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人が昆虫のためにつくる「インセクトホテル」! 生物多様性を守り、自然も人も健やかでありつづける社会のためにできること

「地球上の昆虫の総重量は、人間を含めたすべての動物の総重量より重い」

アフリカのエスティワニ(旧スワジランド)出身で経済人類学者のジェイソン・ヒッケルさんは、父からこう教わったといいます。彼は著書『資本主義の次に来る世界』の中で、幼少期は家族で長いドライブに出かけると、車のフロントガラスにはいつもたくさんの虫たちが幾重にも積み重なっていて、それを掃除するのが日課だったと振り返ります。しかしながら、それから40年以上が経過した今、昆虫たちを取り巻く環境は急激に変わりつつあります。

ドイツ自然保護区に生息する昆虫の数を数十年にわたって計測している科学者のチームが2017年末に発表したのは、同保護区において飛んでいる昆虫の4分の3が直近の25年で減少したという衝撃的な事実でした(※)。この研究結果は世界各地で至るところで話題になりました。なぜなら、「昆虫がいなくなったらすべて崩壊する」と科学者が言う通り、昆虫は植物の受粉と繁殖に欠かせないだけでなく、有機廃棄物を分解して土に変え、他の数千種の生物の食糧になっているからです。

cap25年間でドイツ全土の4分の3の昆虫が姿を消した via Guardian

今や陸上の昆虫は10年ごとに約9%ずつ減少していることが明らかで、現存する10種に1種は絶滅の危機にあるというショッキングな事実も。これを受けて2019年、国連の報告書において科学者たちは改めて「人類への警告」を出しました。このままでは生命多様性が保たれないどころか「連鎖的絶滅」もあるとされ、そしてそれは「人類が依存する重要な生態系サービスの衰退にもつながる」というメッセージも含まれています。こうした流れもありながら、現在ヨーロッパを中心に世界中で広がるのが、生物多様性を維持する動きです。

軒先や庭先などで気軽に始められるインセクトホテル(昆虫のためのホテル)も、その一つ。生物多様性を私たちの手で維持するためにできることは何か、掘り下げていきたいと思います。

※The 2019 Global Assessment Report on Biodiversity and Ecosystem Services(生物多様性と生態系サービスに関するグローバル評価報告書2019)

ハチや蝶などの昆虫のために人間がつくるホテル

昆虫が減少している背景には、いくつかの原因がありますが、主な原因としては大規模な工業型農業の普及や、生け垣の撤去、都市化、気候変動など、人間社会の拡大などにより、昆虫が安全に暮らし、繁殖するための自然な隠れ場所や営巣場所が減少していることがあげられます。

「昆虫は100年以内に姿を消すかもしれない」という心配の声があがるなか、オーストリアの公立研究大学「マッコーリー大学」の昆虫学者マシュー・ブルバートさんは、「昆虫を救うために私たちにもできることがある」と言います。

マシューさんは、「特にオーストラリアのように昆虫の生物多様性が非常に豊かで、種の約80%がまだ特定されていないと推定されている地域では、質の高いデータを得るために、長期的なモニタリングプログラムへの投資が早急に必要だ」と述べた上で、昆虫が危機に瀕していることは疑いようのない事実として認識しています。

「昆虫が私たちの暮らしや健康にもたらすインパクトは、社会がお金を費やしている他のどんな活動よりもずっと大きい」と話す、マシュー・ブルバートさん

マシューさん 科学者として、私たちは生物種の減少が確実に起きている事実を認識しています。オーストラリアでは、その存在すら知られていない動物を失う可能性がありますが、その分野の研究への投資は比較的少ないのです。朗報なのは、ユキヒョウやサイを守るのとは違って、昆虫の場合は、一人ひとりがその気になれば減少を食いとめるためにできることがあるという点です。

その具体的な手段の一つが「インセクトホテル(insect hotel/昆虫ホテル)」です。

インセクトホテルとは、昆虫のために人工的につくられた住まいや営巣場所のこと。特にハチや蝶などの花粉媒介者が危機的な状況に瀕しているため、インセクトホテルは人間が介入することで昆虫たちを保護できる、具体的な手段の一つとして世界で注目されています。

「インセクトホテルは、子どもたちのアートに触発されたプロジェクトで、庭で見たい種類の昆虫を引き寄せるように設計されている」とマシューさん via The Lighthouse

マシューさん インセクトホテルには、いろんな形や種類の木材を使うんです。たとえば、直径の違う穴を開けた円柱状の木を使えば、さまざまな昆虫に対応できます。考え方としては、鳥の巣箱に似ているかもしれません。面白いのは、穴の大きさや素材を工夫することで、構造にもっと多様性を持たせられるし、見た目も庭に映えるようにデザインできるところです。自分の庭に来てほしい昆虫に合わせてカスタマイズもできます。子どもたちと一緒につくるのも、すごくいい体験になります。

