節目となる家族写真や記念写真を、写真館で撮っているという方はどれくらいいるでしょうか?
デジタルカメラの進歩で、誰でも気軽に写真を撮れるようになりました。しかし、何千、何万組もの家族を撮りつづけている地域の写真館には、技術だけでなく、人や街への愛情が溢れています。
特に銀塩フィルムで撮影される写真は、デジタル写真と比べると高価ではありますが、最高の笑顔を撮影するためにその場の空気づくり、一瞬のシャッター音、写真ができあがる時間までもが特別になるような、そんな魅力があるように思います。
今回ご紹介する「岡崎写真館」は、品川区東五反田に店を構えて85年。現在は81歳の二代目伊與田正志さんと三代目息子さんの彰さんが営む、アットホームな昔ながらの写真館です。
二代目正志さんは、現在も4×5(シノゴ)サイズと呼ばれるフィルムカメラを使って写真を撮ります。一方の彰さんはデジタル撮影。デジタル化が進むなかで、お互いの技術を尊重しながら切り盛りしている写真館はとても珍しいスタイルといえます。
壁にはたくさんの家族写真。この一瞬の表情を引き出すために、どんな時間が流れていたのでしょうか。そして、どんな苦労や工夫があったのでしょうか。今回は五反田の街に根づいて、フィルム写真を撮りつづけてきた正志さんにお話を伺いました。
写真館には街で暮らす人のいま・むかしが詰まっている
写真館は人生の節目、ハレの日に記念写真を撮る場所だけではありません。その土地の貴重な記憶を残す歴史館でもあります。
例えば、皇后美智子のご実家である正田邸があったことや、そこから美智子さまが皇室に嫁がれた時のお話など、身近な歴史を紐解けば、見慣れた街の新たな一面を発見できることもあります。
人だけでなく地域も温かいまなざしで見つめる正志さんは、五反田駅前商店会五反田一丁目町会の会長という顔も。「地域あっての写真館」という思いと街の発展を願い、ほぼ毎日パトロールをしているのだとか。歩くこととおしゃべりが、元気の源です。
写真はカタチに残すことで伝えることができます。今年は商店会・町会65周年の節目の年ということで、息子の彰さんは記念誌を発行することにしました。昔と現代の五反田の写真の比較や、商店街の人々へのインタビューなどを通じて、街の魅力を再発見できるような内容を目指しているのだそう。この記念誌は、6月15日の祝典日に加盟店に配布され、東五反田のお店で見ることができるそうです。
正志さんと一緒に加盟店の挨拶まわりに同行しましたが、「商店会です!」とどのお店も明るく、遠慮なく挨拶されていく姿に驚きました。町内の情報も精通していて、厚い人脈、頼れる存在としてとても慕われています。誰とでも気兼ねなくコミュニケーションがとれる人柄は写真館のこれまでの仕事で培ったものなのでしょう。
来てもらわないといけない。来てもらうためには技術を磨くしかない。
次につなげるためには綺麗な仕事をしないと。100パーセントの仕事。
正志さんが写真の仕事に就いたのは、中学の頃。初代である父親を手伝ううちに、そのまま写真館を継ぐことになりました。「この仕事をするしかなかった」と振り返りますが、撮影から現像、プリントや着色まで、特に技術を教えてもらったわけではなく、すべて父親の仕事を見て覚えてゆきました。
写真ができあがってから、「着物の色が違う」とか、「肌の色が違う」とか文句言うお客さんもいたけど、じゃあ、もう一度撮ろうとなったとき、結局違う着物で来るんだから。それって、最初の着物が気に入らなかっただけなんだよね。
そんな苦労話も笑いながら話す正志さんですが、「逃げ出したいと思ったこともあった」そう。高度成長期には、写真館での撮影以外にも、企業から新商品の撮影を頼まれることも多く、カメラ・三脚・照明など総重量何十キロもの機材を運んで撮影し、帰ったら現像作業をこなしていました。
