みなさんには、「ここで暮らしたい、働きたい」という地域がありますか?
東京への一極集中や地方の人口減少が問題となる中、「地方で働く、起業する」という選択肢を取る人が少しずつ増えてきました。
でも、友人や仕事仲間のいる東京を離れていきなり遠い土地へ、というのは少々ハードルが高いもの。「興味はあるけど、踏み切ることができない」という人も多いのではないでしょうか。
そんな方におすすめしたいのが、茨城県です。「え? 茨城県?」と思ったかもしれませんね。
確かに、茨城県は都道府県の魅力度ランキングで毎年最下位の県。ちょっと地味な印象なのは否めません。けれども、東京から近い割に自然豊かで暮らしやすい土地でもあるのです。今秋には日本最大規模の芸術祭「KENPOKU ART 2016 茨城県北芸術祭」が開催されるとあって、広く注目を集めています。
今回は、そんな茨城県で働くメリットを教えてもらうべく、日立市を拠点とするITベンチャー・株式会社ユニキャスト代表の三ツ堀裕太さん、常陸太田市(ひたちおおたし)で「里山ホテル ときわ路」を営む株式会社里山ホテル取締役の藤野龍一さんの対談を企画しました。
おふたりがいま茨城県で働く理由や、地域の未来像の話を聞いていきましょう。
左が三ツ堀さん、右が藤野さん。会場は、ユニキャストが運営する地域貢献型シェアハウス「コクリエ」です。
若者が地域の大人とつながるシェアハウス
——まずは、それぞれの会社の事業内容を教えてください。
三ツ堀さん 私は茨城大学大学院生のときに学生発ITベンチャーを創業しました。主な事業内容はウェブシステムの開発・保守です。
立ち上げは私ひとりで行いましたが、大学の後輩たちにアルバイトとして入ってもらい、そのまま社員として招き入れてきました。現在のスタッフ数は正社員・インターン合わせて34名。茨城大学、茨城キリスト教大学の出身者が多いですね。
ユニキャストが力を入れているのはロボティクス事業。最近では、人工知能を搭載した人型ロボット「Pepper」の接客業向けアプリケーションを開発しました。
——2015年にはこの「コクリエ」をオープンされていますね。なぜIT企業がシェアハウスを始めたのでしょうか。
三ツ堀さん 茨城大学に通っていた頃、学生の間に「東京に行かないと一人前になれない」「一度は東京に出るべき」という空気が漂っていたんです。僕はそれに「そんなことないんじゃないか」と違和感を感じていて。地域の人と若者がつながる空間や仕組みをつくれば、「なんだかんだで茨城っていいよね」と定着する人が増えるんじゃないかと考えてコクリエを企画しました。
具体的には、若手経営者と学生たちが一緒に新規事業を計画する会や、地域おこしについて話す会などを開いています。地域の社会人と直接話をすることで、就活が始まる前から「働く」ということを意識できるんじゃないか、と思っています。
環境に配慮し、コミュニケーションが生まれる仕掛けを施したデザインは、2015年度のグッドデザイン賞も受賞しています。
藤野さん どの位の年代の方が入居されているんですか?
三ツ堀さん 20代から30代が多いですね。学生だけでなく、うちのスタッフも住んでいます。僕自身は学生のときに茨城大学の寮に入っていたんですが、そこでいい仲間ができたんです。シェアハウスを通じて、新しい家族のような関係をつくれたら、と思っています。
里山という資源を最大限活かしたホテル
藤野さん 里山ホテル ときわ路は、「里山体験を通じて家族の絆が深まるホテル」というコンセプトで運営しています。
常陸太田という土地に住む人の暮らしや想いに魅力を感じてIターンやUターンをしている人はたくさんいます。でも、その魅力は1泊2日の旅行ではなかなか見えてきません。
そこで私たちは、ここでの暮らしの魅力を垣間見られる「里山体験」をデザインしようと。まず、自分たちの暮らしの中で好きなもの、知ってほしいことを体験プログラムに落とし込みました。星が好きなスタッフは季節の星座を紹介する「星空トーク」を、子ども時代に地域の森や沼で遊んで過ごしたスタッフは木の実や苔を使って作品をつくる「森のワークショップシリーズ」を企画し、多くの方に評価を頂いています。
森で集めた画材を用いるワークショップ「Forest in the Frame」
藤野さん また、燃料に使う薪を割ってもらうと宿泊費が安くなる「薪割り割」プランも用意しています。割っていただいた薪で焼き芋を焼いたりもするんですよ。そうすると、「あれだけ時間をかけて割った薪がもう炭になっちゃった」と、燃料の大切さに想いを馳せることにもなるんですね。
三ツ堀さん 面白いですね。薪割りなら、「お金を払ってでも体験したい」という人もいるんじゃないでしょうか。
藤野さん 実は薪割り割は事前予約制プランでして、当日いらしてから体験したいという場合は指導料として500円をいただいています。家族で薪割りをすると、おじいちゃんが一番上手だったりするんですよ。「力じゃないんだよ、スナップでもないんだよ」と得意そうに孫に教えている光景を見ると、まさに「家族の絆が深まる」というコンセプトそのものだな、と嬉しくなります。
茨城で働く理由
ーーおふたりはなぜ、茨城で働くことを選んだのでしょうか。それぞれ、日立、常陸太田市出身ではないんですよね?
