このバッグ、とってもおしゃれでユニークな柄ですが、何からできていると思いますか?ヒントは右上の方に書いてある「GUATEMALA」の文字。
答えは…コーヒー豆が入っていた麻袋。この「KISSACO(喫茶去・きっさこ)」というバッグは、通常は喫茶店や販売店に届いて中身を出したら捨てられてしまうコーヒー豆の麻袋をリユースして作られているのです。
コーヒー豆は世界各国から日本にやってくるのですが、中身がはっきりわかるように麻袋には大胆な文字や模様が印刷されています。その印刷は実に個性的。発送元によって印刷や麻袋の折り方が違うだけではなく、中身がわかれば良いという発想で印刷されているためか、文字がかすれたり、インクが滲んだりと一つひとつ違った表情をしています。
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また、革や金具も部分的に廃材をリユース。大手メーカーがバッグを生産する際、もし金具に傷や錆などがあった場合はそれが使用に支障がないようなものでも品質を保つために廃棄します。また、革も生産効率を重視してハギレのように残ってしまった部分は廃棄してしまいます。そういった廃棄処分になった革や金具が、このバッグには使われているのです。
廃材を利用しているからといってすぐに壊れるなんていうことはありません。もともとずっしりと重いコーヒー豆が入っていた麻袋は非常に丈夫。それをさらにビニールコーティングして防水性を持たせた上で、裏側には綿ツイルのカツラギを張り込んでいるので高い耐久性も実現。布製ならではの軽さがあるのに非常に頑丈で、「4年間ヘビーに使っても壊れない」というお客様の声もあるほどなのだそうです。
コーヒーの麻袋の柄はカジュアルで男女ともに好感度が高いことや、軽くて丈夫であることから、老若男女問わずご購入されているそう。特に通勤用のバッグやマザーバッグ兼ファザーバッグとして購入する方が多いそうです。
自分の要素が集まってできあがった「KISSACO」
KISSACOはどのような経緯でできたのでしょうか。デザインを手掛ける岡本由梨さんにお話を伺いました。
私は理路整然と計画を立てて行動するようなタイプではなくて……。KISSACOは、自分の色々な要素がパッチワークのように集められて自然にできたように感じています。
「色々な要素」とはどんなことなのか、さらに聞いてみました。
KISSACO代表の岡本由梨さん(右)とWEB担当の大方知子さん(左)
岡本さんは高校卒業後すぐに萩本欽一さん主宰の「欽ちゃん劇団」に入団したのだそう。次第に芸人として修業をしていく中で「おもしろいことを演じて得るようなエンタテイメント的な笑いより、何かを共有し合うことでじんわり広がっていくような笑いを得たい」と思うようになったのだそうです。
食べ物をもらったときに、一人で食べるよりも誰かと分け合って食べた方がおいしいと思うのです。自分ですべてを独り占めするのではなくシェアすることによってみんなで楽しい時間を作って笑い合う。単純にそういうことが好きなんです。
芸人の道は違うと感じた岡本さんは、自家焙煎コーヒーのカフェや出版社の編集部で働きながら、手に職を付けようとバッグの専門学校に通いました。その後バッグメーカーに就職。企画から縫製までバッグ製作の一通りの技術を身につけます。
そして、バッグメーカーで働いていたときに、いかに生産過程で様々なものが無駄になっているのかに気付いたそうです。
たいがいの大きいメーカーでは、革がまるで布地と同様に無造作に扱われ余った部分は捨てられてしまうのです。でも忘れてはならないのは革を作るのには動物の命が犠牲になっているということ。ハギレとなった革も無駄にしたくないと感じました。
国など関係なく、笑顔が連鎖するビジネスを
もう一つ、バッグデザイナーとしての経験とは別に、岡本さんがKISSACOを立ち上げるきっかけとなった出来事があります。それは、フィリピンとベトナムに行って経験したこととと、映画『おいしいコーヒーの真実』で知ったこと。
岡本さんは17歳の時にフィリピンの孤児院建設のボランティアに行き、子どもが売られていくところを目の当たりにして大きな衝撃を受けたそうです。
「同じ地球に生まれ育っているのに国が違うだけでこんなに理不尽な世界が広がっているのか」と愕然としました。国など関係なく、笑顔が連鎖する仕組みやビジネスが創出されるべきだと感じました。
また、ベトナムを何度か旅してベトナムが大好きになった岡本さん。後にベトナムを拠点に活動するNPO法人「seed to table」の代表・伊能まゆさんと知り合い、ベトナム農村部の女性が雨期になると収入があまり得られなくなることを知りました。
