2014年3月リエンポン村小学校・撮影:五百蔵直樹
子どもたちに夢を持ってほしい
それは、誰もが思う願いではないでしょうか。
しかし、日本でも少なからぬ子どもたちが、そして世界に目を向ければ本当にたくさんの子どもたちが、戦争や貧困など様々な理由から「夢」を持つことを考えられない生活を送っています。
カンボジアで移動映画館を実現させる「World Theater Project(ワールド・シアター・プロジェクト)」を運営するNPO法人CATiC(キャティック)の代表・教来石小織さんは、映画を勉強していた大学3年の時に、ドキュメンタリー映画制作のために訪れた途上国で子どもたちに「将来の夢」を尋ねたところ、彼らがキョトンとした顔をしたのを見て「身近な大人の姿からしか、将来の自分の姿を想像することができないのかもしれない」と感じたそうです。そして、途上国に映画館をつくって、たくさんの世界を知ることで、子どもたちの夢の選択肢を広げたいと思うようになったのだと言います。
それからおよそ10年後の2012年、教来石さんは「カンボジアに映画館をつくりたい」と任意団体を設立し、カンボジアで移動映画館を実現します。それから何度もカンボジアにわたって映画を上映し、3度のクラウドファンディングを経て、これまでに1万6000人以上(2016年6月現在)の子どもたちに映画を届けることを実現したのです。
今回は、教来石さんにクラウドファンディングによって実現できたこと、そしてこれから実現したいことについて話を聞いてきました。
NPO法人CATiC(NPO法人World Theater Projectに名義変更中)代表理事。
千葉県出身。日本大学芸術学部映画学科監督コース卒業。
小学6年生の時に「夢を贈る側になりたい」と映画監督を志し、大学では映画を勉強する。夢に挫折し派遣社員の事務員をしていた2012年に「カンボジアに映画館をつくりたい」と思い立ち、カンボジアの子ども達を対象にした移動映画館を開始。上映権を得た日本のアニメ映画を現地の言葉に吹き替え、学校の教室や村の広場に上映機材を持ち込んで、即席の映画館を作っている。団体として今日までに16,000人以上の子どもたちに映画を届けている。プロジェクト名を「カンボジアに映画館をつくろう!」から「World Theater Project」に変更し、今後は他国でも展開予定。
2015年2月に日本武道館で行われた「みんなの夢AWARD5」優勝。2016年2月に団体の軌跡を綴った『ゆめの はいたつにん』(センジュ出版)出版。
子どもたちの可能性のために
最初のクラウドファンディングは2014年、MotionGalleryにて「やなせたかしさんのアニメ映画をカンボジアの電気がない地域に住む子どもたちに届けたい」というテーマで募集を行い、約96万円を集めました。
現地での上映は基本的に無料で行うため、機材や費用は企業からのサポートや自費でまかないます。上映権の交渉も自分たちでして、カンボジア人の声優さんに吹き替えをしてもらい、機材を調達し、上映。それまで地道に続けてきた活動をクラウドファンディングの資金によって拡大し、上映の回数を増やすことができました。
実際に何度もカンボジアに足を運び、上映を行ってきた教来石さんは、現地で何を感じてきたのでしょうか。
昔、映画館でバイトしてた時もそうだったんですけど、私、映画を観ている人の顔を見ると嬉しくなるんです。
カンボジアの子どもたちは喜怒哀楽が豊かで、映画が始まると、オープニングから笑い出して、上映中もすごくいい表情をしている。映画をきっかけに、子どもたちに何かしらいいものが宿るといいなと思いながらずっと顔を見てるんです。
撮影:川畑嘉文
この子どもたちの顔を見ているだけで「やってよかった」と思うだろうことは想像に難くありません。
子どもたちに初めての映画体験を提供し、笑顔にさせるだけでこの活動には意義があると思うのですが、教来石さんは「具体的な成果を数字としてあげることができない」ことを悩みとしてあげます。映画を見せることはできても、それによって具体的に何が変わったのかを説明することは難しいのです。
しかし、教来石さんはこの活動で子どもたちや世界の未来がよりよいものになるようにと希望を持っています。
