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世界チャンピオンのクライマーが仕掛け人! 先入観を破壊し、障害者と健常者が自然と仲間になれる”交流型”クライミングイベントとは?

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この記事は、「グリーンズ編集学校」の卒業生が作成した卒業作品です。編集学校は、グリーンズ的な記事の書き方を身につけたい、編集者・ライターとして次のステージに進みたいという方向けに、不定期で開催しています。

みなさんは、街で障害者を見かけたとき、「大丈夫かな」「助けてあげないといけない」と思ったことはありませんか? それもひとつの思いやりですが、あまりに気を使いすぎることで意図せず傷つけてしまうこともある、ということをご存知でしょうか。

障害者と関わる経験があまりない場合、障害者に対する先入観を持ってしまうことがあります。障害を理由とする差別が行われる場合、なんと65%以上は無意識に行われているといいデータもあります(内閣府「21年度障害を理由とする差別等に関する意識調査」より)。

実はこの記事を書いている私自身もそうでした。しかし数年前にあるイベントに参加したとき、そんな先入観は木っ端微塵に破壊されてしまいました。

そのイベントとは、障害者と健常者が一緒にクライミングを楽しむ「交流型クライミングイベント」。視覚障害者や聴覚障害者、車いすユーザーなどが、クライミングジムというひとつの空間で、健常者とグループをつくり、声をかけ合いながら壁を登っていく。そこには「笑顔」と「あたたかい空気」が満ちています。

今回は、パラクライミング視覚障害者B1(全盲)クラス世界チャンピオンであり、「交流型クライミングイベント」を通じて、「多様性を認め合えるユニバーサルな社会」を実現するために活動している「NPO法人モンキーマジック」代表の小林幸一郎さんにお話を伺いました。
 
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小林幸一郎(こばやし・こういちろう)

1968年東京生まれ。16歳でフリークライミングに出会う。大学卒業後は旅行会社、アウトドア衣料品販売会社などで勤務。28歳で進行性の眼病が発覚し、33歳で独立。2005年37歳のときに、NPO法人モンキーマジックを設立し代表理事に就任。NPO法人モンキーマジックは視覚障害者のフリークライミング普及を目的に活動を開始し、現在ではその普及を通じユニバーサルな社会の実現を目指してさまざまな活動を行っており、2015年で設立10周年を迎えた。2006年、ロシア・エカテリンブルグで開催の「第1回パラクライミング選手権」視覚障害者男子部門優勝。そのほか世界選手権・日本選手権での優勝など多数。2014年には「第64回日本スポーツ賞」(読売新聞社)受賞。著書:『見えないチカラ』『見えない壁だって、越えられる』

健常者が面白がってくれるイベント

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視覚障害者と障害のない晴眼者の出会いの場として始まった「交流型クライミングイベント」

「交流型クライミングイベント」は、クライミングスクールに参加したある視覚障害者の一言からはじまりました。「スクール以外にも、もっと気軽にクライミングを楽しみたいが、サポートしてくれる仲間やボランティアがいない」。

視覚障害者がクライミングを楽しむためには、クライミングジムまでの道のりやクライミングジム内でのサポートなどが必要です。しかし、そのサポーターを自分で手配するとなると手間もお金も余計にかかってします。

そこで小林さんはまず、「知り合った人たちが誘い合い、クライミングジムに出かける」ことを目的とした視覚障害者と障害のない晴眼者の出会いの場をつくることにします。

そして2012年4月、初の「交流型クライミングイベント」となる「マンデーマジック」が東京・高田馬場でスタート。当初、参加者は少なかったものの、毎月継続していくうちに少しずつ視覚障害者と障害のない晴眼者が仲良くなっていきました。

2年目がターニングポイントだったと思う。参加してくれる健常者が「ここにくると、今まで関わることがなかった障害者と自然と仲良くなることができる!」と面白がってくれるようになって、どんどん友達を連れてきてくれた。

