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福岡から「児童相談所」のイメージを一新する試みを進めたい! 九州大学の田北雅裕さんがクラウドファンディングを経て、行政にデザインを寄付するまで

福岡市こども総合相談センター えがお館
2月4日にリニューアルした福岡市こども総合相談センター「えがお館」のホームページ

greenz.jpでも以前ご紹介した、SOS子どもの村JAPANの広報誌『かぞく』。その編集長を務めたのが、まちづくりの専門家で九州大学専任講師の田北雅裕さんです。

フリーランスのデザイナーから、大学教員へ。現在は、九州大学専任講師としてさまざまなプロジェクトに携わり、ここ数年は「行政とデザイン」の目線から「子どもの福祉」へ目を向けてきた田北さん。

そんな田北さんが「困難を抱えた子どもと家族の問題について、もっと多様な人に関心を持ってもらいたい」と挑戦したのが、「みんなの力で児童相談所のホームページをデザインしたい!」というクラウドファンディングでした。

行政の予算がなく、デザインが行き届きにくい「児童相談所」のホームページをみんなの力でデザインし、自治体(福岡市)に応援することに挑戦するというこの企画は、一昨年11月末から昨年1月中旬の約1ヶ月半という短期間に、「MotionGallery」で目標額の90万円を超える94万6000円の金額を達成! 見事、成功を収めました。

今回は、目標金額を達成した後、プロジェクトがどうやってかたちになっていったのか「クラウドファンディングの“その後”」を紹介したいと思います。
 
profile

田北雅裕さん(たきた・まさひろ)
九州大学大学院人間環境学研究院専任講師、まちづくりプランナー / デザイナー
1975年 熊本市生まれ。2000年、学生の傍らデザイン活動triviaを開始。「まちづくり」という切り口から様々なプロジェクトに携わる。09年4月より九州大学専任講師。ALBUSディレクター、福岡市里親委託等推進委員会 委員、NPO法人震災リゲイン理事、NPO法人SOS子どもの村JAPAN コミュニケーション部ディレクター、糸島市市政アドバイザーなども務める。冊子「かぞく」編集長。

子どもや家族の福祉に関心を抱いたきっかけ

以前の記事でもご紹介しましたが、田北さんが子どもの福祉とデザインとの関係を考えるようになったのは、熊本・慈恵病院の「こうのとりのゆりかご」の設置が大きなきっかけでした。

社会に大きな衝撃を与えたこの出来事を通して、切実な状況にある母親や子どもたちに必要な情報が正確に行き届くために「情報デザインの必要性」を感じた田北さん。行政を含め努力はなされているものの、さらに一般の人たちに理解を深めてもらい、親子の困難をなくしていくためには、もっと効果的な方法を工夫すべきと痛感したそうです。

僕が「まちづくり」を始めた15年くらい前に比べると地域活性化の取り組みは全国で増えてきましたし、地方にだいぶお金や人材がまわるようになってきた実感がありました。

一方で、子どもや家族の福祉の領域には、あまりお金が行き渡らず、デザイナーもなかなか関心を持ってくれない。その現実に対して、違和感が強くなってきたのです。

ちょうどその時、福岡市の里親普及・支援の中心的な存在である「ファミリーシップふくおか」というグループから、「こうのとりのゆりかご」について話をしてくれないかとゲストスピーカーとして呼ばれたんですね。児童相談所の職員さんや子育て関係のNPOの人など10人ほどのメンバーがいて、それを機会に僕もそのグループに入らないかと誘われたんです。

コレクターに違和感を素直に伝えることから

ショップや企業のホームページはデザインされるのに、行政機関である児童相談所のホームページはデザインされにくい現状があります。それはなぜでしょう…?このプロジェクトは、そんな些細な違和感からはじまりました。

クラウドファンディングを呼びかけるページでは、このように率直な言葉で、プロジェクトについて理解を求める一文があります。
 
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以前の児童相談所のホームページ

子どもの福祉とデザインとの関係を象徴するものが、児童相談所のホームページだと思っていました。全国どの児童相談所のホームページを見ても、全然工夫されていないんですね。

