ビルやアスファルトに覆われた、東京という街。
もし、この街にあるすべての建物の屋上が畑だったら。この街で暮らす誰もが、当たり前に自宅のベランダで野菜を育てるようになったら──。東京の景色も、この街で暮らし働く人々の心も、きっと今とは大きく異なるものになることでしょう。
特定非営利活動法人アーバンファーマーズクラブ(以下、アーバンファーマーズクラブ)は、都市部での農業活動を通じて地域や社会の課題に取り組むNPO法人です。「アーバンファーミング(都市型農的ライフスタイル)を社会に実装する」という目的に向かって、東京都の渋谷エリアを中心に活動しています。
主な活動拠点は、畑。渋谷・原宿・恵比寿に複数の畑をもち、800名を超えるボランティアメンバーとともに作物を育てています。
渋谷に最初の畑ができたのは2015年のこと。「道玄坂のラブホテル街にあるライブハウスの屋上」という農業とは対極とも思えるような場所から、アーバンファーマーズクラブの冒険は始まりました。
なぜ、渋谷で農業をするのか。その活動の先には、どんな未来を思い描いているのか。そして今、どんな仲間を求めているのか。アーバンファーマーズクラブがこれまで歩んできた道のり、そしてこの先つくろうとしている未来の設計図を、少しだけ見せてもらいました。
世界の都市でムーブメントになっているアーバンファーミング
アーバンファーミングとは、都市部で野菜や果物を育てる都市型農業のこと。屋上や自宅のベランダなどで野菜を育てる農的な活動も含まれます。
「農業」というと、広い土地のある田舎でないとできないイメージがありますが、実はニューヨーク、ロンドン、パリなどでは、建物の一部や空き地を活用したアーバンファーミングが盛んに行われています。
世界の人口が増え、そのほとんどが都市部に集中すると言われている中、アーバンファーミングは食料自給やCO2対策などの観点から注目され、海外ではすでにムーブメントになっているのです。
そんなアーバンファーミングを、東京都の渋谷エリアで実践しているのがアーバンファーマーズクラブ。オフィスビルの屋上に畑をつくって、テナントの従業員と一緒にハーブを栽培したり。家庭で出た生ごみを預かって堆肥にしたり。地域の保育園に通う子どもたちと味噌の仕込みをしたり…。渋谷エリアで暮らし、働き、遊ぶ、さまざまな人たちとのコミュニティを形成しながら、日々活動を行っています。
また、2023年7月には“日本で一番小さな植物園”として知られる「渋谷区ふれあい植物センター(以下、ふれあい植物センター)」の指定管理者に選ばれました。この施設では、「農と食の地域拠点」をコンセプトに、果樹やハーブなどの「育てて食べる」植物を中心に栽培をしています。
アーバンファーミングをカルチャーとして定着させる
あえて、都市部で農業をする。その意義について、アーバンファーマーズクラブの理事を務める堀江絵美子(ほりえ・えみこ)さんはこう語ります。
堀江さん 私たちは、「社会にアーバンファーミングを実装する」という目的のために活動しています。軸にしているのは、「地域活性・食育・環境対策・食料自給」の4つです。
都市に畑をつくることで、そこで暮らす人や働く人の出会いが生まれ、食や環境について考えるきっかけになります。それに、たとえば震災が起きたとき、マンションや学校の屋上が菜園になっていれば数日間は食料自給ができますよね。これを私たちは「グリーンインフラ」と呼んでいます。
アーバンファーミングを全国に広げることで、誰もが自然の恵みを享受できるような社会をつくりたいと思っているんです。
「環境対策」や「食料自給」という言葉だけ聞くと、少し堅い印象があるかもしれません。しかし、アーバンファーマーズクラブの代表を務める小倉崇(おぐら・たかし)さんのスタンスはいたって軽やかです。
小倉さん 音楽を聞いたり、サーフィンをしたり、クラフトビールを飲んだりするのと同じように、アーバンファーミングをカルチャーとして定着させたいんですよね。
僕が昔よくやっていたのは、ゲリラ種まき。出かけるとき、ジーンズのポケットに植物の種を入れておくんです。土を見つけたら靴で掘って、パラパラっと種をまく。ルール上はよくないかもしれませんが、そんなふうに街を面白がりたくて。
