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人生をよりよく生きるためのコミュニティをつくり育てる。愛媛県松山市の戸建て団地「グリーンヒルズ湯の山」の空き地活用から始まった20年の物語

本記事は積水ハウスグループの従業員と会社の共同寄付制度「積水ハウス マッチングプログラム」によって制作しています。

高齢になったとき、「元気?」と声をかけ合うご近所さんがいたら、老後への不安が少し減るかもしれません。

愛媛県松山市の郊外にある大型戸建て団地「グリーンヒルズ湯の山」。そのコミュニティ菜園には、畑づくりを通じて定期的に顔をあわせ、人生を健康的に楽しもうとする人たちが集まっています。

その名も、湯の山グリーンクラブ。2007年から続くコミュニティは、住宅地を開発した積水ハウス株式会社が菜園用の土地を住民に提供したことから生まれました。それ以来、有機無農薬栽培や、できるかぎり天然素材の園芸資材を使うといったルールを守りながら、会費によってコミュニティを自律的に運営しています。

孤独や孤立が深刻な社会問題になるなか、湯の山グリーンクラブは土地や公共空間の有効活用が解決策の一つになることを示す事例です。

関わる人たちが人生をよりよく生きるために、企業や自治体、そして住民は何ができるのか――。

今後、人口や税収の減少によって行政サービスの形が変わることが予想され、空き地や空き家も増えつづけるなか、ここでは「持続可能な土地管理」をテーマに、地域やコミュニティが自走するためのヒントを探っていきます。

2024年が終わろうとする12月のある日、私たちは湯の山グリーンクラブの活動拠点を訪ねました。

松山の市街地から車で20分。道後温泉にも近い「グリーンヒルズ湯の山」は、四方を山々に囲まれた自然ゆたかな戸建て団地です。1192軒の家が立ち並び、公園は11ヵ所、選挙時には投票所も設置されるなど、規模としても機能としても一つのまちを形成しています。

住宅街を抜けると、タマネギ畑で作業をする人たちが見えてきました。おしゃべりをしながら、なんだか楽しそうです。

「ここは共同畑です」と作業中の方が手を止めて教えてくれました。この畑では、会員が毎月第2日曜日の朝、畑を耕したり、肥料をまいたり、共同作業をしています。1年を通じて、タマネギ、ダイコン、ニンニクを育て、タマネギなら1人100個も持ち帰れるそうです。

そこから畑に沿って坂を数十メートルほど下ると、農作業小屋が見えてきました。

扉を開くと、にぎやかな声がし、湯気をたてる鍋から味噌汁のおいしそうな香りが漂います。この日は会員のみなさんが楽しみにしている忘年会。テーブルには大きなおにぎりを盛った皿や焼き肉用のプレートが置かれていました。

小屋を抜けると、その先には区画に分けられた個人畑が広がります。一人あたりの面積は約50平米。それぞれが思い思いに野菜や花を育てています。

農作業小屋と、野菜や花を育てる個人畑

「まちの魅力をつくりたい」 逆境のなかから生まれたコミュニティ菜園

話を聞いたのは、左から代表の白川春巳さん、初代代表の織田美子さん、武井一策さん

湯の山グリーンクラブ(以下、グリーンクラブ)の初代代表、織田美子(おだ・よしこ)さんは1992年、45歳のときに湯の山グリーンヒルズに引っ越してきました。暮らし始めて数年が経ち、湯の山グリーンヒルズ内の法面(住宅地の斜面)をきれいに整備したいと自ら手入れするようになります。

織田さんのそんな姿を見て、当時から湯の山グリーンヒルズを担当する積水ハウスの佐藤直孝(さとう・なおたか)さんは「田畑をつくるので、使いませんか」と声をかけ、グリーンクラブの代表を打診したといいます。