福岡市の児童相談所「こども総合相談センター えがお館」の場合は、つくり替えたいという思いはあったそうです。けれど、予算やノウハウがなかったり、行政特有のホームページの運営の困難さがあったり…デザインが施されないたくさんの原因がありました。そこで、まずは予算面をクリアしようということで、クラウドファンディングを提案したんです。

このとき既に「えがお館」の人たちは、ある程度デザインの必要性や効果を理解していたそうです。それは、その前年に、福岡市の里親啓発用DVDを、田北さんたちと一緒に制作した経験があったからでした。

「ファミリーシップふくおか」では毎月1回、里親や子どもが抱えている問題について話し合っています。今までの活動の成果として、福岡市の里親委託率の伸び率が全国で一番になったのですが、高止まりしている状態で。そこからどうやってより戦略的に里親を増やしていくか、話し合いのテーマはそういうフェーズになっていました。

そんなときに、福岡市(えがお館)が里親を市民に理解してもらうためのDVDを制作することになって。一般的に啓発ビデオによく見られる、強いメッセージ性を帯びた暗めのものにならないように、実績のある業者だけでなく、新しい感性も関わることが可能な一般公募のプロポーザルにしましょうと提案したんです。

田北さんの思いに共感し、「えがお館」の職員さんも挑戦してみようと申し出を了解。公募から選ばれた映像会社とともに「里親DVD制作検討委員会」が組織化され、みんなで意見交換しながら、表現方法を模索していきました。

最終的に完成したDVDは、子どもの権利を踏まえながらも、子どもの顔にぼかしをかけたりせずに、伝えたいことがきちんと伝わる内容をデザインすることができたといいます。
 
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一昨年制作された福岡市の里親啓発DVD「あたりまえのことは、いちばん大切なこと。」

福祉の問題を解決するファーストケースとして

このような積み重ねを経て、今回クラウドファンディングの対象にしたのは、福岡市の児童相談所の役割を担う「えがお館」のホームページリニューアルでした。

予算がつくまで待っていてはいつまでたってもできないし、困難を抱えた子どもたちやその家族の現状を見ていたら、もう待てないと思ったんです。お金はこちらでつくってしまおうと。

さらに、お金を寄付するだけだったら、結局行政の複雑な手続きに回収されて、よいものがデザインされるとは限りません。なので、集めたお金でデザインしたものを福岡市に寄付する、というアイデアを考えました。

法的に大丈夫か調べたところ、問題なかったんですね。それができるなら全国でもいろんなプロジェクトで応用できるし、その最初のケースとしてやってみようと決意しました。

そして田北さんが選んだのは、MotionGalleryでクラウドファンディングをすることでした。

MotionGalleryは友人たちが利用していましたし、代表の方を間接的に知っていることも安心できる理由でした。それと、手数料の安さもありますね。少し映像寄りのクラウドファンディングという印象があったので、その辺は不安がありましたが、まずはやってみようと。

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2015年1月に挑戦した「MotionGallery」のクラウドファンディング。田北研究室の学生と、福岡市の児童相談所の役割を担う「えがお館」のスタッフと

クラウドファンディングのためのメッセージは、田北さんの授業の中で、学生と一緒に考えていきました。ポイントを踏まえた書き方よりも、正直であることが大事。真摯に向き合ってくれる人に対して、誠意を持って伝えることを意識したそうです。

SNSを通じて、友人や知人が拡散してくれたことで広がっていったのも嬉しいことでしたし、知り合いだけでなく、全国から、まったく知らない方からも出資をいただきました。

これは、僕らの思いが届いた証だと思いましたし、一方で、MotionGalleryのクラウドファンディング自体が認知され、寄付の一ツールとして浸透していたことで、寄付する側の人にとって安心感があったことも達成した理由のひとつと言えるのではないかと感じています。

