突然ですがクイズです。
日本の国土面積のうち、森林が占める割合は何割でしょうか?
正解は、約7割。先進国の中では2番目の高さです。日本は、世界でも有数の森林大国なのです。
しかし、建材需要が減ったこと、安価な輸入材が増えたことなどさまざまな要因によって、日本の木材価格は大幅に下落しました。そのため、全国各地で放置され荒れ果てた人工林が増えています。
福島県いわき市で「磐城高箸」を設立した高橋正行さんは、林業を取り巻く逆境を打破する活路を割り箸に見出しました。磐城高箸の割り箸は、グッドデザイン賞やウッドデザイン賞、ソーシャルプロダクツ賞などさまざまな賞を受賞し、注目を集めています。
でも、一体どうして、割り箸が林業の活性化につながるのでしょうか。磐城高箸の工場にお邪魔し、お話を伺いました。
磐城高箸の高級割り箸
まずは、磐城高箸の製品を紹介しましょう。
こちらは「希望のかけ箸」。東日本大震災で津波の被害が大きかった岩手県の陸前高田、本震で震度7を記録した宮城県の栗原、風評被害に苦しめられた福島県のいわき、それぞれの杉間伐材を使用した割り箸です。3本1セットで販売価格は500円と割り箸にしては高価ですが、売上のうち150円が義捐金となり、50円ずつ三県各市へ直接寄付されます。
生後100日のお食い初め用に開発した「おめでた箸」。赤ちゃんが初めてお箸に出会う特別な日のための、特別なお箸です。
また、自社製品だけでなく、お店や企業からの依頼を受け、箸袋をデザインしてオリジナル製品をつくることも。ノベルティや販促品として喜ばれています。岡倉天心の人生を描いた映画「天心」の劇場前売特典にも使われました。
杉間伐材を一番効率よく使えるのが、高級割り箸
先に紹介した製品はいずれも、「地域の木材をいかに有効活用するか」という観点から、戦略的につくられている製品です。高橋さんが磐城高箸を起業するまでの経緯を教えてもらいました。
じいちゃんがいわきの造林会社で専務として働いていて、子どもの頃はよく遊びに行っていました。
でも、僕自身は林業には全く興味がなくて、弁護士を目指していたんです。数年間ずっと司法試験に挑みつづけていましたが、制度が変わったのを機に「諦める」という選択をしました。「法律関係とは全く関係ない世界に行こう」と思ったときに、ふと「そういえばじいちゃん林業やってたな」と思い出したんです。
お祖父さまが生前勤めていた造林会社に入り、杉林の下草刈りや間伐といった現場の仕事を行うようになった高橋さん。「このまま林業家として働きつづけるのも悪くないな」とぼんやり考えはじめましたが、あるとき会社の決算書を見て、その想いは粉々に打ち砕かれたといいます。
あまりに経営が逼迫していて、「この会社3年持たないな」と思いました。原因は何だろう、と調べていくと、丸太の価格が急激に下がっている。昭和の頃1㎥あたりの単価が3万5500円位だったのが、そのときは8千円以下になっていました。そりゃあ会社も傾きますよね。
じゃあなぜ価格が下がっているかというと、安価な外材が流入してきたこと、洋風の住宅が増えてそのニーズに応えられていないことなどの要因が見えてきました。
今までと同じように建材利用に頼っているだけじゃだめだ、新しい出口をつくらないといけない。そう考えていたときに出会ったのが、割り箸について書かれた本でした。
そこには、「同じ面積の丸太を住建材用にしたときと割り箸にしたときとで比べると、最終製品1㎥あたりの利益率は割り箸が数倍上」と書かれていて、「割り箸すげえな」と可能性を感じました。
木材を無駄なく活用できるところも割り箸のいいところです。
また、住建材では檜が重宝されますが、割り箸では杉が最高級品となることもポイントでした。いわきの人工林は檜よりも杉が多いからです。
枡や樽も杉材でつくられたものがいいとされていますが、桝や樽の製作所は国内にたくさん存在するため多くの競合相手がいます。しかし国産割り箸の製作所は数が少ないため、参入しやすいだろうと考えました。
割り箸には「利久」「天削」「元禄」「小判」「丁六」といくつかの種類があり、格付けがなされています。高橋さんと同時期に割り箸業界に新規参入した会社が数社ありましたが、その全てがスタンダードな元禄を選んでいたそう。
元禄はよくお弁当についてくる安価な割り箸です。しかし、中国産も多い元禄を製作するとなると、結局は価格競争になってしまいます。そこで高橋さんは、最高級の「杉利久9寸柾目」の割り箸をつくることにしました。
よく料亭や高級寿司屋で使われているのが利久です。中央をやや太くして、両端を細く削った形状をしています。面取りして丸みをつけているので、角張ったところがなく持ったときに痛くなく、特に女性に喜ばれています。
手に取ると、確かに触り心地が良く、普通の割り箸とは全く違うと感じました。高級レストランが採用するのも、企業のノベルティに選ばれるのも納得の品質です。ちなみに、新品の割り箸を割ることには「事を新たに始める」という意味があり、祝いごとの席にはぴったりなのだとか。
なお、「利久」と「元禄」では製法も機械も異なるため、途中で方向転換すると余計な追加投資が必要となるといいます。ソーシャルビジネスの世界では、よく「まずは小さく始めよう」と言いますが、製造業の場合は事前にしっかり調査し、戦略を立てる必要がありそうですね。
