「地域に根ざして、自分の生き方を表現する商いをはじめてみたい」
そう思う人は近年増えてきているのではないでしょうか。
グリーンズはそんな思いを持ったあなたを応援するため、地域で自分の生き方を表現する商いを「ローカル開業」と名付け、合同会社コト暮らしとともに、「ローカル開業カレッジ」を始めることにしました。
とはいえ、地域との出会い方や関わり方、事業の立ち上げ方に不安を感じる方も多いかもしれません。
ならば、ローカル開業の先輩に聞いてみようと、向かったのは長野県諏訪市。今回ローカル開業カレッジの講師も務めていただく東野唯史(あずの・ただふみ)さんが代表を務める「Rebuilding Center JAPAN(愛称:リビセン)」です。
古材と古道具を中心にしたリユースショップやカフェを営みながら、全国の店舗内装を数多く手がけている「リビセン」。
実は2016年秋の開業当初にもgreenzで取材させてもらったことがあり、今回は約8年ぶりの取材となりました。リビセンの開業後、諏訪ではちょっとしたローカル開業ラッシュが起こっているのだとか。
さらに、近年ではリビセン周辺のエリアリノベーションを進めていくまちづくり会社「すわエリアリノベーション社」を立ち上げたり、これまでの店づくりのノウハウをギュッと詰め込んだ「リビセンみたいなおみせやるぞスクール」もスタートさせたりと、リビセンの影響は諏訪エリアだけでなく全国に広がりつつあるといいます。
そんな東野さんとリビセンの8年間の歩みを紐解きながら、リビセンというお店がローカルで開業したことによって諏訪のまちがどのように変わっていったのか、ローカル開業が広がっていくことの可能性についてお話を伺いました。
ReBuilding Center JAPAN代表 84年生まれ。名古屋市立大学芸術工学部を卒業後、展示会場の設計デザインを手がけたのち独立。2014年より空間デザインユニットmedicalaとして妻の華南子と活動開始。全国で数ヶ月ごとに仮暮らしをしながら「いい空間」をつくりつづけてきた。
2015年夏、新婚旅行先のアメリカ・ポートランドで『ReBuilding Center』に出会う。 2016年秋、ReBuild New Cultureを理念に掲げ、地域資源のリユースショップReBuilding Center JAPANを長野県諏訪市に設立。 2022年に株式会社すわエリアリノベーション社設立。
諏訪エリアの健やかな循環のある経済圏の構築を目指す。 2018年環境省グッドライフアワード環境地域ブランディング賞受賞。2018年パッシブハウスジャパン エコハウスアワード リノベーション賞。2019年グッドデザイン賞ベスト100。2020年DIA TOP100。
開業から8年間で変わってきた諏訪の景色を東野さんとめぐる
最初に向かったのは、JR上諏訪駅から徒歩8分ほどのところにある、末広(すえひろ)の交差点。リビセンから歩いて5分圏内のこのエリアには、リビセンがオープンした2016年からの8年間で30店舗ほどのお店が増えているといいます。その多くが、リビセンがデザインや施工など、立ち上げに関わったものだといいます。そこで、東野さんと一緒に、リビセンデザインのお店めぐりをすることに。
まず案内いただいたのは、2022年にオープンした花屋の「olde(オルデ)」。店内には、レコードショップの「ONE RECORD STORE」も併設されていて、花と音楽が楽しめます。実はこの異色のコラボレーションも、東野さん夫妻が提案したのだそう。
次に訪れたのは古本屋の「生活と芸術の本 言事堂(ことことどう)」。店内は、本に囲まれた空間の中で、薪ストーブも楽しめる居心地の良い空間に。元は沖縄で古書店を営んでいたという店主が、たまたま諏訪で本屋を募集するリビセンのSNS投稿を見かけ、移転を決めたのだといいます。
花屋、レコード、古本。必ずしも生活必需品ではないけれど、生活をより豊かにしてくれるような商いが成り立つところに、ローカル経済圏の盛り上がりを実感します。
また、9月10日にオープンを迎えたのが、上質な生活用品を取り扱う人気のセレクトショップ「わざわざ」の新店舗「わざマート諏訪店」(取材時は急ピッチでオープン準備中)。
諏訪エリアのみならず、さまざまな地域での開業をサポートしてきた東野さん。自らもリビセンとして事業を継続してきた実績があるからこそ、デザインや施工面だけでなく、事業の立ち上げに際しては、事業者に向けて一歩踏み込んでのアドバイスをするといいます。
