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北海道から九州まで、全国でコミュニティデザインに取り組む山崎亮さん。
日本全国の現場を駆けめぐる山崎さんの目には、日本の未来にどんなリスクが見えているのでしょうか? そして、そのリスクをどのように乗り越えていこうとしているのでしょうか?
北海道沼田町での具体的な事例から、山崎さんのルーツとなったジョン・ラスキンの話まで、コミュニティデザインと福祉をめぐる、示唆たっぷりのお話をみなさんにお届けします。
1973年愛知県生まれ。studio-L代表、京都造形芸術大学教授、東北芸術工科大学教授。地域の課題を地域に住む人たちが解決するためのコミュニティデザインに携わる。まちづくりのワークショップ、住民参加型の総合計画づくり、建築やランドスケープのデザイン、市民参加型のパークマネジメントなどに関するプロジェクトが多い。主な仕事は、「いえしま地域まちづくり」、「海士町総合振興計画」など、主な著書に『コミュニティデザイン』(学芸出版社)、『まちの幸福論』(NHK出版)など
福祉は大事、でもお金はかけられない!?
グリーンズ 今回の特集では、”リスク”がひとつのキーワードなのですが、山崎さんにとって、リスクというとどんなことを思い浮かべますか?
山崎さん はっきりしているのは、これから高齢化と人口減少が同時に進んでいくことです。高齢化によって福祉が今以上に重要な要素になるのは間違いないですが、国の財政状況を考えると、残念ながら、福祉に潤沢な予算をつけられる見込みはありません。
国の財政支出96兆円に占める厚生労働省の社会保障費は30兆円、国土交通省の公共事業費6兆円の5倍近くもの額を占めています。
グリーンズ 改めて聞いても、ものすごい金額ですね。
山崎さん 更に、そこには人口減少も絡んできます。全人口で見ても、2010年におよそ1億2800万人だった日本の人口は、2030年には1億1600万人ぐらいにまで減少すると見込まれています(国立社会保障・人口問題研究所調べ)。
なかでも影響が大きいのが、15歳から64歳までの生産年齢人口の減少なんです。生産年齢人口は1990年ごろにピークをむかえ、それ以降ずっと減り続けているんですよね。2010年に8000万人以上いた生産年齢人口は、2030年には6700万人ほどになるという予想も。
グリーンズ 人口減少数はほぼその層と一致していると。
山崎さん 生産年齢人口は、生産と消費を支える年齢層です。この層が減るということは、経済も縮小傾向に向かい、それに伴い税収も減ることを意味します。
そうなると今以上に福祉にお金を回す余裕はなくなるはずです。お金をかけずに福祉を充実させるアプローチを探していかなければならない状況ですが、現状の福祉はなかなかそうなっていません。このままでは大変なことになってしまう……というのが、僕が抱いている危機感です。
グリーンズ 事実を聞くとちょっと凹んでしまいそうですが、きちんと把握することは大切ですね。
山崎さん そうですね。裏を返せば、僕としては福祉を最重要テーマとして取り組んでいるということです。
人口3,600人、北海道沼田町の取り組み
グリーンズ 具体的にはどんな取り組みを行っているんですか?
山崎さん 福祉の重要性を実感したのが、北海道の沼田町で始まった「沼田町農村型コンパクトエコタウン整備基本構想」というプロジェクトです。
旭川からほど近い人口3,600人ぐらいの小さな町の取り組みをお手伝いさせていただき、福祉がコミュニティデザインにとって非常に重要な要素だということが分かってきました。
グリーンズ どういうプロジェクトなのでしょうか?