湯の山グリーンヒルズを長年担当する積水ハウスの佐藤直孝さん

当時、30歳だった佐藤さんは湯の山グリーンヒルズを魅了あるまちにするために奮闘していました。

1986年に分譲地の販売が始まった湯の山グリーンヒルズは、直後のバブル崩壊の影響や、小学校まで徒歩1時間かかることも要因となり、しばらく販売に苦戦していたといいます。自身も暮らす湯の山グリーンヒルズが「人気がない」と言われるのが悔しかった、と佐藤さんは振り返ります。

よいまちとはどんなまちか。湯の山グリーンヒルズが魅力的なまちになり、遠い未来にも人が住み続けるまちにするためにはどうすればいいか。佐藤さんは考え続けました。そして、まち並みという形だけを整えるのではなく、魅力あるコミュニティをつくろうと決めます。

その一つがグリーンクラブでした。空いている住宅用の土地を田畑として活用し、そこに人が集まるようにする――。コミュニティが育っていくにつれ、まちへの愛着も深まり、自発的なまちづくりが進み、魅力的なまちがつくられていくのではないか、そう考えました。

「住まいのまちなみ賞」(住宅生産振興財団)を受賞したこともあるグリーンヒルズ湯の山の住宅街

佐藤さんは、同期(当時)で樹木医の畑明宏(はた・あきひろ)さんとともに湯の山グリーンヒルズのまち並みの再生に着手します。菜園地を提供するとともに、年間約1,000万円かかる法面の草刈りなどの手入れも住民主導で行えるよう仕組みを整えていきます。

佐藤さん 法面ははげ山のような状態でしたが、50年間かけて森をつくろうと植樹を始めました。

法面の緑化には自然配植技術を取り入れました。森が自然につくられる生態系の原理にもとづき、緑化する技術です。

植栽する樹木はできるだけ地域に自生するものにし、専門家の指導を受けて住民と社員が協力して苗を植えたといいます。その後、法面の草刈りなどの手入れは住民が定期的に行ない、今では40人からなる草刈り隊がボランティアで活動を継続しています。

日本に昔からある「結(ゆい)」のような、暮らしている地域の風景や文化を維持するために協力し合う仕組みがこのまちに少しずつ根づいていきました。

昔も今も、この道を通って子どもたちは通学する

最初のルールづくりが大切

一方コミュニティ菜園でも、地域の生態系に配慮した運営を目指しました。その際、重要な役割を果たしたのが「規約づくり」だったといいます。

織田さんや、代表の白川春巳(しらかわ・はるみ)さん、武井一策(たけい・いっさく)さん、積水ハウスの佐藤さん、樹木医の畑さんなどが議論を重ね、会員規約を完成させました。

規約には、コミュニティ菜園を「住民の良好なコミュニケーションを生み出し、美観の創出・維持に役立てる」という趣旨とともに、有機無農薬栽培を行い、園芸資材は基本的に天然素材のものを使うなど栽培方法に関する決まりが丁寧に記されています。

プラスチック製の支柱やネット、ひも、マルチの代わりに、竹や麻ひも、草マルチを使う

さらに栽培する作物については、「自家消費のものに限定する」、野菜だけでなく「景観や心の栄養といった概念にも考慮して、菜園エリアの草花の育成にも努める」というルールなどもあります。

年会費は1世帯1万円です。

会員規約・菜園利用管理細則(一部を抜粋)

・有機無農薬栽培を実践し、生ごみ等は完熟させてから使用する。
①発酵鶏糞・発酵牛糞・バーク堆肥・石灰・苦土石灰等を使用(化成肥料は使用不可)
②農薬・除草剤の使用は不可

・環境に配慮し、支柱等の園芸資材は天然素材を使用する。
ただし、オレンジの防鳥ネット、不織布、緑色の防獣ネット設置可能とする。
①オレンジ・グリーン等の防鳥・防獣用ネット、白色の防虫用ネット・不織布
②防鳥・防虫ネットを設置するためのトンネル用支柱・グラスファイバーポール
③トマトの雨対策として屋根用に限り透明・半透明ビニール
(トマト以外の作物、側面は不可とし、使用後は適正に管理・廃棄)

