みなさんは「現状をなんとか打破したいけど、何から手をつけたらいいのかわからない」と思い悩んだこと、ありませんか?
そんなときは、「朝活に参加する」、「週末に開催されている勉強会に顔を出す」、「有名人の講演会を聞いて自分を鼓舞する」など、今や本だけに限らず、自己啓発のための場やコミュニティはたくさん用意されています。
とはいえ、イベント後は高揚感に満ち溢れるものの、時間の経過と共に「思い出」として色あせてしまうこともあるのではないでしょうか。わたしを含め、そのように感じている人は意外と多いようです。
今回紹介する方は、同じような悩みを抱えながら自分の置かれた現状を打破すべく、自分としっかり向き合うことで輝く場所を見つけた、「日本エクストリーム出社協会」代表の天谷窓大さんです。
1983年生まれ。日本エクストリーム出社協会代表。テレビ番組制作会社勤務の会社員。自らの実体験から、平日の朝とことん遊んでから出社する「エクストリーム出社」を発案。プロレスリングや遊園地から出社をキメたことも!最近は、企業とコラボし、出社前を楽しむイベントを続々企画。
現実逃避から生まれた活動
天谷さんが始めた「エクストリーム出社」は、テレビ番組の「ZIP!」や「NEWS ZERO」、「おはよう日本」に取り上げられるなど、新しい朝活のカタチとして世代や場所を問わず、注目を集めています。
活動自体はとてもシンプルで、平日の出社前に観光や海水浴、登山などのアクティビティを行った後に、きちんと定時までに出社をするというもの。参加者は一般的な通勤者と区別して「出社ニスト」と呼ばれているそう。
そして、エクストリームスポーツのイメージで、出社までの過程を「移動」「アクティビティ」「演出」の3つの採点基準をもとに競い合います。
“競技”としてのポイントを稼ぐためには、出社までの様子をTwitterやFacebookなどで表現する「演出」が重要。「移動」や「アクティビティ」がいくら個性的であったとしても、写真や動画を通してエクストリームの度合いが伝わらなければ厳しい評価になってしまうとのこと。
基本的な出社のスタイルは出社ニストの自由ですが、遅刻をすれば失格となるのも面白いルールですね。
隅田川の水上からボートで出社することもあるそうです
今やひとつのブームとして注目されるエクストリーム出社ですが、生まれたきっかけは、天谷さんの前職時代にさかのぼります。
前の会社で、非常に厳しい上司の下で働いていたんです。人をしかるときにはいつもきつい口調で、何かにつけて怒鳴られていました。
それが毎日続いて自信がなくなっていき、「今日もまた会社にいったら怒られる……」といった感じで、出社拒否の一歩手前までの状態になったんです。とはいえ会社を辞める勇気もなく、毎日毎日嫌々通勤していました。
前職時代、充実していなかった頃の天谷さん
そんな過酷な毎日を送るなかで、どうしたら「会社に行きたくなるのか」を考えはじめた天谷さん。辿りついた答えは「楽しかった」感覚を思い出し、それを素直に実行することでした。
何をしているときが一番楽しいかなと振り返ったんです。もともと旅行が好きで国内外を旅していたんですが、旅気分になれば毎日がちょっとは楽しくなるのではないかって。
それで出社前の時間に始発の電車に乗って、旅をしてみることにしたんです。当時は、現実から逃げたい一心でしたが、だんだん面白くなっていきました。
築地で早朝に寿司を食べに行ったり、旅に出る前の独特な空気感を味わうべく、羽田空港の出発ロビーで旅気分に浸ってはモノレールの車窓に流れる景色を眺めたり。
そうやって一日を乗り越えるエネルギーを蓄えていきました。
“脱出の快感”を楽しむ
あくまで天谷さんの個人的な活動として産声を上げたエクストリーム出社ですが、プロジェクトに発展したのはひょんなことがきっかけでした。
それから少しのときを経て、地図制作会社に勤める友人と新しい観光コンテンツについて話していたときのこと。ふと「朝の出社の時間をパフォーマンスとして競い合えば、面白いのではないか」という閃いたのです。
今ではビジネスマンやOLの間にも「朝活」という言葉が定着してきました。朝活といえば、語学スキルやビジネスマナーの習得、スポーツといった印象が一般的かもしれませんが、天谷さんは、活動への想いをこう語ります。