そのとき、自分たちが予想していなかった価値が「マンデーマジック」にはあるんだと、気づいたんです。

今や「マンデーマジック」は、毎回キャンセル待ちという大人気イベントに成長。2015年12月までに45回実施、414人の障害者を含むのべ1581人が参加しました。現在は、茨城・つくばで「サタデーマジック」、東京・渋谷で「フライデーマジック」も毎月開催しています。

そこは「多様性を認め合えるユニバーサルな社会」の縮図

g4「交流型クライミングイベント」には、多種多様な人たちが参加します。

視覚障害者はもちろん、最近では聴覚障害者の参加も多く、「ご家族で参加する人もいるし、たまに車いすユーザーもいるよ」と小林さん。「交流型クライミングイベント」ではそんな多種多様な人たちが5人程度のグループをつくり、声をかけ合ってクライミングを楽しみます。

例えば、視覚障害者が登る際は、「HKK」という「H(ホールドがある方向)」、「K(ホールドまでの距離)」、「K(ホールドの形)」を伝えるガイド方法をつかってサポートします。

聴覚障害者とは、筆談でコミュニケーションをとり合い、車いすユーザーが腕の力をフルにつかって登る際は、お腹の底から声を出して応援します。
 
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視覚障害者には課題となるホールド(人工の岩)の位置を言葉で伝えます

g6聴覚障害者とは筆談でコミュニケーション

g7アンプティ(片足欠損)の車いすユーザーが課題にチャレンジ中

このように障害者と健常者が一緒に楽しめる背景には、「クライミングというスポーツそのものの特性が大きく関係している」と小林さんは言います。

クライミングは、目の前にある壁を登るというシンプルなスポーツ。障害者でも健常者でもそれは同じなんだよね。それに勝つことが目的ではなく、自分のペースで楽しめるスポーツなのがいい。

高いところへ登るから、障害者には危険というイメージを持たれることも多いけど、マットやロープで安全を確保し、守るべきルールをしっかりと守っていれば問題ない。障害者クライマー中には、めちゃくちゃ登れる人もいる。初めて見るとそのクライミングは衝撃的かもね。

そうは言っても、クライミング未経験者や障害者と関わったことがない人がいきなり参加して、楽しめるものなんでしょうか。それについては、「ボランティアスタッフや常連さんの存在が大きい」と小林さんは言います。

初めての参加者には、ボランティアスタッフや常連さんが積極的に声をかけてくれる。クライマーというのは基本「教えたがり」だから、クライミングについては心配ない(笑)

障害者への対応でいうと、ここの関わり方はとても参考になると思う。障害とか関係なくみんな仲良くなっているから余計な気は使わないし、冗談もバンバン言い合う。障害者が自身の障害をネタにすることもあります。

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視覚障害者である小林さんのクライミングは圧巻の一言!

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小林さんはパラクライミング世界選手権2016B1クラスでも優勝しています

障害者と健常者が自然に仲良くなる「交流型クライミングイベント」を続けるなかで、小林さんはあることに気付きます。それは、イベントでつくるグループひとつひとつが、自分たちが目指す「多様性を認め合えるユニバーサルな社会」の縮図なんじゃないか、ということでした。

普段生活している家庭や仕事場、学校などでも、多種多様な人々が集まってひとつのグループをつくっていますよね。それらと「交流型クライミングイベント」でつくるグループの何が違うかというと、自然と多様性を認め合えていることだと思うんです。

クライミングというスポーツを一緒に楽しむ中で、障害の有無にかかわらずコミュニケーションをとり合い、応援し合う。そこには、「笑顔」と「あたたかい空気」が満ちている。

実際、この「笑顔」と「あたたかい空気」に魅せられた人は多く、取材のために参加したレポーターがその後も個人的に参加するようになるなど、一回経験するとハマってしまう人も続出しています。

全員が同じ「ただのクライマー」

ここまで順調に成長してきたかのように思える「交流型クライミングイベント」ですが、一方で「離れていった人もいる」と小林さん。そこには、小林さんが大切にしてきたひとつのコンセプトが関係していました。

