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音楽でつくる10年先の福岡の未来。「ミュージックシティ天神」主催・松尾伸也さん×おとまち佐藤雅樹さん対談「音楽イベントとその担い手の育て方」

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(左)「おとまち」佐藤雅樹さん (右)「ミュージックシティ天神」松尾伸也さん

特集「音楽の街づくりプロジェクト」は、音楽の力を通じてコミュニティの未来をつくるプロジェクトを紹介していく、ヤマハミュージックジャパンとの共同企画です。

あなたの住む場所には、自分が参加して一緒につくりたくなる音楽イベントがありますか?

街づくりと音楽の関係性を探る「音楽の街づくりプロジェクト」対談、第2弾のゲストは、2002年から福岡・天神を舞台に音楽イベント「ミュージックシティ天神」を手掛けてこられたミュージックシティ天神運営員会委員長の松尾伸也さんです。

プロアマ問わず多くのミュージシャンが参加し、街なかのいたるところで音楽があふれるこのイベントは、福岡の秋の風物詩としてすっかり定着しています。

音楽を取り巻く環境が変化していくなかで、今、地域に根ざしたイベントをつくる際に大切にしていること、そして天神にとどまらずこの先の福岡一帯を音楽でつなげていく構想についてもお話を伺いました。

地元の未来を見据える音楽イベントを立ち上げてみたい方、必読です!
 
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「ミュージックシティ天神」のメインステージは福岡市役所前!

「ミュージックシティ天神」のこれまでと“これから”

佐藤さん 今日はよろしくお願い致します。松尾さんは西鉄エージェンシーの事業として、2002年から「ミュージックシティ天神」を手掛けられていますよね。

ヤマハミュージックジャパンの「音楽の街づくりプロジェクト(通称おとまち)」としても、福岡エリアでこういったことをされている松尾さんに、いろいろとお話を伺いたいと思っていました。

まずは「ミュージックシティ天神」がスタートしたきっかけから、教えていただけますか?

松尾さん 「ミュージックシティ天神」は西日本鉄道(以下 西鉄)が、その拠点である天神エリアのためにできることは何なのかをグループ全体で考えていく「西鉄グループ天神委員会」から生まれました。

西鉄には、電車やバス、不動産やホテルなど、いろいろな事業部門があり、なかなか横の連携が取りづらかった面もあったのですが、天神委員会はその横串を刺す社内横断プロジェクトとして、2001年に発足した組織になります。

福岡はミュージシャンなどを数多く輩出しているなど、もともと音楽が盛んな土地柄です。そのアドバンテージを活かしながら街を盛り上げていけないかと「ミュージックシティ天神」の企画が持ち上がり、2002年にその第1回目が実現しました。

佐藤さん 街の盛り上げのための音楽イベント、というのがそもそもの目的だったんですね。
 
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ミュージックシティ天神運営員会委員長 松尾伸也さん

松尾さん そうですね。いろいろな方々のご協力もあり、毎年15万人ほどの集客がある九州最大級の音楽イベントとして成長しています。

ただ、これまで13回ほどやらせてもらってきて、手応えも感じているとともに、運営サイドがちょっと少数精鋭型になりすぎてしまったのかもしれない、という反省があるんです。

本来ならばもっと誰でも参加できるものにすべきだったんですが、見方によっては一部だけでやっているプロジェクトになってしまい、なかなか新しく中に入りにくくなってしまっている部分がある。

佐藤さん なるほど。お話を伺っていると、イベントが成功を収めたために、逆にみんなが考えを固定してしまったジレンマもあるのかもしれませんね。

おそらく「ミュージックシティ天神」が続いてきたからこそ培われてきたつながりから “子ども”を産み出して行く、そういう時期なのかなと。

松尾さん そうですね。ボランティアについても前までは専門学校などの学生限定だったのですが、2014年は初めて社会人の方にも「参加しませんか?」とお声がけしたところ、結構な数の方にお集まりいただき、助かりました。

例えば看護士の資格を持っている方が参加してくださったり。こちらは応急のための救急箱を用意しておけば緊急の手当まではできる、と。
 
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「ミュージックシティ天神」では、まちの中にステージが組まれます

佐藤さん すごくいいですね。「おとまち」が2013年から立ち上げに関わっている市民音楽祭「渋谷ズンチャカ!」でも、2014年から市民ボランティアの方々に企画運営のところからチームの一員として参画して頂いています。

松尾さん もちろんまだまだ課題はありますが、今後も“みんなでつくり上げる”という形を目指したい。「ミュージックシティ天神」にかぎらず、天神のまちづくりが様々な人にとって“自分ごと”になるといいなあと。

佐藤さん ちなみに、「ミュージックシティ天神」には常駐スタッフの方はいらっしゃいますか? というのも、事務局的な機能までをボランティアのみで役割分担するのはなかなか難しいですよね。