エクストリーム出社はこれまでとは違うタイプの朝活です。朝から英会話などの勉強をすることも確かに大切ですが、「〜するべき!」というマッチョな考えにはとらわれないでほしいです。
しっかりしないといけない環境から抜け出して、むしろ違ったことをやっている後ろめたさを楽しむ。出社ニストたちは面白いコト好きで、行き先を選ぶセンスに満ちあふれています。
社会人にとって通勤というものは、退屈な時間として捉えられがち。いつもと変わらぬ仕事着を身にまとい、同じ電車にゆられ、車窓を流れていく景色にも真新しさを感じなくなってしまう。
だからこそエクストリーム出社には、代わり映えしないと思われる日常を打ち破るヒントが隠されているような気がします。
海水浴に行ったときは、これから会社があるのに夏休み気分で凄く日常を脱出している感覚がありました。脱出の快感と朝の充実感があれば、高揚した気分のまま一日を過ごすことができます。何よりも、これから一日が始まるという楽しみが2倍に広がる気分が最高なんです。
海水浴に行くことで、日常を脱出する快感を味わっていたそうです
みなとみらいの海上から出社した風景
徐々に参加者も増えてきたエクストリーム出社ですが、活動中に知り合った人がご縁で転職したり、知り合った人同士で結婚したりと、出社という当たり前の日常を脱出するための価値を超えた効果も生み出しています。
「出社前なのに、こんなに楽しんでいる」というあり得ない状況を共有している”いい意味での共犯感”が、仲間意識を生んでいるのだと思います。
仕事以外のコミュニティに関わるチャンスは普段から意識しないとなかなかありませんが、無理矢理な感じがなく、純粋な遊び仲間としていろんな人に出会えるのが、この活動の魅力です。
エクストリーム出社を文化として成熟させる
転職前は「大きな枠組みの中で組織の歯車として働いていた」と振り返る天谷さん。エクストリーム出社という、自分ならではの仕事をつくって対価を得るようになった経験は、自信の中でも大きな転換だったようです。
自分がエクストリーム出社というブランドを創り、そのブランドがここまで広がっていくというのはこれまでにない経験です。
それまでは“会社員”の天谷が、“エクストリーム出社”の天谷と呼ばれるようになり、それが凄く自信につながりました。
天谷さんの活動がメディアに取り上げられるようになってからというもの、転職先の会社でも次第に注目を集めるようになりました。
今では社内に「日本エクストリーム出社協会」の事務局設置が認められ、企業タイアップとしてのイベントプロデュースや活動にまつわる取材対応、ニュースサイトへの配信業務などを担当するまでになったそうです。
個人としてやるか、会社としてやるかで悩んだのですが、自分が楽しむだけでなく、活動自体の価値を大きくしていかないといけないと思ったんです。
参加者がより楽しめる場をつくりたいと考え、会社に相談してみたらOKをもらえたのが嬉しかったですね。
今後の目標は、エクストリーム出社に参加する人たちのコミュニティを育てていくこと。「一人でも多くの人が“出社は楽しい”と思える仕組みをつくりたい」と天谷さんは言います。有名な漫画にもアイデアが取り入れられるなど、「文化としての成熟期」に入っている手応えを感じているようです。
エクストリーム出社協会の事務所を会社に開設した天谷さん(右)と共同代表の椎名さん(左)
今、自分にできることを地道に積み上げる
今でこそ充実した毎日を送っているように見えますが、苦悩した日々の中にあっては、決して「大きなことを成し遂げよう」と意識していたわけではかったそうです。
薪をくべていたら、いつしか消せないくらいの火になっていました。
そう語る天谷さんの表情がとても印象的でした。
地道にくべていた薪がいつしか大きな蒸気機関車となり、今それに乗っていろんな場所に行こうとしているのかもしれません。
「いつかは自分も……」と大きな目標を掲げて自分を鼓舞することは大切なこと。
ただ、その目標に固執するがゆえに、今の自分を見つめる作業がおろそかになっていたりしませんか? そんなときは少しだけ肩の力を抜いて、日常から抜け出したスポットから自分を見つめ直してみる。
自分らしい生き方や暮らしのヒントは意外にも、いつものルーティーンから少しそれた脇道で、あなたを待っているかもしれません。
(Text: 竹内謙二)