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アートが照らす、坂道の街。世界が交差する集会所「光明寺會舘」が、尾道の空き家を開くまで

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尾道の路地を歩く

広島県尾道市は県の南東部に位置し、古くから海の物流の拠点として栄えてきた街です。

海と山が近く、急な斜面に民家やお寺が密集している独特の景観から、小津安二郎監督の『東京物語』や大林宣彦監督の『転校生』など、多くの映画のロケ地となっています。また、志賀直哉や林芙美子らも居を構えた文学の街としても知られています。

そんな情緒あふれる坂の街も、少し歩くとある事に気付きます。

雑木が茂り、手入れされなくなっている家、半ば崩れかかっている屋根。いたる所に空き家が目に付きます。少子高齢化、人口減少、日本の地方都市の多くが抱える問題をこの尾道もまた同じように抱えているのです。

特に、旧市街地である斜面地は傾斜がきつく、民家が隣接しあって密集していて、路地も狭く入り組んでいるために自動車で入る事ができないなど、厳しい住環境が人口減少に拍車をかけています。

ところが近年、尾道の独特の景観とその魅力を残そうと、空き家再生の動きが活発になってきていて、都市部から尾道へと移住してくる若い人たちも序々に増えてきているのです。

今、尾道で新しい流れを生み出している場所の一つ、「光明寺會舘」を紹介したいと思います。

アートと共に動き出した尾道の斜面地

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尾道を東西に走る国道2号線とJR。陸橋の上から撮影。

尾道駅から国道沿いに東へ少し歩いて、陸橋を渡り線路を越えます。尾道はこの並走する国道とJRの線路によって、2つの地域に分けられます。

国道と線路の南側は商店街が続く平地で、北側は旧市街地の斜面地になっています。光明寺會舘はその斜面地の入り口にあたる場所にあります。
 
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尾道の斜面地に建つ建物としては珍しい、鉄筋コンクリートづくりの建物で、もともとは国の労働基準監督署として使われていたそうです。その後は、同敷地内にある光明寺がお寺の会館として利用していた時期もあったそうですが、近年では長い間使われなくなり、ほとんど空き家状態となっていました。

2009年に、今回お話を伺ったアーティストユニット「もうひとり」の三上清仁さんと小野環さんが中心となり、リノベーション。芸術をキーワードに新たな機能を持った場所として、光明寺會舘は生まれ変わりました。

まずは、光明寺會舘の代表を務める三上清仁さんに、どのようにして尾道での活動が始まったのか、伺いました。
 
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左:小野環さん 右:三上清仁さん 作品制作中の百島にて

10年以上かけて少しずつ

三上さん きっかけというのを、どこまでさかのぼって話すと良いのか難しいのですが、1999年ぐらいからちょくちょく尾道に来て展覧会や滞在制作を行っていました。

その頃、定住するということ、それと同時に旅行者であるということ、その両方に何となく疑問を感じていて、住み着くことと旅をすることの中間というかグレーゾーンのようなことを、アーティスト・イン・レジデンス(*1)なら実現できるのではないかと考えていました。

そして、2005年に尾道に移り住むことになり、先に移り住んでいた小野さんと一緒に作品制作を始め、アートイベントをはじめます。

ただ、展覧会とかアートイベントで、ある期間だけワッと盛り上がるけれど、そうでない期間は何もないという、芸術や美術がイベント化していく事に疑問も感じていたようです。

そこで2007年、一過性のものではなくて、アーティストの制作現場をつくるということを目的に、「AIR Onomichi(*2)」というプロジェクトが始まりました。

AIRとはArtist In Residence の頭文字から来ているのですが、このAIR Onomichi では2年に1度国内外のアーティストが数名やって来て、長期間空き家など尾道に滞在しながら作品制作を行っています。
 
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AIR Onomichi 2009 坂口恭平氏の制作現場より

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AIR Onomichi 2011 「トタンの家/Andreas Kressig」より

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AIR DIVE TOUR 2014 より

三上さん このプロジェクトに関しては、例えばいろいろ空き家があるからとかレジデンスルームがあるから、そこにアーティストを呼んでAIRをやろうというのではないんです。

尾道に呼んで滞在制作をしてもらいたいアーティストがいるから、じゃあ場所をどうしようかと、いろいろ空き家を見て回る中でそこの持ち主の人と交渉して、滞在制作の場として使えるようにしていったという感じです。

また、三上さんと共に光明寺會舘を運営し、AIR Onomichiの代表でもある小野環さんは、そういう空き家を使ったり、空洞化していく場所をアートによって解放していくというやり方は、それなりの助走期間があって成り立っていると言います。

