起業とは、自らなりわいをつくること。
それはとても楽しいプロセスであると同時に、ときに大きなリスクを伴うことでもあります。それなのに、人口減少や高齢化、過疎化など、けっして起業には有利といえない課題がある徳島県上勝町は、起業する人が次々に現れ、さまざまななりわいを生み出しています。
その盛り上がりは、昨日公開の前編でもご紹介しましたが、注目すべきは、そのほとんどがここ数年に始まったものであること。
この起業ムーブメントの仕掛人ともいえるのが、町の委託を受け、2012年から起業家育成・支援事業を行ってきた「一般社団法人ソシオデザイン」の大西正泰さんです。
大西さんは言います。
上勝町は確かに盛り上がっているけれども、まちづくりという意味では、成熟期から衰退期に入ったと思ったほうがいい。今年ようやくV字回復の兆しが見え始めたぐらいなんじゃないかな。
実際に訪れると、上勝町の賑わいは肌で感じられ、かなりの盛り上がりを見せていますが、それに対して、大西さんの評価はどこか厳しめです。上勝町のまちづくりを常に俯瞰的に見続け、さまざまな企業のスタートアップをサポートしてきた大西さんに、その言葉の真意と今後の展望を伺いました!
公立小・中・高校教員を経て、2005年より経済産業省による起業家育成プロジェクト「DREAMGATE」に参加。四国エリアの責任者として、地域の起業支援に2年間携わる。2006年1月に「有限会社VentureGenome」設立。讃岐パスタなど、特産物育成にかかわる。2010年ビジネススクールでの起業家との出会いから中小医薬品製造会社へ。漢方栽培、人工唾液などの産官学プロジェクトに参画。2012年より徳島県上勝町に移住して「一般社団法人ソシオデザイン」設立。シェアカフェ、シェアバーなど、模擬起業の仕組みを用いた起業家育成をしている。現在、香川大学ビジネススクールおよび経済学部非常勤講師など
「いろどりインターンシップ」をきっかけに上勝町へ移住
ソシオデザインの事務所。最近、コンクリート2階建ての建物を大西さん自らリノベーションし、移転しました
一般社団法人ソシオデザインは、地域再生を目的としたコンサルティング・ビジネスサービスを手がけている団体です。“起業家人材の育成”や“起業家が育つ「場」づくり”をテーマに、上勝町での起業家育成事業はもちろんのこと、全国各地で地域再生のコンサルティング業務に携わっています。
大西さんが上勝町に拠点を置くきっかけとなったのは、2011年にスタートした「いろどりインターンシップ」に参加したことでした。
いろどりインターンシップは、上勝町に1週間から1ヶ月ほど滞在し、上勝町の仕事や暮らしを体験できるプログラム。勤めていた企業を退職して時間のあった大西さんは、以前からつながりのあった上勝町に長期滞在してみたいと、リフレッシュも兼ねて参加したのです。
すでに起業家育成などで実績のあった大西さんは、そのことが縁で、半年後に町から起業家育成プログラムを手がけてくれないかと相談を受けます。
移住者は多いんだけれど、ほとんどの人が手に職をもってないから、緊急雇用制度なんかを使って雇うことになるんよね。要は、そうじゃない形で自活できる人、自立している人がほしいということだったんだと思う。
過疎地を活性化させようと思ったら、みんな「起業できる人がほしい」には行き着くんよね。ただ、いくら頭でわかっていても簡単には育てられん。だって経済合理性で考えると、過疎地で起業する理由って見当たらないよね。お客さん自体が少ないんだから。
「それでもまちづくりの先進地域はどこも起業する人を増やしている」と大西さん。じつは、いわゆる田舎で稼げるようになるための起業は、儲けるための起業とは少し違うと言います。
ガツガツ儲けたい起業家は、上勝町にはまず来ません。僕はほんまの起業家を育てる気はないんです。田舎暮らしがしたくて何かしたいと思っている人はたくさんいるから、そういう人の背中を押してあげて、必要な面倒を見るっていうことをしてるんよね。
何もない田舎だからこそ、サードプレイスが必要!
