寺田本家・24代目の寺田優さん
田舎への移住セミナーが盛況だったり、総務省が展開する「地域おこし協力隊」が増員されるなど、「田舎を盛り上げよう」という動きが盛り上がっています。一方で、移住者の呼び込みに苦戦している自治体もまだまだ多いようです。
移住したくなるほどに人を惹きつけるには、都心に住む人たちと地元をつなぎ、まちを盛り上げてくれる存在が必要です。そしてなんと日本酒づくりを通してその役割を果たしているのが、千葉県香取郡神崎町で340年の伝統を持つ蔵元「寺田本家」です。
寺田本家
「五人娘」や「醍醐のしずく」など、無農薬米を使った美味しい日本酒で知られる寺田本家ですが、「本当に人のためになるお酒とは何か」ということを問い直したのは、先代の23代目が体を壊したときでした。
その後、蔵付きの菌の力を借りて発酵させる、昔ながらのつくり方で日本酒をつくることを大切にしながら、酒蔵を守り続けています。今回は24代目の寺田優さんに、酒づくりとまちづくりの関係についてお話を伺いました。
自然と人がつくるお酒づくり
寺田本家がある香取郡神崎町は、人口6,000人の小さなまち。広い空と田園風景が広がる、日本の田舎を絵に描いたようなとても素敵な場所です。
香取郡神崎町の景色
そんな自然の中で、寺田本家ではできるだけ機械に頼らずに、手作業でお酒をつくっています。
毎日が体力仕事。冬のあいだ中マラソンみたいに、地道に同じ作業を繰り返すんです。お米だったものが、麹をふりかけると白く固まって、いい香りがしてきて。
時間が経つにつれ、まったく違うものに変化するんですよ。微生物の力ってすごいんだなぁって。その神秘に魅せられて、お酒づくりにすっかりはまってしまいました。
目に見えないけれど、確かに存在している微生物。身近な存在に目を向けることから、寺田本家のお酒づくりは始まります。そんな寺田さんが、酒蔵の場づくりで心がけていることは、「自分自身が発酵すること」だそう。
微生物は自分たちが大好きで、気持ちよく楽しく生きている。人間もそれを見習って生きてみればいいんじゃないかっていう、先代の思いを大切にしています。
お酒づくりは自分だけがやればいいというものじゃなくて、みんなの力でできるもの。だから仕事場が心地よい環境になるよう、うちではみんなで唄を唄いながらお酒をつくるんですよ。
ぷりぷり怒っているより、ニコニコいられるように。楽しみながらつくれば、お酒ももっとおいしくなるんじゃないかって思うんですよね。
まちの人をつなげるお祭り「お蔵フェスタ」
そんな風に大切につくられた日本酒と、奥さまである聡美さんの手料理を携えて、寺田さんはさまざまなイベントに出店しています。そこでできた仲間たちと小さく始めたお祭りが、発酵をテーマにした「お蔵フェスタ」です。
最初の頃は入場料1,000円で、みんなで焼き芋を食べたり、流しそうめんをしたり。500人くらいだったのが2,000人に増え、さらに次の年には20,000人いらしていただいて驚きましたね。
「お蔵フェスタ」の様子
「自分たちが面白い、楽しいと思うことをしていれば、自然と人が集まってくる」と語る寺田さん。お蔵フェスタを続けるうちに、今度はお隣の酒蔵、仁勇鍋店さんにも声をかけられます。
仁勇鍋店さんも「仁勇蔵祭り」というのをやっていて、それを同日開催にしたらもっと盛り上がるんじゃないか、と声を掛けてもらって。そうしてお蔵フェスタは大きくなっていきました。
仁勇鍋店さんとはお酒づくりの方向性が異なりますが、それがよかったのかなと思います。うちだけでやるより、いろんな方にいらしていただけるし、新しいことにもチャレンジしやすい。大事なのは、競争よりも共存することだと思うんです。
いつもは静かな神崎町が、この日は約5万人の人でいっぱいに!
おがくずをつかった「発酵風呂」やライブスペース、おしゃれなコーヒー店もあれば伝統舞踊の披露も。その雑多な感じに惹かれてリピーターになるお客さんも多いようです。
そんなお蔵フェスタは次回で9回目、まちに少しずつ変化が生まれてきました。
シャッター通りになってしまった商店街のお店が、この日だけでもお店を開けてくれたんですが、そこから週何回か開けるようになったんですよ。そうやって少しずつ影響を与えながら、だんだん受け入れられるようになってきた感じです。
今では役場の人や観光局、商工会の人たちと月一回話し合いをするんですが、みんなでつくりあげている実感がありますね。回数を重ねて、自分たちで動かなくても出店したいと声をかけてくれる人が増えてきています。
まちおこしNPO発酵の里協議会
もうひとつの嬉しい変化は、イベントに通ってくれるお客さんの中から、まちに移住し、お店をはじめる人が出てきていること。有機農家をはじめる人、お豆腐屋さんや寺田本家の酒粕を使ったパン屋さんも!
