4人の孫が自然の中で遊ぶ姿を描いた一枚。
みなさんは日頃、家族や身近な人たちとどのようにコミュニケーションを取っていますか?
現代は、ソーシャルメディアやビデオ通話など、離れ離れでも瞬時につながるツールが豊富で、便利な世の中になりました。一方で、「手紙を書く」という人は、少なくなってきているかもしれません。
そんな中、イギリスで発見された約100年前の絵手紙が、話題を呼んでいます。「Grandfather’s Letters (グランドファザーズ・レター)」と呼ばれるそのコレクションは、イギリスの将校ヘンリー卿が植民地インドに残してきた孫たちに送ったものです。
その数、じつに1200通。一枚一枚、丁寧に描かれたその絵手紙には、おじいちゃんから孫への“無条件の愛”という、国境も時代も超越した普遍のメッセージがあふれていました。
グランドファザーズ・レターの存在を日本に広めたのが、今回ご紹介する「GFL(Grandfather’s Letters )実行委員会」です。その背景は、絵手紙が紡いだ家族愛の物語に感銘を受け、現代の日本につなごうと動いた、たくさんの人々の姿がありました。
紹介ビデオの日本版「グランドファザーズ・レター〜孫に宛てた1200通の絵手紙〜」
Director: Mikito Kyo Music: Joji Hirota Producer: Aisuke Matsutoya (©crossculture2007)
絵手紙が伝える「無条件の愛」
グランドファザーズ・レターの物語は、今から40年以上前にさかのぼります。ヘンリー卿の曾孫にあたるCharles Grimaldi(チャールズ・グラマルディ)氏が、母の遺品の整理をしていたとき、衣装ダンスに眠る絵手紙を発見したのです。
1914年から1938年の24年間、描かれた絵手紙は総計1200通。つまり、およそ毎週1通のペースで送られたことになります。その数は、ひとりの人物が親族に宛てた書簡のなかで、世界最多だと言われています。
かつて、旅は今よりもずっと高額で時間がかかるものでした。加えて、ファックスもなければ、電話も不自由だった時代です。離れ離れになって、なかなか会えない家族の心を埋め、つないでいたのが、この絵手紙だったのです。
グランドファザーズ・レターの素晴らしさは、数だけではありません。ヘンリー卿のニックネームである「Kaka(カカ)」とサインされた絵手紙には、共に過ごした思い出、自然のなかでゾウやウサギなど、たくさんの動物のキャラクターと孫たちが戯れる姿が、ペンとクレヨンのやさしいタッチで描かれています。
ときにお作法や当時の最新技術の解説もあり、カカが自然を愛する心と知的好奇心を育もうとしていたことが伺えます。
また、2つの世界大戦にゆれ、暗雲たちこめた時代。孫の不安を少しでも払拭し励まそうとするカカの懸命な気遣いと、画家でもなければ詩人でもない普通のおじいちゃんが孫に贈る愛情が、たっぷりこめられています。
2000年代はじめにグランドファザーズ・レターが発表されると、イギリス中で共感を呼び、さまざまな新聞や雑誌に取り上げられました。これほど便利で平和で、豊かになったにもかかわらず、希薄な家族関係が珍しくない現代の人々に、この物語は強く訴えかけたのです。
日本でも同じように、この絵手紙コレクションに感動した人々が、2006年に「GFL(Grandfather’s Letters )実行委員会」を発足しました。そして、2007年に絵手紙と家族の物語をまとめた図録を自費出版したことを皮切りに、全国で絵手紙の原画展を開催してきました。
やがて、グランドファザーズ・レターの歌ができたり、ドキュメンタリー番組で取り上げられたりと注目を集めます。ついには高校の英語科用の文部科学省検定教科書『CROWN English Communication II(三省堂)』にも掲載されることになりました。
「グランドファザーズ・レター」を採用した三省堂の高校英語教科書「CROWN English Communication II」(平成26年度版)
2015年、グラマルディ氏の来日講演が実現!