「面白がる」「楽しむ」「遊ぶ」──。取材中、小倉さんの口から何度も出てきた言葉です。
小倉さん 社会の一員である僕たちは、社会というフィールドで思い切り遊べばいいと思っているんです。僕にとって、渋谷に畑をつくるのは、子どもの頃の秘密基地づくりと同じこと。
何十年後か分かりませんが、渋谷の街に降り立つと、そこらじゅうのビルやマンションに畑があり、色とりどりの野菜が実っている。そんな景色を本気でつくりたいんですよ。
ほしい未来を自分たちの手でつくる。これって、最高に面白い冒険だと思うんですよね。
アーバンファーミングは、まだ見ぬ景色をつくる冒険。そして、「パンクロックに似ている」と小倉さんは話します。
小倉さん パンクロックって、ギターのコードが3つあれば出来てしまうんです。「そんなものは音楽と認めない」と言う人もいるかもしれない。でも、若者たちが集まってたった3つのコードをかき鳴らしたら、世界がひっくり返ったわけですよね。
同じように、僕たちは土と種で街の景色をひっくり返そうとしているんです。みんなが無理だと思っていることを、「やれるんだぜ」と伝えていきたい。都会で農業をやるからこそ発信できることがあると思っています。
食べ物をつくる力がほしい。渋谷の屋上に生まれた畑
小倉さんは出版社の編集者としてキャリアをスタートし、フリーランスとして独立した後も機内誌や書籍、広告などの編集を手掛けてきました。
そんな小倉さんが、アーバンファーマーズクラブの前身となる活動「weekend farmers」を立ち上げたのは2014年のこと。きっかけは、2011年3月11日に発生した東日本大震災でした。
人、モノ、情報に溢れ、“何でもある”と思っていた東京。震災から数日後には、街から人が消え、明かりが消え、スーパーやコンビニからは食べ物が消えました。その光景を見た小倉さんは、とてつもない恐怖を覚えたと言います。
小倉さん 人間が生きていくには、「食べる」というのが一番の基本じゃないですか。でも、「食べ物をつくる」という機能が都市部にはほとんどない。自分の生活は、こんなにも脆い基盤の上に成り立っていたのかと愕然としました。
生きていくには食べ物が必要。ならば、自分の手で食べ物をつくればいいのではないか──。そう感じ始めていた小倉さんを農業の道へ引き入れたのは、真冬の畑で出会ったホウレンソウでした。
小倉さん 相模原で自然栽培をしている油井敬史くんという農家に出会い、勉強のために畑を見せてもらったんです。そこで食べたホウレンソウの味に衝撃を受け、それ以来彼の畑に通って農作業をするようになりました。
油井さんがつくる野菜の美味しさに魅せられた小倉さんは、この味をもっと多くの人に知ってもらいたいと考えるように。「つくる人」「買う人」と分けて考えるのではなく、人々を巻き込んで一緒に農作業ができないか──。そう考えた小倉さんは、油井さんと一緒に「weekend farmers」を立ち上げ、友人たちと一緒に野菜づくりを始めました。
その活動は口コミで広まり、ある日「渋谷でも何かやりませんか?」と声がかかります。
声をかけてくれたのは、渋谷で広告事業や音楽事業を展開する「シブヤテレビジョン」に勤める一人の社員でした。彼らがライブハウスの運営も行っていると聞き、小倉さんはひらめきます。「屋上で畑をやったら面白いんじゃないか」──。
こうして2015年8月、渋谷のライブハウスの屋上に畑が誕生したのです。
「渋谷」と「畑」。一見どう考えても結びつかない組み合わせに、周囲からは否定的な声も多かったそう。しかし、前例がないことへの不安よりも、誰もやったことがないことをやる興奮のほうが何倍も大きかったといいます。
畑の完成から3ヶ月後、収穫祭と題して屋上でイベントを行うやいなや「渋谷の畑」は話題になり、多くの人が見学に訪れました。
そこでの会話を通じて、都市部にも農や畑に関心のある人がたくさんいることを実感した小倉さん。アーバンファーミングへの関心はどんどん高まっていき、2018年に「アーバンファーマーズクラブ」を立ち上げました。
ともに冒険する仲間を増やしたい