ヤマハおとまちも協力している「定禅寺ストリートジャズフェスティバル」でいいますと、常時携わっているメンバーが2名。それ以外のメンバーは他にも仕事を持っていて、イベントのタイミングが近づくにつれ、仕事量が増えていく、という感じになっています。
 
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「JSFスウィングカーニバル」の様子

松尾さん 確かにそれも大きな課題でして、「ミュージックシティ天神」についていえば、専従のメンバーはおらず、事務局のみんなで役割を分担しています。

大きく天神のまちづくりでいうと、「We Love天神協議会」という一般社団法人があるのですが、西鉄が事務局を常駐で担当し、その周りで天神の事業者などたくさんの企業・団体が協議会員として関わっています。

やはりイベントをつくるだけでなく続けていくには、体制づくりは一番大きな課題なのでしょうね。

イベントを育てるために必要なこととは?

佐藤さん 場づくりを持続・発展させるためにどうノウハウを渡していくのか。これはとても重要なテーマですね。「体制」でもあり、「人」でもある。

松尾さん 私もこの先ずっと担当できるわけではないし、本当は若い人にもどんどん入ってきてもらいたいです。

ここまでずっと、お金も集め、企画も詰め、ということをしてきましたが、そろそろ本当にバトンを渡していかないといけない。

佐藤さん その課題は、私も同じように感じています。一方で、イベントをやりきった後の充実感というか、舞台裏の満足感というのも、なにものにも代え難い(笑)

松尾さん 確かに私自身、やり始めた当初は、そういうものに動かされていましたね。ただ最近は、「無事に終えられた」という安堵感の方が正直強いです(苦笑)

佐藤さん 立場上はそうですよね。まあ、言うは易しく、やるのはなかなか難しいですが、「舞台裏楽しいぞー!」と、思い切って渡してしまって、次の世代を育てていくしかない。

松尾さん それをやらないと、いつまでたっても継承されていかないですからね。今までちょっとやり過ぎていたな、と感じてもて、最近はできる限り柱の陰から見る、くらいにしています。ハラハラしますけど(笑)

佐藤さん 僕らもつい自分でやってしまいがちなのですが、最近は関わったプロジェクトに、3年くらいで自立・自走してもらうということを目標にするようになりました。

もちろん、立ち上げの段階は濃く関わるのですが、成長したら手放す。それが大事なんだとメンバー間でも共有しています。

松尾さん そういう達成感というものは、年齢が若いほうがより得られるものかもしれませんよね。やはり世代交代を意識することは大切だと思います。
 
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ヤマハミュージックジャパン おとまちプロジェクトリーダー 佐藤雅樹さん

音楽でつながり、広がる福岡エリア

松尾さん 逆に僕からも伺いたいのですが、企業としてまちづくりに関わっていくときに、心がけていることはありますか?

佐藤さん それはやはり、NPOなど地域に根ざした人たちと一緒に進めていくことですね。ネットワークをつくり、困ったときに相談できるような相互関係がやはり大事です。そういった関係性というか、目に見えないものを“見える化”をしておくと、会社のなかでも説得しやすくなります。

CSRから、もうちょっと戦略的なCSVへ向かう企業が多いなかで、どうやっていいかわからない方も多いと思うのですが、そこにヒントがあるように思います。

松尾さん マス的なアプローチとは違って、小さなところから積み重ねていく、ということですね。

佐藤さん そうですね。やはり“自分ごと”であるかどうか、ということです。ただ、その場合は、やはり本音で話し合えないといけない。

たとえばワークショップ形式で対話の場をつくるなど、工夫が必要だなと思っています。

松尾さん まさに、おっしゃる通りですね。

佐藤さん そしてもっといえば、音楽そのものが商業音楽から生の体験へと変わってきている。いま松尾さんがやっているような、リアルな音楽を届けるところにすごく価値があるわけで。
 
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松尾さん 生の面白さを一回体験してしまうと、なかなかそれに代わるものはなくなりますよね。その楽しさにどう気付いてもらえるか。

佐藤さん たとえば、地元にすごくシンパシーを持って、楽しんでいらっしゃるミュージシャンの方々と一緒何かをするとか。

松尾さん いかに地元に根付いてもらうかも大切だし、そこで地元の人と新たな化学反応が起きるのもおもしろいですよね。

実際に震災以降、福岡へ移住してきたミュージシャンも少なくないんです。地元出身や地元在住の方も含めて、そういう方々にスポットをあてることも私たちの役割のひとつだと思っています。

佐藤さん いいですね。

松尾さん もともとその街で育まれた音楽に対する愛情みたいなものは、福岡は他と比べて大きいかもしれません。地元出身のアーティストを自分たちの誇りに思っていますし、それに続く新しい人も応援したくなる。

