クラウドファンディングは、達成したいビジョンを多くの人と共有しながら活動資金を集める有効な手段です。同時に、あまり光の当たらない問題を社会に大きく広める役割も果たします。
ホームレス状態など低所得者への住宅支援を活動の軸とする「つくろい東京ファンド」は、これまで3回にわたるクラウドファンディングで大きな成果を上げてきました。中でも、欧米で広がりつつある、ホームレス状態の人の生活を激変させる画期的な仕組み「ハウジングファースト」を取り入れた活動に注力しているのです。
その活動の背景と、クラウドファンディングの“その後”について、代表の稲葉剛さんにお話を聞きました。
一般社団法人「つくろい東京ファンド」代表理事、立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科特任准教授。
1994年から東京都内で路上生活者の支援活動に取り組んでいる。
路上生活から脱出したとしても
稲葉剛さんは、90年代からボランティアとしてホームレス状態の人たちの支援にあたってきました。2001年には「自立支援サポートセンター もやい」を立ち上げ、彼らがアパートに入る際の保証人の提供など、自立生活に向けたさまざまな支援をおこなっています。(「もやい」の取り組みについては、こちらの記事もご参照ください)
90年代当時は、一度ホームレスになってしまうと、なかなか抜け出すのが難しかったといいます。生活保護を申請に行っても役所が受理しない、いわゆる“水際作戦”が横行していた頃です。けれども今は状況が変わってきているのだそうです。
ここ10年くらいで、NPOや法律家の方々が役所の窓口まで一緒に行って水際作戦をさせない、申請支援が広がっているんですね。今では路上生活を抜け出したいと思って生活保護を申請すれば、抜け出すルートはできつつあります。
一見、とても喜ばしいことに思えますが、そこに落とし穴があります。貧困ビジネスの台頭です。
申請が受理されても、路上生活のまま生活保護費を受け取ることはできないので、どこかに住む必要があります。しかし役所に紹介される施設には劣悪な環境のところが多く、都内には、20人部屋で衛生環境の悪いところさえあるそうです。さらにそのようなところでは、宿泊費と食費という名目で生活保護費の大部分を徴収されてしまいます。これが、特に大都市圏に多く見られる貧困ビジネスです。
もともと路上生活をされている人の中には、知的障がいや精神障がい、精神疾患をお持ちの方が割合的に多いことがわかっています。人とのコミュニケーションが難しい人が集団生活を強いられるため、施設で人間関係のトラブルに巻き込まれたりするんですね。
路上生活者の中に障がい者などが多いということは、知らない人も多いのではないでしょうか。障がい者だったが故に路上生活に陥りやすかった方もいらっしゃいますし、路上生活をすることで障がいが悪化した方もいらっしゃるかもしれません。そのような方の場合は、集団生活を余儀なくされる施設になじめず、中には、20回、30回と、施設と路上を行き来する人もいるそうです。
たとえ施設での生活を送れたとしても、その後自分のアパートに移るには許可が必要なため、数年以上も施設に入っていなければならないことさえあるといいます。施設への入所は、ホームレス状態の人が当たり前の暮らしを送れるようになるための根本的な解決にはつながっていないといえるでしょう。
日本の路上生活者の数は、2003年をピークに減少傾向にあり、現在ではピーク時の4分の1まで減っています。けれども、その中で、障がいのある人たちは取り残されてしまっているのです。
そんな現状に対して問題意識を抱えていた稲葉さんのところに、うれしい申し出があったのが、2013年の年末。
中野区のビルのオーナーさんが、ビルの3階部分が空いてしまったので、困っている人のために使ってほしいと言ってくださったんです。
そこで、稲葉さんは初めてMotionGalleryのクラウドファンディングに挑戦し、見事目標金額を達成。そこで得た資金で、7つあった部屋を個室の支援アパート(アパート住まいの前の一時的な住まい)にしました。そして2014年6月、運営組織として「つくろい東京ファンド」を立ち上げたのです。
「ハウジングファースト」とは
「つくろい東京ファンド」の活動の軸は、住宅支援です。近年、空き家は増加傾向にあり、全国で家屋の13パーセント、東京でも11パーセントが空き家という状況です。その一方で、住まいがなくて困っている人、ネットカフェ難民の人がいます。そこを上手くマッチングさせようとしているのが「つくろい東京ファンド」なのです。