もしお金が集まらなかったとしても、クラウドファンディングをきっかけにSNSで拡がり、問題意識を明らかにして伝えることができたことは、とても大きかったと思います。啓発的な取り組みとして、クラウドファンディングは意義のあるツールのひとつといえますね。

一方で、「これは行政の仕事だから税金でつくるべき」という意見も寄せられたそう。

そういう声が上がるのは予想していました。でも、その考え方こそが、福祉分野のデザインが行き詰まっている原因だと思うんです。

一方で「税金でやるべきだけど、あなたのやってることは正しいと思うから、あなたにお金を出します」と言ってくださる方もいて。こうしてたくさんの意見が出ることも、今までにない取り組みだからでしょうし、すべての方に感謝しています。

達成後に出てきたさまざまな課題

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「えがお館」の職員と行った打ち合わせ風景

その後、「えがお館」と一緒にプロジェクトを進めてきた田北さんですが、クラウドファンディングを達成した後に、さまざまな課題に直面したそうです。

「えがお館」の人たちは、とても協力的だったのですが、日々の業務が忙しく、必要な原稿が揃わないこともありました。最終的には、原稿を僕が書くなどして臨機応変に進めていきました。

専門的な知識が問われる案件において、田北さん個人がどこまで関わるべきなのか。この構図は、肝心のデザインに関しても同様の課題を浮き彫りにしました。

今回は、ホームページの制作もリターンの特典であるTシャツのデザインも、ある団体にお任せする予定でした。

それは、寄付を集めた僕以外の人が寄付を使うべきだと思ったこと、僕自身が忙しくて制作に関わるのが難しかったこと、そして、普段デザインに携わる人たちに今回のプロジェクトの意義を感じてほしかったこと、その3つの理由があったんです。

でも、連絡の行き違いがあり、ホームページの制作については、予定していた団体にお任せできない状態になってしまったんです。結果的に、Tシャツを制作してくださったデザイナーの方々に協力してもらいながら、ぼくがプロデューサー兼ディレクターのような立ち位置で動かざるを得ない状況になってしまって…。

このような子どもの福祉の分野や行政とのやりとりは特殊なので、デザインのスキル以外の専門も必要になってきます。なので結局、ぼくのタスクがどんどん増えていきました。それがサイトの完成が大幅に遅れた原因のひとつです。

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リターンの特典となるTシャツは、主旨に賛同してくれた九州アートディレクターズクラブ(K-ADC)を介してデザインしてもらった。デザイナーはオカダン・グラフィック、平野由記さん、稲田ゆきこさん、川添精一郎さん

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また、ホームページの運営費についても問題が持ち上がってきました。

「えがお館」はそもそも広報費の予算がなかったので、運営費も支出できないことは解っていました。なので、制作した後に、運営費を寄付をする予定で進めていたんです。

ですが、プロジェクトの途中で、福岡市に寄付はできても、寄付先に「えがお館」(特定の部署)を指定できないことがわかったのです。担当者もこの時にはじめてこの事実を知ったんですね。

行政はどこも似たようなものだと思いますが、ホームページの運営システムが複雑で。市の独自システム(CMS)を使えば無料でしたが、その構成になると、結局今のホームページのデザインの課題が改善されないままになってしまうのです。

その他に、民間のサーバーを借りたり、市の「情報システム課」のサーバーを借りる等の選択肢があったんですが、いずれも運営費がかかる。つまり、「えがお館」からお金を出せない限り、その選択肢は無理だったんですね。

それでもあきらめきれず、田北さんは市役所の方々と何か解決の糸口がないかと探っていきます。その中で「えがお館」と同じ部署が持つ、とあるサイトの下の階層に組み込めば、サーバ代がかからないかも…となり、様々な人たちの協力の結果、奇跡的にデザインを保つことができたのです。