東野さん 例えば、その後結婚して子どもも欲しいとして、「家族でお店でやるのが夢なんです」と言っているなら、子どもを大学に入れるまでそのお店でやるのか、何店舗か増やす予定での最初の1店舗なのかによっても取るべき手段は変わってきます。なので、デザインの依頼をもらうと「とりあえず事業計画と収支計画を見せてください」と言ってますね(笑)。
2025年にオープンが決まっているものだけでも、マイクロホテル、ガレット屋、シェアスペースやギャラリーなど、たくさんの店舗が生まれようとしている諏訪エリア。まち歩き中もお店めぐりする来訪者で賑わい、2016年にはリビセンしかなかったという事実が信じられないほど。一つの店舗の開業をきっかけに、ここまでまちの景色が変わっていくのだと、ローカル開業の可能性を実感します。
私たちはまちの変遷を辿るため、場所をリビセンに移して、お話を聞きました。
誰かの思い出やストーリーを持った古材との出会いからリビセンを開業するまで
リビセンことReBuilding Center JAPAN(リビルディングセンタージャパン)は、空き家と古材で暮らしを豊かにする、地域資源のリユースカンパニーとして、2016年秋、長野県諏訪市にオープン。主に諏訪エリアをはじめとする長野県内の空き家から「レスキュー」した貴重な古材をリユースし、販売するショップ・カフェ事業に加えて、古材をいかした店舗リノベーションなどの空間デザイン事業を行っています。
東野さん ここ最近は、月に4,000人、年間に5万人くらいの人が来てくれるようになっていて。そのうち、県外からのお客さんが半数くらい。長野県内外からここを目的にたくさんの方が訪れるようになっています。
大学で建築を学んだのち、新卒で東京都内のイベントの空間デザインを手がけるベンチャー企業に入社したという東野さん。その当時、古材へのこだわりはそこまで強くなかったと振り返ります。
東野さん いろいろな仕事を担当させてもらえたのはよかったのですが、催事ブースの設計など、2日で建てて、3日で壊すみたいな消費型のデザインにだんだんと違和感を感じるようになり、独立しました。その後、妻の華南子と空間デザインユニットを立ち上げて全国のゲストハウスに仮暮らししながらリノベーションを手がけていくようになりました。古材へのこだわりは最初からあったわけじゃなくて、当時、工事中の現場から出てくる廃棄予定の古材だったので比較的安価で手に入れることができ、見た目にもかっこいいから使うということが多かったです。
しかし、ある出来事をきっかけに、古材が持つもう一つの価値に気づいたといいます。
東野さん 山口県萩市にある「ruco(ルコ)」というゲストハウスのリノベーションを手がけていた時に、一緒に施工に関わってくれていた職人の友人が火事で亡くなってしまって。その方は酒屋の跡取りだったそうで、その思い出を残したいと、その酒屋で使っていた木製のパレットを床材として使うことにしたんです。そのとき、古材って“誰かの思い出”とか、“ストーリー”を持った、特別な材料になり得るんだっていうことに気付かされて。
しかし、プロジェクトで古材を扱っていくと、古材を取り巻く課題にも直面することになります。古材をレスキューする空き家率は日本全国で年々高まり、取り壊しの数も増加傾向に。とりわけ、2015年に「特定空き家法(空き家対策の推進に関する特別措置法)」が制定されると、いよいよ空き家の取り壊しに拍車がかかるようになってしまうのではないかと東野さんは危機感を募らせていきました。
そんな時に転機となったのが、東野ご夫妻が新婚旅行で訪れたアメリカ・ポートランドにある「ReBuilding Center」との出会いでした。
ReBuild New Culture。忘れられゆくモノと文化を次の世代につなぎ、これからの景色をデザインするために
東野さんは、本家リビセンのディレクターから聞いたお店のビジョンに深く感銘を受けたといいます。
東野さん ポートランドのリビセンってとにかく他の古材ショップより安かったから、「そんなに安かったら他のお店が買い付けに来ませんか?」って聞いたら、「彼らはスモールビジネスだから気にしない」って。その話を聞いて気づいたんだけど、「彼らはポートランドというまちの資源をきちんとすくい上げて循環させることで雇用を生みながら文化を守っている。ただ儲けたいだけのお店とはそもそも目指しているビジョンが違うんだ」とわかって。ビジョンに真っ直ぐなスタンスが「めっちゃかっこいい!」と思ったんです。