以来、渋谷エリアを中心に畑をつくり、地域の人たちと一緒に農業活動を行ってきたアーバンファーマーズクラブ。
長いあいだ小倉さんと堀江さんの二人三脚で運営してきましたが、2023年7月からふれあい植物センターの運営を担うにあたって初めてスタッフを雇用しました。
ただ、事業の拡大にともない、今いるメンバーだけでは手が回らないと感じることも増えてきたそう。目指す未来へと向かう冒険の歩みをさらに進めていくために、新たな仲間を募集しています。
堀江さん これから加わっていただく方には、「描き・実行する」という役割を担っていただきたいと思っていて。目的地に対して、航路を計画して、船を漕いでいく。その中心となり、事業運営全般を引っぱっていくリーダーとなる方に来てもらえたら嬉しいです。
畑でも、ふれあい植物センターでも、新たにやりたいことや改善したいことはまだまだたくさんあるんですよね。これからもっと仲間が増えて組織が大きくなっても、「描き・実行する」というサイクルがしっかりと回っていくような体制をつくれたらと思っています。
小倉さん 僕たちの冒険は、ひとりでは出来ないし、今の世代だけでは完結しない長い道のりになると思っています。目指す先は遠くに見えているけど、そこへの行き方は誰も知らない。全部自分たちで切り開いていかないといけないんですよね。
前例もマニュアルもありません。でも、だからこそ思い切り遊べるじゃないですか。内から湧き出るモチベーションを絶やさずに、本気で遊べる人が仲間になってくれたらとても嬉しいです。
(現在募集中の求人は、WORK for GOODの企業ページでご確認ください。)
「農と食の地域拠点」ふれあい植物センターでの仕事
事業運営のリーダーとあわせて、2025年4月現在特に募集しているのが、ふれあい植物センターの植栽スタッフです。
渋谷清掃工場の還元施設として2005年に開園したこの施設。電力の約90%が、清掃工場で廃棄物を焼却する際に発生する熱を利用した、いわゆる「ごみ発電」によってまかなわれています。
設備の老朽化に伴い2023年7月にリニューアルオープンすると、限られた空間ながらも立体的で開放感のあるデザインはSNSでも話題になりました。
1階にはガーデン、水耕栽培室、シアター、ショップ。2階にはカフェやライブラリーがあり、植物に囲まれた空間の中で思い思いの過ごし方を楽しめます。3階にはトークショーなどのイベントを開催するギャラリーがあり、屋上ファームではお茶やホップなどを栽培しています。
ここで植栽スタッフとして働くには、植物の栽培に関する知識や技術が欠かせません。ガーデンに植えられているのは、コーヒーやパイナップルなど、熱帯性の果樹が中心。渋谷の地でそれらを元気に育てるのは、とても難易度が高いことなのです。
堀江さん 植物の管理の仕方について調べたり、外部の有識者の方に協力を依頼したりするアクションも必要になってくると思います。必要なことを自ら考えて行動できる方が来てくださったら、とても心強いです。
植物の状態は日々変わるもの。葉っぱや土を細やかに観察し、植物とのコミュニケーションをとっていきます。同様に、人とのコミュニケーションも重要です。
小倉さん 来園してくださった方には、植物のファンになってもらいたいと思っています。だから、植物についての知見を伝えることができたり、人と関わることを楽しめる方がこの場所にいてくれるといいですね。
堀江さん ここでの仕事は、地道な作業も多いし、分かりやすく数字で成果が表せるものではないんです。その分、目には見えないものを自分自身で評価したり、モチベーションを保ったりしていく必要があります。
植物が成長し実をつけていくことや、人と人が繋がってコミュニティが醸成されていくことに喜びを感じられる人であれば、やりがいを持って働けると思います。
子どもを育てるように、毎日植物と向き合う
ふれあい植物センターの植栽スタッフとして働く山下・ウェブスター・ルイーズさんは、ハワイの植物園で働き、ニューヨークで植物学を学んだ経験を持つ植物のエキスパート。このたび、ご家族の転勤で日本を離れることになったそうです。
お話を伺ったのは、ちょうどセンターでの勤務最終日。植栽スタッフの仕事内容ややりがい、大変だと感じる点などを伺いました。
