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自由の村「サイハテ」の終焉と、未来の街「浮遊街Uii」の新たな挑戦。発起人の坂井勇貴さんが語る、経済とコミュニティの未来

熊本県の山奥にパーマカルチャーを実践するエコヴィレッジが“あった”——。村の名前は「サイハテ」。日本のヴィレッジカルチャーを牽引してきた場所です。

「あった」と書いたのは、2023年11月11日に12周年をもって、村はその歴史を閉じたから。ルールやリーダーもなく、「お好きにどうぞ」の合言葉のもと、住人の自治によって運営してきたコミュニティは新たな理想の社会像として共感者を増やした反面、様々な課題も抱えていたといいます。

しかし、サイハテが掲げていた「理想」は終わりません。サイハテのコミュニティマネージャーをしていた坂井勇貴(さかい・ゆうき)さんは、土地を買い取り、新たなコミュニティをつくることにしたのです。リアルな場所とオンライン空間の混じり合う会員制のコミュニティの名前は「浮遊街Uii」。

“限られた『パス』を持つ者しか訪れることができず、自由を求める旅人たちの聖地。ここでは、自分の店を開き、仲間と共にクエストに挑みながら、コインを稼ぎ、街を発展させることができる。クリエイター、冒険者、職人たちの自由な発想から創り出される浮遊街は、あなたの挑戦と選択によって形を変え、まるでゲームのように進化していくー。(浮遊街Uii Webサイトより抜粋)”

そこで今回は、サイハテの運営からの学びや浮遊街Uiiの構想について坂井さんに聞きました。そこから見えてくる、これからの時代に求められるコミュニティのあり方とは。

サイハテの終焉、「浮遊街Uii」の始動の背景にある本音

サイハテが生まれたのは2011年11月。東日本大震災をきっかけに「水道・電気・ガス、政治経済がストップしても笑っていられる暮らし」の実現を目指し、発起人である工藤シンクさんの呼びかけにより誕生しました。いわゆる“ヒッピー文化”が色濃く反映された村には、自由と理想を求める様々な人が集まってきたといいます。

坂井さん サイハテは、自分のやりたいこと、社会にとっていいことに興味関心がある人が訪れる場所でした。『お好きにどうぞ』という合言葉のもと、純粋な理想を掲げる『いい人』が集まれば『いいコミュニティ』ができる、という美しい物語に憧れを持っていたんです。

ルールもリーダーもない「お好きにどうぞ」の村は、住人の自由な発想によって発展していきました。住人のアイデアから、日本初の世界水準のアースバッグハウスが誕生したことがメディアで取り上げられるなど、サイハテのヴィレッジシーンでの存在感は大きくなっていきます。

坂井さん サイハテには悩める若者から年配の方、大学生も経営者も訪れました。村を知った理由を聞くと『自分の将来や社会の行く末に疑問を感じていたときに、人から紹介された』という人が多くいました。サイハテは、資本主義社会や競争社会に疑問を持つ人たちが、人との関係性や社会のあり方の理想を求めてくる場所になっていたんです。

2023年8月にグリーンズ取材班がサイハテを訪れた時の一幕

しかし、村は12年の歴史に幕を下ろすことに。その背景には「美しい物語」だけでは解決できない様々な問題があったといいます。「きちんと振り返って伝えることで、次につなげていきたい」という坂井さんは、赤裸々に当時の話を聞かせてくれました。

坂井さん 『お好きにどうぞ』を体現できる人が、意外と少なかったんです。お金がなくてやりたいことができない場合も多かったし、ルールがないからこそ、住人同士の合意形成が難しくて実現できないこともありました。それに、常に『いい人』で住人と接し続けなければならないことに、疲れてしまう人も多かった。理想や憧れを持って訪れた新たな住人も、同じように疲れて抜けていってしまいました。

もう一つ、坂井さんの頭を悩ませていたことがあります。それは「お好きにどうぞ」という合言葉の捉え方の違い。それによる、住人同士の認識のズレです。

坂井さん あえて強めの表現を使うならば、エコヴィレッジに集まる人の多くは『資本主義のマネーゲームでポテンシャルを発揮しきれなかった人たち』です。そのやりきれない思いは、一歩間違えると、資本主義や体制を批判したり『グレートリセット』を望んだりするように変わっていく。