ヘンリー卿(カカ)の曾孫であるチャールズ・グラマルディ氏(左)がテーブルにひろげた絵手紙の原画を囲む来場者たち。
そして、嬉しいニュースが届いたのは今年1月のこと。教科書への掲載を記念して、チャールズ・グラマルディ氏の来日が実現したのです。駐日英国大使館、日本郵便株式会社、株式会社アルクの後援で、各地で講演会も開催されました。
講演会の仕掛け人は、日本と欧州のメディアコンテンツを結び付けて、普遍的価値の創造を目指すプロデュース会社「CrossCultureHoldings」の代表で、GFL実行委員会代表の松任谷愛介氏です。
松任谷さんは、2015年1月22日の講演会でグランドファザーズ・レターとの出会いを振り返り、こう挨拶しました。
松任谷さん 私がチャールズさんとお目にかかったのは、今から20年以上前のことです。今ここにあるアルバムを見せていただいて、大変感動して、このお話をぜひ日本に伝えなくてはならないと思いました。
何が人生を変えるかわからないけれども、どうも私はどっぷりと、このグランドファザーズ・レターに浸かってしまったようです。
2015年1月22日(木)講演会。渋谷の「Café Antique Rose」で挨拶をする、GFL実行委員会代表の松任谷愛介氏。
次にグラマルディ氏はスライドに絵手紙を一枚ずつ映しながら、グランドファザーズ・レターの魅力についてこう語りました。
グラマルディ氏 親から子どもへの愛情には、しつけをするという責任があり、心配事も多いものです。
しかし、カカのような祖父母から孫への愛情というものは、ありったけの愛を与えるという、”無条件の愛”です。それは国や宗教の違いを越えた、普遍の愛。だからこそ、家族の私だけでなく、これほど多くの方が共感してくださるのだと思います。
特に駐日英国大使館の皆さんには、もう何年も私たちの活動をサポートしていただいています。
来場者は、100年前の絵手紙のあたたかさに触れ、物語に耳を傾けることで、それぞれが家族の絆を見つめ直すきっかけとなっていたようでした。
学長とGFL実行委員会との協力で実現した、2015年1月24日(土)慶應義塾女子高での講演会。講演会は無償で開催され、通訳も英語が得意な生徒がボランティアで行いました。
小さなことが集まるなかにある誠実さ
GFL実行委員会が発足してから、今年で10年目を迎えます。
本や歌、映像、お話会など、さまざまな手法を用いて紹介されてきたグランドファザーズ・レターは、関わった人たちのつながりのなかで育まれてきたと、関係者は口を揃えます。
図録『Grandfather’s Letters』
そのうちのひとつが、GFL実行委員会が2007年に自費出版した図録『Grandfather’s Letters』です。そのあとがきに、松任谷さんはこう書き残しています。
(前略)当時、僕は英国の映画やアニメを日本に伝える仕事をしていたが、それらと決定的に違うのは、この絵手紙が商売のために作られたものでなく、愛する孫たちのためだけに描かれた私信であるという点だった。
この美しい家族の歴史を日本に紹介してみたいという強い願望が生まれた。でも商売のために作られていないものは所詮商売には向かない。「この仕事が終わったら次にやろう」という具合に後回しになって、ついには案件リストのなかに10年間うもれてしまうことになる。
グランドファザーズ・レターをようやく日本に紹介できることになったのは、数年前、日本で安欣治大先輩とお目にかかったことが発端だ。縁とは不思議なものだ。
(中略)
それと前後して、お金よりも夢を追い求める人たち、言い換えれば商売に向かない人たちから成るGFL実行委員会が結成された。
日英印3カ国の文化交流に留まらず、手紙文化振興や、現代社会が忘れかけている家族のコミュニケーションを見なおしていこうという大きな目的が掲げられ、プロジェクトがよちよち歩きを始めたのである。
グラマルディ氏の来日講演に続いて、今後もさまざまな活動が予定されているそうです。
デジタル時代と言われる今、誰でも簡単に、即座に情報を発信できるようになりました。しかし普遍性をもった美しいメッセージは、こうして心が共鳴し合い、人との縁とコミュニケーションのなかでじっくりと時間をかけてこそ、広がっていくのではないでしょうか。
それを証明するかのように、100年前の、一つの家族の小さな絵手紙の物語は、個々の思いがつながって、大きな共感を呼びました。この先もきっと、大切に伝えられ、受け継がれていくことでしょう。
講演会でグラマルディ氏は、グランドファザーズ・レターのプロジェクトを通して思い出したという、イギリス人宣教師ハドソン・テーラー氏の言葉を私たちに贈ってくれました。グランドファザーズ・レターが現代までつながった理由が、この言葉に込められているような気がします。
A little thing is a little thing, but faithfulness in little things is a great thing.(ひとつの小さなことは、小さなことかもしれない。しかし小さなことが集まるなかにある誠実さは、大きなことだ。)