この活動で、世界を少しでも良くすることに加担できたらいいなと思っています。「世界が良くなる」というのは、自分の好きな道を選べたりとか、好きな人と結婚できたりとか、そういう人が1人でも増えることです。
戦争や貧困や奴隷や差別が良くないということが誰にでもわかるのは、それによって可能性や選択肢を奪われる人がいるからです。逆に、人々の可能性を広げるものは最終的に良いものとして受け入れられ、広がってきたように思います。
映画を見ることも、「自分も主人公みたいになりたい」って思って勉強を頑張るとか、少しでも子どもたちの可能性を広げるきっかけになるかもしれない。
まだ具体的な数字で結果を出すことができない中で活動に共感してくださる方々がいるのも、その可能性を少しでも感じていただけているからだと信じていますし、「“何かのきっかけになるかもしれない”に懸けて続けるしかない」というメンバーの言葉にも励まされて続けています。
この「可能性」というのは非常に重要だと感じました。
貧しい国や地域の人たちにとって、物質的な支援ももちろん重要ですが、その上で向上していくために必要なのは可能性や選択肢です。特に子どもたちは、新しい世界に出会うことで初めて他の可能性に気づき、選択肢があることを知ります。
子どもたちがそのさまざまな選択肢の一つを選択し、能力を発揮することは、その子ども自身だけでなく家族や社会の可能性を広げていくことにもつながるのです。
活動を広げるための課題
2015年には団体のホームページで2度目のクラウドファンディングを実施。サッカー日本代表長友佑都選手監修のサッカー映画『劇場版 ゆうとくんがいく』の吹替え版作成費用などを捻出するためでした。
MotionGalleryでの2度目のクラウドファンディングは、その可能性をさらに広げるため、2015年秋から派遣している現地駐在員と「映画配達人」の活動費用を捻出するために行いました。今年の1月まで募集し、前回を上回る130万円以上を集めることに成功します。
「映画配達人」というのは、現地カンボジアで映画を学校に届けてくれる人のこと。トゥクトゥク(三輪タクシー)のドライバーを中心に現在6人が活動し、学校に電話をかけて上映を持ちかけるところから実際の上映まで活動の大部分を担っています。
上映ごとに報酬を支払うため、彼らにとっては副業として生活の糧にもなっているそうです。この「映画配達人」のおかげで上映数は順調に増え、現在では週2回程度の上映が実現しています。子どもたちに映画を届けるだけでなく、現地の人たちの生活の向上にもつながり、いいこと尽くめですが、もちろんそれにはお金がかかります。
バッタンバン州の映画配達人親子
映画配達人のおかげで上映回数を増やすことは容易になって、週5回でもできると思いますが、予算の関係上、上映回数は抑えています。
子どもや学校から鑑賞料をもらったほうがいいのではというご意見もあるのですが、二つの点でそれはできません。一つは、無償で上映することを前提にコンテンツを提供いただいているので有償にするといろいろなことが難しくなるからです。
もう一つは、今の段階で有償にしてしまうと、映画を観られる人が限られてしまい、活動が広がらないと思うからです。
たとえば、無料の教育サイト「カーン・アカデミー」の創始者サルマン・カーンさんは「お金を取ったら、多くの発展途上国の子どもたちは学習できなくなってしまう」という信念から有料化を拒んでいます。それと同じように、心の栄養や人生のロールモデルを得られるかもしれない映画も、ビジネスではないところで届けた方が良いと思うのです。
まずは映画の良さをもっともっと多くの人に広めて、途上国の子どもたちに映画をご提供くださる映画業界には、未来の顧客を生み出すことでお返しできればと長い目で考えています。
活動を広めるためには無償である方がいい、しかしそのための資金がない、という問題は多くのNPOでも悩みの種になっているのではないでしょうか。教来石さんはそれをこれまでクラウドファンディングで乗り切ってきたわけです。
本当にMotionGalleryでのご支援がなかったらここまで来れませんでした。クラウドファンディングというサービスがある時代に活動を始められたことは運が良かったとさえ思います。
それに、クラウドファンディングでいただいたお金だから、ちゃんと使わなきゃいけないという意識がメンバーにも生まれて、メンバー自身、会費を払ってかつボランディアなんですが、「支援者のお金だから何としてでも結果を出さないと」というようなモチベーションにもなっています。
