地方への移住や二拠点生活の実践者が増えてきた昨今。移住促進に関するイベントや情報発信も頻繁に目にするようになりました。
都心から地方に移ることが珍しくなくなった今だからこそ、少し声を大きくして強調したいことは、都会or田舎の二元論ではないはずだ、ということです。むしろいろいろなライフスタイルの人たちがお互いを知ることこそ重要なのではないか、と感じるようになりました。
2024年秋。東京・蔵前で開催された、佐渡島の風景・雰囲気・文化・食を楽しむイベント「トキと酒 in 東京」のなかで、「都市と地方を交差させることで新しいカルチャーを生み出す」というテーマでトークイベントが開催されました。
語り手は、「発酵喫茶と酒場 yuen」を主宰する店主の林七海子(はやし・なみこ)さん、新潟県・佐渡島にてクラフトビール醸造所「t0ki brewery」を経営する藤原敬弘(ふじわら・たかひろ)さん、今回会場となった「Nui. HOSTEL & BAR LOUNGE」などの宿泊施設を運営する「Backpackers’ Japan」取締役の石崎嵩人(いしざき・たかひと)さん。新潟県の佐渡市に「移住した」「仕事で行った」「佐渡で新規事業をはじめた」という3人に、それぞれの地域との関わり方をお聞きできました。
住む場所や暮らし方を変えることは大きな決断ではありますが、だからこそ改めて、自分ならどんな風に捉えるのが良さそうか。悩める方々へのヒントにもなった、当日のトーク内容をお届けします。
「佐渡」という共通項でつながる3人
植原 皆さん、すでにおいしいランチや飲み物をお楽しみかと思いますが、ここからの時間は、都会と地方を行ったり来たりすることで新しいカルチャーが生まれるのではないか、というテーマについて、ゲストの皆さんに話をお聞きしたいと思います。
植原 僕自身も熊本県の南阿蘇村に移住して思うことは、地方移住したい人も、都会に住みたい人も、どっちが良いかを語るのではなく、それぞれの文化や価値観を交換していくことが重要なんじゃないかということです。そこに面白さや新たな価値が生まれるように思っていて。ぜひその点について、ゲストの皆さんの意見をお聞きしたいです。
まずは簡単な自己紹介と、このイベントの主催でもある新潟県佐渡市とのご縁について、教えていただけますか?

ゲストは3名。ポップアップで「発酵喫茶と酒場 yuen」を主宰する店主の林七海子さん、新潟県・佐渡島にてクラフトビール醸造所「t0ki brewery」を経営する藤原敬弘さん(右から2人目)、Backpackers’ Japan取締役の石崎嵩人さん(右)
七海子さん 普段は会社員としてはたらきながら、主に週末などに「発酵喫茶と酒場 yuen(ゆえん)」という小料理屋のポップアップと出張料理をしています、店主の林七海子です。今日は会場のランチも担当しています。
普段は東京に住んでいて、佐渡とのつながりは今年からですね。毎月開催しているポップアップからのご縁で、佐渡で発酵料理のイベントを担当させていただきました。会場は「しまふうみ」というすごい絶景が見られるお店で、東京や関東からもいろんな方が来てくれました。
佐渡は、江戸時代から続くお味噌屋さんの「塚本こうじ屋」さんをはじめ、発酵の食文化もとても豊かなところです。「なめぜ」という独特の調味料も初めて見ました。イベントでは地元の食材も使わせてもらって、とても楽しかったです。
藤原さん 佐渡で「t0ki brewery(トキブルワリー)」というクラフトビールの醸造所を経営している藤原です。各地で「トキと酒」という佐渡のおいしい食材とお酒をみんなで楽しむイベントを開催しています。今日のように東京で開催する時には、Backpackers’ Japanさんに場所をお借りしています。
出身は北海道なんですけど、関東でIT関係の仕事をしていました。自分でベンチャーを立ち上げて10年くらい経った頃、クリックひとつでサービスをローンチするような自分の仕事に対して、「一体どんな意味があるんだろう」と考えるようになったんです。もちろんアプリとしての役割を果たしていることは理解していたんですが、仕事における“手触り感”みたいなものがわからなくなったというか。