このように、クラウドファンディングによって行政の取り組みを支えていくには、乗り越えなくてはいけないハードルが次々と現れたのでした。

大人も子どもも安心して相談できる窓口に

その間、福岡市で行われた「里親推進フォーラム」にパネラーとして参加した田北さん。コーディネーター役として登壇していた福岡市長と話ができる機会を生かし、ホームページ制作の現状を伝え、直に交渉も行いました。

壇上で直談判するのはどうかと思いましたが(笑)、それくらいの問題だとも思いました。福岡市は文化的な情報の発信に力を入れていますが、もうちょっと、情報を切実に必要とする人たちに向けたデザインに注力してほしい、と思っていたのです。それには何百万も必要ありません。月に数千円さえあれば、サーバーが借りられるのです。

里親の伸び率が市の魅力として発信できるということに、市長も気がついてくれたようでした。どうなるかはわかりませんが、今後は少しでも改善してもらえるように期待しています。

里親推進フォーラムでもデザイン案を公表し、「えがお館」のホームページはいよいよ完成に向かいます。
 
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このトップページが、福岡市の児童相談所「えがお館」の新しいホームページです。太陽と月が登場する明るく優しい印象のページは、覗いた人がほっと安心感を抱くようにイメージしてつくられました。太陽と月はDJえがお、MCナイトというユニークなキャラクター設定も。

つくり手は、ご自身も母親であり、このプロジェクトに魅力を感じてがんばってくれたグラフィックデザイナーの平野由記さんです。彼女が全体のデザインも担当してくれました。そして、コーディング等のウェブまわりは、ウェブデザイナーの田崎敦子さんが担当してくれました。彼女たちのがんばりが、本当に大きかったと思います。

つくる上では、「児童相談所」の暗いイメージを払拭し、そして子どもたちやお母さんたちにとって相談しやすい雰囲気を感じてもらうことを目指しました。実際、「えがお館」のみなさんも明るい人ばかりですから。

それから、悩みを抱えている子どもたちは特に、ホームページを見たり読んだりしただけでは間違って解釈してしまう可能性もあります。なので、ホームページで完結することなく電話へとつなげる仕組みを工夫しました。

福岡市こども総合相談センター えがお館
子どもたちへ向けて、電話相談は24時間対応

社会的養護を必要としている子どもや家族に重要な情報が一目で伝わるよう、デザインされたホームページは、一方では児童相談所の現状が見えていない一般の人たちにとっても状況や問題をわかりやすく知ることができる入口としての機能を果たします。

その環境に踏み込まなければわからない当事者感覚を、いかに広く共有できるか。その役割を担うのがデザインの力なんですよね。ビジュアルの工夫はもちろん、言葉一つひとつについて、「えがお館」と何度もやりとりし、推敲していきました。

例えば、里親や児童虐待に関することなどは、どうしても制度上使われる難しい言葉になってしまいます。誤解されるといけないですしね。その中で、可能な限り平易な言葉を使ったり、悩んでいる人たちの気持ちを受けとめられる言葉を選んでいきました。

意見が異なることも少なくないですが、○か×かを主張し合うのではなく、その○と×の間を探っていくように、膝をつき合わせて真摯に対話を重ねること。大事なのは、その積み重ねだと思います。市職員のみなさんは、忙しい中をあきらめずに付き合ってくださり、とても有り難かったです。

デザインとは人の意識を変える可能性を持つもの。難題にぶつかっても、そのつど向き合ってひとつずつ課題を乗り越え、“伝わるものづくり”をかたちにしてきた田北さん。「それが、そこにおいて僕がいる意味なのかもしれません」と、穏やかなトーンで話します。

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ホームページが完成したから、このプロジェクトが終わりになるというわけでもありません。今回培った手法を用いながら、全国の児童相談所のホームページが改善されるように働きかけをしていきたいと思っています。

誠実さ、あきらめない心、何より思いやりを持って、制作チームのみんなでつくってきた「えがお館」の新しいホームページ。一人でも多くの人の目に触れて、ここから全国へ理解の輪が広がっていくことを願います。

[sponsored by MotionGallery]