小野さん 僕は、2001年に尾道大学が美術学科を立ち上げるというので呼ばれて尾道に来たのですが、その頃どんな風に住む場所と制作スペースを確保するのかというのをずっと考えていたんです。

初めて尾道に来たときは、今よりももっと閑散とした街だったし、言い過ぎかもしれないですが、没落していっているという感じでした。でも、その時に斜面地の空き家とかを沢山みてまわっていて、これは何かできそうだなと思いました。

空き家とか、商店街の空き店舗とかも、外から見ると面白いんです。中がどうなっているんだろうとか、探検するような感じで。だから、作品があって物事を動かすのではなくて、場所を軸に物事を考えた方が絶対に面白いだろうと。

2002年ぐらいから、商店街の会議にも参加するようになり、その中で空き店舗を提供してもらうようになった小野さん。掃除から始めて、リノベーションをして、アーティストを呼んで展覧会をする。その繰り返しによって、みんなが関わることができるプラットフォームができていったのです。
 
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斜面地から市街を眺める

アートで浮かび上がる尾道のいま、そして、開かれた空き家

おそらく、三上さんがアーティストとして活動する中で感じていた疑問、そして小野さんが空き家だらけだった尾道を見て感じた好奇心が結びついて、化学反応のように色々な人が惹き付けられ心を開き、閉ざされていた家の扉も開いていったのだろうと思います。

少しずつコミュニティを形づくっていく中で、他県から来ていた尾道大学の学生が尾道に居着くようになったり、尾道でお店をする若い人が増えてきたり、確かな新しい流れが生まれていきました。

第1回目のAIR Onomichiが開催された2007年からは、豊田雅子さんが代表を務める「NPO法人 尾道空き家再生プロジェクト(*3 以下空きP)」の動きも活発になり、空き家を再生させるという点からも、アートの分野で活動する三上さんと小野さんにも注目が集まるようになっていきました。

そして2009年、2回目のAIR Onomichiを準備している頃に、光明寺の住職の御藤(みとう)さんから、「長い間使っていない会館があるのだけど、何か使ってもらえないか」という相談を受けたそうです。

空きPの協力も受けながら、尾道大学の学生アシスタントと一緒に大規模なリノベーションを行い、光明寺會舘という名のもと、新たなスペースに生まれ変わりました。

最初はAIR Onomichiの事務局、拠点という感じで始まり、それからも、少しずつ展覧会や音楽イベント、ワークショップの会場として使われていきます。さらに2011年には1階にカフェスペース「AIR CAFE」がオープンし、今のような形になりました。

AIR CAFEがオープンすると同時に、カフェ担当として亀井那津子さんが新たなスタッフとして参加。現在のところ、三上清仁(光明寺會舘代表)、小野環(AIR Onomichi代表)、亀井那津子(AIR CAFE店長)という3人体制でこの場所は運営されています。
 
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光明寺會舘1F AIR CAFE

夏に光明寺會舘を訪れると、印象的な場面に遭遇することがあります。

ギャラリースペースで展覧会をやっているアーティストが、近くに住む子連れの若いお母さんと、楽しそうにアートの話をしていて、大きなテーブルの反対側では、光明寺にお墓参りに来た方がかき氷を食べていく。クーラーは無いけれど、壁一面の窓からは潮風が心地よく入ってくる。

アーティストもそうでない人も、子どもたちからおじいちゃんおばあちゃんまで、尾道の人も旅行者も、いろんな人たちが一つの空間でとても自然に混じり合っていく。こんなにも開放的で、それでいて、ストイックに全力でアートに関わるスペースは他にあまりないのではないでしょうか。
 
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光明寺會舘2F 「ものかたるをひろう/西絢香」より

現在、光明寺會舘の主な取り組みの一つとして、尾道で滞在制作をしたいと考える国内外の美術家、小説家、音楽家、研究者など、あらゆる分野の表現者のサポートの為に「Short Stay Program」というプログラムを積極的に行っています。

このプログラムに参加した京都在住のアーティスト西絢香さんは、約3週間尾道に滞在し、斜面地を歩き尽くして様々な廃材や投棄されたゴミを集め、小さな街を再構築するという作品を制作していました。

言葉を持たないはずの、長く放置されていた廃材が、一つの作品に生まれ変わり、尾道の姿を静かに物語り始めたようでした。

もっと開かれた場所に、そしてもっと実験的に

ふと気になって、「これからも尾道に住み続けたいですか」と、三上さんに聞いてみました。

三上さん 家族のことだけを考えて言えば、子供を育てるのにもっといい環境に行ってもいいかなと思うことはあります。

でも、この光明寺會舘を含め、尾道周辺にまだやりかけの小野とのプロジェクトや作品、制作をしたい場所が結構あって、それを考えるとこの場所が今は一番都合がよいだろうなと思います。

