「働く」で社会を変える求人サイト「WORK for GOOD」

greenz people ロゴ

「生きる」はもっとゆっくりでいい。高橋奈保子さんが学びの場づくりを通して見えた、“自分の土台”のつくりかた

社会課題を解決するような”何か”をやりたいという思いはあるけど、自分が向き合うべきテーマを見つけられない、もしくは、何から始めていいのか分からない、という人は、少なくないのではないでしょうか。

そして、ゆっくり考える時間をつくることができないまま、日々の忙しさに追われ、時間が過ぎていく……。

もしかすると、何かにせかされるように毎日を過ごしていて、本当の”自分の土台”を見つけることができていないのかもしれません。

自分の土台って、なんだろう?
自分の根っこにある思いって、なんだろう?

モヤモヤした思いやアイデアをかたちにし、自分ごとのプロジェクトを立ち上げたり、ほしい暮らしをつくる“学びの場”をデザインする「グリーンズの学校」事業部マネージャーの高橋奈保子さんに、自分の土台のつくりかたを聞きました。

高橋奈保子さん
1980年千葉県生まれ。武蔵野美術大学視覚伝達デザイン学科卒。 大学研究室・NPO勤務後、2015年よりグリーンズのスクール事業の事務局/企業・行政との協同案件のプロジェクトマネージャーを担当。 人が学んだり、何かをつくっているときの横顔が、世界で一番美しいと思ってます。美しい顔でいられる場をつくり続けたい。 世田谷の「松陰PLAT」で不定期にワークショップ開催&イラスト描いています。 趣味はライブに行くこと、イラストを描くこと。ミーハーインドア系。

ほしい暮らしも、ほしい仕事も、自分たちでつくろう

写真は「ゲストハウスプロデュースクラス」。初めて会った人同士がグループになってアイデアを出し合い、1泊2日で事業プランのプレゼンテーションをまとめるクラス。ハードではあるけれど、終了後はこの爽快感!

たとえば、みんなが幸せになる経済をつくる、「コミュニティ経済と地域通貨クラス」。

まちの魅力をゲストハウスからつくる、「ゲストハウスプロデュースクラス」。

コミュニティの力を引き出し、ほしい未来をつくるムーブメントにする「コミュニティ・オーガナイジングクラス」。

「グリーンズの学校」のクラスに共通するのは、入り口となるテーマがあるものの、“何がやりたいのか”、“どうしてやりたいのか”を繰り返し考えていくうちに、思いもよらず堆積してしまっていた固定概念がはがれ落ちて、自分の根っこにある本当の思いに気づくこと。

その結果、参加する人によってまったく異なるゴールが見つかる、と高橋さんは話します。

普通に考えると、ノウハウを提供することでスタートからゴールまで一直線につながると思うんですが、グリーンズの学校では、自分のことを話したり、考えたり、講師やクラスメイトの話を聞いたりしているうちに、自分の思考が一度、ぐっちゃぐちゃになるんですね。

それで分からないながらも、また考えたり話したり、聞いたりしているうちに、これまで気づかなかった、自分の本当の思いに気づいたりする。本当の思いって、それまでの思考を一度壊して、自分の根っこにあるものを取り出さないと、見えてこないんです。そして、そこから、あらたにつくっていく。その一連のプロセスを通すことが大切だと思っていて。

自分の内面とじっくり向き合い、根っこにある思いを取り出して、講師やクラスメイトと一緒に、かたちにする。「グリーンズの学校」は、テーマについての学びを深めるだけでなく、つくりたい未来を具体化するために必要な、自分の土台を見つける場でもあるのです。

ファスト(fast)の文化は、社会が大人になれない

自分に由来した、自分にしかできないこと。社会課題を解決するマイプロジェクトには、「自分なりの背景」が必要です。

世の中のニーズがあるとか、注目されているテーマだからやってみたい、という動機でもいいのですが、やっぱり自分ごとのテーマって、切実ですよね。そうした背景があるほうが、長く続けることができる気がするんです。

ところが、じっくりと考える時間が減っていたり、自分のものではない外からの思考が堆積しすぎて、自分の根っこにある思いを取り出すことが難しくなっているのではないか、と高橋さんは言います。

自分が探求したいものを見つけるのって、時間がかかると思うんです。すぐには答えが出ない。それなのに、判断が早いな、って。情報が届くスピードも早いけど、受け取ったら、すぐに何かしらの判断をしなくちゃいけないような感覚になってしまっているのかもしれない。もっとゆっくりでいいんです。

それに、 ファスト(fast)の文化って、結局何も残らないんじゃないかなと思っていて。早いってことは、誰かがどこかで無理をしていたり、誰かが文句を言ったことの結果。それだと、社会全体が大人になれないと思うんです。