・主たる活動を円滑に実行に移すために、本会での共同作業は年に12回ほど実施するが、(原則毎月第2日曜の午前)会員は最低4回(3ヵ月に1回以上)は参加すること。

規約をめぐっては、「厳しすぎないか」「継続するために少し緩和してはどうか」という意見が出たり、化学肥料を使うなどルールが守られなかったりしたこともありました。規約を決めた初期メンバーも、新たに入ったメンバーも、どちらも頭を抱えるような状況を幾度も乗り越えてきたといいます。

「いろんなことがあったわ。けんかになったこともあった」と織田さん。昔を思い出して、みなさんも大笑い

白川さん 規約はつくる段階で相当厳しくしました。でも規約という枠をつくってなかったら、収拾がつかなくなるんです。その後、話し合った上で何度か改正もしましたが、最初にきちんとした規約をつくったことがよかったと思います。

もしビニールひもを使っている人を見つけたら、そっと近づいて『使わないでね』と伝えます。みんなの前では決して言いません。

佐藤さん 落としどころを探しながら、小さくても仲間意識が芽生えるようになり、コミュニティが自走できたのは5、6年後です。

課題は、次の世代にどうつなぐか

もともと住宅用の空き地にあった田畑は、しばらくして資材置き場だった現在の場所に移動し、共同畑と個人畑を合わせて約1300坪の畑ができました。

現在、会員は21世帯。1人で参加する人もいれば、夫婦や家族で参加する会員もいます。初期には約40世帯の会員がいたそうですが、そこから増えたり減ったりしながら、今の人数に落ち着いています。

白川さん 人がたくさんいればいいかというと、そうでもありません。話し合いでも何でも、20人前後がまとまりやすい。集まろうって呼びかけると7割、8割はすぐに集まります。

コミュニティの平均年齢はおよそ60歳。最高齢は82歳、最年少は43歳。退職前後の世代がほとんどです。これまで、仕事の忙しい現役世代は定期的に畑に通うことが難しくなる場合が多かったといいます。

会員の高齢化が進むなか、課題はやはり後継者です。

白川さん 次の世代にどうつないでいくかはいつも考えています。コミュニティとしてやっていく気持ちを持ち、ここにちょくちょく通って作業ができるような人を、私だけでなく他の方たちも探してくれていて、紹介してくれます。退職が近い、もしくは退職したばかりの世代をどれだけ探せるかですね。

高齢化の悩みも抱えていますが、人生経験の多さは強みでもあります。グリーンクラブにあるものは、農作業小屋も含め、知恵や技術を出し合って自分たちでつくってきました。建設・建築関係の仕事に携わってきた会員が廃材を使って農作業小屋を建てたり、ピザ窯をつくりたいと言い出した人が中心になってみんなで自作したり。

協力し合う体制もあちこちに見られます。物置小屋の脇にはまとめ買いした鶏糞などの肥料が積み重ねられ、必要な人は箱に代金を入れて購入します。また、多くできた作物を分け合うための勝手にどうぞボックスもあり、「畑に来ると必ず何かもらって帰ります」と織田さんは嬉しそうに話します。

白川さんは毎月、その月の共同作業やイベントの内容などを書いたA4サイズのお便りを会員に配っています。今月のお便りには、共同畑での作業内容のほかに、忘年会の開催、greenz.jpの取材があることが書かれていました。

季節ごとのイベントも恒例となっており、12月30日には餅つきを、春には花見、秋には月見をするそうです。

「グリーンクラブの活動は楽しいですか?」とたずねると、3人はいっせいに「楽しい」と弾む声で答えます。コミュニティ菜園にはほぼ毎日足を運ぶといいます。

武井さん 畑に来たら誰かがいます。家にいて退屈だと思ったらここに来ます(笑)。

白川さん グリーンクラブに入ってよかったことがいっぱいありました。もし入ってなかったら、向こう三軒両隣の人以外はたぶん知り合いがいませんでした。家のまわりは私たち夫婦より若い世代が多いです。グリーンクラブに入ったことで同世代の人たちとも知り合えて、孤立した老人になる不安も解消されました。ここに来たら誰かがいるし、何かしたいと思って相談したらやってみようかとなるし、それがグリーンクラブのよさです。