ハナバチのように、巣をつくらずにメスが1匹だけで子育てをする単独性のハチ(※)には、オーク、ニレ、ブナ、ヘーゼルナッツ、クリなどの硬い木材に穴を開けたもの、野生のハチやカゲロウの寝床には、竹やわらなどの中に空洞構造を持つ植物など、素材を一つひとつ選ぶのも楽しそう。

インセクトホテルの悪い例と良い例。左が穴が多すぎて寄生虫など他の害虫のすみかになってしまうことも。穴は小さく、数を増やすことがポイント via The Entomologist Lounge

インセクトホテルに定期的なメンテナンスは必要なし。ほとんどの時期、“入居者たち”は巣箱を利用しているため、できるだけ邪魔をしないようにそっと見守り、くもの巣がかかっていたら取り除くことや、カビが生えたり老朽化した部分があれば交換するなどの簡単なお手入れで大丈夫とのことです。

身近なところから始められて、お手入れも簡単なインセクトホテルをつくる動きは年々盛んになっており、実際にDIYでつくってみるワークショップなども世界各地で開催されています。

※ミツバチのように群れをつくって生活するハチは巣をつくって蜜を溜め込むが、ハナバチのほとんどは、社会を作らずメスが1匹だけで子育てをする単独性のハチとなる

オランダではミツバチを守る取り組みが国家戦略に

昆虫たちのための生息場所を増やす取り組みは、個人だけでなく国や自治体レベルでも積極的に行なわれています。ヨーロッパでの先進地域のひとつであるオランダは、ミツバチ個体群を守るために高速道路や鉄道沿いの未使用地に野生の花を植える「ハニー・ハイウェイ」や、都市公園などでの「ビー・ホテル」、バス停の屋根に植物を植えて、ミツバチやその他の昆虫の生息地をつくる「ビー・ストップ」などを積極的に推進してきました。

オランダ全土から1万1,000人以上が参加し、実施されたミツバチのカウント活動。ミツバチ調査はデータ収集が目的であると同時に、自分の庭に訪れるさまざまな種類のミツバチに人々の関心を向ける役割もある Photograph: Martijn Beekman/Hollandse Hoogte, via Guardian

オランダは、アメリカに次いで世界で2番目に大きな農産物輸出国として知られていますが、オランダの在来の野生ミツバチの個体数は、1940年代から減少傾向にあり、主にその原因は農業地帯にあると見られています。50年前までの農地には多種多様な野草が咲き乱れ、ミツバチたちの健全な生息環境を支えていました。しかし、生産性の向上を求められる農業のプレッシャーによって、農地にはもはや自然の居場所がほとんど残されていません。広大な農地からは野草がほぼ姿を消し、それがミツバチの減少につながっており、農薬による影響も事態の悪化にさらなる拍車をかけています。

「農業地帯は経済的に非常に重要な場所なので、状況を変えるのが難しい」と語るのは、オランダ全国でミツバチ調査を行なう団体のひとつ、「ナチュラリス」の昆虫学者ヴィンセント・カルクマンさんです。現在、オランダに生息する360種以上のミツバチのうち、半数以上が絶滅の危機に瀕しているといいます。

こうした事態を受け、オランダでは果物や野菜などの作物の受粉において、野生のミツバチが果たす重要な役割を認識し、2018年には「ミツバチのためのベッド&ブレックファストの機会を増やす」ことを目指す“国家ポリネーター戦略”が発表されました。この戦略は、政府機関や非政府組織を含む43のパートナーによって署名され、ミツバチの巣づくりの場を増やし、食料源を強化する70の取り組みが盛り込まれており、自然と農業の共存を実現しようとするもの。

都市公園にある「ビー・ホテル」。こうした構造物は、単独で巣をつくるハチに巣穴を提供することで、都市部のハチの繁栄を支えている Photograph: Sjoerd van der Hucht/Alamy via Guardian

オランダの各都市も、具体的な施策でこれに応じています。アムステルダム市では、都市公園に「ビー・ホテル」を設置したほか、市内の公共スペースでは芝生を在来の花の咲く植物に植え替え、公共の土地での化学除草剤の使用も中止されました。

また、ユトレヒト市では「ビー・ストップ」と呼ばれる取り組みも進められています。これは、バス停の屋根を在来植物で覆い、ミツバチを引き寄せると同時に、粉じんの吸収や雨水の保持にも貢献するというものです。2018年以降、このようなビー・ストップは316か所に設置されました(2021年4月時点)。