また、『お好きにどうぞ』を、『やりたくないことはやらないでいい』『お金がなくなれば自由になれる』と解釈して、コミュニティの継続に必要な役割を果たさなかったり、イノベーションを否定したりする人もいました。そういう人が増えると、村を発展させようと頑張っている人たちが多数決で負けてしまう。結束力も生まれづらい。そのうち、縁の下の力持ちとして村を支えていた人たちが、疲弊して去ってしまうようになったんです。

こうした問題に前々から気づいていた坂井さん。しかし、直接的な危機感を抱き、活動の方向性を改めるきっかけになったのは、とあるイベントに登壇したときの体験でした。

坂井さん サイハテに興味ある方が30名集まるイベントでしたが、『この中でエコヴィレッジに住んでみたい人?』と聞くと、ひとりしか手をあげなかったんです。その瞬間に『怖い』と感じました。今までは、サイハテのような場所にみんな住みたいはずだと思い、活動や発信をしてきたんですが、実際は違った。多くの人は、普通に街中で暮らし、できるなら一人になる時間があったり、ちゃんとした家に住んだりしたいと考えていることがわかったんです。

顕在化してきた問題の数々、そして世の中のリアルな反応を目の当たりにし、坂井さんらはサイハテを閉じることを決意。そして、その場所に新たなコミュニティ「浮遊街Uii」を構想しました。「浮遊街Uii」のWebサイトに書いてある「〝住人主体の村づくり〟から〝会員制の街づくり〟」という言葉からは、村から街へとコミュニティのあり方をアップデートする意思が見てとれます。

坂井さん サイハテのようにその場所に深く根ざす必要があるハードモードな場所ではないものが、現代には求められていると感じました。日常の社会から抜け出して、週末に友人と出かけるような感覚で訪れられる場所。理想とする社会や自分のあり方、人との関係性に触れられるようなもう一つの『街』。それが『浮遊街Uii』です。

「浮遊街Uii」のイメージビジュアル。空中に浮く街のなかで様々な営みが行われる(Webサイトより)

「腐るお金」を用いた経済システムでつくるコミュニティ

村から街へと姿を変えた「浮遊街Uii」は、なにも「お好きにどうぞ」を否定しているのではありません。住人の疲弊により成り立たなかった「お好きにどうぞ」の世界を、ヒッピー文化の対局に位置すると考えられている「経済システム」を取り入れることで、アップデートしようとしているのです。

坂井さん サイハテには経済システムがありませんでした。物々交換をしたり、その都度相談しあって、商品やサービスを交換していました。でも、その形では、ものの価値をすりあわせるコミュニケーションコストがあまりに大きく、『何かを売りたい』『自分の特技を活かしたい』という“自己表現”の難易度が高くなる。それが疲弊につながっていました。

経済システムは、「自己表現のハードルを下げるもの」というのが坂井さんの考え。坂井さんの言葉を借りると経済の本質とは「みんなが本領発揮されるように関係性がデザインされていること」だといいます。そして、その関係性をスムーズにつなぐ潤滑油が「お金」です。

坂井さん 経済システムがあることで、人は等しくマーケットに参加できます。コミュニケーションを取らなくても、商品やサービスをお金で交換できる。自分が『お好きに』やりたいことの価値が、マーケットによって可視化され、直接会わない人にも買ってもらえる。そうなれば、自分の自己表現の回数があがります。

ただし、「浮遊街Uii」は既存の経済システムをそのまま導入するのではありません。現代のお金の問題を解決する独自の工夫を凝らしています。お金に対する問題意識について、坂井さんはこう話してくれました。

坂井さん お金の一番の発明は『保存がきく』ことです。貯めることができるから、大きな投資ができるというメリットもあるけれど、それが引き起こす弊害もあります。貯めたお金によりさらに富を得る人が出てくることで、経済格差が広がる。それに、不景気の時は貯めることにインセンティブが働くから、お金が市場に流れずさらに深刻な不景気になっていく。

