最近「オープンデータ」という言葉をよく耳にするようになりました。オープンデータとは誰でも自由に使えるデータのこと。身近なところでは、オンライン百科事典「Wikipedia」や、自由に地図を作れる「OpenStreetmap」などもその一例です。
日本では東日本大震災をきっかけに、避難所や地図データなど自治体の持つデータを企業や市民が自由に利用、加工できる必要性が指摘されるようになり、現在では総務省や経産省、内閣官房の推進のもと282の自治体がオープンデータを公開しています(2017年4月現在)。
とはいえ、自治体のオープンデータ化がわたしたちの暮らしにどのように関わってくるのか、あまりイメージが沸かないという声もあります。そこで今回は、期間限定で鯖江市に派遣されたエンジニアの石崎浩太郎さんに、オープンデータの有効な使いみちについてお話を伺いました。
広島県生まれ、広島県在住。NECソリューションイノベータ株式会社所属。システムエンジニアとして情報システムやソフトウェア開発に携わる。認定スクラムマスター。地元広島でのエンジニアコミュニティ活動も推進中。
第一線のエンジニアが3ヶ月だけ市役所職員に!
2015年12月から3ヵ月間、企業の第一線で働くエンジニア・石崎さんは、福井県鯖江市役所の職員になりました。これはテクノロジーの力で公共サービスの開発を支援するNPO「Code for Japan」が展開する、「コーポレートフェローシップ」制度という画期的な仕組みを利用したもの。
石崎さんに与えられたミッションは、「子育てしやすい鯖江をつくるためのオープンデータ活用」でした。どのように進めるかは、ほぼ一任されていたそう。
まずは、健康課・学校教育課・子育て支援センター・児童福祉課など、子育てに関わる様々な現場の人達に集まってもらい、協力を仰ぎながら、現場に入っては課題を探していきました。そこから生まれたのが、鯖江に住むママのための子育て支援アプリ「つつじっこリトル」です。
三世帯同居、共働きが多い鯖江市では、昼間は祖父母が孫の面倒を見ている家庭も少なくありません。おじいちゃん、おばあちゃんがパソコンから市のホームページを見て、孫をイベントにつれていき、お母さんはスマホからみて、こんなイベントに行っているんだと安心する。そんな使い方ができるようになりました。
また、鯖江市は結婚を機に移住してくる世帯も近年増えて来ており、土地勘がない子育て世帯のために、バス停の場所や路線図といった生活に役立つ情報も載せています。市が妊娠した女性に配布する、子育て支援ハンドブックで、「つつじっこリトル」の紹介とアプリがダウンロードできるページを案内しています。
イベントの告知は「つつじっこリトル」で、イベントの様子は子育て支援センターのFacebook投稿から見ることができます。Facebookページの投稿を見た人数をみてみましょう。ある記事は671人でした。やったことに対して反響が見えるので、現場の人たちにとってもモチベーションになっています。
子育ての現場は成果が計りにくいものですが、今回の取り組みで現れた数値を受けて、さらに施策を打つことが決まりました。「つつじっこリトル」は、iPhone対応のみでしたが、一年後にリニューアルし、iPhone、Android両方に対応したアプリが公開されました。
根底にあるのは「何を誰のためにつくるのか」
もともと大規模な情報システムやソフトウェア開発を請負う会社で、クライアントから降りてくる要望と、自社の開発部門をつなぐ仕事をしていた石崎さん。サービスを考える人とつくる人が別であることに、「どこかもどかしさがあった」といいます。
そんな中で、「課題を持っている人といい関係を築いて、いいものづくりをしたい」と思い始め、「正しいものを正しくつくる」を掲げるギルドワークスの市谷聡啓さんに出会い、「自分がいる場所でも、できることがあるのではないか」と考えるようになったそう。
