子どものためを思って、先回りして危険を取り除いたり、何かを教えこもうとしたり。そうした「良かれ」と思ってしていることが、ときに子どもの個性を抑えてしまう可能性もあるとしたら…
そうはいっても、大人と子どもとの関わり方は難しいものです。そこで今回は、子どもたちのありのままの個性を伸ばしていくためのヒントとして、ちょっと変わった「学校」をご紹介します。
時間割もテストもなく先生もいないという「子どもじんぶん学校」、その中身とは? そして、大切にしていることは? エコネット・美(ちゅら)の島袋安奈さんに、お話を伺いました。
八王子生まれ、沖縄育ち。大学で環境問題を学び、卒業後は地元に戻って「エコネット・美」のスタッフとしてエコツアーの企画・運営に携わる。2児の母として、子育てにも奮闘中。
じんぶんに学び、自然の恵みをいただく「じんぶんの里」の暮らし
「子どもじんぶん学校」は、沖縄でエコツアーを行う団体「エコネット・美(ちゅら)」が提供するプログラムの名称です。子どもたちは、電気もガスもない「じんぶんの里」で、5日間を過ごします。
場所は、沖縄県北部・やんばる地方の東海岸にある「ヌーファの浜」。周囲2キロにひと気のない”陸の孤島”です。森の入り口で車を止めると、自分の足でてくてくと山を下っていきます。深々と息を吸い込むと、土と緑のやわらかな香りが胸いっぱいに広がり、賑やかな鳥のさえずりが心地よく降り注ぎます。
15分ほど山を下ると、真っ青な海が優しくお出迎え。その隣の小さな滝つぼと小川には、澄んだ水が流れ込みます。水中メガネでのぞくと小魚や子エビが泳ぎ、アメンボやミズスマシも水面を元気に移動しています。
夜になると満天の星空が広がり、浜辺に寝転がって波の音を聞きながら流れ星を数えるのも、楽しみのひとつです。
かつてヌーファには、この美しい自然の恵みをいただきながら、たくましく暮らす人々がいました。「じんぶんの里」は、先人たちのじんぶんに学び、海、川、森の恵みをいただいて暮らすことのできる、小さな隠れ里なのです。
エコネット・美では、年間を通して全国から園児や児童、学生から大人まで受け入れています。中でも毎年夏に行われる一大イベントが「子どもじんぶん学校」。小学3年生から中学3年生まで幅広い年齢の子どもたちが参加します。
そこでの子どもたちのすごし方は、自由! 海に行って泳いでもよし、木陰のハンモックで昼寝をしても、シマグワの木のブランコで遊んでもよし。大自然の中、思い思いの場所でのびのびと過ごします。
ただし、薪あつめや火おこし、食事づくり、風呂たきや洗濯などなど、ヌーファの自然の中で暮らすのに必要な仕事は、すべて子どもたちで行うのがルール。食事の準備ひとつをとっても、薪を拾ってきて斧で割ったり釜戸にくべたりとひと苦労です。
しかし、スタッフは「先生」として注意や強制をすることはなく、隣で同じことをやってみせるだけ。「じんぶん」を頼りに、子どもたちは見よう見まねで学んでいくのです。
大人がおぜん立てをせずに、“ありのまま”を大切にする
どうしたらうまくいくかな?子どもたち同士で試行錯誤を繰り返します。
「子どもじんぶん学校」で大切にしているのは、自然の中のありのままの体験を止めないこと。
例えば雨が降って地面がぬかるんでいても、子どもたちと山を下ってヌーファに入ります。多くの大人は「危険」という理由で遠ざけてしまいそうな選択ですが、あえてそうした背景には、あんなさんたちスタッフの強い信念がありました。
雨だからマイナス、ではなく、雨も大切な自然からの恵みだから、それをどう取り入れていくか、を考えるんです。
たしかに雨のなか森を歩くのは大変だけど、それもひとつの体験。雨が上がったあとに太陽が照って、海にあんなに明るい色の魚が見れた、というのも大きな収穫。自然をまるごと受け入れるって、そういうことだと思う。
食事準備は、薪を割って火をつけるところから。コツをつかむまではなかなか難しい。
できるだけ大人はおぜん立てをしない。とはいえ、このスタンスを貫くのは、決して簡単なことではありません。あんなさん自身、その難しさにぶつかることもありました。たとえば、ある年の「子どもじんぶん学校」の一場面。
ある子どもが火おこしに苦戦し、調理ができませんでした。あんなさんは、このままでは子どもたちのお腹がもたないのではないかと心配し、竹を使うと火がつきやすいことを教えてしまいました。するとその子はその後、火おこしに竹ばかりを使うようになってしまったそうです。
今でもね、ああ、なんであんなことしちゃったかなあ、ってすごく後悔しているの。私は「経験」のない子どもに「結果」だけ与えてしまった。
永遠に時間がかかったとしても私は放っておいて、他の子どもたちがお腹がすきすぎて手伝い出すっていう流れになれば、全然ちがうものを得られたんじゃないかな。すごく大事な場面だったんじゃないかなって。
手つかずの自然は美しい一方、多くの危険や不便を含みます。両方の面をありのまま経験することは、この先人生で様々なことが起きても、しなやかに乗り越えていく力になる。あんなさんは、そのように考えているのです。