三ツ堀さん 私の出身は茨城県の神栖市です。茨城大学の工学部が日立にあったのでこっちに来て、そのまま起業しました。なので、特に茨城を選んだというわけではないんです。
藤野さん でも、それこそ東京へ行こうとは思わなかったんですか?
三ツ堀さん 起業するときは、「卒業するときは誰かに譲ればいいや」という位の軽い気持ちだったんです。ですから卒業後まで明確に描いているわけではありませんでした。でも、やっていくうちに段々と可愛がってくれる人、応援してくれる人が地域に増えてきたんです。
それなのに「卒業するので東京行きます」というのは忍びない。IT業界は「インターネットさえつながっていればどこでもできる」と言われる業種だし、「それを立証してみせようじゃないか」と思って茨城に残りました。
ユニキャストのオフィスはコクリエに併設しています。
藤野さん 縁ですね。
三ツ堀さん 藤野さんはご出身が茨城だったんですか?
藤野さん 私は県外の人間なんですよ。東京生まれの埼玉育ち。海外に留学して、帰国後最初の5年は東京でCSRレポートを製作する会社に務めました。そこで色々な企業から話を伺う中で、持続可能な社会を実現するためには、消費者に直接訴えかけないと企業も変われないな、と感じたんです。
じゃあ消費者に近くて、しかも影響力のある顧客層と接する業界、かつ持続可能な社会について説教臭くなく伝えられる仕事って何だろう、と考えたときにエコリゾートに行き着き、長野の会社に転職しました。そこでは6年働かせていただきましたが、「もっと地域と共に魅力をつくったり情報発信をしたりしたい」と思うようになってきたんです。
更に東京へ異動になって鬱鬱としていたところに、里山ホテルのコンサルティングをしていた知人から「サステナビリティの視点とリゾートマーケティングの経験を持った人を探しているんだけど、どう?」と声がかかって。それでもう、ぜひ!と。
——東京暮らしのどんなところが嫌だったんですか?
藤野さん 自分の出身地でもあるのであまり悪くは言いたくないのですが…(笑)まず人の多さですね。長野にいるときは周りにいる人の顔が見えたんですよ。そうすると、自然とあいさつを交わしたりして関係ができますよね。新幹線通勤をしている人たちに話を聞くと、「いつのまにかみんな顔見知りになってたりする」と言っていました。
東京だと人が多すぎて、隣合った見知らぬ人とあいさつしようとは思いませんよね。逆に列に割り込む人がいるとついイラッとしてしまったり。多すぎてそれぞれの人がどういう人なのか、どんな事情があるのか、といったところに想いを巡らせる余裕がなくなるからなのでしょうね。
——茨城に来て、そういったストレスは解消されましたか?
藤野さん 解消されましたね。いろいろな方と知り合えてますし。それに通勤するだけでも癒されます。緑の濃さで季節の移り変わりを感じたり、雲の様子を楽しんだり。それだけで充分、移住した甲斐がありました。
里山ホテルの「里山ポタジェ」
特急に乗れば東京へ一時間半で行けるという利点
——三ツ堀さんは、茨城や日立の好きなところはありますか?