では、なぜ住宅支援なのでしょう? その根拠となっているのが、「ハウジングファースト」という、新しい支援のかたちです。これは、90年代にアメリカの「Pathways to Housing PA(以下、パスウェイズ)」というNPOが取り組み始めました。
これまでの支援方法と大きく違うのが、「アパートへの入居をゴールとするか、スタートとするか」という点です。
日本の福祉事務所がこれまでおこなってきたのは、アパートに入居することがゴールという考え方だったんですね。欧米でもそうでした。欧米の場合は薬物依存の方が多いので、まずは病院、そしてシェルター、さらにグループホーム、それからようやくアパートに移ることができます。
このように段階を踏んでいく方法をステップアップ方式といいます。けれども、これでは途中でドロップアウトする人が多く、アパートまでたどり着けるのはごく一部の人になってしまうそうです。
そこで始まったのが、まずアパートを提供し、それから精神科医やソーシャルワーカーなどが訪問して、地域生活を支えていく方式です。これがハウジングファーストと呼ばれる新たに生まれた支援のかたちです。
もしかすると、家のなかった人がいきなりアパートでの一人暮らしを始めることを贅沢だなどと思う人もいるかもしれません。けれども、それは違うと稲葉さんは言います。
これまでのやり方で大きな施設をつくればそれだけコストもかかりますし、多くの人が路上に戻れば、また体調を崩すなどして医療費もかかります。結果、ハウジングファーストのほうがステップアップ方式より社会的コストも安くすむと実証されています。
パスウェイズ創設者のSam Tsemberisさんによると、ハウジングファーストでは、8~9割の人が安定してアパート暮らしを続けているといいます。アメリカで1992年、パスウェイズ設立と同時にスタートしたこの支援のかたちは、今やヨーロッパにも広がっています。
日本でも、「つくろい東京ファンド」のほか、国際NGO世界の医療団やホームレス支援に取り組む「TENOHASI」など、さまざまな団体が「ハウジングファースト東京プロジェクト」というネットワークをつくり、パイロット的に事業を展開しているところです。
これまでのクラウドファンディングの成果
さて、記事の冒頭でも触れたとおり、つくろい東京ファンドは、これまで3回のクラウドファンディングに成功。その度に「ハウジングファースト」を実現するための物件を増やしてきました。
クラウドファンディングを利用したのは、団体を立ち上げたばかりだったため、資金集めをできるだけ省力化し、活動に注力したいという狙いがありました。けれども、それだけではありません。
クラウドファンディングに挑戦して、SNSで拡散していく過程で、コンセプトや活動を知らせ、ハウジングファーストの理念やその有効性を社会に広げていくことができるのは大きな魅力でした。
まだまだ国内の貧困問題に目を向ける人が少ない中で、こういった活動を知るきっかけをつくり出すために、クラウドファンディングを活用した稲葉さん。実際、回を重ねるごとに支援額は増加し、3回目となった昨年9月のファンディング「路上からアパートへ! 東京・池袋でハウジングファーストを実現したい」では、180人もの人から目標金額の100万円を大きく上回る140万円以上の支援が集まりました。
その結果、池袋で4室あるアパート1棟が支援アパートとなっただけでなく、もう1室別の物件も借りることができました。アパートに入居すれば、その後の家賃は生活保護費から払うことになり、生活費もそこからまかなっていくので、支援金の使い道は、主に初期費用です。部屋を借りるために必要な敷金礼金、不動産手数料のほか、こんなことにも使われます。
電化製品が必要ですよね。部屋にエアコンがついてなければエアコン、さらに冷蔵庫、洗濯機などを用意します。着の身着のままで入ってきた人が、その日から暮らせるようにするんです。もちろん布団も用意します。
このアパートに入るのは、何年も布団で寝ることがかなわなかった人たちです。支援者のみなさんは、こんな情報からも、単なる引っ越しとはわけが違うことを知ります。自分のお金が使われるからこそ、貧困の問題をリアルに感じられる。リアルに感じるからこそ、さらに深く知りたくなる。クラウドファンディングには、社会問題を知る「きっかけづくり」にとどまらない可能性を感じます。
路上から自分だけのアパートへ
池袋の支援アパートは既に満室で、ほとんどの入居者が60〜70代の方。部屋に入って、多くの方が口にされるのは、「落ち着く」という言葉だそうです。
