昨年のクリスマス前、バターがスーパーなどの店頭で品薄になっていることが大きな話題になっていました。その背景のひとつには、酪農家が減り続けていることがあると言われています(*1)。
さらに今後日本がTPP(環太平洋連携協定)に参加することで海外から安い乳製品が入ってくることや、農山漁村での人口減少・高齢化も(*2)、日本の酪農家に大きな打撃を与えるのではと懸念する声も。
*1:農林水産省「バター不足に関するQ&A」
*2:農林水産省「『地方創生』に向けた施策の展開方向」
そんな中、島根県の山間部で、日本でも珍しい自然放牧による酪農にチャレンジし、生乳の生産と乳製品のプロデュースとカフェ経営にまで取り組んでいるのが、「シックス・プロデュース」の洲濱正明さん。
島根県邑南町にあるカフェ「ジェラテリア・カフェ・ミューイ」に洲濱さんを訪ね、これまでの歩みと、逆境の中で見た希望について話を聞きました。
洲濱正明さん
牛乳の本当の味を求めて行き着いた答えは…
洲濱正明さんは生まれも育ちも島根県邑南町。島根県立大学に在学中に乳製品製造販売会社「シックス・プロデュース」を立ち上げ、日本でも珍しい自然放牧で乳牛を飼育し、その生乳から牛乳や乳製品を加工・販売する取り組みをしています。
自然のままのおいしさが人気の牛乳「四季のめぐみ」
洲濱さんと牛乳の縁は、おじいさんの代から。洲濱さんが育った邑南町の石見地区は、もともと酪農が盛んな地域でした。
おじいさんの代から牛乳の卸売りを家業としていた家で育った洲濱さんは、地元のお客さんとのふれあいの中で、牛乳のおいしさと牛の育て方について興味をもつようになりました。
地元のお客さんから「牛乳の味が変わった」って言われたり、「どういう牛乳を飲めばいいのか」とか聞かれたりするうちに、家業ということでなく、個人的に牛乳について知りたくなりました。それで、興味本位で日本全国の牛乳の産地をまわるようになったんです。
あちこちの牧場や工房をめぐるうちに、洲濱さんはある疑問をもつようになります。それは「牛乳をつくるのは大変なのに、どうしてスーパーであんなに安く売られているんだろう」、そして「今はいつでもどこでも同じような味の牛乳ばかりだけれども、そんな牛乳ばかりでいいのだろうか」ということ。
そんな疑問を抱きながら牛について調べるうちにたどり着いたのが、自然放牧でした。
牛たちは自然に生えている草を食べてすくすく育ちます
牛乳の味が変わったのは、牛の飼育の仕方が変わったからだと気づきました。いちばん変わったのがエサです。昔はそれぞれの地域に生えている草をエサにしていたんですね。
今も昔と同じように、雑草と呼ばれて要らないものだと思われている草を資源にして酪農をしている人がいる。それを知って、自然放牧を復活させたいと思うようになりました。
2頭との運命的な出会い、そして挑戦
自然放牧に興味がわいてきたころ、牛乳をめぐる環境が大きく変わりつつありました。
まずは流通のかたち。工場から卸を通す流れから、メーカーの配送センターを通してスーパーなどに送られるケースが増えることで、地域の卸業の存在意義が薄れつつありました。そして、少子高齢化。牛乳の宅配を必要とするお店や家が少なくなる傾向がどんどん進んでいくことに。
洲濱さん、そして牛乳に携わってきたおじいさんやお父さんが、実家で家業としていた牛乳の卸業を今後も続けていくのは厳しいかもしれないと感じるようになったとき、運命的な出会いがありました。
初めは自然放牧について調べたことや聞いた話などをまとめたりと、机の上でいろいろ考えていました。そして、現場を見に行こうと岩手で自然放牧をしている人を訪ねたんです。
すると、「こんな遠くに来なくても、あなたの地元の島根で自然放牧をしていた人がいるよ」と、地元島根の隣町に住むおじいさんを紹介してもらったんです。
そして、隣町である大田市で自然放牧をしていたおじいさんを訪ねると、思わぬ展開が待っていました。おじいさんから「牛が2頭いるから、やってみなさい」と、実際に自然放牧をしてみることを強く勧められたのです。洲濱さんは、その一言がなかったら、ずっとためらっていたかもしれないと振り返ります。
そして2004年、家族のバックアップを得ながら自然放牧による生乳の生産と加工、商品化までをめざす「シックス・プロデュース」を立ち上げることに。ところが、いざはじめるとなっても、自然放牧の牧場はすぐにできません。
まず土地を探すのも大変です。牛一頭あたり1ヘクタールの面積が必要なんです。土地を探すだけで2年かかりました。そして次に草を育てないといけません。