そこにあったのはただのリユースショップとしてではなく、使い手の記憶やまちの歴史が詰まった古材という資源を循環させて、新しい文化を耕していくということが、自分たちが担う本質的な役割であるという信念。
本家リビセンの哲学に深く共感した東野さんは、自分自身が変化を起こすプレーヤーになろうと、古材を扱うリユースショップを開業することを決意します。
東野さん 古材をレスキューしていると、時々レスキューをすることで古材だけでなく、持ち主の捨てるしかないというネガティブな感情も救うことができるのではないかと思うこともあるんです。
次の世代につないでいきたいモノと文化を掬いあげ、再構築し、楽しくたくましく生きていける、これからの景色をデザインする試み。東野さんたちはこれを“ReBuild New Culture”と表現し、日本でも広げていきたいという気持ちを強くしました。
ちなみに、諏訪で開業を決めたのはどうしてだったのでしょう。
東野さん 僕たちの場合は、全国でいろいろなゲストハウスの空間デザインに取り組んでいた際に、たまたま下諏訪の「マスヤゲストハウス」をリノベーションすることになって。3ヶ月間住み込みしながら頑張って完成した自分たちが好きなお店がある地域なら、きっと住めるなと思ったんです。
また、古材のリユースショップを営むためには、古材を得られるような古い家屋が残っていること、そして、文化を広げていくためにも東京や名古屋をはじめとする大都市圏とのアクセスの良さも重要視していたといいます。
なお、ポートランドの本家リビセンはNPOであるのに対して、諏訪のリビセンは株式会社。法人格を株式会社にした理由を、東野さんは「真似してほしかったから」と話します。
東野さん 助成金や強い出資者がいないと成り立たないモデルと比べて、株式会社なら利益を出していれば事業を継続できるし、株式を100%持っていれば自分の意思決定権を保持できる。文化を広げることを考えると、株式会社の方が真似してもらいやすいと思ったんです。
ローカル開業の先輩から言われた「地域を深掘りする」ことの意味
ただ、開業してからしばらくは、県外の店舗デザインの依頼に応えるために全国を飛び回る日々で、今ほど諏訪地域に根ざした暮らしではなかったという東野さん。そこから諏訪の地に本腰を入れるきっかけとなったのは、東野さんが尊敬するローカル開業の大先輩からの言葉でした。
東野さん リビセンをやる前、全国各地で挨拶周りをしていた時に、お世話になっている先輩の一人で石見銀山で「群言堂」をやっている松場大吉(まつば・だいきち)さんから「地域を深堀りしなさい」と言われて。その言葉がずっと頭に残っていたのもあり、2019年に「カフェと暮らしの雑貨店fumi」「AMBIRD」、「あゆみ食堂」の3つのプロジェクトを手がけたことを機に、本格的に地域に軸足を置き始めました。
特定の土地に根ざして商いに向き合う。簡単なようで、かなりの覚悟が求められる重い決断のようにも思えます。地域で経験を重ねてきた東野さんは、今何を思うのでしょうか。
東野さん どこかの地域に深く根ざして商いをするって実は自由になるなという感覚があって。諏訪である程度長くやっていると、知り合いが増えていろんなチャンスや情報が回ってきやすくなるし、頑張りを認めてくれる人も増えてくる。何かやりたいと思った時にぐっと動きやすくなるんです。
例えば、四軒長屋をリノベーションした複合施設の「ポータリー」。こちらは、リビセン、諏訪信用金庫、不動産会社の3社が立ち上げたまちづくり会社の「すわエリアリノベーション社」が手がけたはじめての物件です。一階には、元リビセンのスタッフがはじめた麻婆豆腐の専門店「麻婆食堂どんどん」や、アトリエショップ、デザイン事務所、コーヒーの焙煎所など9つほどのテナントが入居しています。
東野さん 「ポータリー」の物件は、前から良い物件だと気になっていましたが、大きな建物ゆえに大規模なリノベーションが必要になるため、なかなか手を出せずにいました。そこで、たまたまリビセンの取り組みを見ていて以前から何か一緒にできないかと声をかけてくれていた諏訪信用金庫の樋口廣一さんの協力のおかげで、物件を管理する不動産会社とつながることができ、またファンドも信金が用意してくれることに。最終的にはまちづくり会社の「すわリノ」を設立する形で四軒長屋にリノベーションに着手でき、「ポータリー」が誕生しました。