三ツ堀さん そんなに……と言うと語弊があるかもしれませんが、私は「場所にこだわらない」ことにこだわろうとしているので、「このまちじゃなければ」というのはあまりないんです。
藤野さん でも、「大学を卒業したらデフォルトで東京」というのには違和感を感じていたんですよね。
三ツ堀さん 私はへそ曲がりなところがあるので、みんながあっちに行けっていうと、こっちへ行きたくなってしまって(笑) やっぱり東京には企業も集まっているし、仕事もしやすい。私も週1〜2回は出張しています。東京に引っ越したほうが楽かな、なんて言葉が出かかることはあります。
でも、東京で暮らしている人って、通勤に1時間位かけていたりしますよね。日立は特急に乗ってしまえば1時間半で東京に行けるんですよ。それなら、普段の仕事や生活はこっちでして、必要なときに東京へ行くようにすれば、トータルでかかる費用や時間といったコストはこっちのほうが安く済むな、と。
藤野さん 一番いいバランスですね。面白いことは全国で起きているけど、その情報が集まってくるのは東京。だから、文化的な刺激を受けにたまに東京へ行くのはすごくいいと思います。
三ツ堀さん スタッフにも、勉強会の交通費・参加費を支給しています。東京で面白いイベントがあるなら会社のお金で行きなさい、って。刺激を受けてモチベーションを高めて帰ってきてもらえるなら、いい投資だと思っています。これがもう少し北のほうになると、新幹線で2時間3時間となるので、なかなか行きづらいんじゃないでしょうか。
藤野さん ちょうど良い距離感ですよね。地域の魅力という点でいうと、僕自身はやっぱり常陸太田に暮らす人そのものにあると思っています。もしかするとどこの地域でも同じことを言うのかもしれないけど、観光地じゃないからこその良さってあると思うんですよ。
地元で野菜を育てている、お酒をつくっている、といったときに、京都なら京都の、軽井沢なら軽井沢の、地域の色がどうしても先に出てしまう。それが常陸太田は良い意味でまだ色がないので、「その人らしさ」が前面に出やすいんじゃないかと。
こだわりを持っている農家さんが周囲にたくさんいるので、聞けば聞くほど面白いですね。5月に就任した料理長と一緒に生産者巡りをしているんですが、彼も「こんな野菜をつくっているんですか」「力強い味がする」としきりに感動しています。わかる人が見たり食べたりするとわかる魅力ってありますよね。それを多くの方にわかりやすく伝えるのが私たちの仕事だな、と思っています。
単なるボランティアではなく、地域と共創するための地域貢献
−−日立市と常陸太田市は共に「茨城県北」と呼ばれるエリアですが、地域に対して、「もっとこうなってほしい」という要望や「こうしていきたい」という意気込みはありますか?
藤野さん 個人的には、日立をはじめとするさまざまな地域ともっとつながりたいなと思っています。その第一歩となるのが、太田尻海岸にあるホテル「うのしまヴィラ」さんかな、と。昔は海の塩と山の炭を交換する風習があったそうなんですね。社長の原田さんとそんな話をしながら、「海と山とでコラボレーションできるといいね」と構想を練っています。茨城県北芸術祭でも、転泊プランを用意しました。両方に泊まるとそれぞれで特典が受けられるんです。
それと、デスティネーションマネジメントですね。観光地じゃない場所のホテルが生き残るために必要なのは、地域全体が観光地域としてブランディングすること。ここでいう観光地域とは、「コンセプトを明確にし、住民の地域への誇りと愛着を醸成しながら地域外貨を獲得する能力を有する地域」のことです。
いままさに県としても動き始めたところですが、私はやっぱり、その地域に暮らしている人がそれぞれの生業を楽しむことそのものが観光資源だと捉えているので、それらをリアルに体験できるプログラムがたくさんある観光地域となることが理想です。
グランピングを体験できる「マッシュルームキャンプ」
藤野さん また、私たちのホテルには22室しかないので、繁忙期にはすぐに満室になってしまうんです。それ以降を断ってしまうのはもったいないので、この地域の民泊やホームステイをアレンジするプラットフォームをつくりたいと考えています。
「誰も住んでいないけれど、売ったり譲ったりするつもりはない」という家屋も多いと聞くので、私たちが間に入ってメンテナンスや宿泊予約をさせていただくことで活用できたら、と。もっとリアルな場所、人が暮らしている場所に滞在したい、というニーズは確実にあると思うんです。特に海外の方は求めているんじゃないかな。
三ツ堀さん いまコクリエにはアメリカ人の学生が住んでいるんですよ。ホームステイだと上の世代の人とばかり触れ合うことになりがちですが、ここならたくさんの同世代と交流できるんですね。一方で、いまの日本には留学したくてもお金や時間がハードルになってできない学生が多いんです。
海外の文化や言語に触れるいい機会になると思って入居してもらいましたが、毎晩のように語り合ったり、いつの間にか入居者が英語をマスターしていたりと、予想以上にいい効果を生み出しています。
