板橋区の住宅街に、昭和の面影を残した民家があります。それが、「10代ママサロン」の「もえかん家(ち)」です。
保育士の塚原萌香さんが中心となって、若くして妊娠、出産した少女たちがつどっています。
「もえかん家」と名づけられたのは、もえかの家であるような、そんな想いが込められているから。その想いどおり、「もえかん家」にはアットホームな空気があふれています。
けれども、そこに集うのは10代、20代すぐで妊娠・出産したり、中絶を経験したり、若くして母親となった、家庭や学校、世間という名の社会などから孤立したママたちです。数としては決して多いわけではありませんが、だからこそ学校や行政からも支援を受けにくい状況にあるといいます。
塚原さんがここで活動しようと思ったのは、彼女の生い立ちによるものがあります。
塚原さんが小学生のときに両親が離婚、二人の妹さんとともに、塚原さんは父親に育てられることになりました。
男親という難しさなどがあったのかもしれませんが、塚原さんのお父さんは誰にも助けを求めることなく、かなり苦労しながら子育てをされたといいます。その結果、アルコール中毒になりかけたり、失業したり、精神的に不安定になることもあったそうです。
私自身も、学生時代は精神的に安定することはなく、とても波がありました。だから、親の精神状態がやっぱり子どもに影響するんだと思うんです。
また、大学時代に養護施設でアルバイトをし、どんな背景があろうとも子どもは親と一緒に暮らしたいと思っている様子を間近で見てきた経験も大きいといいます。
自身の原体験と養護施設で目にしたことから、塚原さんは保育士をめざします。この春、保育士として3年目になりますが、もっと親御さんとかかわりたい、もっと親御さんと寄り添うにはどうしたらいいんだろうと、保育士の仕事に加え、「もえかん家」での活動をおこなっています。
自身の経験から、若いママたちの役に立ちたい、助けたいという気持ちがあったのでしょうか。その質問に、塚原さんは、「お姉ちゃんや友だちみたいな形でかかわりたい」と答えてくれました。
ママにかかわりながら、やはり自分の経験が重なる部分もあると言い、「人を信頼する怖さ」や「異性に頼りたくなって依存してしまう気持ち」など、実際のママと程度は違っていても理解できるがゆえに、自分にできることは何か深く考えるといいます。
そして、「ママにとって必要な支援先とをつなげられるパイプでありたいんですね」と語るその表情には、ママにとってかけがえのない存在になりたいという熱い想いを感じました。
10代ママとの付き合い方
保育士として働く塚原さんは、もちろんママとの付き合い方においてもプロです。けれども、保育園に子どもを預けるお母さんの多くは30代。さすがに、「もえかん家」で活動を始めた頃は、普段接するママとの違いに驚いたといいます。
どうコミュニケーションを取るか、迷いましたね。心を閉ざしがちだったり、人を信じるのが怖かったり、壁をつくっていたり、そういうママが多いんですね。
そういったママたちと、LINEの交換をし、日々他愛もないことを連絡し合いながら、地道に地道に関係を築き上げていきます。塚原さん自身の過去の話をするうちに、いじめや虐待を受けていた話も聞かせてくれるようになりますが、そこで塚原さんは安易に共感を口にすることを避けました。
私も親子関係に悩んでいたけれど、虐待をうけていたわけではないですし、中絶も含めて経験したことがないことがたくさんあるんですね。そこで逆に、わかるよ、わかるよっていうのは、相手にとっては、わかるわけないだろうという感じになると思うんです。だから、ひたすら話を聞いて、真摯に向き合いたいと思っています。
「もえかん家」につどうママという立場を考えると、家庭や学校から孤立していることはもちろん、世間という社会からも疎外されがちで、厳しい立場に置かれているのではないかと考えてしまいそうになります。けれども、そんなママたちに対して、塚原さんがもっている感情は、“尊敬”です。ですから、彼女たちを助けてあげる支援者ではないと認識しているのです。
さまざまな壁を乗り越えてきた彼女たちを尊敬しているし、何かしてあげるわけでもなく、会えるだけでワクワクするんです。すごくパワーをもらっているし、大好きだし、会えるときは、ヤッタ! 会えるって思うんです
ママたちのことが大好きな塚原さん。中でも印象的なママがいるといいます。そのママは、既に2人の子ども持つ20歳のシングルマザーで、非常に複雑な家庭環境で暮らしています。最初は表面的なかかわりしか持てなかったといいますが、カラオケが好きだったそのママが、知り合って4か月ぐらいの頃に、同じくカラオケ好きの塚原さんを、一緒にカラオケに行こうと誘ってくれます。
その話をする塚原さんは、まるで大好きな人にデートに誘われた話をしているようでした。「いつもならひとりで行くカラオケに、私を誘ってくれたんですよ!」と、興奮気味に語ってくれました。
ではそのママ、Nさんにとって塚原さんはどんな存在なのでしょうか。
それは最近、ある板橋区議が「もえかん家」を見学にきたときに、何気なくした質問から明らかになりました。
たまたま塚原さんは席をはずしていたのですが、区議から出た、「塚原さんはどんな存在なの?」という質問に、「何げなく会える存在と思っている」と答えたと後から聞いた塚原さんは、それぐらい自然な存在になれたととてもうれしかったそうです。
一見、二人の関係は支援する側とされる側ですが、実はNさんはしっかりしていて、サロンでご飯をつくと買い出しに行くと、何を買えばいいか迷う塚原さんに、「これを買えばいいんですよ」と指示してくれることさえあるそうです。お互いがそんな風に自然な存在として一緒にいられることが、家庭や社会から孤立してしまったママにとって一番大切なことではないかと思いました。
