書家/アーティスト 寧月さん
みなさんは「書道」と聞くと、どんなイメージをもちますか?もしかしたら見本の通りに書くように教わった人も多いかもしれません。
そんな学校で習ったような書道とは異なり、自由に書く「アート書道」を通じて、子どもたち自身のクリエイティビティを伸ばす取り組みを行っているのが、書家でありアーティストの寧月(ねいげつ)さんです。
寧月さんが活動で伝えたいこととは?アート書道のことや、その想いなどを伺ってきました。
「脱メソッド」で自分なりの表現を見つける
「アート書道」は、正しい字の形や書き順などにとらわれず、自由に書いていいところが特徴です。
寧月さんが行うアート書道は、「自分なりの表現」で文字を書くことを大切にしています。単にきれいに書くのではなく、既存の「美」の枠にとらわれずに自分なりの表現を見つけることが大事。
そのため、ワークショップには4歳〜社会人まで幅広い年代の人が参加できます。学校で文字を習う前の子どもたちにはまず、筆や墨の楽しさを知ってもらいます。
筆はやわらかく、墨は、付け方によってはボタボタとたれてぐちゃぐちゃになってしまいますが、それをまず体感してもらいます。最初に、単純な丸や線をひたすら書くことを繰り返します。
すると、自分の調整次第で線は太くもなるし、細くもなるということがわかってきて、筆を通じて自分の力加減を学べるんです。自分の力加減を知ることで、日常生活の中でもどこまで力を加えていいか、どこからがやり過ぎなのかということを感覚的に学んで欲しいと思っています。
この力加減は、小さな子どもの方がスムーズに理解するそう。というのも文字を習った後の小学生〜大人たちは、みんなきれいな楷書を書いてしまうから。そのため、最初にその枠を取っ払うのがなかなか難しいのだとか。
「脱メソッド」と呼んでいるのですが、まずは人から教わったやり方を脱することを目指します。「本当の自分のやり方って何?」「人のやり方に頼らずにあなたの表現をするとしたらどうなる?」と問いかけて、文字を崩して書いてみる中で自分なりの美の追求をしてもらうんです。すると、だんだん文字がゆるくなって、参加者の表情も楽しそうに変わっていきます。
この脱メソッドには、歴史的に形づくられてきた今ある漢字の文字の形や、楷書や行書というメソッドが、いかに考え抜かれた美しい表現方法であるのかに、逆に気づくことにもなるという意外な効果もあるようです。
誰もがクリエイティビティを持っている
自分なりの表現を大切にしているアート書道。その根底には、「人はみんなクリエイティビティを持っている」という寧月さんの考え方がありました。
クリエイティビティは、クリエイターとかアーティストだけのものではなく、子どもも大人も主婦もみんな持っています。そんな自分のクリエイティビティを感じてもらうのが私のワークショップなので、あまり制限はしません。
すでに墨と筆で、色は黒と白しかないので、その時点で相当制限されているんですが、それ以外は自由。そういう制限の中でやるけれど、みんな違う物ができてくるのが面白いところですね。
1回あたりのワークショップは約1時間半。呼吸や体を整える時間をきちんととったり、作品完成後に他の人と対話する時間も大切にしているそうです。自分と向き合い、自分の個性を表現し、他の人との対話もできることが寧月さんのアート書道ワークショップの特徴です。
大切なのは”安心感”
特に子どもたちが自分のクリエイティビティを発揮できるようにするために、「安心感が必要」だと寧月さんは言います。
周りの大人たちには、「自分自身を出していいよ。」「自分自身を出すことで自分なりのものが創れるんだよ」という安心感を子どもたちに与えてあげてほしいです。批判されると思っているとなかなか自分を出しにくいですから。子育ての段階から、家族の中で「和」のコミュニケーションをもつことが大切ではないかと思っています。
そして、「子どもたちにはたくさん遊んでほしい」と続けます。