行き詰まってしまったときに立ち返れるもの、立ち返れる場所

早いということに加えて、型にはめられることも、誰かがどこかで無理をしている。私自身も……と続けます。

じつは私、小中高校と、学校という枠に馴染まなくて……。毎日のように泣いて家に帰っていました。もちろんいい先生もいたけど、しんどいことのほうが多かった。だから美大に入学して、個性ある先生たちに囲まれて楽になったんです。結構自由に生きていいんだな、意外と変な大人もいっぱいいるんだなって(笑)

美大では、視覚伝達デザインを学んでいた高橋さん。よく先生に、「デザインは長距離走だから、途中で走れなくなることも絶対に出てくる。だから、そのときに立ち返れるものとか、自分の大事なものをこの4年間で見つけておくといいよ」と言われていたのだそう。

自分の大事なものを見つけるのに4年も費やすことができたら、それはかけがえのない財産ですよね。その時間も、見つけたことも。そのあと自分や世の中が多少変わったとしても、戻りかたというか、不調になってしまったときにどうしたら自分が元気になれるのか、迷ったら戻る場所はどこなのかを知っている、そういう強さを持つことができると思うんです。

当時よく読んでいたという、『学びのデザイン(赤尾勝己著)』(カバーのない茶色い書籍)と『学ぶことを学ぶ(里見実著)』

そして大学の先生に、「そもそも君は何が好きなの?」「何がつくりたいの?」と4年間ずっと問い続けられて、その度に”そもそも帰り”していたと言います。一度かたちにしようとプロトタイプをつくると、まだ早いと言われたりしながら高橋さんは、何かに行き詰まってしまったときには、立ち止まってじっくり考えるというプロセスを大切にするようになります。

人が学んだり、何かをつくっているときの横顔が、
世界で一番美しい

当時、地域やまちづくりに興味のあった高橋さんは、大学に通いながら、ボランティアで地域の人と小学生向けの「地域の環境地図」づくりを始めました。

環境地図づくりはご縁で関わったのですが、それをきっかけに、”市民活動”が楽しくなっちゃって。市民活動そのものというよりも、関わる人たちを見ていて、どうしてそんなにまちが好きなんだろうとか、どうしてそんなにたくさん野鳥の名前を覚えることができるんだろうとか、どうして学び続けることができるんだろうって。みんなすごく生き生きして、楽しそうだったんです。私がやりたいことは、これかもしれないって思いました。それで、学びとか、生涯学習というキーワードが気になりだしたんです。

視覚伝達デザイン、つまりグラフィックなど、目に見えることのデザインを学んでいたけど、人のモチベーションや心のありよう、学んだり、思いやアイデアをかたちにする場といった、目には見えないことのデザインのほうに心が動くと気づいた高橋さんは、卒業後、大学に残るという選択をします。

研究室の助手って、学生の出席状況や提出物の管理はもちろんですが、先生や学生と一緒にクラスのルールやありかたを考えることも多くて。わかりやすい例は、夜何時まで教室をつかうか、とか。教室をどうつかったらお互いに気持ちがいいか、いいモチベーションで描いたりつくったりできるか、本気で考えたり。先生と学生、それに助手やスタッフみんなで言い合いながら場をつくっていく、学びの場の文化をつくっていく感覚がありました。

そして4年の任期が終わると、かねてから興味のあった市民活動の支援センターに就職。NPO法人の起業相談や、ボランティア活動をしたい人にNPO法人をつないだり、やってみたいけど何から始めていいか分からない人に向けたセミナーや講座の企画、運営にたずさわります。

やっぱり学びの場づくりに関わりたくて。やりたい気持ちはたくさんある、でも何から始めていいのか分からないという人の思いやアイデアを、いろんな人の力を借りて、かたちにしていける場を提供することが嬉しかったんです。

哲学は自分でつくらなくちゃいけないけど、
スタンスなら参考にできる

ところが、ある程度かたちの決まったセミナーや講座を運営することが中心で、何のためにやるのかという議論がされないことに限界を感じ始めた高橋さんは、グリーンズの「ソーシャルデザイン学」クラスを受講します。

運営側が“回していく”感覚だと、人が糧になるものを見つけることなんてできないんじゃないかって考え始めたら、行き詰まってしまって。受講したのは2012年だったので、震災後のモヤモヤした感じをみんな引きずっていたんですが、そのモヤモヤをきっかけに起業を考える人も多くて、何というか、パワーのあるクラスでした。

「自分のモヤモヤを解消するために参加したのに、結局その場のエネルギーのほうに目が行っちゃう。私、ちょっと客観的なところがあるみたいで(笑)」

組織の中で自分の正直な気持ちを相談することができない、そんな孤独感を持ってグリーンズの学校に参加したけど、同じようなモヤモヤを抱える人に出会って、次のモチベーションをもらった高橋さん。あるコミュニティでは孤独だけど、別のコミュニティでは孤独ではないことに気づきます。