紆余曲折を経ながら約20年間、コミュニティを維持してこられた秘訣はどんなところにあるのでしょうか。

白川さん 規約を守り、共同作業を絶対にはずさないことです。毎月すると決めたら、どんなことがあってもする。先月もしなかったから、今月もしなくてもいいか、という風になってしまうとコミュニティはダメになってしまいます。

武井さん 言いたいことを言い合える関係性です。今のメンバーにはそういう空気があると思います。

織田さん もう一つ大事なのは、一緒に食べることです。

引き算のリーダーシップを実践

大きな郵便局で局長をしていた白川さん。この時期、白川さんの畑ではダイコンやサラダゴボウ、ラディッシュ、ミズナなどを育てています

現在グリーンクラブに集まっているのは、いろいろな経験や年齢を重ね、企業である程度の地位についていた人たちです。コミュニティの代表に求められるリーダーシップは、一般的な企業のような上下関係にもとづくものとは異なるといいます。

白川さん 会社なら、人をまとめようとか、そのために厳しいことも言う、という考え方になります。でも、ここは違うんです。私もまとめようとは思っていません。

ここでは一人ひとりがそれぞれの畑の社長。誰がなんと言おうが、畑はその人の世界だから好きにしていいんです。共通の規定や目的があれば、自然にまとまると思います。そういう協力的な人が集まっています。

だから、私は聞かれるまでは何も言わないように心がけています。干渉しない、個人を尊重する、そういうところを大事にしていかないとコミュニティは維持できません。

白川さん流の、静かな、引き算のリーダーシップが功を奏しているようです。

代表の任期は3年間。今年6月に白川さんは交代します。その後は、栽培の知識を生かし、“聞かれたら親身になって答える”農業指導員として活動する予定です。

最後に白川さんに聞きました。「自分でつくった野菜はおいしいですか?」

白川さん おいしいです。肥料の関係でちょっとかたいですけどね(笑)。でもその分、味があります。

そして、まちづくりに携わり、その変化を見続けてきた佐藤さんは今年、大阪の本社にあるタウンマネジメント部に異動します。グリーンヒルズ湯の山でのコミュニティづくりなどの知見を生かして、過渡期を迎える全国の大型団地のこれからを考える仕事に従事するそうです。

佐藤さん 私たちの仕事はここからまた始まります。

グリーンヒルズ湯の山の高台からは松山の市街地と瀬戸内海が見渡せる

高齢になったときにどう暮らしていたいか――。そんなことを考えていた時期に、グリーンクラブのみなさんに出会いました。みなさんが楽しみながら活動する様子を見聞きし、コミュニティの自走には、仕組みづくりはもちろんですが、そこに参加する人たちの幸福感や心の豊かさの実現を目指すことが何より大切だと感じました。

湯の山グリーンヒルズでは、会員のみなさんや担当者の佐藤さんが最初から、形だけではない地域や自然と共生するコミュニティづくりを目指していたことが、いまのグリーンクラブにつながっています。グリーンクラブに規約があったように、どのようなコミュニティにするのか、という明確なビジョンを持つことが、道標になるのではないでしょうか。

同時に、あらゆるものごとが個人化し、自己完結しやすい時代であっても、助け合いの精神を育む社会や教育制度を維持できるようにすることが、自走できるコミュニティをつくる基盤になるのだと思います。

グリーンクラブの物語は土地管理から始まったコミュニティ形成の一事例ではありますが、人口減少時代の持続可能な地域づくりを考えたとき、企業、自治体、住民、それぞれに学び取ることは多いのではないでしょうか。自走をめぐる探求の旅路は続きます。

(撮影:吉田真也)
(編集:池田美砂子)