ただ、「今後頻繁にクラウドファンディングに頼るわけにはいかない」と教来石さんは続けます。
いつまでも寄付に頼らずに、ビジネスモデルを確立しろというお声も多くいただいていますし、私自身が時折「新手の物乞い」だと思われたらどうしようと思ったりして(笑)、クラウドファンディング実施期間中は心身共に弱ってしまうんです。
スラスラン村で上映挨拶をする教来石さん
冗談っぽくそういう教来石さんですが、実際にクラウドファンディングをすることは意外と負担が大きく、支援する側もあまり頻繁だと負担だと感じてしまうかもしれません。個人的には、別に「物乞い」とは思われないんじゃないか…と思いますが、教来石さんは自身を「ネガティブ」と表現し、マイナスの方に物事を捉える傾向があるようで、そのように考えてしまうようです。
私自身は、この話を聞きながらクラウドファンディングというのは、様々な人がそれぞれの立場から自分ができることを持ち寄って何か1つのことをやり遂げるための仕組みなんだと改めて思いました。
出資する人は、そこで掲げられていることを実現したいけれど、自分ではできないからお金を出す。自分ではできないけれどお金なら出せる人と、お金はないけど自分で動くことはできる人をクラウドファンディングが結びつけているわけです。そしてその結びつきはそれからの活動に、そして次のクラウドファンディングへもつながります。
だから、動くことはできるけれどお金がないというならどんどんクラウドファンディングをやればいいし、それが出資者の負担になるというなら、他にお金を出してくれそうな人のところに届くように様々な手段で広めればいいと思ったのです。実際に教来石さんもこれまでクラウドファンディングが成功した理由についてこう話していました。
クラウドファンディングが成功したのは、活動の中で出会った影響力のある方が応援してくださったことで、支援してくださる方が増えたことや、イベントで呼びかけたことが直接的な要因だと思います。
でも、何よりもやる側の「何が何でも成功させる」という必死さや「達成しないと続けられない」という危機感が、秘訣だと思います。
もちろん教来石さんたちは、クラウドファンディング以外にも資金集めを行い、スタディツアーや国内イベントも実施しています。また、組織の信頼性も増し、支援者が寄付金控除を受けられるようにもなる「認定NPO」を目指し、その条件の一つである「継続的に年間3,000円以上支援してくれる人が100人以上いる」をクリアしたいとも言っていました。
クラウドファンディングが成功したように、「World Theater Project」でやろうとしていることに賛同する人に、寄付を「慈善行為」ではなく、お金と自分の思いを遂げることを交換するある種の「商行為」だと思ってもらえれば、集まるんじゃないかと勝手に思いました。クラウドファンディングは一部の人たちの寄付に対する考え方をそのように変えたと私は思うのです。
私にできることは何もない
お話をうかがう中で、これからのことについても色々聞くことができました。自身を「ネガティブ」と言うだけあって、さまざまなことに思い悩む教来石さんは、そこからたくさんのアイデアも発想しているようです。本人はそれを「妄想」と言っていましたが、そんな妄想からグッドアイデアが生まれるという例は世の中にいくらでもあるので、ここで少しご紹介します。
例えば、資金の悩みを解決するアイデアの一つとして、日本でやりたいと思っていることがあるといいます。
日本国内で映画上映会や映画に関するイベントを開催して、映画を楽しんでいただくことで、それが自然と寄付になるような、TABEL FOR TWOの映画版みたいな仕組みをつくりたいと思っています。
日本でのイベント
「TABLE FOR TWO」はご存じの方も多いと思いますが、先進国で食事をすると1食ごとに途上国で給食1食が提供されるというもの。それと同じように、日本で映画を見るとカンボジアで子どもが映画を見ることができる仕組みというわけです。
今も月に1、2回映画イベントを行っているそうですが、この仕組みは自らイベントを行う場合にかぎらず活用ができ、かつ映画上映会に一つの付加価値をつける取り組みでもあるので、実現すれば賛同者は増えそうです。