もえかん家を運営するPIECES
もえかん家を運営しているのは、孤立する子どもの問題に取り組む「NPO法人PIECES」です。塚原さんは、「PIECES」が育成しているコミュニティユースワーカー(以下CYW)のひとり。「PIECES」では、子どもとのつながりを築くCYWを育成しており、塚原さんはその一期生として最初に「PIECES」が育てたCYWであり、現在活動する8人のCYWのひとりです。
CYWは半年の期間の間に、実際に子どもとかかわりを持ち、実戦を積みながら、振り返りゼミでフィードバックを受けつつ、CYWとして必要な知識やコミュニケーション能力を磨いていきます。
私は、ママから少しでも連絡が途絶えると、ダメだったかなってどんどん深みにはまっていくタイプなんです。悪いことを言っちゃったかなとか、2、3か月ぐらい悩んだりもしました。
CYW同士が集まる振り返りゼミでは、そんな塚原さんにいろんな視点からアドバイスが投げかけられます。それらを受けることで、余裕が持てるようになり、ママに対する見方も変わっていったと言います。塚原さんは、他者からの視点と考え方を学ぶことで、いろいろな子どもとのコミュニケーションの取り方を身に着けていくことができました。
ほかにも、外部の団体や企業への営業に同行し、win-winな関係をつくり上げる方法など、営業スキル的なところを学べたのもよかったと、塚原さんは振り返っていました。
外部の団体や企業は、10代ママにリーチしたくても出会いがないといった状況があり、その点を「PIECES」が補えるといった関係にあるのです。現在、「10代ママサロン」として使用している古民家を借りるにあたっても、塚原さんはひとりで交渉にのぞみ、快く協力を得ることに成功したのです。
塚原さんがCYWになって10か月。自分に自信のなかった塚原さんですが、「PIECES」と出会い、さまざまなママと出会い、そして一緒に活動する二期生のCYWも参加し、もっともっとたくさんのママに出会うために、行政の担当に認知してもらったり、「もえかん家」に来ているママの友だちを紹介してもらうなど、子どもたちのコミュニティにより積極的に入っていきたいという希望も出てきました。
「もえかん家」では、さまざまな手続きのために区役所へとつないだり、就労支援をしたり、高卒認定資格やその他の資格をとりたいママに勉強を教えたりと、ママのさまざまな要望に応える活動をしています。保育士の資格をもっている塚原さんのほかにも、ソーシャルワーカーの支援者もいます。
足を運んでくるママは、虐待やいじめの経験をもっていたり、異性とのトラブルを抱えていたり、自傷行為に走ったりするなど、深刻な問題を抱えていることも多くあります。それでも、最初は他人とかかわることに怯えていたママにとって、「もえかん家」に足を運べるようになったのは、大切な第一歩でもあるのです。
それでも塚原さんは、なかなか自分に自信が持てませんでした。
これまでは、自分がどう見られるかというのが気になって、覚悟が持てなかったんですよね。でも、それってすごく自分中心な考え方じゃないですか。
どうして私が「もえかん家」で活動したいと思っているかと言えば、関わるママがいろいろなつながりをもって生き生き歩んでほしいからですよね。そう思ったときに、自分がどう思われるか気にするなんてちっぽけだぞって思えたんです。
これからこの活動をもっと発信していくために、どんどん視点が広がっているという塚原さんの表情からはほのかな自信が見てとれました。
100%に近い中学生が高校に進学し、大学への進学率も高くなる一方の現代で、10代で出産するというのは、それだけで十二分に孤立する理由となりえます。では、そんなママたちとどうやってつながっていくのか。社会にある制度はまだまだ十分といえるものではないでしょう。
それでも「PIECES」のような団体や、塚原さんのような人がいる限り、10代での出産は決して社会から疎外されるものではなく、ほかのママと同じように祝福され、ひとりのかけがえのない命の誕生と成長を温かく見守られていくべきものであれるはずです。
「もえかん家」のいいところは、赤ちゃんの様子が、ママとの関係性のバロメーターのようなものになるところなんですね。赤ちゃんとの関係が上手くいっていると、ママも安定するんです。だから、ママとつながりながら、ママの赤ちゃんともつながっている。ママも含め、その赤ちゃんたちの成長も追えるんです。
これから、「半永久的にかかわっていきたい!」と満面の笑顔で答える塚原さんですが、「そのママが大変な時期を乗り越えた先は、そのママにとって本当に大事なときに相談にのれればいいなと思っています」と遠くを見つめました。
自らの生い立ちや、そこからくる自信のなさなどを乗り越え、「もえかん家」を、10代のママとその子どものための家にするべく奮闘する塚原さんは、経験を重ね、確実に成長を遂げているところです。それが今、彼女の夢であり、彼女を支える大きな力となっているのでしょう。
「もえかん家」のプロジェクトは、その赤ちゃんが大人になるまで、本当に長い年月がかかります。「PIECES」がその重い責任を負い、たくさんの若いママと赤ちゃんが幸せに成長していけるよう、少しでも多くの人が、長い目で、彼らを見守ってくれることを願ってやみません。
– INFORMATION –
この記事を読んで、「もえかん家」を応援したいと思った方は、ぜひこちらをご覧ください。現在、クラウドファンディングサイト「CAMPFIRE」で、「もえかん家」の活動支援を募っています。まだ10代、20代でありながら、ひとりで子どもを育てようとしているママが、あなたを待っています。
https://camp-fire.jp/projects/view/21597