山崎さん 端的に言うと、町をコンパクトにつくり直すプロジェクトです。
沼田町には入院機能を持つ病院がありましたが、赤字が続き、町から毎年2億円の財源が補填されていました。町の身の丈に合うサイズにしようということで、今年の4月から診療機能だけのクリニックとして生まれ変わりました。
今は元の病院の建物をそのまま使っていますが、老朽化が進み耐震性に問題があり、建物を新設することが決まっています。そこを中心に、町をつくり直す構想が動き始めています。
入院施設がなくなった不安を補うために福祉施設や町民どうしが集う交流スペースを併設し、町の生活圏内には商店が少ないから同じ敷地に買い物をできる場所もつくり、だったらそこに高齢者が住める住宅もつくろうという感じです。
沼田町の高齢化率は38%、医療と福祉を出発点に、高齢者が安心して暮らせる町をつくろうとしています。
グリーンズ なるほど、医療とまちづくりは密接な関係があるんですね。
沼田町の「夜高あんどん祭」(Wikipediaより)
山崎さん もうひとつポイントがあります。建設予定地は町の中心にある中学校跡地で、近くに町役場と小さいながらも商店街があり、半径500m圏内が町の中心市街地です。
郊外には農地が広がり、農家の方が点在して住まわれていますが、沼田町は冬には積雪10メートルを超える豪雪地帯、年間数千万円にのぼる除雪費を減らすことが町のひとつの課題でした。
中心市街地に住んでいた高齢者が複合施設に移り住めば、町には空き家ができます。それをリノベーションして郊外に住む農家に提供し、郊外の農地まで通勤してもらうようにする。そうやって町を小さくつくり直し、除雪費を減らすことがもうひとつの狙いとしてあります。
要するに、町を再編するために「新世代の土地転がし」をやろうというわけです。町ではそのために中心市街地に無料の無線LANを飛ばし、町の利便性を高めて郊外に住む若い農家が町に移りやすくしています。
グリーンズ ”土地転がし”の意味が変わっていきそう。
山崎さん 沼田町が面白いのは、そこにコミュニティデザインの手法を導入し、住民参加型の町づくりを進めていることです。行政と住民が、あるいは住民どうしが対話を積み重ねる場づくりのお手伝いを、僕らstudio-Lがさせていただいています。
「まちのこれからを考える会」の様子(沼田町広報ブログより)
山崎さん このプロジェクトで重要なことは、”コンパクトな町づくりの理想型”を実現できるかもしれないということなんです。コンパクトシティは、ここ15年くらい各地の自治体が試みてはいますが、どこも似たような課題に直面しています。
郊外に住む人が中心市街地に移り住んでも、先祖代々の土地に対する強い愛着があって郊外の土地を手放そうとしません。結局、市街地と郊外の二拠点居住になり、町のサイズを小さくできていないのです。
本当の意味で町のコンパクト化を進められるようになるのは、次の世代が土地を引き継いだあとのことではないかと推測しています。
ところが沼田町の人たちは、土地へのこだわりが少なくて驚きました。それもそのはず、北海道に住む人の多くは明治維新後に移り住んだ人たちで、その他の地域と比べて、移ることへの抵抗が少ないんですね。
グリーンズ なるほど。そういう特徴をいかして、敢えて実験的な取り組みを進めていくということですね。北海道からの新しいモデルの提案に期待したいです。
ラスキンから学ぶ「福祉とコミュニティデザイン」
山崎さん コミュニティデザインにとって福祉は重要な課題ですが、それはもともとstudio-Lを立ち上げたときの思いともつながっているんです。というのもstudio-Lの「L」は、「Life」からとっているんですね。
「人が日々生きていくことを大切にしたい」という思いを組織の名に込めたわけですが、僕がそういう思いを抱いたきっかけは、19世紀のイギリスを生きたジョン・ラスキンという人物にあります。
あなたの人生(Life)こそが財産である。人生というのは、そのなかに愛の力、喜びの力、賞賛の力のすべてを含んでいる。最も裕福な国とは、高貴にして幸福な人々を最大限に養う国である。
最も裕福な人間とは、自分自身の人生の機能を最大限にまで高め、その人格と所有物の両方によって、他者の人生に最も広範で有用な影響力を及ぼす人のことなのである。
このラスキンの言葉が僕の心に深く突き刺さり、「Life」を大切にするためにコミュニティデザインを手掛けるようになったのです。
グリーンズ 素晴らしいですね。グリーンズのビジョンとも通じるところがあります。