起業したい人の後押しとして考えたうちのひとつが、上勝町に“サードプレイス”をつくることでした。サードプレイスとは、自宅(ファーストプレイス)でも、職場(セカンドプレイス)でもない落ち着きの感じられる第3の居場所のこと。
サードプレイスは都市生活者のライフスタイル研究でよく出てくるキーワードですが、大西さんは何もない田舎だからこそ、居場所となるサードプレイスをつくりだしていく必要性を感じました。
“幸福の再生産”が僕のまちづくりのテーマなんやけど、幸福を再生産できるまちって基本的には人の接触度が増すまちなのね。それと偶然会いたい人に会える偶発性の高いまち。
コミュニケーションがとれていると、偶発性が高まることにつながっていくんやけど、それが頻繁に起こるためにはどうしたらいいか。その答えが、あそこに行ったら誰かいるだろうっていう場所、つまりサードプレイスをつくることだったのよ。
模擬起業をとおして「やれるかも」という気持ちを育てる
その中のひとつ、シェアカフェ「いちじゅのかげ」では、いつかお店を出したいと考えている人たちが、毎日日替わりでカフェを運営する模擬起業を行いました。
シェアカフェ「いちじゅのかげ」。現在はシェアカフェとしての運営は終了し、株式会社上勝開拓団の拠点となっています
いきなり起業することは難しくても、資金が要らず、試験的に週に1回やるだけならば、ハードルはそれほど高くありません。また、メニューや客数、各自の工夫や宣伝方法など、情報を可能な限りオープンにして他の週6日の情報を得ることで、週に1回の模擬起業の経験値を、7分の1から7分の7にすることができます。
大西さんは、そういった場ができることによって、賑わいを創出する母集団が形成され、上勝町の基幹産業となっている「いろどり(詳細は後述)」以外の産業が増えていくのではないかという仮説を立てました。
そして実際に、シェアカフェ利用を経て、その後起業した人も大勢います。上勝町だけでなく、お隣の神山町や徳島市内で起業した人もいるそうです。
起業って、結局は「やれるかも」っていう感覚をもてるかどうかだと思う。
シェアカフェみたいにどんどん情報を共有していって、実際にやってみることで、なんとなく「できるかもしれない」と思い始める。”儲ける”にはほど遠いんだけれども、やってて“楽しい”っていうのがわかってきて、ああしたいこうしたいと思うようになる。
でも、週に1度のシェアカフェだと、できないことも当然ある。そうしたらみんな、やる気になって起業していくんよ。
田舎のまちづくりは、セロトニン型まちづくり?
ちょうど取材日に、徳島県鳴門市で地域おこし協力隊として活動していた矢島竜太さんが、退任前に県内のキーマンへのヒアリングをしたいとやってきました。東京に戻ってから何ができるかについて2時間近くアドバイスされていました
なぜ、儲からないのに田舎での起業は成功するのか。その理由を、大西さんは、田舎のまちづくりは“セロトニン型まちづくり”だからだと話してくれました。幸福を感じる脳内物質にはドーパミン、ノルアドレナリン、そしてセロトニンなどがありますが、田舎で感じる幸福はセロトニン型だというのです。
ドーパミンは快楽物質で、ノルアドレナリンは覚醒物質だから、このふたつはどちらかというと便利で刺激の多い都市が得意とするまちづくりにあたるんよね。
セロトニンっていうのは、ドーパミンとノルアドレナリンを落ち着かせてリラックスすることで幸福を感じる物質。つまり、もともと田舎の幸福ってセロトニン型なんよね。
だからこそ、田舎暮らしを楽しみながら何かしたいという人が起業すると、儲けが少なくても幸福度が高いので、うまくいきます。そもそも幸福の感じ方が都市とは違い、成功の基準も違うからです。
でもセロトニン型まちづくりだけになっちゃうとホッとして終わりなので、次のステップとして“田舎のドーパミンって何?”ってことを考えないといけないなと思っています。それが何かっていうのは、まだちゃんとは掴めていません。でも、今後の楽しい課題です。
もう1回まちを再生してV字回復するのが僕の役目
ところで上勝町といえば、葉っぱビジネス「いろどり」が有名ですね。
二十数年前、食事などに添えるつまものと呼ばれる葉っぱを出荷して大成功。年収一千万円を越える住民も現れ、高齢者が生きがいを見出して元気になったことが、地域活性化の先進事例として注目を集めました。
大西さんは、まちづくりには成長期・成熟期・衰退期があると考えています。上勝町は、いろどり産業の成功によっていち早く成長期を迎え、近年はすっかり落ち着きのある成熟したまちとなっていました。
確かに、取材時にお会いした方々も、”大人な感じ”とでも言うのでしょうか。このまちの未来を思いつつ、慌てず急がず、ゆったりと暮らしを楽しんでいるように感じられました。
現在でもいろどりは上勝町の基幹産業ですが、すでに成功からは二十数年が経過しています。ここまで時間が経てば、成長期から成熟期へと向かうのは当然の流れです。ただし、このままひとつの産業にしがみ続けてしまうと、衰退期へと突き進む危険性があります。
そこで上勝町は、先手を打つように、インターンシップ制度や起業家育成プログラムを実施してきました。
特に2011年は震災があって、都会の人の価値観が変わってきた年。インターンシップも始まって、あの頃の上勝町は間違いなく火が点いている感じがありました。上勝町にきた理由のひとつはそれですね。火が点いているところは成果が出しやすいと思ったからです。
そこからもう1回まちを再生してV字回復するのが僕の役目だろうなと思いました。いろどりっていう産業から、ほかの産業に飛び火させていかないといけない。
人口が減っているうちは衰退期?
