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みなさんは、映画を一本製作するのに、どれ位のお金が必要かご存知ですか?その金額は少なくても数千万円。才能に恵まれ、良い企画を持っていたとしても、資金調達がうまくいかなければ映画を世の中に届けることはできません。
欧米にはアーティストや文化をサポートする意識が根づいていて、そのためのシステムも揃っていますが、日本では伝統文化を支える制度はあるものの、「現代のアーティストを支援する」という認識は希薄。映画製作をはじめとするクリエイティブ活動において、資金調達は困難を極めます。
そうした状況の中、クラウドファンディングサイト「Motion Gallery」で、国内では初の1000万円を超えるファンディングが成功しました。口コミで注目を集め、国内外で数々の賞を受賞した『ハーブ&ドロシー アートの森の小さな巨人』の続編製作と配給、宣伝に必要な資金を集めるプロジェクトです。
日本国内で1000万円クラスのファンディングが達成されたという今回の事例は、これまで資金調達の難しさから新しいものが生まれにくくなっていた映画やアニメ、ゲームの製作の現場において一筋の光明と言えるかもしれません。
『ハーブ&ドロシー』シリーズを撮影した佐々木芽生監督に、達成までの舞台裏や、クラウドファンディングがこれからのクリエイティブ活動に与える影響についてお話を伺いました。
クラウドファンディングを使った理由
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『ハーブ&ドロシー アートの森の小さな巨人』は、ニューヨークのアパートで暮らすアートコレクターの夫婦、ハーブとドロシーを追ったドキュメンタリー。ごく普通の市民であるふたりが約30年間で2000点以上ものアート作品を収集し、コレクションを現代美術館に寄付したという事実は多くの人に感銘を与え、各国で話題となりました。
映画の完成から半年が経った2012年12月、作品の寄贈を受けたインディアナポリス美術館で初めて展覧会が行われました。佐々木監督は展覧会のオープニングに出席し、2人のコレクションを見て愕然としたといいます。
2人の作品を見極める力について、全く理解していなかったことを思い知りました。小品ながらも、静謐な美しさと気品が漂う作品群の前で、ひざまずきたい気持ちになったほどです。 思い返すと、額に入って照明があたった美術館の展覧会で2人のコレクションを見たのは、その時が初めてだったのです。
それは、あたかも有名俳優を4年間舞台裏で追いかけて記録しておきながら、肝心の舞台の演技を見たことがなかった、そんな気持ちでした。2人のコレクションについて、アートについてもっと知りたい。そう思って、続編となる『ハーブ&ドロシー ふたりからの贈りもの』を撮りはじめました。
初の監督作『ハーブ&ドロシー アートの森の小さな巨人』で数々の賞を受賞した佐々木芽生さん
続編の構想を得た佐々木監督は、さっそく資金集めに動き出しました。映画の製作費を集めるには、TV局に企画を持ち込み共同製作してもらう、財団や行政の助成金制度を使う、企業や資産家から出資してもらう等の方法があります。ただ、いずれもかなりの競争率で、よほどの実績やコネクションがあるか、助成金の申請に慣れていなければ通りません。
佐々木監督も20以上の財団に申請しましたが、通ったのは個人的な知り合いがいた二つの財団のみで、金額も到底足りるものではありませんでした。
そんな中、知り合いの映画監督から次々とクラウドファンディング募集中の知らせが届きました。クラウドファンディングによる資金集めは、誰にでも平等にチャンスがあり成功率も高いので、かなり一般化してきています。私も挑戦してみようと思いました。
クラウドファンディングサイトは数多くありますが、映画のプロジェクトを豊富に扱っていて、利用者層も『ハーブ&ドロシー』の支援者層と一致していると思われた「MotionGallery」を使うことにしました。
「1000万なんて集まるはずない」と思われていた
こうしてMotionGalleryでのファンディング募集が始まりましたが、佐々木監督が設定した目標金額はなんと1,000万円!集まるという確信はあったのでしょうか。
周囲の人からは、あとになって「絶対に集まるはずないと思っていた」と言われました(笑)とてつもなくアホなアイデアだと思われていたみたいです。