ユトレヒトの「ビー・ストップ」。屋根に植えられた緑の植物は、大気中の微粒子を捕集し、雨水を蓄え、都市の生物多様性を促進し、ミツバチやチョウなどの昆虫にとって有益な環境を整える(写真提供元:ユトレヒト市)via Guardian

こうした取り組みは、ミツバチや他の昆虫たちの個体数に対して確実な変化をもたらしていて、アムステルダムの2021年3月の報告書『アムステルダムにおける野生ミツバチ政策の10年』の中では、2015年には2000年の調査と比べて、市内の単独性ミツバチの種数が45%増加したという結果が紹介されています。

なお、調査によって新たに見えてくる課題もあります。全国でミツバチ調査を実施するヴィンセントさんは、2021年に行なった調査を振り返り、「数字は年々安定しており、都市の庭における個体数に大きな減少は見られていません」とした上で、養蜂されているセイヨウミツバチが野生のミツバチと食料である花をめぐって競合している可能性を懸念しています。

ヴィンセントさん 2021年の調査では、記録されたミツバチのうち4分の1以上が養蜂によって支えられているセイヨウミツバチでした。都市部での養蜂家の増加は、セイヨウミツバチと野生ミツバチの間で食料をめぐる競争を激化させるおそれがあります。すべてのミツバチのために、より多くの花を確保できるよう養蜂家と協力していく必要があります。

自然と共に、人も健やかでありつづける社会とは?

オランダを皮切りにヨーロッパ各地でもビー・ストップの設置が増えていくなか、イギリス南部のブライトン・アンド・ホヴというまちでは、2019年11月から新しい建物の外壁に「Bee brick(ハチのレンガ)」を埋め込むこと、2020年4月からは高さが5メートル以上の新しい建物にはアマツバメの巣箱を設置することが義務付けられました。

設置されたハチのレンガ via dezeen

ハチのレンガに関しては、構造上、本当に効果があるのか疑問視される声もあるとのことですが、このような行政主導で行なうトップダウンの動きは、生物多様性に向けた積極的な介入の必要性を多くの人に喚起するものになるかもしれません。また、インセクトホテルは各地で起きている再野性化の運動とともに、ボトムアップな広がりを見せていくでしょう。

ただ、私たちは「こうした状況があるから」と、現状を楽観視することはできません。地球温暖化や生物多様性の衰退の問題は深刻で、私たちのアクションでは追いつかないくらいの速度で進行しています。

ドイツ人物理学者の故アルバート・アインシュタインは「ミツバチがいなくなったら、人類は4年後に滅びるだろう」という言葉を残したとされています。しかし、この言葉はミツバチの重要性を強調すると共に、多くの人々の間で“デフォルト”となっている成長に依存した現在の社会・経済システムに警鐘を鳴らすものなのではないでしょうか。

自然界が互恵関係において種を維持させてきたのと同じように、人も自然も互恵によって共存し続けられる社会は、どうしたら実現できるのか。この命題に向けて、世界各地でさまざまな実践が生まれています。

ヴァージニアからシリアまで、リジェネラティブな農業を実践する人の輪が広がったり、ニュージーランドでは2017年、同国で3番目に長く、マオリ族が古くから神聖視してきたワンガヌイ川に法的人格を認める判決が出ていたり。エクアドルでは、2008年に制定された憲法のなかで自然そのものに「その重要なサイクルを存続、持続、維持、再生する」権利を認めています。

イギリス・カーディフのリビングルーフ Photograph: Clear Channel via Guardian

こうしたアプローチを地球規模で展開するためには、人間が定めた国境を越えているため、国家という枠組みを超えた協力関係が必要となっていきます。人間だけでなく、多くの生物種の相互作用によってできている今の生活環境をどうしたら守り、続けていくことができるのか。私たち一人ひとりが考え、行動することが求められています。

編集: 増村江利子(greenz.jp編集長)

References:
ジェイソン・ヒッケル、『資本主義の次に来る世界』, 東洋経済新報社, 2023年
Damian Carrington, ‘Warning of ‘ecological Armageddon’ after dramatic plunge in insect numbers’ Guardian, 2017. Sarah Maguire, ‘Insect hotels and why you should build one’ The Lighthouse, 2019.
Jo-Lynn Teh, BCE, ‘Insect Hotels: A Refuge or a Fad?’ , The Entomologist Lounge, 2017.
Anne Pinto-Rodrigues, ‘Bee population steady in Dutch cities thanks to pollinator strategy’,Guardian, 2021.
Phoebe Weston, ‘Buzz stops: bus shelter roofs turned into gardens for bees and butterflies’,Guardian, 2022.
Amy Frearson, ‘Bee bricks become planning requirement for new buildings in Brighton’, dezeen, 2022.

[Top Photo:via ©Guardian photo by: Sjoerd van der Hucht/Alamy]