もともとシリコンバレーで体験したクラフトビールの文化が好きだったこともあって、自分でビールをつくってみようと考えた頃に、佐渡とのご縁ができました。ブルワリーの設立と同時に移住して、3年になります。

藤原さんには、佐渡の魅力を探るこちらの記事でもお世話になりました
石崎さん Backpackers’ Japan(バックパッカーズジャパン)の石崎です。2010年に創業してゲストハウスやホステルといった事業をしてきました。ここ「Nui.」も、僕らが運営しているホステル兼バーラウンジです。
創業して10年目に世界がコロナ禍になったこともあり、ゲストハウスとは違う事業も始めました。その一つが、長野県の川上村につくった「ist – Aokinodaira Field」というキャンプ場です。標高1,300メートル、冬はマイナス20度にもなるところですが、「Hut(ハット)」と呼んでいる小屋に泊まって、大きな窓ガラスから外の風景を眺めたり、日常の延長のように山で過ごしてもらうことができます。
そこからご縁があって、佐渡でホステル「perch(パーチ)」を経営している伊藤渉さんと藤原さんが「佐渡でもistができないか」と提案くださったんです。そこで三者で一緒に会社を立ち上げて、2024年の春から、佐渡の関岬(せきざき)という高台で「ist – Sado」の事業を始めました。
違うからこその価値。地方と都市の交差で感じること
植原 はじめに、皆さんが都市と地方を移動しながらプロジェクトに取り組んでるなかで感じた、気づきや価値についてお聞きしたいと思います。おそらく「都市にあって地方にないもの」、あるいは逆に「地方にあって都市にないもの」を交差させながら、双方のギャップの解決や、新しい価値の創造にチャレンジされているんじゃないかと思うんですが、いかがですか?
藤原さん やはり「人とのつながり」は地方の方が強いと思います。都市では隣に住んでいる人とのつながりさえ全く無いことが多かったですけど、佐渡に住んでみたら、みんな挨拶してくれたり、何かをくれたり、困っていることを相談すると助けてくれたりします。
それもお金を払うような助け方ではなく、信用が先にあるというか。助けてもらうとありがたいので、僕も「御礼にビールを届けよう」という気持ちになるんです。で、ビールをあげると、今度はお米をもらったりして。「人とのつながり」は、都市と地方において大きな違いだと思いますね。
植原 家の前に突然、新鮮な野菜が届けられている、みたいなことですよね。我が家も隣のおじいちゃんが家庭菜園のお野菜を毎日くれるんですよ。自分では食べきれないからって。それも、すごい量なんです。たぶんうちに小さな子どもがいることもあるとは思いますが、本当にありがたいです。
植原 では逆に、「都市にあって地方にないもの」については、どうですか?
藤原さん それもやっぱり、人とのつながりだと言えるかも。地方にいると、「新しい商売」が生まれる機会は少ないと感じることがあります。
例えば都会にいると、誰かとの出会いによって新規事業を起こせたりすると思うんですが、地方だと仕事につながることは少ないんですよね。別にめちゃくちゃお金を稼ぎたいという目的ではなくても、僕の場合、何かしたいことを実現するためのリソースがお金だと捉えているので、お金がつくれないと、やりたいことも始められないと感じるんです。
「今ここで、こういう人材がいれば、もう一歩大きく展開できるのになあ」と感じることは、地方にいる時のほうが多いですね。ビジネスのための交流やネットワーキングみたいな機会はやはり都心の方が多いですから。
佐渡の場合は特に離島なので、極端に言えば、島内で完結する経済が成り立っている側面もあると言えます。島内だけの消費でいい、とすることができてしまう。海を渡ってまで商売するかどうか、という基準がどうしても出てくるからです。
そういう意味で言うと、誰かが佐渡に来てくれることは本当に嬉しいんですよね。わざわざ海を渡って来てくれるということですから。「ist – Sado」を始めるにあたってBackpackers’ Japanの皆さんが来てくれた時も、「新しいことが始められる」という嬉しい実感が強かったです。
植原 七海子さんは都市と地方の違いについて、いかがですか?