そして実際に、多くの若者がインターンシップで上勝町を訪れ、その中の一定数は移住しました。U・Iターン者を中心に、誕生した企業は20社にものぼります。しかし大西さんは「まだV字回復はしていない」「人口が減少しているうちは、けっしてまちづくりが成功しているとは言えない」とやはり厳しめです。
上勝町のここ数年の起業一覧。加速度的に増えているのがわかります
僕がなぜ、まだV字回復しているようには思えないかというと、やっぱり人口が減ってるってことなんよね。文化としては成熟したし、いい状態ではあるんだけれども、結果的に上勝町のインフラを賄っていくだけの人間がいない。
そうすると耕作放棄地は増えるし、山は荒れてくるんよ。それが止まる勢いがないっていうことは、やっぱりまだ回復はしてないんよね。
そうなると、今のまちの盛り上がりを、大西さんはどう捉えているのでしょうか。
今立ち上がっているさまざまな事業は、上勝町の美しさがあって初めて成り立つもので、まちそのものの美しさを保つための仕事じゃないんよ。本来は一次産業があって初めて、三次産業もうまくいく。だって、もしこの美しい環境がなくなったら、そもそも人がこなくなるよね。
つまり、一次産業が復活し、上勝町の美しい景観と環境が保たれることで、人口が下げ止まり、今ある事業もさらなる盛り上がりを見せて、本当の意味でのV字回復が始まる、と大西さんは考えています。
まちは盆栽と一緒で、みんながちょっとずつ努力してカッティングして美しさっていうのをつくっていく。でも、人口が減ってその”ちょっとずつ”ができなくなったときに、草ぼうぼうの、人の気配がないまちになってしまう。
僕が人口にこだわるのは、住みたいと思える面白いまちなら、人口は増えるでしょっていう単純な話なんです。でもそれが増えていかないっていうことは何か理由があるわけで。
上勝町は周囲を山に囲まれたいわゆる中山間地。杉・ひのきの人工林も多く、このまま手が行き届かなくなると山は荒廃の一途を辿ってしまいます。「彩(いろどり)山事業」はこの山々の再生を目指すプロジェクト。2016年度より本格始動しています
まちづくりを意識する、ということ
いろどりの成功は、結果的にまちづくりになったからまちづくりの成功事例と言われていますが、本来は産業の成功物語。
要は数年前までは、いろどりっていうひとつのレイヤーだけでやってきたんよね。でも今の僕らは、まちづくりを意識してる。
まちづくりだと、ひとつのレイヤーがはっきりしてきたら、ほかのレイヤーもはっきりさせたいってなるんよね。顔を例にすると、せっかく肌がきれいになったんだから、もう少し化粧しようかなとか。
コミュニティデザインって、レイヤーの紡ぎ方やと思うんよ。 人の顔でもばーって顔写真を重ねていったら、平均的な顔が見えるようになるやん。あれがたぶん“まち”なんよね。
数年間のまちづくりは、徐々に実を結び始めています。大西さんはようやく今年、V字回復元年を迎えられるのではないかという予感がしているのだとか。
なぜなら、キーマンの動き出すタイミングが不思議と揃いつつあるからです。月ヶ谷温泉村キャンプ場のリニューアルや山の再生を目指す「彩(いろどり)山事業」、ごみステーションが観光教育事業として生まれ変わる「サステイナブルアカデミー事業」など、大規模な計画が次々と起こり始めているのです。
素材が全部揃って、さぁどうしますかっていうのが今。こういうときは、もうほっといてもうまくいくんです。僕は全体を見て、それを着実に後押しするようにすればいいんだと思う。
新規飲食店が集中する月ヶ谷温泉の対岸にある「月ヶ谷温泉村キャンプ場」はファミリー向けのアウトドア・アクティビティや体験型観光の拠点「月ヶ谷温泉村キャンプ場 パンゲアフィールド」として2016年6月、リニューアルオープンしました
じつは計画的で戦略的な上勝町
今、日本中のあちこちで、地域再生に向けたまちづくりの機運が高まっています。その中において上勝町は、目の前の盛り上がりに甘んじることなく、広い視野で先を見据えています。
上勝の人たちって、みんなすごく真面目なんよね。ゴミの34分別をやるとなったらきっちりやるし、インターンシップ制度を利用して、いい人がいないかどうかもちゃんとチェックしてる。じつは計画的だし、戦略的なまちなんです。
まるで生き物のように豊かに息づき、うごめき始めた上勝町。
今年がV字回復元年だとすれば、あとは上がっていくばかり。いろどりの成功に続く、2度目のまちの再生がいよいよ始まります。