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ここなら、自分が“おいしいコーヒーを飲める場”になれる。世界を旅した焙煎士・深澤諒さんが辿り着いた、未来を共につくれるまち

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2011年の東日本大震災と原発事故により、全住人が避難を余儀なくされた福島県双葉町。いま、避難指示が一部解除され、少しずつ住人が戻ってきています。

そんな双葉町で、新たな文化、経済、人のつながりなどを生み出していく”まちを創る人たち”を訪ねました。

ある日の朝7時半。JR双葉駅を出てすぐ、駅の西口にある集会所から楽しげな笑い声が聞こえてきました。

2011年に起きた東日本大震災と原発事故により、全住人が避難を余儀なくされた福島県双葉町。あれから13年が経ち、少しずつ住民が戻りはじめたこの町では、月に一度、町の人たちが集う「朝カフェの会」が開かれています。

賑やかな声に誘われて、吸い込まれるように集会所の中に入ると、町に住む住人や隣町で起業した若者など、年代も職業もバラバラな人たちが、お茶菓子を囲んで談笑していました。その柔らかな空間のなかでコーヒーを淹れていたのが、深澤諒(ふかさわ・りょう)さんです。

深澤さんは福島県東部の双葉町も含む「浜通り」エリアをフィールドに、イベントなどで自家焙煎のコーヒーを提供しています。生まれも育ちも秋田県の彼が、なぜ双葉町でコーヒーを淹れるようになったのでしょう。

「はじめまして」の代わりにはじめたコーヒーショップ

浜通りの週末は賑やか。13市町村あるこの地域では、双葉町、大熊町、浪江町、富岡町、楢葉町など、それぞれの町で多彩なイベントが催されています。

たとえば、青空の下でのマルシェや、野外で上映される映画会……。そこにはたいてい、コーヒーを淹れる深澤さんの姿があります。

深澤さんのお店「roy’ drink(ロワズドリンク)」は、彼が焙煎した豆を注文を受けてから一杯ずつハンドドリップで提供するコーヒーショップ。実店舗はなく、イベント等で出店しています。

デニム素材のキャップと、目尻を下げてくしゃっと笑う顔が深澤さんのトレードマーク。イベントでは何人ものお客さんから「りょうくん!」と声をかけられ、丁寧に淹れたコーヒーを手渡す彼の姿を目にすることができます。

深澤さんは浜通りに移住して2年。すっかり地域に溶け込み、住人のみなさんから愛されているようです。いったいどんな歩みを重ねて、今があるのでしょう。彼と深い縁がある楢葉町の「シェアハウスと食堂 kashiwaya(以下、kashiwaya)」で話を聞いてみました。

深澤さん 僕が楢葉町に移住した2022年は、町にコーヒーを飲めるようなお店はあまりありませんでした。もともとコーヒーが好きで焙煎も自分でしていたので、「はじめまして」と自己紹介するつもりでイベント出店をするようになりました。

お店がひしめきあう都会でカフェをオープンしたとしても、大きなニュースになることはありませんが、この地域では僕自身が数少ない“おいしいコーヒーが飲める場”だったのだと思います。皆さんすごく喜んでくださり、応援してくれたから、今までやってこれました。

そんな深澤さんに、コーヒーを淹れてもらいました。コーヒー豆に細く円を描くようにお湯を注ぐと、ぽこぽこと豆が膨らんできて香ばしいかおりが広がります。

深澤さん お店ではお客さんの好みを聞きますが、こうやってコーヒーを振る舞うときは場面によって豆を変えています。たとえば、団らんの場だったらこっくり甘さがあって苦味を抑えた豆だったり、スイーツに合わせるならしっかりとした苦味がある豆だったり。今日はバランスが良くて深いコクがある豆を選びました。

一口すすると、やわらかい苦味の後に芳醇な香りが鼻から抜けました。おもわず「おいしい……」と漏らすと、にこにこと嬉しそうに眺める深澤さんがいました。

師匠との出会いでコーヒーの世界にのめり込んだ

そもそも、なぜ浜通りでコーヒーショップをはじめたのでしょう。深澤さんは「ふたりの恩人との出会いがきっかけです」と笑顔で答えます。

旅好きな両親の影響で、中学時代には秋田県を自転車でめぐり、高校時代には電車で日本一周、大学時代に世界一周の旅に出た深澤さん。大学では生物の教員免許を取得し、卒業後の就職先も内定していたそうです。

順風満帆に思えた人生は、世界中に蔓延した新型コロナウイルスによって風向きが変わります。内定は企業側の都合で取り消しに。就活しようにも現地に面接に行くこともできず、悶々とした日々を送りました。

やっとの思いでいくつか内定をもらった中から、興味のあった観光PRの業務に携わるため、福島県西部にある会津三島町の地域おこし協力隊の仕事を選びました。お土産の商品開発やツアー作り、パンフレット作りなどの仕事に関わったそうです。

そんな三島町で出会ったのが1人目の恩人、コーヒーの師匠です。

深澤さん ゲストハウスのオーナーなんですが、豆を自家焙煎したスペシャルティコーヒーを提供していました。もともと僕もコーヒーは好きだったのですが、オーナーの淹れたコーヒーを飲んだらガシッと心を掴まれて、その奥深さにハマりました。