全てを自己完結できなくとも、むしろ一人ではできることに限りがあるからこそ、地域で強みをいかし合って、より大きなことができるようになる。そういった相互扶助の中での自由はローカルならではの形といえるのかもしれません。
10年というスパンでじっくり腰を据えて諏訪の地に根を張り続けてきたリビセンは、諏訪にとってなくてはならない日常の一部になるとともに、エリア一帯での新しい店舗の増加を牽引してきました。そんなリビセンが次の10年で見据えるのはどんな未来なのでしょうか。そのヒントになるようなお話を8年前のインタビュー記事の最後で、東野さんは語っていました。
東野さん 僕らの意思ではなくリビセンの “人格” そのものが育ったら、その時に理念に共感する人が日本各地にリビセンをつくってくれたらいい。
その言葉を体現するかのように、2023年から始まったのが「リビセンみたいなおみせやるぞスクール」。東野さんたちは、自分たちの愛情を注げる範囲内で商いをしたいという思いから、フランチャイズをしないという選択をとった代わりに、これまで積み重ねてきたノウハウを惜しみなく共有することで、地域の大切な資源である古材が地域の中で循環していく「リビセンモデル」を全国に広げていきたいと考えています。
ただ、「リビセンのコピペ」を全国に増やしたいわけではなく、あくまでそれぞれのやり方でいいと東野さんはいいます。
東野さん これをしないとリビセンじゃないっていうふうにはしたくないんです。お店をやる人、それぞれの強みがあるから、持っている強みとリビセンの仕組みを組み合わせて、その人らしいお店をつくってもらえたらいいなって。
そこにしかない営みや景色を、どう未来に紡げるか
スクール事業や今回講師をお願いするローカル開業カレッジでも東野さんが一貫して大切にしていることが、その土地らしさであり、その人らしさ。
東野さん ローカルで開業することの良いところは、世界観をつくりやすいこと。諏訪のような地域は商圏的にも大手チェーンが出店しにくい状況があります。チェーン店だとどうしてもマニュアルが決まっていて、お店ができた時が完成形。でもローカル開業なら、その人らしさをお店を通して表現できます。だからこそ、そこで働く人もお店に愛着を持つし、地域の人から愛されるお店になってそこにしかない景色になっていくのではないでしょうか。
そんな東野さんが、次に守り紡いでいきたい諏訪の景色として注目しているものの一つが、「共同浴場」。温泉地である諏訪では町内会ごとに共有財産として温泉を持っており、住民だけが入ることができる仕組みになっています。
東野さん 夕方くらいになると地元のおっちゃんがラフな格好でタオルと桶を持って温泉に向かうみたいなことが諏訪の日常の景色なんですよね。それが個人的にめっちゃ好きで。
しかし、少子高齢化や施設の老朽化によって近年では急速に共同浴場が閉鎖されてしまっているといいます。
東野さん でも、例えば、社団法人のような組織を民間で運営することで、地元の人はこれまで通り利用してもらいつつ、“湯めぐりパス”を発行して観光客からお金を落としてもらえれば、この風景を守っていけるんじゃないかなと妄想していて。
まちの人に愛されてきた地域の共同浴場。諏訪にしかないこの日常を次の世代にもつないでいくために、近い将来共同浴場のプロジェクトも形になるかもしれません。
古材をはじめとする地域資源の循環を目指して始まったリビセンの事業は、地域の人たちから愛されてきた景色そのものを次の世代につないでいく活動へと発展しつつあります。次の10年も諏訪のまちには、新しくて、どこか懐かしい、諏訪らしい風景が広がっていることでしょう。そして、そこにはきっとそこにしか生まれ得ない個性豊かなローカル開業の姿があるのだと感じました。
(撮影:工藤あずさ)
(編集:岩井美咲)
– INFORMATION –
「ローカル開業カレッジ」の申込締め切りは2024年9月23日(祝)23:59 までとなります。
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