女性の社会進出を後押しするために保育園などの整備が進んでいます。その一方で「子どもと一緒に過ごす時間をもっとつくるべき」という声があるのも事実。世のお父さんお母さんは、そのバランスを取るのに四苦八苦しているようです。
いつのまにやら、ただ一緒の部屋にいるだけで、お父さんはパソコンの前で仕事の続きを、お母さんはスマートフォンでなかなか会えない友だちと交流を、そして子どもはひとりテレビの前…これって保育園に預けているのと何が違うの?と疑問を持つ方も少なくないはず。
そこで「せっかく一緒にいるのなら、親子のコミュニケーションを豊かにしたい」と取り組んでいるのが、読み聞かせのための電子絵本「PIBO(ピーボ)」を展開する株式会社エバーセンスの牧野哲也さんです。
とにかく忙しい大人たち。子どもたちは寂しい思いをしている…
牧野哲也さん
程度の差こそあれ、今のお父さんお母さんは誰もが忙しそうです。その中で「子どもとの時間をつくらなきゃ」「もっとこうしてあげなきゃ」と考えていると、どこかで無理がでてしまうもの。牧野さんも、そんな父親の一人だったといいます。
たとえば「子どもには読み聞かせがいいから、忙しいけど図書館に絵本を借りにいこう」とか、“子どものため”にといろんなことを調べては考えて。親って、切羽詰まりながらも「子育てを頑張らなきゃ」って思ってしまうんですよね。そういう自分もそうでした。
でも、そうなると子育てが”タスク化”してくるんです。それって本当の意味で子どもに向き合ってるとは言えないのかもと、疑問に思うようになりました。
そんな牧野さんは、夫婦共働き。3歳になる子どもを保育園に預けています。
保育園はいろんな友だちと出会えて社会性を学べるし、子ども自身も友だちと遊ぶことは楽しいと感じてくれているので、子どもの成長にとってとても大切な場所だと思います。
その一方で、子どもがすごく寂しがってるのを感じるときがあります。親と会話したい、私を見てって気持ちが間違いなくあるんです。
幼児期にどれだけ愛されたかは、「自分はかけがいのない存在なんだ」という自己肯定感につながるそう。だけど、忙しいのを変えるのは難しい。それならば、たとえ短い時間でも子どもと深く向き合える時間をつくりたいと思ってはじめたのが、「PIBO」なのでした。
子どもの「読んで!」にいつでもどこでも応えられる「PIBO」
「PIBO」は子どもを図書館に連れて行くような感覚で使える、電子絵本の読み放題サービスです。イメージしているのは、”図書館につながるどこでもドア”。絵本を探す、買う、借りるという時間をできる限り省いて、お出かけのときの待ち時間など短い時間でも読み聞かせができるようにと考えられました。
プロの作家さんの協力で、素敵な作品が多数そろっていますが、お財布を気にしなくてすむようにサービスは定額で読み放題となっています。
ここで「電子絵本のサービスならほかにもたくさんあるのでは?」と思った方もいるかもしれません。しかし、牧野さんには強いこだわりがあります。それは、単なる電子絵本のサービスではなく“読み聞かせを支援するツール”であること。子どもと絵本の出会いをつくるだけでなく、親の存在を大切にしているのです。
その工夫として、「PIBO」では電子絵本の強みともいえる音声での読み上げや、タップすることで絵が動くといった機能を敢えて用意していません。できるだけ紙の絵本に近づけることで、自然と“お父さんやお母さんが読み聞かせをする”という形がうまれることを目指しています。
音声で読み上げてくれる電子絵本って、本質的にはテレビと一緒ですよね。
もちろん、子育てにはそういった子どもを惹きつけてくれるツールも必要です。たとえば、料理中に近寄って来られたら危ないですし、本当に忙しいとき、少しでも一人で静かにしてくれるのはやっぱりありがたい。私たち夫婦もよく活用させてもらっています。
でも、それだけに頼ってしまうと子どもとのコミュニケーションが減ってしまいます。そこで「PIBO」では、子どもがタブレットを持ってきて「PIBO読んで!」って親に話しかける、そんな風景をつくりたいなと思っているんです。
もうひとつのこだわりは、“子どもが選ぶサービス”であるということ。そのため「PIBO」のトップページは徹底的に情報が絞り込まれていて、大人向けのメッセージは本当に最低限しかありません。年齢やテーマで選べるページもありますが、大人向けのメニューは裏側にしまっているのです。
絵本って、どうしても親の価値観が反映されてしまうところがあるんですね。もちろん、それ自体は大事なことですが、子どもの自主性や多様な感性も育めるサービスを僕たちは提供したいんです。子どもと一緒に図書館に行くと、表紙で選んで、抱えきれないほどたくさん持ってきて、「読んで!」と言ってくれますよね。「PIBO」は、それと同じ感覚で楽しんでもらえたらいいなと。
僕らが考えているのは、ただシンプルに「読み聞かせをいつでもどこでも気軽に楽しんで」ということ。子どもとすごす限られた時間の密度を高めることをまず大切に。そのために必要な選択肢を増やしていきたいと思います。
「PIBO」で一緒に絵本を読む様子
必要だと思えるときにテクノロジーを利用する
“いつでもどこでも気軽に”が実現できるのも、ITの技術がここまで発達したからこそ。しかし、子育てにおいてスマートフォンやタブレットなどのITツールを「よくないもの」とする人の声もあります。