そこで浮遊街では、独自通貨「Uii」を流通させることにしました。「Uii」は、共感コミュニティ通貨eumoのシステム(*1)を利用した、3ヶ月で価値のなくなるいわゆる「腐るお金(ゲゼルマニー)」。「貯める」よりも「使う」ことにインセンティブが働き、経済循環が加速すると考えられています。

坂井さん 僕らはお金を否定していません。すべてのお金が『腐るお金』であればいいとも思っていない。ただ、こうした仕組みにより、街や会員を豊かにしたり、経済が発展したりすれば、既存のお金や経済システムを見つめ直す機会を届けられると思っています。

「浮遊街Uii」の詳しい仕組みを少し説明しておきましょう。会員になるには年間の会員費が必要で、「初年度は1,000人に4万円ずつ払ってもらう予定です」と坂井さん。そこから1万円を「Uii」としてバックし、それが浮遊街で使えるコインとなります。

坂井さん すべての会員は、『浮遊街Uii』のオンラインシステム上にサービスや商品を出品して、それを『Uii』で売買します。何か手伝って欲しいことがあれば『クエスト』をつくって、人にお願いすることもできます。また、元サイハテにあったサウナや宿泊施設、飲食店の利用にもコインが使えて、その人件費なども『Uii』で支払われます。会員は『Uii』から日本円への換金ができないので、一度発行されたコインは必ずコミュニティ内で流通する仕組みになっているんです。

「クエスト」をこなすことで会員はコインを得ることができる。(Webサイトより)

3ヶ月の期限が迫ってきた「Uii」は、価値が目減りしてしまいます。残り数日しか使えないコインを欲しがる人はいないからです。そこで、期限が迫ったコインは、坂井さんらコミュニティの運営(オフィシャル)が設ける「オンラインストア」で使えるようになっています。オフィシャルのオンラインストアには会員のサービスなどが掲載されていて、その売り上げから手数料を引いた分が、期限をリセットした「Uii」として出品者に支払われる仕組みです。

坂井さん 市場に流れた通貨は、いつか必ずオフィシャルに戻ってきて期限がリセットされます。それにより街の発展や、それに貢献してくれた人への人件費に再投資される。調べた限りでは、この閉じたサーキュラーエコノミーのシステムは世界初の事例です。

*1 共感コミュニティ通貨eumoについてはこちらの記事をご覧ください

ヒッピー文化と資本主義の「アウフヘーベン」を目指す

気になるのが「運営」「オフィシャル」の全貌です。坂井さんは「浮遊街Uii」の運営を行う合同会社Uiiを、出資者100人を集めて設立しようとしています。浮遊街をただのコミュニティに留めるのではなく、「持続的かつ再現性のあるビジネスとして成り立たせたい」と話します。

事業の売上にあたるのは、会員による「Uii」の新規チャージ。会員は、手元のコインが足りない場合に日本円と「Uii」を交換することができます。秀逸な仕掛けだと思うのは、入会時に「『浮遊街Uii』への7泊分の宿泊チケット」を渡すこと。会員は同行者を連れてくることができ、「浮遊街Uii」の関係人口は自然と広がっていきます。街に滞在する人が増えることで、新規チャージの機会も増えていくのです。

坂井さん 7泊分の宿泊チケットを1,000人に配るので、7,000泊の宿泊目処が立っています。さらに家族や同行者もいるとなれば、大体10,000人くらいが滞在することになる。『浮遊街Uii』で過ごす際の単価を10,000円くらいで計算すると、それだけで1億円の産業が街に生まれるようになると見込んでいます。

住民がDIYでつくった宿泊施設

つまり、1億円の産業を提供するための雇用や公共事業などの街の発展に再循環するデザインになっていて、年間5,000万円くらいが新たな「Uii」として浮遊街に流れていく想定です。なので、街びとは浮遊街の仕事を受けて街のコインを稼ぐことが可能になるのです。

坂井さん このモデルが成り立てば、資本主義に対してひとつの別の視点を提供することができます。人口減少などで悩む地域の解決策になるかもしれない。『浮遊街Uii』はソーシャルインパクトのあるコミュニティモデルになり得ると考えています。

サイハテが試行錯誤してきたのは、資本主義ではない世界の最先端でした。でも、「その美しい物語を実現するには、僕らは未熟だった」と坂井さん。その経験や反省を踏まえ、資本主義をうまく取り込み、より理想的なコミュニティの形を模索しているのです。