ルイーズさん アメリカから日本へ来たとき、日本語を学びながら園芸の仕事を続けたいと思い、ふれあい植物センターの採用面接を受けました。でも、そのときはうまくコミュニケーションがとれず…。スタッフではなく、ボランティアとして関わることにしました。
小倉さん 彼女がボランティアに来てくれると雰囲気が明るくなるんですよね。ほかのメンバーからも「ルイーズさんがいると穏やかな気持ちになる」と言われていて。その様子を見て、半年後くらいに改めて面接に誘ったんです。
2度の面接を経て入職したルイーズさん。主な仕事は、植物のメンテナンスです。
ルイーズさん 毎日植物をチェックし、レポートを書きます。そのときの状態に応じて水やりや虫取りを行い、ほかには収穫や、水耕栽培の種蒔き、剪定なども行います。ときどき来園者の受付をすることもありますよ。
一番やりがいを感じるのは、水耕栽培の野菜を育てることですね。週2回収穫する野菜は、ふれあい植物センターのカフェでも使っています。水耕栽培で育てた野菜をカフェでお客様に食べてもらえるのは、この施設ならでは。「美味しかった」と言っていただくこともあり、とても嬉しいです。
一方で、以前勤務していたハワイの熱帯植物園と比べると、この施設での植物の管理は難しいと感じるそうです。
ルイーズさん 都会の人工的な環境下なので、健康を保つためには細かい観察やメンテナンスが必要です。「これをやっておけばいい」というマニュアルもないので、毎日試行錯誤しています。
ハワイ、ニューヨーク、渋谷。まったく異なる環境で植物と向き合ってきたルイーズさんに、アーバンファーミングの意義をたずねてみました。
ルイーズさん ニューヨークには、「Food Desert(食の砂漠。新鮮な食材が手に入りにくく、健康的な食生活が困難な地域のこと)」と呼ばれる地域があります。やはり、自分で作物を育てる力を持つのはとても大切なことだと思います。
それに、子どもを育てるような気持ちで植物の世話をしていると、彼らからたくさんの力をもらうんです。美や健康を与えてもらっていると感じますね。
「植物を癒してあげることが、自分を癒すことになり、地球を癒すことにもなるんです」。そう言ってルイーズさんは微笑みました。
泥臭く、思い通りにはいかない仕事。その先にある喜び
植物を育てることは、文字通り「泥臭い」仕事です。葉っぱが虫に食べられたり、病気にかかったり、思い通りにいかないこともたくさんあります。
でも、そんな日々の先には実りや収穫の喜びがあり、「ときどき思いもよらないご褒美がある」と堀江さんは言います。
堀江さん 以前、私たちが育てたお米をとある施設に届けに行き、その場で炊いておにぎりをつくったことがあります。そのとき、「こんなに美味しいお米を食べたのは初めて!」とみんなが言ってくれて。しかも「どうやってつくっているのか知りたい」と畑にも来てくれたんです。
食べることをきっかけに、気持ちが変わり、行動が変わる。そんな循環が生まれたことを目の当たりにして、とても嬉しかったですね。
最後に、小倉さん。いつかこんな日が来たらいいなと思い描いていることがあるそうです。
小倉さん いま一緒に野菜を育てている保育園の子どもたちが、いずれ成人式を迎えて、地元の街を歩くとするじゃないですか。そのときに、「眼鏡のおじさんと野菜を育てたことがあったよね」って、誰か一人でも思い出してほしいんです。
そして、「今度は自分たちが、子どもたちと一緒にやってみようか」って思ってもらえたらすごく嬉しいですね。食育を通じて、下の世代へバトンを繋いでいきたいです。
思い通りには育たない植物とじっくり向き合うミクロな視点と、ワクワクするような未来を描くマクロな視点。アーバンファーマーズクラブのみなさんからにじみ出る柔軟で朗らかな雰囲気は、この両方を行き来することによって生まれているのかもしれません。
自分の力を、よりよい未来をつくるために使いたいと考えている方。植物栽培の知識をアーバンファーミングの普及に役立ててみたいと感じた方。ぜひ、アーバンファーマーズクラブの冒険に加わってみませんか?その先にはきっと、誰も見たことのない景色が広がっているはずです。