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残された楽園で、違法な森林伐採に抗う人たちが命がけで問いかけるものは。ドキュメンタリー映画『デリカド』が突きつける人間の未来

“環境にやさしい”というフレーズを、あちこちで目にした時代がありました。いまも、環境保護にはどこか、やさしくまもるようなイメージを抱く人も多いかもしれません。けれども、環境破壊が行われている現場は必ずしも、穏やかで優しい世界ではありません。

フィリピンのパラワン島で違法森林伐採と闘う人々を描くドキュメンタリー『デリカド』には、森林破壊が続く危機的な状況、それと闘う人々、その裏側で見え隠れする人間の欲望、そして森林破壊が引き起こす気候危機が描かれています。現実は想像以上に厳しい。それでも、希望を失わずに立ち向かう人たちの勇気と信念が、多くのことを教えてくれます。

命をかけて闘う相手は、まるで警察や軍隊のような違法伐採業者

映画の舞台は、フィリピンのパラワン島。「世界で最も美しい島」「最後の秘境」「最後の生態系フロンティア」とも名高い、美しい自然と海が広がる、まさに楽園です。そんな美しい土地が見逃されるはずがなく、世界中から観光客やダイバーが訪れるリゾート地として発展し始めています。

©Delikado LLC

映像で目にするだけでも、その命の煌めきのような美しさが伝わってくることでしょう。キラキラと輝く陽射しに照らされた濃く深い緑の木々、どこまでも広がる青空と海、そしてさまざまな生き物たち。その楽園は、森を切り開き、砂浜に人の手を加え、たくさんの生き物の命を奪って、人間が快適に過ごせるよう工夫された豪勢なリゾート地として開発する動きが進んでいるのです。

そんな中、森林をまもろうと先頭に立っているのが、環境弁護士であるボビー。彼は、地元の環境保護団体を束ねるパラワンNGOネットワーク(PNNI)の代表として仲間とともに環境警備隊を組織し、ライフルで武装している違法伐採者と闘いを繰り広げているのです。

©Thom Pierce

闘うと言っても、戦闘を行うわけでもなければ、逮捕するわけでもありません。ボビーが、弁護士という立場から法律と照らし合わせて可能だと判断したのは、違法伐採の現場をおさえ、その場でチェーンソーを没収するという行為です。これまで大量のチェーンソーを没収してきた彼らの存在は、伐採を続けようとする業者にとって邪魔者でしかありません。違法伐採業者は武器を持っており、伐採を止めることは命の危険が伴うのです。

違法伐採が行われているという情報をもとに、環境警備隊は深い森に分け入って、伐採現場を探して歩き回ります。鬱蒼とした森は見通しが利きません。耳を澄ませ、チェーンソーの音を頼りに現場に近づいていく様子は、警察が極悪犯を追跡するかのようにスリリングです。そしてその行為が本当に命がけであることが、悲しい事実によって証明されます。

©Karl Malakunas

国際NGOグローバル・ウィットネスは、「フィリピンはアジアで最も危険な国である。ボビー、タタ、ニエヴェスが『デリカド』で率いている闘いは、ブラジル、カンボジア、コンゴ民主共和国など、世界各地で貴重な天然資源を略奪しようとしている企業や政府などと地域社会との闘いと同じである」と報告しています。

これは単に、森林や自然、環境をまもろうするだけの闘いではないのです。その背景にあるのはリゾート開発に絡む利権。環境活動家だけでなく、環境をまもろうとする政治家にも殺害予告が届きます。政治家や大企業家はお金のために、当たり前のように悪事に手を染めるのです。

©Delikado LLC

映画制作時は、ドゥテルテ前大統領の任期中。法律を無視した強権的な麻薬撲滅運動までが絡み、フィリピンの政治の暗部を目の当たりにします。環境をまもるには、民意が正しく反映される政治体制も重要な役割を果たすことを改めて考えさせられました。

夏休みをリゾート地で過ごす私たちは、無関係なのか。

パラワン島の自然破壊や、命がけの環境保護活動といった問題の背景にあるのは、経済成長だけを追い求める資本主義や、金銭的な利益だけを優先する価値観です。金銭的に豊かな国々で膨れ切った価値観は、グローバリゼーションに伴い、いまや地球全体を覆おうとしています。

環境破壊の現場で抗い、闘う人びとは、身近な森林をまもると同時に、世界中の人たちに問いかけています。私たちはこれからも、お金ファーストの価値観のもとに生き続けていくのか、と。

©Delikado LLC

現在の先進国の人たちのような暮らしをこのまま続けていった結果、たどりつく未来は、人も生き物も暮らせない地球かもしれません。気候変動の悪化の結果、地球の平均気温は上昇し続け、異常気象は頻発し、あるところでは洪水が、あるところでは干ばつが、そしてあるところでは山火事が、今日にも明日にも、起きるかもしれません。未知のウイルスによる感染症が広がる可能性もあるでしょう。必要不可欠な作物の収穫量が減れば、貿易戦争が本当の戦争につながらないと誰が言えるでしょうか。

森林が多くの二酸化炭素を吸収していることは多くの人が知っているとおりです。大量に森林を伐採することは、直接的に気候変動の加速につながります。まだ人間は気候変動に対し有効な手立てを打つことができずにいるうえに、ますます気候変動を悪化させようとしているのです。

さらに気候変動が悪化するだけでなく、生き物の命や棲みかを奪い、生態系を破壊するだけでなく、もともとその土地に暮らしていた人の暮らしや文化、伝統を奪います。そして、そこに誕生したリゾート地には遠く海外から観光客がやってくるのです。

©Delikado LLC

資本主義と経済成長、そしてグローバリゼーションは、地球のすみずみにまで広がり、フィリピンの豊かな自然にまで押し寄せています。その最前線で闘っているのが、ボビーら環境警備隊。彼らがまもっているのは、森林の木々一本一本だけではなく、私たち人類の未来でもあるのです。その重要性を理解しているからこそ、彼らは危険を受け入れた上で闘いに向かっていくのでしょう。

環境をまもることは、ときに意識高い系と揶揄されたり、ときにいいことをしているねと褒められたりと、平和な日本ではせいぜいそんな認識です。だからこそ、もっと真剣に、もっと深刻に、環境をまもることを考えなければならないのでは、そんな思いにかられました。

(メイン写真:©Delikado LLC)
(編集:丸原孝紀)

– INFORMATION –

映画『デリカド』


2025年5月31日(土)シアター・イメージフォーラムほか全国で順次ロードショー
https://unitedpeople.jp/delikado/

監督:カール・マルクーナス
配給:ユナイテッドピープル
98分/アメリカ・フィリピン・イギリス・オーストラリア・香港/2022年/ドキュメンタリー

★公開初日・2日目はシアター・イメージフォーラムで、
主人公 ロバート・“ボビー”・チャン 弁護士緊急来日トークが開催されます!
https://unitedpeople.jp/delikado/archives/15620