ITツールは家族行動の個別化をうながすと言われています。でもそれは不可逆の変化だし、恩恵もたくさん受けています。日本でも学校へのタブレット導入の流れもあるし、プログラミングが必修科目になっている国もある。そんな時代に「親は子どもの前でITツールを使うべきではない」と言われても、難しいですよね。
個別化が問題なら「一緒に楽しめるサービスをたくさんつくったらいい!」って思うんです。「紙の絵本」以外の選択肢があることが、可能性を広げてくれます。ITを良い悪いと決めつけるのではなく、必要だと思うときに選べばいい。もちろん、長く遊び過ぎないようにバランスを考えることもとても大切ですが。
実際に社員が「PIBO」をテストで利用したところ、「絵本を読むのはママの担当だったんですが、子どもがタブレットを持ってきて「これ読んで」って言ってくるようになりました」との報告があったとか。また、仕事中におねだりされたとき、普通だったら「後にしてね」となるところを、「2冊だけね」と膝の上に座らせて読んであげることもできたそうです。
「読み聞かせ」そのものに親子の時間を密にする効果があり、それが子どもの愛され感へとつながっているのはもちろんですが、きっとそれ以上に、親が柔軟に対応している姿勢が、自己肯定感にもつながるのかもしれません。
PIBOで読める絵本サンプル
大人が子どものためにできることは、背中で語ること
「PIBO」は、夫婦とも忙しく働く牧野さん自身が必要としていたサービス。多くの人は「こういうのがあったらいいのに」と思いつつも、「自分でつくろう!」とアクションが起こせません。その一歩を踏み出せた背景には、牧野さんの子育てにおける確かな考えがありました。
僕も「大人の背中が教育の本質」だと思っています。大人が難しい顔をしていたら、子どもは難しい顔をするし。大人が生きることに一生懸命であったり、笑顔で生きていれば、子どももそうなる。いつも「後悔のない選択ができているか?」と自分に問いかけているんです。
「ここで「誰かやらないかな」と待っているだけだと、いつか後悔するだろう」と思った牧野さん。収入もなくなるし、奥様にも不安を感じさせてしまうけれど、子どもに陰りのない背中を見せるために「やろう!」と決心したのです。
やると決めてからの毎日は、本当に楽しいですね。「実際たくさんの親子に楽しんでもらえるんだろうか」と不安になることもありますが、家族のために、友だちのために、仲間のために、作家さんのために、社会のためにやっているんだという確かな思いがあるので。まぁ一番は自分と娘のためにやってるんですけどね、娘と一緒に楽しみたくて。(笑)
やりたくても環境が許さないことはあると思います。僕の場合は幸いにも、妻が働いてくれていて、妻の母が子育てを手伝ってくれていて、娘が健康でいてくれるから実現できました。こうしてご機嫌に生きている背中を持てていることを、いつも家族に感謝しています。
牧野さんはもうひとつ、大人が子どもにできることがあると言います。それは、選択肢を用意してあげること。
社会がめまぐるしく変化しているなかで、正解を見つけるのがすごく難しくなってきていると思うんです。一昔前までは、良い大学に入って良い会社に入るという価値観でやっていれば問題は少なかった、つまり、それが「正解っぽかった」のですが、実はそんなものはなくて。自分で自分自身の生き方を正解にしていくしかないんですよね。
今は働き方ひとつとっても、会社に勤めるのか、個人で働くのかと多様化してきています。だからこそ、そういった多様性を子どものころから感じてもらうことが大切だと思うんです。
人としての大切な考え方は伝えて、それ以上のところは子ども自身が考えて選べるような環境を準備してあげたらいいんじゃないかなと。子どものためを思った選択肢を用意するというのも、親の大事な役目だと思いますね。
子育て、楽しんでいますか?
今後、企業とコラボレーションしたり、絵本以外でも親子で一緒に楽しめるツールの展開を検討中という牧野さん。最後に読者の方への”問いかけ”をうかがうと、難しいと頭を悩ませつつもこたえてくれたのが「子育て、楽しんでいますか?」というものでした。
たとえば、子どもが初めて笑いかけたときのことって、本当に嬉しくて絶対に忘れないと思うんです。子育てって、そういった小さな喜びの日々積み重ねなんですよね。
でも、だんだんとその状況に慣れてしまうというのがやっぱりあります。はじめて「ありがとう」が言えたときはすごく嬉しかったけど、「ごめんなさい」が言えたときには当たり前に感じられてしまったりとか。
特に忙しいと立ち止まることがなくて、小さな感情って流されていってしまうなと実感しています。そこをちゃんと感じていれば、日々小さなことにも「あなたがいてくれるだけで私はしあわせ」と思えて、みんながハッピーになれるんじゃないかなと思うんです。
子育てがタスク化してしまわないように、ときどき「楽しんでる?」と自分に問いかけて、立ち止まるきっかけにしてもらえると良いなと思います。
子どものために「こうあるべき」よりも、一緒に楽しめることを優先する。そうやって大人が一緒に楽しむことが、子どもの愛され感につながるのかもしれません。
すでにお子さんがいる方はもちろん、たまに会う親戚や友だちの子どもとの遊び方が分からないという方は、ぜひ「PIBO」を使ってみてくださいね。