さらに、映画上映の場として「映画館にもなるオフィス」をつくりたいとも話していました。今は拠点となる場所がないのですが、拠点があれば活動の効率も上がるし、同時にそれが映画館になれば資金集めもできるという発想です。「子ども専用映画館」や映画上映したい人たちが使える「レンタル映画館」にもできたらいいなと、教来石さんの妄想は広がります。
もちろん立ち上げには資金が必要になるので、そこはやはりまたクラウドファンディングをするかで悩んでしまうわけですが…
そして、活動を広げていくビジョンとしては、カンボジア以外の地域でも移動映画館を実現したいとも思っているそうです。
例えばラオスは国に映画館が1館しかないそうです。映画を観る機会が少ないところに活動の範囲を広げていけたらいいと思っています。また、アフリカで活動している素敵な女性から移動映画館をやりたいというお話をいただいたりしました。
全てうちでやるのではなく、“World Theater Project連合”のようなものをつくって、加盟団体を増やしていければと考えています。すでに他の場所で活動している団体と一緒にやっていくことで、自分たちだけでは届けられないところへも広げていくこともできるのではないでしょうか。
自分がやりたいことは「世界中に子どもが見られる移動映画館をつくること」と言い切る教来石さん。ネガティブなだけに「自分以外のメンバーが優秀すぎて、私がいなくてもいいんじゃないかと思う」などという悩みもこぼしていましたが、自分のやりたいことに向けて活動のためのアイデアを出す役割を果たしているようです。
教来石さんは「英語も話せないしパワポもエクセルもできないし仕事も遅いし私にできることは何もない」と言いますが、他の「優秀な人」にはできないことを彼女は確実にしていて、それによってカンボジアの子どもたちに映画が着実に届けられているのです。
その活動をさらに多くの人に知ってもらうために、自らの体験を著した本も出版しています。この本の中では、2015年に「みんなの夢AWARD5」で優勝するまでの経緯も書いているのですが、そこに至るまでに周りのスタッフが、様々な企画を行ったり、スピーチの指導をしてくれたり、様々な形で支えてくれたからこそ実現できたことだといいます。
そして、その本の中でこんなことも書いています。
思えば私は、「代表」ではあるけれど「リーダー」ではないのではないかと思うのです。キャティックにはそれぞれのフェーズにふさわしいリーダーがいました。
教来石さん自身が団体を引っ張ってきたというよりは、その時その時に自分と団体を引っ張ってくれるリーダーが現れたからこそここまでやってこられたというのです。
しかし、本を読むとそのリーダーになった人たちは教来石さんがいたから、あるいはその想いに共感して懸命にリーダーとして活動を引っ張っていたことも感じられます。
それは、団体内でそれぞれが「代表」や「リーダー」や、その他さまざまな自分にできる役割を果たしているということでもあると思うのです。クラウドファンディングがそれぞれの自分のできることを結びつけたように、NPOもそれぞれが自分のできることを持ち寄って何かを達成するチームなのです。
現地で活動するスタッフ。2015年9月・タトラウ村・撮影:黒澤真帆
教来石さんは極端な例ですが、多くの人が「自分にできることなんてあるのか」と考えると思います。しかし、人は誰しも自分が自然にやっていることに対しては自己評価が低く、自分ができないことをできる人を「すごい」と思ってしまいます。だから実は「自分にできること」というのは「自分にはできて当たり前のこと」なのかもしれないと話を聞きながら考えました。
そのうえで、私自身にできることはなにかと改めて考えてみると、文章を通してクラウドファンディングのように人と人とを結びつけることだろうと思います。この文章を読んだ方が、子どもたちに映画を届けるためにでもただ教来石さんを元気づけるためにでも、「World Theater Project」に何らかの支援をしてくれたら、自分のできることで「世界をちょっとでも良くすることに加担」できたと思えると思うのです。
みなさんの「自分のできること」は何でしょうか?それを考えることから世界を良くすることを始めてみませんか?