藤野さん それは面白いですね。
三ツ堀さん 「コクリエ」の語源は「co-creation」。「人は人、自分は自分」ときっぱり区切るのではなく、一緒につくっていこうというコンセプトです。そこに何でもかんでも放り込んでいるうちに、どれかがヒットして面白い展開になっていく。
藤野さん 人と人を繋いで地域の価値を共創していく、そのスキームが私たちの目指すものに似ているな、と感じました。私たちの場合は旅行者と地域の方の暮らしを繋ごうとしているわけですが、要は「地域とどう繋がれるか」ということなんですよね。繋ぎかたとアプローチしている層が違うだけで、地域を面白くするために人と人を繋いでいるという意味において同じことをしているんじゃないかな。
三ツ堀さん そう言ってもらえるのは嬉しいです。
藤野さん コクリエが掲げる入居者の「地域貢献」も、単に地域にいいことをしたいわけではなくて、地域と繋ぐ、地域に根づいてもらうためのひとつの方法なのでしょう。
三ツ堀さん 「地域貢献」という言葉に思うところはたくさんありまして、単なるボランティアをするのは違うだろうと考えているんです。体験自体が対価となるもの、たとえば地元企業での商品開発といった仕事は学生たちの勉強になるので無料でも引き受けますが、イベントの交通整理や売り子といった、本来アルバイトを雇うべき仕事は原則お断りしています。
さきほど藤野さんからサステナビリティというお話がありましたが、地域活性化について長期的視点で考えると、きちんとお金を稼いで経済を回すといったことに向き合うのが大事ですよね。コクリエはそういった実験の場でもあるんです。
藤野さん 地域貢献って、一部には「面倒だけどやらなくちゃいけないもの」と捉えられがちですよね。そうじゃなくて、価値を共創するためのツールにできたら面白いだろうな、と思います。里山ホテルも、その意味での地域貢献の場としていきたい。
三ツ堀さん 僕はこの地域が、みんながやりたいことにチャレンジできる地域になるといいな、と思っています。若者がやってみたいことがあると言ったときに、「やってみなよ、うまくいかないと思うけど(笑)」と、軽口を叩きながらも応援する大人がたくさんいるような。そのためには、僕自身が色んなチャレンジをして、たくさん転ぶところを見せるのが大事かな、と思っています。
藤野さん 目の前で転んでいる人を見ると、「あ、これくらい転んでも大丈夫なのね」とわかりますもんね。
一次産業×ITでイノベーションを起こす
三ツ堀さん この地域の可能性のひとつは、都会に比べて土地がすごく余っていること。いつかバーンと買い取って、社員に少しずつ分け与えてまちをつくりたいな、なんて妄想しています。リアルシムシティですね。夢物語のように見えるかもしれませんが、アメリカに行くとまちそのものがグーグルだったりしますからね。
これは東京ではできないことなので、ある意味チャンスだと思います。農業の自動化・合理化にも挑戦できますよね。実験場所としては、東京にも近いし最適なんじゃないでしょうか。
藤野さん 研究施設もたくさんありますからね。農業に限らず林業にもICT活用の余地があると思います。私もそこには興味があって関われたらと思っていました。
三ツ堀さん 最近、僕は趣味でプランターで野菜を育てはじめたんですが、pHや水分を測ったり、葉緑体が効果的に働く光の波長を調べて、LEDでその波長の光を作ってを当ててみたり、とやっているんです。そうすると、やはり普通に育てたものよりよく育つんですね。いまわかっている科学の力を使って効率よく農業をするのは面白いんじゃないかと考えています。
農業のIT化や効率化というと農家さんの智恵や経験を否定するものと思われがちですが、決して相容れないものではないはずです。いままで明文化できていなかった、長年の経験による勘を裏付けるものなんですよね。土を見るかデータを見るのかの違いで。お互いをリスペクトしながら、一緒に研究を進めていけたら、と思っています。
一次産業×ITの可能性に話を膨らませるおふたり
豊かな自然に恵まれていること、研究施設がたくさんあること、東京に近くすぐ行けること。おふたりのお話を伺い、この3つが茨城で働く魅力なのだな、と感じました。特に、一次産業にイノベーションを起こしたい人にはぴったりの場所なのではないでしょうか。
茨城県北地域では、最高賞金200万円が支給されるビジネスプランコンペや、無料のビジネスプラン作成講座を開催しています。地方で働きたい、起業したいと考えているみなさん。茨城県をその候補に入れてみませんか?
(撮影: 服部希代野)
– INFORMATION –
10/8は藤野さん、greenz.jpプロデューサーの小野裕之も登壇!無料のビジネスプラン作成講座「さとやまビジネスキャンプ2016」
http://peatix.com/event/198841
アートや最先端の科学技術が地域と出会う。茨城県北芸術祭(9/17〜11/20)
https://kenpoku-art.jp/