さんから「クラウドファンディングがいいよ」と聞いて、挑戦してみることにしたんです。
クローズされた映画館をMotionGalleryのクラウドファンディングで復活させた「豊岡劇場」は以前greenz.jpでもご紹介し、とても大きな反響がありました。しかし山崎さんは、「クラウドファンディングはトライしたことがなかったので雲をつかむような話で、最初はそこまで積極的ではなかった」と言います。
山崎さん 「豊岡劇場」さんはクローズしていた映画館を復活させるという、とても大きな意義があるプロジェクトですよね。うちの場合は、老朽化しつつも稼働している映画館の設備を新たに改修するというもの。そこにいったいどれだけのお客さんが応援してくれるのだろう、という不安がありました。
次なる20年に向けて、これまでを祝福する
クラウドファンディングを実施するにあたって、山崎さんは改めて映画館を営むスタッフとして、映画館に対する思い、そしてお客さんの気持ちを考えてみました。すると、気持ちは次第に前向きなものに変わっていったのだと言います。
山崎さん 20年が経って、建物が老朽化したというネガティブな見方ではなくて、20年を祝福してこれからの20年も頑張って映画館を続けていくんだという意思表示にしてはどうかと、考えが次第に変わってきたんです。
これまで重ねてきた歴史に、新たに未来を積み重ねていくと決まったら、クラウドファンディングで募る支援金の使途も明確になりました。すると「ここも、あそこも」と改修箇所は増えていき、全部で約20ケ所にものぼりました。
・客席床シート貼り
・客席通路タイルカーペット貼り
・場内側溝モルタル埋め
・天井照明LEDダウンライト全面取り替え
・スポットライトランプ取り替え
・足元誘導灯取り替え
・天井非常灯取り替え
・誘導灯取り替え、非常時信号装置などの新設
・シネ・ヌーヴォX階段LED照明取り付け、同非常灯取り替え
・シネ・ヌーヴォX スクリーン張り替え
・事務所LED照明取り付け
・壁面修復、天井オブジェ点検・清掃など。
・男子大便器取り替え(洋式化)
・男子トイレブースの取り替え
・男子小便器2台取り替え(自動式採用)
・手洗い器(男女とも)の取り替え
・臭い軽減策(マンホールに強化蓋の取付、配管洗浄)
・トイレ床面
・壁面など全面清掃など
・玄関のオブジェの補強
・看板工事(ガラスの入替え、修復など)
下水設備や消防設備の取り替えなどは、コストがかかる改修であるものの一般客の目に触れにくいもの。山崎さんの心配も共感できる部分はあります。しかし、いざクラウドファンディングがスタートすると、予想以上のペースで支援者が集まり、ファンディング終了予定よりも1ヶ月も早く目標金額の500万円を達成しました。
ファンディングに際しては、チラシを作成して配布したほか、関西の映画情報ウェブマガジン「キネプレ」や朝日新聞、MotionGalleryが提携している東京のミニシアター「アップリンク」のウェブマガジン「Webdice」などに掲載されたことも追い風となりました。ふたを開けてみると目標金額をしのぐ合計671万円の支援金を316人のコレクターから集めることに成功したのです。
それだけではありません。映画を見に来てくれたお客さんが、直接手渡しで寄付してくれたこともあり、最終的には、想像をはるかに超えて合計800万円もの資金が集まりました。そして、このクラウドファンディングをきっかけにこれまで感じていたお客さんからの気持ちを改めて言葉で受け取り、山崎さん自身が「シネ・ヌーヴォ」に寄せる思いも、新たになりました。
山崎さん クラウドファンディングのコレクターの大半は顔がわかる方でした。稼働している映画館の設備環境を整えるこということにこれだけの支援が集まったのは、これからも「シネ・ヌーヴォ」が続くことをみなさんが願ってくださっているということ。
ファンディング終了後にパーティを開いて直接「潰れないでね」とメッセージもいただいて、こちらも頑張ろう! と決意も新たになりましたし、ただただ、感謝と感激でいっぱいでした。シネ・ヌーヴォを存続させなければ、と強く思いました。
クラウドファンディングが新しい風を吹き込んだ
クラウドファンディングはまた、金銭的な面以外にも「シネ・ヌーヴォ」とコレクターの間に新しい関係を築くことになりました。そのきっかけは、ファンディングの際に提示していた特典(リターン)の内容です。
「シネ・ヌーヴォ」では、これまで上映していない作品や特集していない俳優や監督の作品など、毎月ひとつのテーマに絞って上映する「名画発掘シリーズ」を展開してきました。今回のクラウドファンディングで、3万円以上支援した人には「名画発掘シリーズ」として上映する名画の作品を選択する権利を与えるというリターンを考えたのです。
自分が好きな映画を、自分が好きな映画館で観られるとは、何とも贅沢なアイデア。実際に、20人が3万円、10人が5万円のコレクターとなりました。これから何年も時間をかけて、話し合いを重ねつつ、1週間単位で彼らがリクエストする映画を上映していくのだそうです。
山崎さん ひとりひとりに希望の映画を聞いて、上映時期を決めてプログラムを組み、決定した映画をリースして上映するのは、予想していた以上に手間がかかる特典でした。それを大変だと思うとネガティブなだけですが、お客さんが観たい映画を取り入れることで、映画館自体の風通しがよくなるとも思うんです。
お客さんも「赤字になったら困るから」と運営のことまで考えて、良い作品で、かつお客さんが入りそうな作品を一生懸命選んでくださっているみたいです。
すべてのリクエストを叶えるまでに4、5年かかるそうですが、「これからの20年をともにするからには、まずはその時間を一緒に過ごせたらいいな」と、山崎さんは何とも楽しそうに話をしてくれました。
お金は何かの対価として払うもので、サービスの分野では時に、本来あった人と人のつながりの機会をなくしてしまうこともあります。でも、今回は逆に人と人のつながりを強くし、これまで言語化されていなかった映画館への愛を、見えるかたちに置き換えたようです。
クラウドファンディングを経て、山崎さんの心には新たな映画館の役割も見えました。
山崎さん シネ・ヌーヴォで見る映画、あるいは映画そのものを心の拠り所としてくださっている方がたくさんいます。特にご高齢の方には映画を観に来ることが家の外に出るきっかけのひとつにもなっているんです。
つまりここは映画を中心に人が集っているコミュニティの中心。これからも新作ばかりじゃなくて、いろんなジャンルの映画を上映することで、いろんな国のいろんな時代を知ることができる映画館でありたいと思います。
映画は、その国の時代や文化の写し鏡です。
大手シネコンで上映される映画ももちろん、その一端ではありますがミニシアターで上映されるさまざまな国の、あらゆる時代の映画は、豊かな文化のアーカイブ。それなのに、こうした映画はビデオやDVD化されることがないものもあれば、どこの映画館でも上映される、というものでもありません。
山崎さん 映画ってやはり芸術だし、文化そのものだと思うんです。映画館がなくなるということは、そのまちの何かが枯れてしまうんじゃないか。といったら言い過ぎでしょうか。
そう、文化は多様性があってこそ。多様な映画が生まれ、愛される環境が続くことで映画という文化はさらに成熟するはず。そしてそれを受け取る人の人生もまた、より豊かになり、良きことの円循環は大きくなっていく。映画館は、まちの文化的オアシスです。
映画ファンが希求して生まれ、映画ファンによって再び命を吹き込まれた「シネ・ヌーヴォ」のように、これからは多くの人の力で文化を守っていくことが、もっとスタンダードな動きになっていくのかもしれません。