牛が草を食べると糞をしますよね。その糞で草が育っていくんです。その繰り返しで、牧場が安定するのに最低3〜4年はかかりますね。柵をつくったりするのも結構な手間でした。
牛を育てるだけでは牛乳はできません。生乳を加工をしなければ、牛乳にはなりませんが、今は成分が安定していることが求められているので、季節によって味が変わってしまう自然放牧の生乳を加工してくれる工場は見つかりませんでした。
そこで取り組んだのが、工場づくりです。県や町の助成金を得て、中古の機材を組み合わせるなどして、試行錯誤の末、工房が完成。ようやく商品としての牛乳をつくれるようになりました。
苦心の末に完成した工房はカフェの隣にあって中の様子が見えるように
「こんな牛乳売れない?」流通の反応と消費者の変化
牛乳ができたら、次は販路の開拓です。満を持して商品化した牛乳でしたが、当初はまったく流通に受け入れられなかったそうです。
季節によって味も色も、脂肪分のも変わる。瓶の上のほうにクリームが固まる。今なら価値だと思ってもらえるような特徴も、12年前はほとんど理解されなかったそうです。
それでも洲濱さんは、美味しいと言ってくれる人のために、自分が理想とする牛乳をつくり続けました。
ほとんどのスーパーさんからは「こんな不安定な牛乳は売れない」と言われましたが、それでも続けようと思ったのは、快く受け入れてくださるお店や、美味しいと買ってくれるお客さんがいたからです。
ひたむきに牧場を育て、牛乳をつくり続けているうちに徐々に状況が変わっていきます。
中国でメラミンが混じった粉ミルクが出回った事件があったことなどから、消費者が自ら勉強するようになり、自然放牧の牛乳の楽しみ方をわかってくれる人が増えてきたのです。そして今では、牛乳づくりから、牛乳を原材料にした加工品づくり、そして販売までを手がけるように。
自然放牧の牛乳から、ジェラートやお菓子を製造し、自社のカフェや、通販や物産展で販売しています。味の基準は、まずは自分たちが美味しいと思い、人にあげたいと思うかどうか。営業で色々なところに足を運ぶたびに、いろんなスイーツを食べたりして勉強しています。
休みの日にはこのジェラートを味わいにくる人で行列が
自然放牧の場合、牛一頭から搾れる生乳の量も少ないため、生乳の生産量を加工品の需要に合わせるのが難しいときがあります。そういうときにも安定的に原料を供給できるように、北海道や岩手、そして島根で自然放牧をしている人たちとネットワークを構築。基準を設けて生乳が足りないときや余っているときに融通できる仕組みもつくっているそうです。
自分の牧場だけでなく、自然放牧の牛乳のマーケットを広げる取り組みにもチャレンジされているんですね。
酪農も農業も、もともとは6次産業だった
洲濱さんの会社、「シックス・プロデュース」の名前の由来は、6次産業。農業や漁業(1次産業)と製造業(2産業)と流通・サービス業(3次産業)を掛け合わせることで、農山漁村から付加価値の高いビジネスを展開する産業の形態です。
酪農に限らず農業って、そもそもは6次産業だったんですよ。昔の酪農家さんも、自分のところで牛乳を搾って隣にあげたり、自分のところで加工して売ったりしていたんですね。
そういう、牧場とともにあるホンワカした乳製品を楽しむ文化を、改めて広めていきたいと思って、私たちは一貫して生産から加工、販売まで自分のところでやっているんです。乳製品を通して学んだこのノウハウを、他でも展開していきたいですね。
かつては酪農も農業も、それぞれの家で細々と6次産業的な仕事をしていたのが、大量生産、大量消費の文化とともに分業になってしまいました。
いま再び6次産業への関心が高まっていますが、うまく軌道に乗せるためにはノウハウが必要です。生産をがんばっていた方が加工をやろうとしてもうまく手が回らなくなって、生産のほうもうまくいかなくなるということもあるそうです。
洲濱さんは、そんな生産者の方たちのために、特産品のプロデュースや商品開発についての講演などのお仕事もされています。
カフェの内装にも手づくり感があふれています
牛乳にかかわらず、地域資源を探してどう加工し、販売していくかを常に考えています。
邑南町の近くの美郷町では、2年前からポポという果物を特産品にする取り組みを、地域おこし協力隊のみなさんといっしょにやっています。地域の方も一丸となって取り組んでいるので、これからの動きに期待しています。
極端に人がいなくなった地方にこそチャンスがある
2040年には523の市町村が消滅すると予測した「増田レポート」の発表は、地方に衝撃を持って受け止められました。