よく寝られたとおっしゃる方も多いです。最初はずっと十数時間も昏々と眠り続ける方もいらっしゃいますね。路上生活でも、途中で施設に入っていらしたとしても、例えば「隣の人のいびきがうるさい」とか「喧嘩が絶えない」とか、夜も安心して眠れないところも多いんです。ですから、何年ぶりかで安心して眠れたという声も多いです。
ハウジングファーストを始めたパスウェイズの動画には、部屋に自分で鍵をかけられることを喜ぶ人たちの姿が多く映されています。その表情は、人としての尊厳を再び手に入れた喜びに輝いています。
住まいを手に入れるということは、生活が快適になるということ以上の意味を持ちます。さらにそこに、稲葉さんが加えたのは人間関係の回復です。
住まいを失うことによって、人間関係が切れてしまっている方がすごく多いんですね。ホームレスになったことをご本人が恥ずかしく思っていらっしゃるので、ご家族や友人、職場の同僚など、誰とも連絡をとらずひとりで暮らしてきた方が多くて。でも、住まいを得たことで、それがきっかけになって十何年ぶりに家族と連絡がとれたという方もいらっしゃいます。
住民票を置くことで行政サービスを受けられるようになるといったメリットもありますが、金銭では計れない、もっと大きな価値が、自分だけの住まいにはあるのです。
クラウドファンディングをきっかけに関心を持ち続ける
MotionGalleryにおける3回のクラウドファンディングに成功し、ハウジングファーストを実践しているつくろい東京ファンドですが、これからの活動に難しさも抱えています。
物件は積極的に増やしていきたいんですけど、箱ものだけあっても、サポートの体制には人件費もかかるので、数だけ増やすわけにはいかないのが悩ましいところです。地域でその人たちを支える体制をつくりながら、物件を増やしていくことになります。
クラウドファンディングに多くの人が参加し、貧困問題について知る人が増えることは本当に喜ばしいことですが、問題の解決には時間がかかることも私たちは知っておく必要があるでしょう。
クラウドファンディングをきっかけに動き始めた好奇心や関心を、その後もずっと持ち続け、できるならば継続的な支援を続けていきたいところです。
ただ、ホームレス状態の人への支援は、本来ならば行政がやるべきことかもしれません。その点は稲葉さんも、それが本来の形だと認めています。
けれども、行政はなかなか動かないんですよね。だからこそ私たちが、ハウジングファーストという有効な支援のかたちを示しながら、行政に働きかけていきたいと思っています。
現在、つくろい東京ファンドが手がけた支援アパートにはさまざまな人が入居し、そしてそこから地域のアパートへと住まいを移しています。2014年にできた、つくろい東京ファンド発足のきっかけにもなった中野の支援アパートからは、既に30人を越える人たちが地域に住んでいらっしゃいます。中には仕事に就かれ、まもなく生活保護からも抜けられそうという人もいるといいますが、まだまだその数は少ないとのこと。
そこで、次はその人たちの居場所と仕事をつくるため、先日、新たなクラウドファンディングを始めました。
やはり高齢の方たちが多いので、なかなか地域に居場所がないんですね。そこで一軒家を確保して、コミュニティカフェを開設する計画があります。元ホームレスの人たちが集まれる居場所であり、配膳などの仕事もつくれればと思っています。
アパートに入居したところがまさにスタートとなり、仕事を得て働き、地域の人たちと交流しながら暮らし、人として当たり前の生活を続けていける、ハウジングファーストのすばらしい成果が感じられる4回目のクラウドファンディングとなりそうです。
もちろんこのクラウドファンディングが成功しても、それで終わりではありません。これまでのファンディングで、大きく人生が変わった人がいます。その人たちがこれからどんな風に暮らしていくのか、そこまでずっと関心を持ってこそ、つくろい東京ファンドのクラウドファンディングは成功と言えるのではないでしょうか。
そして、住まいがない人たちの存在を、自分たちが暮らす社会の問題と捉える人が一人でも多く増えることが、この社会を大きく変えていく力となるはずです。自分から遠い世界の話ではなく、自分のすぐ隣に存在する、自分と何も変わらない一人の人の問題だと考えることで、問題解決の一歩としていきたいものです。
– INFORMATION –
「つくろい東京ファンド」が新たにMotionGalleryでクラウドファンディングに挑戦中!
https://motion-gallery.net/projects/tsukuroi2017