その場で確認できるデジタルカメラなんてなかった頃。きちんと撮れているかは、現像があがるまではわからないというプレッシャーがありました。「嫌だったけど頼まれるんだからやったよね」というほどの忙しさは、正志さんのカメラの腕前を何より証明するものなのかもしれません。
他にも幼稚園や学校の集合写真を撮影したり、修学旅行の同行をしたり、「とにかく頼まれればなんでもやった」と正志さん。話を聞いているうちに、細やかな気配り、愛嬌のある接客に、誠実・丁寧な仕事が写真にあらわれるのだろうなと感じました。
モットーは「センスのよい美しい写真」
何よりうれしいのは、毎年撮影に来てくれるお客様がいることだね。あとは「綺麗に撮れている」と言われたときが、この仕事をやっていてよかった思える瞬間かな。だから撮り直し、失敗が一番嫌。大切なのはしっかり写すこと。脚から頭のてっぺんまで、これ以上ないっていうようにしっかり。
50年を期に作成した記念挨拶文のボードには「『センスのよい美しい写真』をモットーに」と書かれています。綺麗に撮って喜ばれることこそ、写真館の一番の使命。
フィルムで撮影する場合は、撮影後の加工がむずかしいので、姿勢や服のしわなど、気になるところは瞬時に直す。照明の当て方も、ひとりひとりに合わせて調整する必要があります。「レンズを覗けばわかる」と正志さんは言いますが、これも経験がなせる技。
座る位置や立ち位置は、すばやく間を持たせず指示を出す。リラックスさせ自然な表情にさせる雰囲気づくりも美しい写真を撮るコツ。
カメラを触っているときは真剣そのもの。すばやい動作でテキパキと手順をみせてくれる様は職人そのものです。
写真を撮ること、カタチに残すこと
「写真館を何十年もつづけてきて、今と昔で一番変わったことは何ですか?」と聞いてみると、「昔は待ってくれるお客さんが多かったね」と正志さん。確かに考えてみると写真ができあがるまで、あるいは写真を焼きまわしにかかるまで、楽しみに待つのが当たり前でした。
ひとつの撮影に撮れる枚数はデジタルが何十枚と撮ることができても、フィルムは最大2枚まで。中にはフィルムで注文しても、実際でき上がってきたときに、同時に撮影したデジタルの方を選ぶお客様も。
「フィルムだとかしこまっちゃって、固まってしまうこともあるから、自然に明るく何度でも撮れるデジタルのほうが良いっていうお客さんもいる」とフィルム一筋の正志さんは少し寂しそう。
でもよく考えてみると、フィルムとデジタルの両方、しかも親子で互いの技術を活かして撮影してくれるというのは、とても贅沢なことではないでしょうか?
フィルムからプリントされた印画紙の光沢と、デジタルからプリントされた紙の質感・艶は異なるもの。写真をきちんと残したいものと考えたとき、どちらが良いのか。よく話を聞いて、目で確かめて、納得して選ぶことが大切なのかもしれません。
岡崎写真館初代孫一さんが撮影した戦前のお宮参り・七五三。しかもこの方はまだご存命。こうして大切にされつづけられてきたアルバムを見ると、写真自体がとても貴重なものとして扱われていたことがとてもよくわかります。
岡崎写真館では、家族写真や記念写真を依頼されるお客様が、ここ数年増えてきているそうです。東日本大震災後、写真を撮ること、カタチに残すということが見なおされているのだと思います。
1日、1年の変化はとても小さいかもしれないけれど、確実に変化していくもの。その一片を残すのが写真。写真をデータではなくモノとしてアルバムに残しておくことで、何十年か先も色あせることなくタイムカプセルのように思い出がよみがえるかもしれません。
写真を撮るということは今しかない大切な宝物を宝箱にそっとしまうこのとのようにも思えます。今、未来に残したいものはありますか?ちょっと先の未来を考えながら写真について考えてみませんか?
(Text:五郎丸歩)