激しい少子化と大都市への人口集中が進む中、邑南町の人口も減りつつあります。若い人たちを中心に地方移住への興味が高まっていますが、それが進まない背景の一つに、土地への意識の問題があります。空き家や耕作放棄地があっても、縁のない人には貸さない人が多いのです。ところがそんな意識も、時とともに変わっていくと洲濱さんは読みます。
今はまだ、周りの親戚が家や田畑の手入れをしているケースが多いんですけど、これから高齢化が進むとそれもままならなくなってきますよね。だんだん他の地域の人を受け入れる基盤ができていていると思いますよ。
そして、農山村の人口が減っていくことについても、洲濱さんはネガティブなこととして捉えていません。むしろ、中途半端に人がいるところよりも、極端に人が減りつつあるところの方がチャンスがあるし、面白いと感じるそうです。
物事って、行くところまで行くと大きく変わったりするんですよね。人口が減りすぎたところの方が、思い通り活動できる可能性がありますし、そういうところに魅力を感じてやってくる若い人がいると思うんですよね。
私も人が住まなくなった集落に行ったりすると、想像力を刺激されるんですよね。倉が素敵だなあとか、畑はこう使えるな、とか。いろいろアイデアがわいてくるんですよ。
若い人たちにとって気になるのが、仕事が少ない田舎で生活していけるのだろうか、という点だと思います。その点、とりあえず食べていくことができるのは田舎にしかない魅力です。
お金がなくても食べられるというのは、すごく重要なことですね。都会にいると、食べるためにとにかくお金を稼がないといけない。田舎だったら自分でつくることができます。
近所のおばあちゃんがくれたりもしますし、最悪、山に入ったら何らかの食べる物があるんです。食べるという、命を維持するための最低の基盤は保証されているといってもいいんじゃないですかね。
とはいえ移住者を増やすためには、やっぱり安定した仕事も必要です。いま邑南町の雇用は介護が中心ですが、今後お年寄りも減っていくことを考えると、現金収入が得られる仕事をどうやって増やすかが課題となってくるでしょう。
今あちこちで地域おこしのための取り組みが行われていますが、地元の地域おこしについてもたずねてみました。
邑南町は今、美味しくて永久に残したい食文化を「A級グルメ」として、地産地消のレストランなどを応援する地域おこしをしています。
これは確かに成功していて、町外からも人が来ていたりするんですが、レストランが乱立しても地域の価値を高めるのにつながるのかどうか疑問ですし、これからどうやって人を呼び込んでいくかを考えていかないといけないですね。
地元では「貴重な」若者が元気に働いています
一時的に人が訪れるのではなく、定住してもらう人を増やすために必要なことは何でしょうか。
いままで地域を成り立たせるために盛んに行われていたのが、工場誘致などで産業を育てることでしたが、洲濱さんは、また別の道があるのではないかと考えています。
産業には限界があるかも知れません。子孫へとつないでいきたいと思うような里山文化を守り、そういった文化を楽しみたいという人が訪れ、生活するような場所がもっとあるべきではないかと思います。
日本全体の中で、そして世界の中で見たときに誇れる文化力が求められているのではないでしょうか。
酪農の話から地域おこしの話まで広がっていきましたが、洲濱さんがいま力を入れているのが、とにかく美味しい牛乳をつくり、届けること。
特売の目玉として安売りされる牛乳ではなく、質で選ばれ、じっくり味わってもらえる牛乳、そしてその牛乳を原材料にして丁寧につくられる乳製品。
最後に、その意気込みをお聞きしました。
野菜でいうと、いまではスーパーでも、ハウス栽培とか有機栽培とか、予算とか価値観で選べるようになっていますよね。
乳製品でも、もっと選択肢を増やしていきたいんですよ。製法とかつくり手の考え方とかで選べるようにね。四季がある日本でしか味わえない乳製品のおいしさも伝えていきたいです。
いつかはカフェから見えるところに牧場をつくりたいと語る洲濱さん
取材に訪れた「カフェ・ミューイ」は、日曜の3時ということもあり、長蛇の列。たくさんの人がジェラートを食べに、スイーツを買いに訪れていました。
カフェはハーブ園やクラフト工房、レストランに温泉施設もあるテーマパーク「香木の森公園」のそばにあります。ぜひみなさんも、邑南町を訪れ、自然の中で育った牛乳を味わってみてください。
「シックス・プロデュース」の自然放牧による牛乳、そしてスイーツなどは、直売店はもちろん、通販でも販売しています。この記事を読んで興味をもたれた方は、のびのびとした自然の中で育てられたおいしさを、ぜひ実際に楽しんでみてくださいね。