遊びに正解はありません。自分のクリエイティビティに従って、自分の遊びたいように遊び、作りたいものを作る。そういう経験をたくさんすることで何が得意かが見る借りますし、社会で必要なルールも学べます。子ども時代にいかにちゃんと遊んだかで、その育ち方は違ってくると思います。
自分のクリエイティビティを自由に出せる場をつくりたかった
寧月さんが書道の師範の資格を取ったのは、社会人になってから。大学で教育分野について学び、自分がやりたい教育を実践する方法を考えた時に、子どものころに続けていた書道やアートの可能性を意識するようになりました。
アート活動の原点となったのは、大学時代に働いていた不登校の子どもたちが通うフリースクール。そこで見た子どもたちの様子から、自分を自由に表現できるような場を作りたいと思うようになったそうです。
フリースクールに来る子どもたちは、本当は自分がやりたいことを堂々と周りに言いたいんです。でも、学校ではそれを言いにくい雰囲気がある。やりたいけど、やると外れてしまうんじゃないかという不安を持っているように見えたんです。そんな状況を見て、子どもたちが自由な創作活動をできるような場をつくっていきたいと考えるようになりました。
そういう寧月さんご自身も、アートがストレスを癒す効果があることを実感している一人です。
師範の資格をとった後に子どもが生まれたのですが、家庭に子どもと二人きりでずっといると、かなりストレスがたまってしまって。でも、アート書道をはじめたら気持ちよくてしょうがなくなったんです。
一文字決めてそれをどうやって表現するかということを徹底し始めると、一文字を書くにも一時間とかあっという間に経ってしまう。そうやって、書きなぐっているうちに、ストレスが発散されていくのを感じました。
体を整えて、字を書く
寧月さんのワークショップでは、呼吸法を取り入れたり、正座で姿勢を正すなど、体を整え、体全体で字を書くように伝えています。書道は軸が大事であり、体がぶれてくると、フラフラした線になってしまうのです。
ワークショップでのひとコマ。まずは体を整えることから始まる
腰をしっかり据えて姿勢よく座らないと、まっすぐな線は書けないんです。私ももともと体がゆがんでいて、中高時代から肩こりが辛かったんですが、そういう体の不調に悩まされている子どもたちにも、体を整える方法を教えたいと思っています。
特に今の子どもたちは、勉強やゲームなどで目をたくさん使っているので、耳も手も足もバランスよく体全体を使ってほしいですね。日本文化は身体の使い方を大事にしているものが多いので、ちょうどいい学びになると思います。
和の文化の根底にある考え方を伝える
今後は、「より日本文化の根底の考え方を探求し、伝えていきたい」と寧月さんは言います。
「和」とは、自分と、自分とは異なるものの要素を合わせて新しいものをつくっていくということだと思います。足し算も「和」だし、「和える」とも書きますよね。
考え方が違うからと言って、お互いを否定するのではなく、それぞれのいいところを引き立たせ合う方法を見つけていくのが、「和」の本当のあり方なのではないでしょうか。そういう考え方は日本文化の強みだと思います。
確かに日本では昔から海外の文化を取り入れ、新しいものを作り出してきた歴史があります。「何が正しいか」というものさしが変わりやすい現代において、他者との違いを受け入れつつ、いいところを出し合って新しい価値観をつくっていくというのは大切な考え方なのかもしれません。寧月さんの作品の中にはこのような考え方を反映した、洋室のリビングにも馴染むインテリア作品もあります。
最近、自分も相手も大切にすることから新しいものを生み出す力を「“和”のクリエイティビティ」と呼んでいるのですが、今後は、そのような「和のあり方」を体験する場をつくっていきたいと思っています。
自分のクリエイティビティを出して何かをつくり、他者との対話を通してより発想を深めていく。安心感のある創作の場を通して、「和」とはなんだろう?ということを、みんなで考えていけるといいですね。
自分のクリエイティビティを表現するとともに、他者との対話を通じて和の考え方を感じられるアート書道。もうすぐ新年、今年の書き初めにいかがでしょうか。