また、光明寺會舘では、美術館の学芸員やアーティストを招いてレクチャーとかワークショップも行っていますが、今後は「もう少し違ったエデュケーションプログラムをやりたい」と三上さんは話します。

三上さん 少し偉い人とか、有名な人を呼んでくるばかりだと、そこに言葉が蓄積されるだけになってしまって、若い人たちが話を聞きに来るだけの場所になってしまいます。

そうすると、この場所で何か展覧会をしたり作品発表をするのが、ある種のステータスになってしまう。そういうのをモチベーションに制作をしたりするのって、どこか歪んでいるように感じているんです。

自分の特技を発表する場ではない、もっと開かれた制作や学びの場になるように、今プログラムを考えているところです。

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AIR Onomichi 2013 Shooshie Sulaiman の制作現場より

一方で小野さんは、今後の光明寺會舘の展開について、海外との交流を含めて「もっと実験的でありたい」と話します。

小野さん ここ数年で、海外からアーティストを呼んできたり、外部から人が来ることは増えました。これからは尾道の若いアーティストたちを海外とか外に送り出していくとか、そういう循環が生まれるといいですね。

尾道って居心地が良くて、制作もできて、観客もそれなりにいるので、ある程度内部で循環してしまう可能性もあって。飽和状態になってしまうのはよくないだろうと思っています。

確かに尾道に訪れるたびに、多くの人が集まって来ているように感じます。特に、「あなごのねどこ(*4)」ができてからは、外国からのツーリストもよく見かけるようになりました。

小野さん 尾道はここ数年でガラっと変わりました。新しいお店も沢山できて、移住者も増えている。目に見える経済効果みたいなのが出てきています。尾道の街を盛り上げるみたいな事は、そういう事を担う人たちが沢山出てきた。

それぞれに役割みたいなのがあって、色々望まれるものにあまり寄り添わなくても、僕たちは安心して、もっと実験的なことができるんじゃないかと思っています。

アートには、普段私たちが何気なく過ごしていて、見落としていたものを浮かび上がらせる力があります。尾道の空き家や人口減少だけでなく、他にも多くの問題を現代社会は抱えています。社会のネガティブな面がアートによってふと目の前に提示された時、何か不思議な魅力に心を開かされる事があります。

都市での生活に皆少なからず、何かしら疑問を抱えて生活をしているのではないでしょうか。一度、是非尾道を訪れてみて下さい。普段の生活で見落としていたもの、忘れてしまっていたものをふと感じるのではないでしょうか。そこに新しい暮らしのあり方が見えてくるかもしれません。

(Text:吉田航)
 

「OAM オープンエアーミュージアムをめぐる AIR DIVE TOUR」
 
尾道山手地区に点在する空き家や廃墟など見放された場所。2007年よりアーティスト・イン・レジデンス AIR Onomichi では国内外の美術家を招聘し、これらの場所で活動を行ってきました。その活動によって何が浮かび上がり、何が消えていったのか。また、その周辺でアーティ ストの活動がどの様に展開しているのか。
 
エリア一帯を美術館(=オープンエアーミュージアム)と見立て、ツアーガイドのアーティストとともに巡り、点在する進行形の現場や作品を鑑賞するツアーです。期間中、 ツアーのほかにレクチャーなど関連企画も連続開催します。
 
開催日/2014年10月25日(土)26日(日)*要予約
時間/15:00〜19:00
会場/集合場所: 光明寺會舘 広島県尾道市東土堂町2-1
OAMエリア/光明寺會舘界隈、長江町、三軒家町など
参加費/一般1000円、学生500円
アーティスト/岩間賢、アンドレアス・クレシグ、シュシ・スライマン、もうひとり、デルフィーナ・ライスト、横谷奈歩
 
予約・問い合わせ/光明寺會舘内 AIR Onomichi 実行委員会事務局
050-1537-5353 / aironomichi@ybb.ne.jp / http://aironomichi.blogspot.jp/

 
*1 各種の芸術制作を行う人物を一定期間ある土地に招聘し、その土地に滞在しながらの作品制作を行わせる事業のこと。*2 2007年より始まったプロジェクトで、2年に1度国内外のアーティストを尾道に招聘し、斜面地の空き家を中心に長期間滞在して作品制作をしている。*3 2007年に発足、2008年にNPO法人化された。これまでに尾道の多くの空き家再生を実現している。*4 2012年にオープン。尾道の商店街にあった空き家を改装したゲストハウス。元々長屋だったためにながーいゲストハウスに。