2014年は「ミュージックシティ天神」のメインステージも、九州出身者で固めたりしました。

「学生時代にうろうろしてた天神の街なかで、ライブができるなんて思わなかった、ありがとう!」とステージで言われたりすると、福岡の人たちはみんなうれしくなります(笑)

佐藤さん 素晴らしいですね。地域というキーワードでは、2014年には「福岡ミュージックマンス」を旗揚げされたともお聞きしています。

松尾さん はい。ある時気付いたら、おもしろい音楽イベントが9月の福岡では集中してまして。ならばそこが連携することで規模感を持って街を盛り上げていけるのではないかな、と。

例えば、福岡県の糸島という海辺で行われている「SUNSET LIVE」は2014年で24回目でした。

もともとは「サンセット」という海辺にあるお店が、自分たちの好きな音楽のライブを庭先でやる、というところから始まったのですが、いまや全国的に知名度も高い素晴らしいフェスティバルになっています。

この野外フェスが毎年9月の第一週目に開かれているのを皮切りに、繁華街である中洲エリアでの「NAKASU JAZZ」、そして商業施設のキャナルシティ博多ではアジアのミュージシャンとコラボする「ASIA MUSIC FOUND」、そして私たちの「ミュージックシティ天神」と合計4つの音楽イベントが、ここ数年、9月の毎週末に行われていた。

そこで、天神・博多・中洲エリア、そして更に海の方までつなげて何かできれば!と。
 
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「福岡ミュージックマンス」共同会見の模様

佐藤さん 何から始めたのですか?

松尾さん まずは「SUNSET LIVE」とのつながりも深い、音楽プロデューサーの深町健二郎さんに相談しました。深町さんに福岡ミュージックマンスの総合プロデューサーになってもらい、一緒に各イベントにひとつずつ話を持って回っていったところ、皆さんから「やりましょう!」とふたつ返事で快諾していただけました。

さらに、JR博多駅の博多シティさんにも話をもっていったところ、ちょうど九州の玄関口として何かをしたいということで、5つめのイベント「九州ゴスペルフェスティバル」が誕生しました。

佐藤さん みんなの思いと状況が、よいタイミングで重なったと。

松尾さん 6月に第1回目の主催者協議会を行い、7月末には福岡市長と共同会見も開きました。ただ9月まで時間があまりなかったので、2014年はまず“告知連携”を中心にしようと。

共通のロゴマークやポスターをつくり、JR、西鉄、市営地下鉄などに掲出したり、公式サイトを立ち上げるところまでようやく辿り着けたというところです。

佐藤さん すごいスピード感ですね。

松尾さん 従って次年度以降が本格始動ということになると思いますが、私自身もとても楽しみにしています。

またその中で、「ミュージックシティ天神」自体もいろいろと見直しをしているところです。

佐藤さん というと?

松尾さん 当初は街なかのいろんなところで同時に音楽が鳴っていること自体がもの珍しかったんですが、福岡でもここまで街なかでの音楽イベントが並ぶと、「他との違いって何なんだろう」と考えるようになったんです。

我々ならではの個性をはっきりさせるためには何が必要かが問われてきていると思います。

佐藤さん 課題がはっきりしてきたということですね。

今こそ「天神だからこそ何ができるか」、そんな目線が必要とされている。そこに地域活動を通じて出会ったミュージシャンたちが、重要な役割を果たすのかもしれません。

松尾さん そうですね。例えば、2014年に大きく変わったことのひとつが、BINGO BONGOの宮野秀二朗さんなど、天神に隣接する大名エリアのカフェ・レストラン・バー・ライブハウスのみなさんと連携した「MUSIC GO AROUND」です。
 
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MUSIC GO AROUNDの模様

これらのライブ会場を一つのチケットで結ぶ、回遊型のサーキットイベントなのですが、ミュージシャンと至近距離でリアルに音楽を感じられたり、予定してないアーティスト同士のサプライズセッションなどもあってたいへん好評でした。

また天神~大名エリアを回遊してもらうことで、改めて街のあたらしい魅力を見つけてもらうきっかけにもなったと思います。音楽との接し方や人が街へ求めるものが変わっていく中で、その変化を柔軟に受けとめながら、街に対して熱い思いを持っている人と一緒に、躊躇せず挑戦していきたいと思います。

(対談ここまで)

 
松尾さんたちがこれまで13年間にわたり開催してきた「ミュージックシティ天神」。このなかで培われてきた地元でのつながりをどう未来へ受け渡していくのか。そして、それを担うのは誰なのか。

その課題にいままさに向き合っているおふたりのお話には、とてもリアリティがありました。

レコード(記録)の時代から、生の体験を求めるフェーズへ。音楽を取り巻く環境も変化するなかで、地元の人々と一緒につくり上げる、”街と共生する音楽イベント”から、きっと新しい音楽の可能性も生まれていくはずです。

[sponsored by YAMAHA]