でも、集まらなければ集まらないなりに意味があると思いました。日本ではまだ1000万円代のクラウドファンディングが実現する土壌ができていない、という答えが出るわけですから。私は、必要なものは、お金でも、モノでも、経験でも、必ず与えられると信じています。与えられないということは、「必要ない」という天の判断として、いつも受け入れる覚悟をしています。
結果を天に任せる覚悟はできていた佐々木監督ですが、達成するための努力は惜しまなかったといいます。前作の無料上映会、イベントの計画、メディアへのアプローチ等、周到に準備をして戦略を立てました。
知り合いへのアプローチはとても慎重に行いました。お金との付き合い方は人それぞれです。支援してくれたから良い人、してくれなかったから悪い人という判断はしない。そういう心構えがないと、友だちを失います(笑)
私の場合は、クラウドファンディングをしながら映画を完成させなければならなかったので、去年末から今年にかけて日米を何往復もすることになりました。精神的にも肉体的にも非常につらかったです。目標額になかなか達成しないと、精神的にも不安定になってくるし、周囲の人もイライラしてくる。そこで、どれだけ平常心を保てるかが大きなチャレンジでした。
そうした努力が実り、最終的には目標金額を大幅に上回る14,633,703円が集まりました。
ただただ「感謝」の一言に尽きますね。ファンの皆さんはじめ、高校の同窓生や昔の同僚、事務局のみなさんなど、とにかくたくさんの方が、チームの一員となってファンディングのキャンペーンに協力して下さったから実現できたと思います。
印象的だったのは、あるサラリーマンご夫妻が、元日に50万を寄付して下さったこと。一度も会ったことのない、見ず知らずの方々です。ご夫妻が、ファンディング最終日のパーティへ来て下さって「本当に良い経験をさせていただきました。ありがとうございました」と言って花束を渡してくださった時には、涙が止まらなかった。感動的な経験でした。
ハーブ&ドロシーとクラウドファンディングのスピリットに共通するもの
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少ないお給料の中からできる範囲で作品を買い続け、アーティストを支援したハーブとドロシー。2人の活動は多くのアーティストにとって金銭的にも精神的にも大きな助けとなり、創作を続けることができたといいます。
クラウドファンディングの目的も、個人ができる範囲で好きな文化プロジェクトやアーティストを支援し、アイデアを実現することです。ハーブ&ドロシー夫妻がしたことと、クラウドファンディングのスピリットには共通するものがあると佐々木監督は語ります。
ドロシーとハーブは、自分たちのコレクションを美術館に寄贈することによって、全米に“贈りもの”をしました。それを記録した『ハーブ&ドロシー ふたりからの贈りもの』の製作と宣伝、配給の資金を大勢の方々から支援していただいた。その“贈りもの”のおかげでドロシーが来日することができました。「“贈りもの”の輪が一巡して閉じた」というドロシーの言葉は深く心に残っています。
来日したドロシーと大阪城を回る佐々木監督
日本では当分難しいと思われていた1000万円のファンディングを達成したことは、さまざまな分野のクリエイターに希望をもたらすものではないでしょうか。
クラウドファンディングによって、企業や財団にアクセスできる一握りの人だけではなく、すべての人がアイデア実現のための資金を調達できるチャンスを得られるようになりました。それによってコアのファン層と直接コミュニケーションをすることもできます。コアなファンは、作家と一緒になって作品のPRをしてくれるので、宣伝の大きな助けにもなります。
クラウドファンディングは、とても民主的な文化支援の方法。私たちの成功例が励みとなってくれれば、と願うばかりです。
最後に、佐々木監督からグリーンズ読者に向けて、メッセージをいただきました。
私たちは、テクノロジーの発達のおかげで、より簡単にアイデアを実現でき、ネットを通じて世界や人とつながり、簡単にメッセージを発信できる時代に生きています。だから、従来のやり方ー映画で言うと、制作、資金集め、宣伝、配給ーが崩れ、大きく変化しています。
それぞれの工夫、アイデアでユニークなことを実現できる時代です。失敗を恐れずどんどん新しいことに挑戦してほしい。そして、挑戦している人を応援して下さい。私も次の映画製作に向けて、頑張ります。
現在、『ハーブ&ドロシー ふたりからの贈りもの』は東京都写真美術館ホールにて、6月30日まで上映中です。また今後は北海道、神奈川、静岡、新潟、鹿児島などでも公開予定なので、ウェブサイトの上映情報をぜひチェックしてみてくださいね。