七海子さん 私はやはり食に関係することで地方に行くことが多いので、いつも感じることは、食文化の歴史の長さです。都市では100年を超える蔵を見かけることは少ないですけど、地方にはすごく自然体のまま残っていることが多いですね。
佐渡のお味噌屋さんでは、今も木桶で仕込んでいたんですよ。木桶のお味噌なんて、ほとんどつくられなくなっているものなのに。しかもたまたま店頭に寄った私に「見て行ってもいいよ」と言ってくれたりして。都市では考えられない、地方ならではのことだと思いました。
先ほど藤原さんが、「ITの仕事に手触り感がなかった」と言っていたことは、私もすごく共感できます。自分の手で実際にする仕事って、すごく”手触り”の実感があるんです。料理は食材を扱うし、特に発酵食は、自分の意思だけではままならない時もあるので、自分の手を使って動かす仕事には、気持ちがこもると感じます。地方にはそういう仕事や価値がたくさんあると思いますね。
石崎さん 僕は実家が栃木県の、街から外れた田んぼの真ん中にあるので、周りの人たちがみんなお米をつくっていて、それはやっぱり都市にはない価値観やコミュニティを生んでいると思います。特に今年、祖父の初盆だったので夏に実家に帰ったんですけど、祖父のお参りに来てくれる人たちがほぼ全員、田んぼの話をするんですよ。「今年の米はどうだ」「暑くて困っている」「どこそこの田んぼは今年でやめるらしい」とか。
みんなが自分の田んぼの話をしているのを聞きながら、地方の役割として「生産する場」がベースにあるというのはやっぱりあるなあと思いました。都市はやっぱり消費の方に寄ってしまう傾向がありますよね。
あと、これはちょっと抽象的かもしれませんが、地方にいると「自分の焦点が合わせやすい」と感じることがあります。都市だとどこに行っても情報が多いので、どこを見るべきなのかが掴みにくいこともあるんです。だけど地方にいるときのほうが、自分が今日なにをしたいか、自分の好みってなんなのか、そういうものがより分かりやすくなる気がしますね。
藤原さん それでいうとクラフトビールは、消費寄りの側面があるかもしれません。なぜかと言うと、ビールの原料の麦芽は、日本の場合どうしても輸入に頼る必要があるからです。ただ当然ながら、たくさん使う水は地元の水ですけど。
あと今、いっしー(石崎)さんが言っていた「都市は消費」については、自分もそう思います。都心にいる時は「情報を食っている」というか、稼いだお金を自分の意思とは別の、資本主義的なものに消費しているように感じることが多いです。でも地方にいると、自分の意思で消費することの方が断然多いと思いますね。

この日のイベントには佐渡の有名店「T&M Bread Delivery」も出店。絶品アップルパイやパンを求めてNui.の開場前から長蛇の列ができていました。写真はアップルパイをカットして見せてくれた店主のマーカスさん。いつも大勢のお客さんに囲まれていて、優しい笑顔
今の活動が、未来の文化になるために
植原 今後は現在の活動を通してどんな文化をつくりたいと考えていますか? ちょっと大きな問いかけになりますが、来年に向けて考えていることなどがあれば教えてください。
七海子さん 私は今、小料理のポップアップが月に1〜2回の開催なんですけど、これからどういう形になるかは、自分自身も楽しみに思っているんです。
お店を開けている間、すごく好きだなぁと思う瞬間があって。それは、その場にいらっしゃるお一人お一人が、とっても心地良さそうな状態でいることがわかる時なんですね。それが偶発的に起こる時があって、その状態がすごく好きです。毎回そういう空間になるといいなぁと思ってしつらえてるんですけど、今後もっと、心地いい場づくりをしていきたいと考えています。