山崎さん ラスキンは、前半生を美術批評家として生きた人で、今日「デザイン」と呼ばれるもののすべては、彼の影響を受けて生まれたと言ってもいいほどです。
彼から直接の影響を受けたのがアーツ・アンド・クラフツ運動を始めたウィリアム・モリスで、現代の建築や都市デザイン、参加型デザインやまちづくりもその先に発展してきました。僕自身もコミュニティデザイナーとして、ラスキンとモリスから大きな影響を受けています。
山崎さんも影響を受けたラスキン
山崎さん 沼田町のプロジェクトで福祉の勉強を本格的に始めてみて、福祉の源流にもラスキンがいることを知って、僕自身も驚いたんですね。ラスキンは、後半生を社会改良家として生きたんです。
その影響を受けたのがアーノルド・トインビーという人で、貧困問題の解決のために、貧困層が暮らす地域に知識人が入り込むセツルメント運動を始めました。このセツルメント運動から現代の社会福祉協議会へと福祉は発展していきます。
ラスキンに影響を受けコミュニティデザインに取り組んできた僕が、その延長で福祉に遭遇し、その源流にもラスキンがいたというのが衝撃でした。ラスキンがやろうとしていたことを形にするためにも、福祉に力を入れていく必要性を感じています。
グリーンズ ラスキン、モリス、トインビーと、100年スケールの壮大なバトンタッチですね。
ラスキンからコミュニティデザインへ
山崎さん 少し話が広がりましたが、福祉とコミュニティデザインはもっと直接的なつながりもあるんです。社会福祉の実践技術は「ソーシャルワーク(社会福祉援助技術)」と呼ばれ、3本の柱があります。
個人に支援の手を差し伸べる「ケースワーク」、集団を援助する「グループワーク」、地域の課題を解決することで個人や集団の生活改善を目指す「コミュニティワーク」です。
この3つめの「コミュニティワーク」や、トインビーが始めたセツルメント運動は、studio-Lがこれまで取り組んできたコミュニティデザインと手法としてもよく似ているんですよ。
コミュニティデザインに福祉を取り込み、福祉にデザインの発想を取り込むことで、地域の人たちの「Life」を豊かにすることができるはずだと感じています。
グリーンズ 敢えて、いまの福祉の取り組みで足りていないものを挙げるとすれば、何だと思いますか?
山崎さん 「デザイン」の視点ですね。福祉は「Life」に間違いなく必要な要素ですが、「デザイン」がないため、十分に機能していないように感じています。
僕も数十年後は高齢者になり、体のあちこちが弱って複合障害になるはずですが、そのとき自分が今あるような福祉施設に行き、お手手つないでお遊戯をしたいかというと、正直なところやりたいと思えません。
「デザイン」の要素を組み込み、思わずやりたくなるような仕掛けづくりが必要です。福祉に積極的に関わる担い手を増やすための「デザイン」も求められていますし、そういうことを、お金をかけずにどう実現するかという「デザイン」も重要だと思います。
地方の希望、都市の希望
山崎さん 地方では高齢化も人口減少もすでに現実化しつつある分、危機感が強く新しい取り組みを始める人が増えています。僕が関わっている限り、地方の人たちは知恵を出し合い創意工夫を楽しんでいますね。彼らを見ていると、地方の未来に大きな希望を感じます。
その代表例と言えるのが、studio-Lも携わらせていただいている島根県の離島、海士町です。人口2,400人の島に250人以上の人がIターンで移り住み、その取り組みはさまざまなメディアで取り上げられています。
数年前には島の高校で島外の生徒を受け入れる留学制度もつくり、かつては学年1クラスだったのが、今では学年2クラスに増えました。子どもが減るなかで教育をどう維持するかが島の課題でしたが、それも克服されつつあります。
グリーンズ すごいですね。
山崎さん 僕は京都造形芸術大学の教員でもあるんですが、そこでの教え子が海士町の嘱託職員になったんですね。月給16万ですが生活コストが安いので、毎月10万円ずつ貯金できているそうです。東京で40万円の給料をもらって毎月3万円しか貯金できないのと比べてどちらが豊かでしょうか。
島には光ファイバーが敷かれていて、ネットで動画もストレスなく快適に見られます。自然は豊かで生活コストは安く、都市と情報格差もない。そんな地方の豊かさに気づいた人が、Iターンで島に飛び込み、ますます島が面白くなっているんです。
グリーンズ 地方の話が続いていますが、都市についてはいかがでしょうか?
