『沈黙の春』
レイチェル・カーソン 著
/青樹簗一 訳
新潮文庫
629円(税別)
春だというのに小鳥のさえずりがきこえない。蝶の姿も見えない。ひなの孵らない卵、成長しない豚、リンゴの花は咲くが、ミツバチの羽音はしない。沈黙の春が訪れた。春を沈黙させたのは農薬だった。この本は化学物質で生物が死に絶えた架空の町の寓話からはじまる。今でも最初に読んだときの衝撃は忘れられない。農薬や化学物質の過剰な使用が生態系を破壊することを論証した著作である。
1962年6月に雑誌『ニューヨーカー』に連載され、単行本が出版されると当日に4万部が売れたという。その後、発行部数は150万部を超え、20数カ国に訳された。連載中からアメリカ全土で反響があり,出版妨害も続いたという。化学物質による環境汚染の重大性について最初に警告を発した著書となった。
本書は人間が自然環境とどのように共生していくべきなのかを問いかける。物語は謎の疫病がニワトリの群れに広がった。牛や羊が病気になるところからはじまる。鳥がつぎつぎと死に、魚が死に、子供たちが死んだ。
この本が出版されてから40年以上がたつというのに、まるで現在の地球の姿が幻視されているかのよう。化学物質や農薬の使用は様々な法律で規制されるようになったというのに、より巧妙にその姿を変えて悪夢はやってくる。
農薬をまく代わりに、殺虫成分を遺伝子に組み込まれたトウモロコシが現れる。環境ホルモンが魚介の性ホルモンを混乱させ、奇形をひきおこす。環境汚染や気候変動が原因の一因ともいわれている狂牛病や鳥インフルエンザ。あるいは、広範囲にわたっていまだひとの住むことができないチェルノブイリ。沈黙の春の警告した環境汚染による生態系の危機は様々にかたちを変えてわれわれの世界を浸潤しているのだ。
温暖化によって絶滅が危惧される生物は2050年には100万種に及ぶという。2080年ごろには7割以上の鳥類が絶滅する地域もあるとの調査結果がだされている。小鳥たちのさえずりは沈黙してしまうかもしれないのだ。
60年代においては環境問題は、地域の問題だった。公害はモラルの欠如した企業や行政など、責任の所在がある程度特定できる特定のエリアでの問題だった。しかし現在の温暖化は、社会全体、あるいは生活者ひとりひとりが加害者であり、被害者となる。特定の化学物質や特定の企業をとりのぞいても解決しない。ひとりひとりのライフスタイルそのものが問われている。
レイチェル・カーソンは『沈黙の春』を書いていたとき、すでにガンに冒されていた。そして最後の仕事として『センスオブワンダー』という、もうひとつの代表作を書き上げる。環境破壊の危険性を警告するだけでなく、子供のように目を見開いて自然を感じ、愛するということ、その素晴らしさが詩的な言葉で語られている。
そこでは「生命の神秘や不思議さに目を見張る感性」に対する、祈りにも近い気持ちが語られる。環境保護にはひとりひとりの自覚と覚醒こそが究極的には必要である。自然を感じ、愛するということ。さまざまな生命が調和のなかで結びつき、生かされているというきづきや自然の素晴らしさに感動できる人間性の回復こそが、環境保護に最も重要な要素かもしれない。
谷崎テトラ
(構成作家・音楽家。谷崎テトラオフィス代表。愛知県立芸術大学非常勤講師。)
BeGood Cafeのディレクターとして企画などにもかかわる。雑誌ソトコトの執筆やTOKYO FMハミングバードの構成ブレーンなど、サスティナブルなライフスタイル番組や企画を手がけている。地球温暖化防止レインボーパレードやアースデイなどの環境保護アクション、虹の祭りなどのムーブメントのコアのひとりとして活動。ポエトリーリーディングと音楽によるユニットVOID OV VOIDをはじめ、SUGIZO+TETRA、MU-TANZなど、自然音・環境音をとりこんだ音楽の制作・プロデユースもおこなっている。ちなみにペンネームの語源はバックミンスターフラーの宇宙絵本「テトラスクロール」から。
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