そして同時期に観た映画『おいしいコーヒーの真実』で、世界には非常にフェアではない取引があるのだということも知り、いつかフェアトレードを取り入れた事業を起こしたいと思うようになったそうです。
そんな想いを抱えながら第一子の出産後で仕事をしていなかったとき、とあるご縁でコーヒーの麻袋が手に入ることになったのだそう。カフェで働いていた時に「ユニークで丈夫な魅力的な素材だな」と思っていたコーヒーの麻袋が安定的に手に入ることになり、まさに夢のような偶然に突然ひらめきます。
「この素材でバッグを作り、ベトナムなどに仕事を発注できるような会社を起こしたい」とひらめきました。こんなに素敵なコーヒーの麻袋やハギレとなった革や傷物の金具もそのまま捨ててしまえばただのゴミ。でも、これを使ってバッグを作れば笑顔になってくれる人がいるかもしれない。バッグを作ることでいろいろな場所で雇用を生み出すこともできるかもしれないと思い立ちました。
ベトナムの子どもたちと岡本さん(右)
地域の障害者施設や主婦、ベトナムに雇用を作りたい
岡本さんは現在二人の子どもを育てながらバッグのデザインから縫製までのすべてを手掛けています。今年の春まで3年にも渡り保育所の待機児童となっていたために正式入所することができず、子どもをあやしながらの製作は困難の連続で、辞めようと思ったこともあったのだそう。
しかし「私がここで辞めたら『女の人は子育てをするときに夢を追うのは不可能』という姿を子供たちに見せてしまう」と思った岡本さん。みんなの手を借りて自分が努力をすれば、母になってからも夢を追うことは可能だということを体現したかったと言います。
KISSACOのバッグを5個、6個とたくさん買ってくださるお客様がいたこと。ベトナムを旅した際にお母さんたちが子育てをしながら働く姿を見た経験や、友達が復帰先で急に解雇になったという事実もKISSACOを続ける後押しをしました。
昔、保育所のない時代には近所同士で助け合ったり、みんなで子どもを育てたりしながらお母さんが仕事をしていたはずです。家族やご近所の人の力を借りて、子育てと仕事を両立できるような環境を作っていければいいなと思いました。
一緒にKISSACOを運営しているパートナーの大方知子さんは、以前に福祉施設の方にもの作りを依頼した雑貨を扱う会社を経営していたこともあり、現在コーヒーの麻袋の解体やバッグ製作の一部を工房の近くの福祉施設の方に依頼できる環境を整えているそうです。また、ゆくゆくは地域の「働きたいけれど仕事に就けない」と悩んでいる子育て中の主婦の方にもお仕事を依頼できるように環境を整えていきたいと岡本さんは言います。
将来的には国内だけでなく、ベトナムに雇用を生み出すところまではたどり着きたいというKISSACO。現在はできるところから始めようと、売り上げの一部を「Seed to table」というベトナムの農村部で暮らしの改善と地域づくりに貢献している団体に寄付しています。
3.11によって「自分が残していきたい世界を作りたい」と確信
「震災を経て、KISSACOをやっていきたいという気持ちは、さらに強くなりました」と岡本さんは言います。
原発の事故が起きてから思いました。「なぜ自分が正しいと思っていないことにお金を支払わないといけないのだろう」と。お金が単に物欲を満たすためのものではなく、企業や人を応援するための唯一の権利なのだと気付いた瞬間だったかもしれません。
表面だけ取り繕ってすばらしいもののように見えるものはたくさんあります。でも、その裏にとんでもない真実が隠されているかもしれないということ。商品やサービスが作られる裏側を知って、その上で応援したいかどうかを判断してものを買わないといけないと思いました。お金というのは「自分の応援を意思表示するツール」なんですよね。
お金が「自分の応援を意思表示するツール」と考えると、KISSACOの商品に対してお金を払ってくださった方を、ただ商品を買ってくれただけだとは思えないという岡本さん。そこで岡本さんたちは商品に「ARIGATOHカード」なるものを入れて、バッグを通して繋がれたご縁を大切にしたいと考えているのだそう。
自分が残したいもの、こうあったらいいと思うものに対してお金をきちんと使うことが「自分が残していきたい世界」を作るための第一歩だと思います。
ご縁を感じなければゴミになるはずだった麻袋や革などの素材たち。偶然出会えたものにご縁を感じることで新たな商品として生まれ変わり、その商品を通じて売り手と買い手が繋がれたり、また、誰かの商品の購入によって遠くの国の人々が笑顔になったり。そんな将来を作ろうとしているKISSACOの取り組みに、今後も目が離せません。