発注する側だって、何を世に出せば受け入れられるか悩んでいる中で、つくる側が受け身のままではいいものは作れない。こちらから「何か困っていることありますか」「解決方法を一緒に考えませんか」と提案できる仕事を取りに行くようになりました。
その考え方は、「つつじっこリトル」にも生かされています。
石崎さんがまず取り組んだのは、子育て支援センターや保育所・幼稚園へのヒアリングと、市役所職員、そして、子育て中の女性117名へのアンケート。実際に現場へと足を運び、産後の定期健診やイベントにきた女性一人ひとりに声をかけ、市が所有するiPadを使って、その場でGoogleフォームに回答してもらいました。
そこから見えてきたのは、0〜3歳までの小さな子どもをもつ女性の困りごと。特に第一子の場合、積極的に情報収集する母親と内へこもってしまう母親に大きく二極化していました。
それなら、こもってしまう人たちに役に立つものをつくろうと。そして、行政がいろいろ取り組んでいるにも関わらず、それを利用する人たちとうまくつながっていないのでは、という仮説をたてて、いろんなチャンネルで情報を提供することにしたんです。
例えば、毎月、市の施設に配布されていた「子育て支援ネットワークだより」を、市のウェブサイトや「つつじっこリトル」で見られるように。とはいえ、このオープンデータ化ひとつにしても、これまではWordファイルで作ったものをCSVファイルに変換してもらうなど、現場の職員の協力が不可欠です。
このような慣れない作業を、どうやって業務フローに組み込んでもらったのでしょうか?
実は鯖江市にはすでにオープンデータのフォーマットがあったんです。それを活用して、「ワードのここに書かれているテキストを、コントロールCでコピーして、エクセルにコントロールVではればOKですよ」と、ひとつひとつ一緒にやらせてもらいました。
誰だってやったことのないことを「やればできるでしょ」って言われたら、「お仕事ふえちゃう」みたいな感じになりますよね。初期の段階から、できるだけ具体的なゴールイメージを伝えることを心がけました。
ものをつくる前に、ものをつくるプロセスに力を注いだ石崎さん。後半の1ヶ月は、プロトタイプを実際に子育て現場の人達に触ってもらい、感想や希望を聞きながら、地元のエンジニアと協力して実装していきました。任期が終わった今でも、鯖江の人たちとはゆるい関係でつながっているそうです。
暮らしに役立つオープンデータは、エンジニアだけでは作れない
「ずっと、やってみたかったことをできるだけやった」と振り返る石崎さん。鯖江での3ヶ月の経験は、働き方にもいい影響がありました。任務終了から2ヶ月後、地方創生を担当する部署に異動となり、課題を抱えているクライアントと直接話すところから、という仕事も増えたそう。
また、石崎さんの成果によって、地域貢献は会社のリソースを投入するに値するものだ、という空気感が社内で広がりつつあるようです。
本来、行政の取り組みも施策をうつとき判断基準がいる。そういう基準にオープンデータやアクセス数が使われたら、感覚的じゃなくて、数値に基づいて活動できると思う。
たとえば、高齢者世帯率と空家情報を組み合わせると、将来の空家率が見えてきます。見える化すると、対策が考えられる。ネガティブな情報でも、オープンにして、早めに手が打てたほうがいいと思うんです。
今回の事例では、問題解決のためにオープンデータを利用しましたが、問題を見つけるためにも、オープンデータを活用することができます。まちをデータで可視化することで、私たちのまちへの関わり方が変わってくるかもしれません。
最後に石崎さんは、「一人でがんばっても、できることは限られているので、どうつないでいくかって話だと思うんです」と話してくれました。
暮らしの中で困りごとを抱えている人、必要なデータをつくる人、ウェブサイトやアプリをつくるエンジニアやデザイナーが、問題を共有してオープンデータ化を進められたら、より身近で住みやすいまちが作れるはずです。
まずは、あなたの住むまちのウェブサイトを覗いてみませんか。
(Text: 玉泉京子)