そして、自分は何に興味やこだわりがあるのか。どんなことに行き詰まっているのか。ときに講師やクラスメイトに意見やアイデアをもらいながら、ここではたくさん悩んで、その悩みを打ち明けてもいいんだ、という安心感を得た高橋さんは、自分の大切な場所である大学に足を運んで先生と話したりしているうちに、以後、自分の居場所やスタンスが分からなくなってしまったときに読み返すことになる、1冊の本に出会います。

『質問する(田中功起著)』

『質問する』という本で、内容は難しいんですけど、現代美術の「つくること」「みること」「作品」をめぐる往復書簡です。往復書簡って、自分の考えを相手に伝えて、相手から感想や意見をもらって、自分の考えを深めていくプロセスなんですよね。そしてそのプロセスの根底には、その人の確固たるスタンスがある。根っこにある思い、と言い換えてもいいかもしれません。自分の哲学って結局自分でつくらないといけない気がするけど、スタンスなら汲み取れるし、参考にできるものが多いと思うんです。

自分という”土台”がないと、未来はつくれない

人が糧になるものを見つける場をつくりたい。モチベーションが生まれる場をつくりたい。自分が大切にしたいことをあらためて確認した高橋さんは、思い切って働く環境を変えてみようと思った矢先に、facebookのスクール受講生コミュニティで「グリーンズの学校の事務局募集」の投稿を見つけ、手を挙げます。

グリーンズの学校「コミュニティ・オーガナイジングクラス」の初回。初めて会う人に自分のことを話すのはドキドキするけど、みんなキラキラしている。(写真:袴田和彦)

「働く」と「暮らす」のすべてをまるっと変えることは大変だけど、ちょっとずつでもできることはあるんだよ、と伝える場づくりが、グリーンズの学校ならできると思ったんです。それと、そもそもgreenz.jpというメディア自体が、学びの場のような気がして。参考文献のように事例が並んでいて、学びの同士がたくさんいる。いろいろなテーマはあるけど、選ぶのは本人。じゃあ本人は何がしたいんだっけ、と考えるきっかけがたくさんありますよね。

学ぶというのは、単に勉強するということではありません。ふと興味の湧いた本に手を伸ばしてパラパラとめくってみたり、自分が好きだなと思うことに集中してみたり。もしくは、何か引っかかっている気持ちと向き合ってみる。そうした時間は、すべて学びです。

学ぶ時間が豊かになれば、仕事や暮らしを共にする人の理解が深まりやすくなって、おのずと多様性が認められやすい社会に近づくんじゃないかと思うんです。だから、日常の中でほんのちょっとでもいいので、学びの時間をつくれたらいいですよね。それがないと、結局ほしい未来もつくれないんです。生きる土台をつくらないと。

振り返ってみると、結局、自分の探求したいテーマが”学びの場づくり”であることは、大学の研究室にいた頃から10年くらい、まったくブレていないと言う高橋さん。

そもそも、人が熱心に何かを追求する”場”が、好きなんですよね。博物館とか、図書館とか、大学のアトリエ。静かなカフェもいい。人が学んだり、何かをつくっているときの横顔ってキレイじゃないですか? 空間がすごく色づくというか。私は結局、その美しさをずっと追い求めている気がします。

「人の糧ってなんでしょうね。誰になんて言われようと、譲りたくないもの、ですかね。私、頑固なので(笑)」

グリーンズの学校という場を通して、今まで自分でも気づかなかった思いに触れる機会をつくり、その人なりの“原動力”をたずさえて、自分に、社会に、何かしらチャレンジする。そんなきっかけを提供することができて嬉しい、と話す高橋さんがほしい未来は、「ひとりひとりが自分らしくいられる社会」なのだそう。

自分の根っこにある思いに気づいたら、無理がなくなってくると思うんです。無理をしない社会。みんなそれぞれ、自分らしくいられる社会。そうした社会をつくるためには、まず“自分の糧となるもの”を見つける必要があるんですよね。最近、“糧”を取り戻した先に、どんな変化があるのかを知りたくて、グリーンズの学校のファシリテーターや卒業生に会いに行き始めました。歴史って、個人の変化の積み重ねでしかないと思っていて。

そして、グリーンズの学校という事業を育てていくには時間がかかるので、ヒヤヒヤしたりもしています。それでも続けていきたいのは、この学びが私自身の糧になっているからなのでしょうね。

何かに迷ったとき、行き詰まったとき。

行き詰まることも、そこから抜け出すために、自分の根っこにある思いを取り出して、つくり直していくことも、未来の自分のために必要なプロセスなのかもしれません。

そして高橋さんは、「グリーンズの学校」はシェルターでもある、と表現していました。
モヤモヤした思いを打ち明けても、受け止めてくれる場所。
ひとまず一旦リセットができる場所。
思い切り悩んでもいい場所。

みなさんには、そんな場所がありますか?

そしてときには、自分に堆積してしまった思考を手放して、じっくりと自分と向き合ってみませんか?