山崎さん 都市、とくに東京に関しては、あまりポジティブに語れることがありません。郊外には「限界集落団地」があちこちできているのに、政府も住人も見て見ぬフリを決め込んでいます。
ワークライフバランスという言葉はありますが、そこで想定されている「ライフ」には高齢者の福祉など含まれておらず、個人の自己実現だけが奨励されている印象です。
限界集落化する公営住宅 Some rights reserved by Koziro Hasegawa
グリーンズ まずは自分のライフスタイルから整えていく段階なのだと思いますが、確かにそういう側面もありますね。
山崎さん さらに、すでにオフィスは供給過剰になっていて、いずれ不良資産になるのが目に見えているのに再開発が続いている。銀行やディベロッパーが短期的に利益を得られるからです。
もちろん、地方にもいろいろなところがあり、地方に住めばいいというわけではありませんが、都市のほうが大きなリスクを抱えていると感じます。
studio-Lは大阪に本拠地があり、僕も芦屋に住んでいます。おまけに僕の本籍は東京でして、自分と縁のある場所をポジティブに捉えられないことに我ながら矛盾を感じています。
グリーンズ 都市がそのリスクを回避するにはどうすればいいでしょうか?
山崎さん 僕ひとりでその問いに答えることなどできませんが、都市は、地方から人材や資源を吸い上げて成り立っていますよね。これまではそれが一方通行でしたが、都市で力をつけた人たちが、そろそろ地方に戻っていく流れが起きてもいいのかなと思います。
そう考えると、都市の人口の多さは希望の源です。東京の人口1,500万人のうち1万人に1人でも、地方に可能性を感じて移り住めば、地方に新しい風を吹き込むことができます。
イギリスには、地方に暮らすカントリー・ジェントルマンを尊ぶ気質があります。都市部で成功した人が地方のカントリーサイドに移り住み、暮らしを切り拓いて自立して生きる人を称揚する文化があります。日本もそろそろ、そういう段階に移行してもいいのではないでしょうか。
グリーンズ なるほど、カントリー・ジェントルマン。
山崎さん はい。40代ぐらいまでは、東京でバリバリ働くのも刺激的でいいけれど、50歳を過ぎて東京にいたら、「まだ東京にいるの?」と言われるような、そういう文化が芽生えてきてもいいように思います。
都会で培った能力を地方で発揮する流れが、今より大きくなることを願っています。それが、都市のリスクを軽減することにつながるのではないでしょうか。
これから先、高齢化と人口減少が進行する日本の未来。地方か都市かと、問題を単純化するわけではありませんが、どこでどのような暮らしを送るかは、「Life」の豊かさに大きく関わるはずです。
故郷に錦を飾るカントリー・ジェントルマンを目指すもよし、都市の可能性を探るもよし。2030年、みなさんはどんな「Life」を望みますか?10月8日(水)には「”2030年のTOKYO暮らし”を考えよう」ワークショップも開催しますので、ぜひご参加ください!
(撮影:山本恵太)