本来の学びの場っていうのは、子どもの「知りたい!」という欲求を満たしてあげる場であるはずなんです。「これどうなってるんだろう」「すごく好き」「深く知りたいから学びたい」「学ぶためにどうしたら良いの、先生?」というやりとりの中で、学びは深まっていくのに、多くの場合、その子の中から湧き出る前に、大人がそれを与えちゃってる感じがする。
知りたい気持ちはすごく大事で、それを広げてあげたいし、その要素は、自然の中に無限にある。例えば虫の足の一本一本が気になったら、ひたすら虫を追いかければいい。その虫のいのちひとつから何かを広げてつかんでいき、それによって満たされる、そういうことを大事にしたいんです。
そして、子どもたちの好奇心を育むのは、 「知りたい」「おもしろい」と目を輝かせる大人の背中とあんなさんは続けます。
やっぱり大人の方も知りたい人間でないと、子どもたちも知ることが面白いとは思えない。周りの大人が「知りたい、知りたい」となっていることが、子どもにとってすごくよい環境なんです。
スタッフは、子どもたちの先頭に立ってヌーファの大自然を満喫します。
「オトナ」と「コドモ」ではなく、「生身の人間同士」
「子どもじんぶん学校」が始まったきっかけは、米軍の辺野古の基地移設問題でした。
このままでは、人の都合で自然を壊すことが当たり前になってしまう…。ありのままの自然の中の暮らしを通して、もっと”いのちとつながる”経験をしてほしい。そして、ひとりでも多くの人に、いのちの恵みに感謝する気持ちを取り戻してほしい。これが、創業メンバーの願いでした。
自分が生きるということと、自然が生きていることがつながっていると実感できると、何か芽生えるものがあります。植物ひとつから始まって、だんだん周りの存在にも少しずつ広がっていくんです。
ひとりでは生きていないんだな、いろんな人の力があって自然の恵みがあって、生かされてるんだな。そうして「ありがとう」という気持ちが出てくる。
あんなさん自身は、東京の八王子生まれ。小学生のときに沖縄に引っ越して以来、やんばるの豊かな自然に囲まれて育ってきました。窓から海の見える教室で学んだあんなさんにとって、様々ないのちに生かされていることは、当たり前の感覚として染み込んでいました。
大学進学を機に沖縄県の南部へ引っ越し、環境問題について学んでいましたが、父親が他のメンバーとともに立ち上げたエコネット・美の理念に強く共感し、地元に戻る道を選んだのです。
お子さんから、保育園で描いた絵について教えてもらっているあんなさん
また、あんなさんは、9歳と3歳のお子さんを持つお母さんでもあります。あんなさんが子どもたちと接するうえで一貫しているのは、同じ立場で、1人の人間として接するということです。
3歳のお子さんの主張することも「ワガママ」と決めつけずに耳を傾け、「○○はそうしたいんだねえ」とまず受け止める。いたずらをされて困ったときも、叱りつけるのではなく「こういうことをされて、私は困った」と自分の気持ちを伝える。あんなさんの子育ては、いつもこの調子です。
「オトナ」と「コドモ」ではなく、生身の人間同士だと思っています。生きている時間が長いか短いか、経験の差で、できるかどうかが決まってくるだけなので。
この姿勢は「こどもじんぶん学校」でも同じです。子どもの年齢によって、役割やできることを決めつけることはありません。
これはこの子に頼めても、この子には頼めない。無理はしないで、自分にできることをがんばることで暮らしが成り立つというのが大事。○年生だからこれができないとおかしいぞではなくて、その子なりに、自分の得意な部分を生かせたらいいんだよね。
とはいえ、いざ我が子に周りのお友達と同じようにできないことがあると、そこばかりを気にしてしまう親も少なくないかもしれません。
私も親だからさ、そうしちゃう気持ちもわかる。社会の中にいて、みんな人の目ばっかり気になって、大人のしがらみがそのまま子どもにいってるのかもしれない。でも、子どもはさー、ありのまんまの自然体で、笑顔でのびのびしてれば、ただそれだけでいいはずなんだよね。
「子どもから学ぶことはすごーーくある」
大切なのは周りと比べるのではなく、目の前の子どもと対等に接すること。そうすると、「すてきなところがたくさん見えてくる」とあんなさん。
いつでも、子どもから学ぶことはすごーーくある。私もこんなにすてきなものがあったのかな、いつ失ったのかなって思う瞬間がたくさんある。
子どもの感性や表現力、子どものキラっと光るものって、どこで磨かれるんだろうって。
もし、子どもが自分の望むようにしてくれないと思ったら、まずは自然の中で深呼吸をしたり自分の大好きなことをしたり、肩の力を抜いてみませんか?
様々なしがらみに縛られた“大人”のカラを脱ぎ捨てて、ありのままの生身の人間同士として、子どもたちに向き合ってみると、きっとたくさんのことを教えてもらえるはずです。
(Text: 八ツ本真衣)
1993年奈良県生まれ、東京都育ち。大学では震災遺児を対象としたキャンプの企画・運営や子どもの居場所を作る地域活動に携わる。現在は株式会社LITALICOにて、発達の気になる子どもたちへの教育事業に従事している。描きたいのは、すべての人がもとより持っている可能性を、ありのままにふくらませることのできる未来。