そんな移住した人たちや、役場の人たちと一緒に立ち上げたのが、まちおこしNPO「発酵の里協議会」です。寺田さんはその代表世話人という顔も持っています。
神崎マップ。奥さまである聡美さんが描かれた可愛らしい絵で、つい立ち寄りたくなってしまいます。
こうざき便りぷくぷく
まずはじめたのはまちのマップづくり。神崎町にある魅力を掘り起こし、まちのアピールポイントをみんなで共有することからはじめました。 そして、まちに住むひとたちを紹介したり、NPOの活動をまとめた「こうざき便りぷくぷく」を不定期で発刊しています。
心が通った付き合い、顔がわかるというのがここのまちの魅力」という寺田さん。まちの人たちが顔を合わせる場所つくろうということで、古くなった役場をリノベーションし、マルシェ「夕市」をスタートしました。
売上も大切ですが、ここではみんなの「こんなことをやってみたい」という気持ちを、気軽に話せる場所であることを大切にしています。今ではまちのいろんな年代の人が集い、世間話を楽しむ場となっています。
マルシェ「夕市」
農家さんの農産物や加工品、古着などを売っています。
今では、発酵料理教室や自給自足の生活をテーマとしたイベントも開催されるようになり、まちの人たちと一緒に、生活の中で少しずつできることが実現できています。その結果、参加者同士のチームワークが育ち、まちを盛り上げようというチームができていくのですね。
まちに住む人と、まちの外の人で行なうまちづくり
こういったイベントを通じて、お客さんとの距離が近くなることで、寺田本家のお酒づくりを応援したいという心強い協力者も増えています。お蔵フェスタで出会ったお客さんとのつながりで、3年前から田植えイベントを開催することができました。
自分がつくったお米がお酒にも使われるというのは、お酒ファンにとっても嬉しいこと。みなさん童心に返ったように楽しんでいたようです。
田植えイベントの様子
みなさんが植えていただいたお米がちゃんと育って、それを蔵の木桶で仕込んで、みなさんの味として出てくる。そうしてできたお酒をみんなで飲む、これ以上の幸せはないですよね。搾ってできたときよかったなぁと涙が出るくらいホッとするんです。
そうやって、次世代のためにまちの自然や文化を守り、歴史を引き継いでいくこともわたしの使命。そのためにも、環境に配慮して農薬や除草剤を使用せずにお米をつくっています。
毎日田んぼに行くのって大変ですけど、もともと農業が好きなので、楽しくて飽きないんですよね。失敗しながら実験しながらやっていて、毎年1年生なのですが(笑)
田植えからはじまり、草取り、稲刈り、蔵出し会と、1年を通してお酒づくりを一緒に感じられるような様々なイベントを企画している寺田本家。中には未婚の農家さんのお嫁探しのために「農コン」も、開催されたことも!
とはいえ、イベントでできたお米が使われるのはその一部。それ以外は契約している農家さんから、あえて市況(市場の値段)より高い値段で買っているそう。
今年は市況が3割くらい下がっているので、農家さんはそれだとやっていけないんですよね。お米は、農家さんの思い、手間、貴重な時間がかけられてできている。そのお米あってのお酒ですから、大切にしながらお酒をつくります。
田植えをしていると、その年によってでき方って違いますし、「農家さんと今年はどうだった?」って話もできる。農家さんとの関係を続けていくことは、お酒づくりにとって大切なこと。ぎりぎりではありますけど、きちんとした値段で買い取ります。
お米づくりは昔から、88の手間がかかると言われています。だからこそ「お米がどういう風にできるのかを感じることがお酒づくりにも響く」と寺田さんは強調します。田植えイベントは、そんな寺田さんや農家さんの思いや苦労を、参加者の方に伝える場にもなっているのです。
いろんな人と関わり続けていくことが、寺田本家を”発酵”させるのに大切なことだと思っています。もちろんそれは、菌にとっても言えること。
お酒を醸してくれて、からだの中にもたくさんいてハッピーに導いてくれている。そのことを、もっと多くの方にお伝えできる場所にしていきたいですね。
お酒を楽しむ、生活を楽しむ。寺田さんがさまざまな場所で楽しむ気持ちが、人を引き寄せ、コミュニティを、まちを盛り上げているのだなと感じました。
お酒づくりにおいて、発酵の環境を整えるように、住む人たちが発酵するための楽しい環境を整えていくことが、まちづくりにおいても大切なのかもしれません。ぜひみなさんも楽しく生きて、”発酵”してみませんか?
(Text: 松尾沙織)