石崎さん 僕は仕事を通して地方に行くことも多いんですが、「ist」のHutに泊まって感じるのは、家で過ごすような安心した気持ちで外の大自然を眺めるからこそ、直感的に感じられる自然があるなってことに気がついたんですよね。「ist – Sado」は眺めがいいからもちろんキャンプをしてても最高なんですけど、家に近いプロダクトを通してこそ感じられるその土地の魅力があるなと。
長野の「ist」は谷合いの場所で、佐渡の「ist」は島の形が見えるような岬の先にあります。それぞれの特徴は、2つのistを比較することでより鋭く実感できるなぁとも思うんですよ。どちらの魅力も多くの人に感じてもらえたら嬉しいし、僕らはこれからも「ist」を広げて行きたいと思っています。もちろん初期投資もすごくかかるし簡単ではないからこそ、思い入れのある場所を求めていきたいですね。
ちなみに僕はこれまで5回、佐渡にお邪魔してるんですが、藤原さんや渉さんに親切にしてもらうだけじゃなくて、自分の時間とお金を使って、実際にistに泊まりながら佐渡観光をしました。それによって、佐渡は本当にめちゃくちゃいい場所であることを実感しています。「ist- Sado」は町や港から離れた岬ですけど、でもその、離れていることが良いと思う。ぜひあの景色を体感する心地よさを、多くの人に味わって欲しいです。
藤原さん 佐渡には日本酒蔵が5軒あって、うちは初めてできたビールのブルワリーです。ただ、佐渡にクラフトビールの文化をつくる、みたいなことは多分、僕1人では難しいことなので言えません。でも、一石投じられたら良いな、くらいは思いながらやっています。それは、佐渡がもともとそういう島だからなんです。
かつて佐渡に流されてきた人たちは、独自の文化を島に根付かせてきました。だから今でも、集落ごとに祭りの仕方や鬼太鼓、能、お葬式の出し方まで全然違っていて、一つの島の中にいろんな文化が集まってる場所なんです。もし一つの文化が途絶えかけても、何世代か後にまた「昔ここにあったこういう文化、面白いな」と思う人が現れて、それで継続してきたんですよね。
ということはもしかしたら、僕らがつくっているクラフトビールも、今はまだ根付かなくても、いつか僕らがいなくなった後に「昔ここにクラフトビールがあったんだ」とまたつくり出す人がいるかもしれない。それができたら自分が始めた本当の意味があると思うし、そうやって文化になっていくのかなと思います。
植原 将来世代のためにも長く続けていきたい、と。
藤原さん そうですね。今の時点で「クラフトビールやってて良かった」と思うこともたくさんあるんです。今回の「ist – Sado」みたいに、いっしーさんやBackpackers’ Japanの皆さんとご縁ができたりビジネスができたりするのは、佐渡でクラフトビールを始めたからです。きっと、今日ここにいる皆さんも、いつか佐渡に来てくれるはず。ビールがつながりをつくるハブになれていることは嬉しいです。
だからこそ、少なくとも20年は事業を続けたいですね。“ただ都市のものを持ってきて始めただけの事業”にならないためにも、20年くらいは続けてみないと何も言えない、と感じています。たぶん僕自身が、佐渡で長く続く文化に触れて、その価値を感じているからそう思うんでしょうね。
編集:山中散歩
撮影:廣川慶明
▼佐渡については、こちらの記事もご覧ください。
自分らしい人生は、美しい。主体的に暮らす「個」と出会う、新潟・佐渡への旅
– INFORMATION –
人口減少の先を見据えた「共生のかたち」を目指し、「住まい」「なりわい」「コミュニティ」を軸にした地域の姿を探究しながら、二地域居住促進のプロジェクトに取り組んでいます。2025年秋には大規模な二地域居住イベントを開催予定とのこと。佐渡島に残すべき自然や文化をただ守るだけでなく、共に創る。ますます佐渡島がアツくなりそうな予感がしています。