東北と関係ない人がここまでやってくれているのに、被災者だなんて言って甘えていられない
こうして2010年冬に株式会社磐城高箸を設立した高橋さんは、機械を仕入れて試験販売し、取引先を開拓していきました。
しかし、そんな折に東日本大震災が発生。放射能検査では全く問題はありませんでしたが、風評を恐れた取引先から契約を解除されてしまいました。更に、4月にあった大きな余震で機械が壊れるという事態が重なり、高橋さんは「もう無理だ」と肩を落としたといいます。
けれども、そんな高橋さんの目の前に、思いがけないところから手が差し伸べられます。磐城高箸のウェブサイトをたまたま見つけた復興支援団体「EAT EAST!」から、「一緒に何かできないか」と連絡が入ったのです。「EAT EAST!」は、デザインの力で復興を後押ししようと、東北産の食材を応援するシールをつくって配布する活動をしていました。
高橋さんの話を聞いた「EAT EAST!」のメンバーは、在庫になっていた箸を3千膳買い取り、自分たちでパッケージデザインをしてイベントで販売。その売上全てを日本赤十字社に寄付したといいます。
自分たちの人件費や交通費などの経費を引かずに、ですよ。「何なんだろうこの人たち、すごいな」と思いました。
東北と全然関係ない人たちがここまでやってくれているっていうのに、俺は一体何してるんだろう。被災者だなんて言って甘えていられないなと思って、廃業を取りやめ、もう一度挑戦することにしました。
いわき市川部町にある四時ダム
風評被害が大きかったいわきには、震災からしばらくの間「これからいわきは大変なことになる」という悲壮感が漂っていたといいます。でも、被災したのはいわきだけではありません。岩手も宮城も、津波や地震で大きな被害を被っています。
高橋さんは、「自分たちの地域だけではなく、被災地全体に想いを馳せられるような製品をつくりたい」と考え、冒頭で紹介した「希望のかけ箸」を製作しました。
パッケージに描かれているのは、岩手、宮城、福島それぞれの「県の鳥」です。「被災地の人々が復興に向かって飛翔していくように」という想いが込められています。縁起が良く華やかで、手にとりたくなるデザインですね。担当したのは、もちろん「EAT EAST!」のメンバーです。
起業した当初、高橋さんは裸の箸を大量につくり卸売りしていこうと考えていました。従業員も雇用するつもりはなかったといいます。しかし、「EAT EAST!」のメンバーと出会いデザインの力を目の当たりにした高橋さんは、「箸袋をデザインして付加価値をつけ、超高級割り箸として販売する」方向へと事業を転換。その読みがあたって、いまではスタッフ7人を雇用する企業へと成長しました。
地元の若者もスタッフとして仲間入りしました。
製造工程で出る不良品を枕のチップに
そうして割り箸の製作に邁進してきた高橋さんですが、最近ではクラウドファンディングで資金を募り、「眠り杉枕」という新製品を開発しました。「箸屋さんがなぜ枕を?」と不思議に思うかもしれませんね。割り箸を製造する過程では、どうしても不良品が出ます。その不良品をチップにして、枕の素材として活用したのです。
ピローケースは、同じくいわきで活動する「ふくしまオーガニックコットンプロジェクト」のコットンでつくりました。杉チップの優れた吸・放湿性と森の香り、和綿の柔らかさは、使う人を心地良い眠りへと誘うはずです。完成品はいまも故郷に帰れず、仮設住宅に暮らす方々に贈呈しました。秋には一般販売も始める予定です。
高橋さんは、「これで更に木材を有効活用できる」と満足げに話します。
助成金狙いで始めたビジネスじゃありませんからね。なんでやるのかというと、いわきに杉があるから。単純ですが、もうそれに尽きる。いかに間伐材を消費できるか、それだけを考えています。
「国産木材の有効活用」や「地域資源の活用」といった名目があると、製品開発に助成金が出ることも多々あります。それ自体は大事なことですが、そのために「デザイン性は高いけれど、問題の本質的な解決にはつながらないもの」「話題性はあるけれど、助成金がなければ市場で勝負できないもの」が現れては消えているのも事実です。
磐城高箸は、「地域に潤沢にある資源を、一番競合が少ない分野で、無駄を出さずに活用する」「自社一貫製造で直接販売し、中間業者を挟まず利益を最大化する」という戦略で成長していきました。当たり前の話のようですが、ソーシャルビジネスを成功させるためは、熱い想いだけでなく、冷静な戦略立案と実行が必要なのだな、と痛感しました。
でも、始める前は「5年経ったらこのあたり、禿げ山だらけになってるよ」なんて思っていたんですよ。それなのに、逆にどんどん増えてますからね。木々の生長に、会社の成長が追いつかない。「こんなに無力なのかよ」ってがっくりきます。でも、やるしかありませんから。
磐城高箸が救える森は、ごく限られた範囲かもしれません。でも、同じように熱い想いと冷静な頭を持った経営者が増えれば、もっとたくさんの森を再生できるはずです。
林業問題に関心を持っているみなさん、あとに続きませんか?
(編集協力:東北マニュファクチュール・ストーリー)