ここでは、主役は障害者ではありません。障害者には「ここではチヤホヤされませんよ」、健常者には「ここでは気をつかいすぎないでね」と何度もお伝えしています。

そもそも障害者が参加するスポーツイベントって、障害者が主役になっていることが多いよね。悪く言えば障害者は気をつかわれて、受身でもサポートしてもらえる。そういうイベントに慣れている人は、障害者であっても健常者であっても「交流型クライミングイベント」から離れていく。

でもそれは仕方ないこと。だって、ここでは全員が同じ「ただのクライマー」だから。

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「言葉にして伝えることが大切」と小林さん

自身も障害者である小林さんだからこそ、説得力がある言葉。最初はなかなか理解されなかったそうですが、視覚障害者だけでなく、さまざまな障害者の参加が増えることによって、「障害者自身の意識が変化してきた」と小林さんは振り返ります。

自分とは違う障害をもつ人がいることで、障害者も自分から動くことが必要になる。それによって、「支えられる側」ではなくて、社会の一員として自ら関わり「支える側」にもなれるということを認識できる。ここに多種多様な人々が関わる価値があると思う。

一方、「健常者が障害者に抱く先入観は、接点がないと変えることは難しい」とも。そこで、「交流型クライミングイベント」の後に必ず懇親会を開くなど、まずは一緒に楽しい時間を共有することを大切にしているそうです。
 
g10イベント後の懇親会はいつも大盛り上がり!

「交流型クライミングイベント」を全国へ

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北海道「えぞモンキー」の「交流型クライミングイベント」

さまざまな可能性を秘めた「交流型クライミングイベント」は、現在モンキーマジックと親交が深い有志の力によって全国各地に広がりを見せています。2014年には北海道で「えぞモンキー」が、2015年には大阪で「なにわモンキー」が立ち上がりました。

また、高知では視覚障害者クライミングが盛んで、参加者全員が目隠しをして行う「よさこいコンペ」というイベントも2011年から毎年開催されていました。

こうした流れを受けて、小林さんは「交流型クライミングイベント」を開催したい人たちを支援するプロジェクトをスタート。2016年4月には住友生命健康財団の「スミセイコミュニティスポーツ推進助成プログラム」にも採択され、2016年11月までに名古屋「尾張でらモンキー」と福岡「よかモンキー」が新たに立ち上がりました。
 
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高知「よさこいコンペ」は、小学生も目隠しをして参加します

全国に展開していく上で大切にしているのは、地域の特性やメンバーの個性です。我々モンキーマジックはあくまで裏方で、主役は各地域のみなさん。ここでも多種多様な人々が関わることが価値になるんです。

実際、「えぞモンキー」と「なにわモンキー」では、開催日が平日夜ではなく休日だったり、クライミングをする時間が長かったりと運営方法には違いがあったり、その場の空気も独特なものがあるそう。しかし、「全員が同じただのクライマー」というコンセプトは全くブレていません。
 
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大阪「なにわモンキー」の「交流型クライミングイベント」

最初は「マンデーマジック」だけで、それはただの「点」でしかなかった。しかし、関東や全国で「交流型クライミングイベント」が広まることで「面」になってきた。これをどんどん大きな「面」にしていきたい。そうすることで社会が少しずつ変わっていくと思う。

「多様性を認め合えるユニバーサルな社会」は絶対に実現できる。だって実際に存在しているんだから、できないわけがない。

「多様性を認め合えるユニバーサルな社会」というと、漠然としたイメージしかないかもしれません。しかし、「交流型クライミングイベント」には確かに存在しています。その縮図を社会全体に広げていくためには、より多くの人がユニバーサルな社会を体験する機会を増やす必要があります。

そのためにも、そして何より障害者に対する先入観を破壊し、自分の世界を広げていくためにも、「交流型クライミングイベント」をはじめとした「障害者と健常者が一緒に楽しめるイベント」に気軽に参加してみませんか?

(Text:岡田龍也)