坂井さん 資本主義に敵対するのではなく、学ぶ姿勢を持つこと。相対するものの良い点を知ろうとすることが必要だと思います。逆に、資本主義の世界で生きる人たちにも、僕らがどんな世界を見ようとしているのかに興味を持ってもらえたら嬉しい。

あえて分けるとすれば、ヒッピー文化は『愛』、資本主義は『力』に重きが置かれています。でも、『力なき愛は無力』で『愛なき力は虚しい』だけだとするなら、二つの世界が持つ強みをアウフヘーベンさせていく取り組みこそ、これからの時代において重要な意味を持つと思うんです。

初年度の募集スタート!農家、料理人、音楽家まで、多様なキャラが集う新たな世界

「浮遊街」 のグランドオープンは、2025年5月3日〜6日。街全体をフェス会場に変えるオープニングイベント「浮遊祭」とともに、華々しく幕を開けます。初年度の住人となる1,000人の募集は、すでにスタートしています(プロジェクトページはこちら)。

初年度の住人には、 「自由枠」(640枠)と 「職業枠」(360枠)の2種類があります。

坂井さん 『自由枠』は、街の暮らしをゲーム感覚で楽しみたい人向けの枠です。先着200名の方と、未来を担う29歳以下の150名には、プロジェクトに参加した際に『浮遊祭の参加チケット』を付与します。また、『職業枠』は、農家(ファーマー)や料理人(コック)、音楽家(ミュージシャン)、技術者(エンジニア)など、街づくりに不可欠な9つの職業を設けていて、それぞれ40名を募集します。プロかアマチュアかは問いません。

初期に募集する9つの職業枠(農家・技術者・料理人・大工・配信者・ヒッピー・クリエイター・音楽家・芸術家)。

コミュニティにおいて初期メンバーのバランスはとても重要です。「職業枠」は、スキルと個性の多様性を担保することで、街の機能をうまく回すための仕掛け。まるでRPGのキャラクター選びのようなビジュアルを見ていると、ワクワクしてきます。「浮遊街」は、坂井さんの遊び心がふんだんに盛り込まれた、まさに“リアルな冒険の場”。だからこそ、参加者たちは「もう一人の自分」として、自己表現を最大限に楽しむことができるのでしょう。

最後に、これからのコミュニティや社会のあり方について聞きました。

坂井さん テクノロジーの発展によって、個人が自由にコミュニティをつくれる社会になっていくでしょう。これまでは趣味やイデオロギーを中心にコミュニティが分かれていたけれど、今後は『経済システム』もコミュニティデザインの一要素になるはず。『浮遊街Uii』のようにリアルとバーチャルを組み合わせたものもたくさん出てくると思います。僕らの取り組みが、新たなロールモデルのひとつとなれたら嬉しいです。

「浮遊街Uii」は、腐るお金を導入した新たな経済システムによって「街のあるべき自治の形」を実現しようとしています。

坂井さん この世界をもっと面白くできると思う人たちと一緒に、『浮遊街Uii』をつくっていきたいと思います。人数が増えたら、元サイハテの場所だけでは限界があるので、他の地域に横展開していく予定です。全国に『浮遊街Uii』の経済圏が生まれ、会員が1万人くらいまで増えたら、数十億円の事業が成り立つかもしれない。それが『浮遊街Uii』のみんなのためになるものに使われていく。それこそ、これからの社会に必要な街のあるべき自治の形ではないかと思います。

過去にヒッピーをしていた坂井さんが、資本主義の良い点をあえて取り入れようとしている姿勢からは、学ぶべきことがたくさんあると思いました。変化の激しい時代だからこそ、「これが正解」と決めつけ強固なスタンスをとるのではなく、「どれも実験」と軽快なスタンスで探求を続けていくことが大事なのだと思います。ヒッピー文化と資本主義をアウフヘーベンしてつくる、本当の意味での「お好きにどうぞ」の街「浮遊街Uii」。街に関わる人が自己表現を繰り返しながら経済的に豊かになり、街自体も発展していくというロールモデルが、全国に波及していく未来が楽しみでなりません。

(撮影:廣川慶明)
(編集:増村江利子)