仕事の合間を縫って焙煎所に通うようになった深澤さんは、コーヒーの修行にのめり込みました。焙煎や抽出の温度、時間の組み合わせで味が変わるコーヒーはまるで科学実験のようで、突き詰めていく面白さを感じたそうです。知人に振る舞って喜んでもらううちに、「コーヒーの道で独立したい」という思いがむくむくと膨らんでいきました。

恩人との出会いで、挑戦する場を与えてもらった

浜通りには友人が移り住んだことをきっかけに、深澤さんは休日になると遊びに行くようになったそう。そこで出会ったのが、のちの「kashiwaya」のオーナー・古谷かおりさんでした。

深澤さん かおりさんとは、まだ「kashiwaya」ができる前に知り合いました。シェアハウスや食堂の構想を聞かせてもらい、リフォーム前の建物にも入らせてもらいました。人のつながりと暮らしを営む場ができることにすごくわくわくしたことを覚えています。

協力隊の任期を終えた後の進路や、コーヒーで独立したいことを相談していたこともあって、かおりさんから「kashiwayaに住みながら食堂を手伝って、空いた時間に好きなことに挑戦してみたら?」と声をかけてもらったんです。思ってもみない言葉に、目の前の扉がパッと開かれたような気持ちになりました。

独立を考えていた彼にとって、シェアハウスに住みながら安定した仕事をもらい、コーヒー屋として挑戦できるのは願ってもない環境です。

深澤さんは2022年に楢葉町へ移住。生活の基盤をkashiwayaに置きながら、平日はスタッフとして働き、週末はコーヒーのイベント出店というスタイルで新生活をスタートさせました。

自分の得意なことが地域の未来につながる

深澤さんは「復興に関わりたかったというよりも、自分の挑戦をするためにここに来た」と話します。そんな彼に浜通りの魅力を聞いてみると「地域の未来を考えている人が多いところ」という答えが返ってきました。

深澤さん 地域の良さを語るときって、「おいしいご飯」「豊かな自然」「温かい人」という言葉をよく聞きますよね。でも、いろいろな地域を訪れてみると、それらがない地域なんてないんです。

浜通りも例に漏れず、この3つはしっかりあります。そのうえで魅力を語るとしたら、地域の未来を考えて行動している人が多くて、価値観を共有できる人が多いことだと思います。

そうは言っても、地域の人とつながって関係を築くことはそう簡単なことではありません。深澤さんが愛されキャラだからなのでは……。

深澤さん いや〜、そうじゃないんじゃないかなぁ(笑) この地域には、好きなことで食べていこうとしている人を応援してくれる空気があるんです。週末にイベント出店すると、「りょうくんのコーヒー飲みにきたよ!」と、わざわざ地域をまたいで会いに来てくれる人がいたり。

僕が特別なわけじゃなくて、だれかがお店をオープンしたらみんなで駆けつけてお祝いする、みたいな、応援し合う空気が浜通りにはある気がします。

浜通りはいま、各市町村がそれぞれのスピードで復興の歩みを進めています。市町村を越えて応援し合う関係性が生まれているのは、一度住むことができなくなった経験があるからこそ、日々のなかにある幸せを噛みしめる人が多いからなのかもしれません。

深澤さん 移住者も故郷へ戻ってきた住民も、自分ができることで人を喜ばせたり、助け合ったりしています。だから地域を横断した人と人のつながりが生まれているし、それが自然と地域の未来につながっていくんだと思います。

冒頭の「朝カフェの会」が開かれていた双葉町は、深澤さんが住む場所から10〜15分ほど車で走らせた場所にあり、浜通りで避難指示解除が最も遅かった町です。2024年6月現在、住民は100人ほど、コンビニは1軒だけですが「朝カフェの会」には、市町村を越えて参加している人の姿がありました。

まちの未来を創るためには、深澤さんのように「得意なことでだれかを喜ばせたい人」と、「応援してくれる人の存在」が不可欠なのかもしれません。

コーヒーで地域の魅力を表現したい

移住から2年が経ったいま、深澤さんは浜通りで独り立ちをしようとしています。2024年の春から、入居期間が最長2年と決められているkashiwayaを出て、隣町で生活をはじめました。kashiwayaの食堂のアルバイトはもうすぐ卒業する予定です。

深澤さん 不安じゃないかと聞かれたら、ぶっちゃけ不安です。今までは暮らしをkashiwayaが支えてくれていたし、気持ちに余裕を持って挑戦させてもらえました。ここからが本当の意味での独立だと思っています。

深澤さんは、念願の焙煎所をオープンしようと動きはじめています。実はこの2年間、月に2回ほどはコーヒーの師匠がいる三島町まで往復8時間かけて焙煎をしに行っていました。しかし、近頃では豆の卸先が増え、顧客がついてきたことで、自分で焙煎所を持つ覚悟を決めることができたのだそうです。

深澤さん 僕にとってコーヒーは、表現のツールです。旅をしていたときに描いていた絵日記があるのですが、ページをめくるとその土地の風景や空気がふわっとよみがえってくるんです。これからはその絵日記みたいに、地域の魅力をコーヒーで表現したいと思っています。

「浜通り」とひとことで言っても13市町村あり、それぞれの地域に特色があるんです。僕が地域を歩き、人と出会って感じたことを焙煎に落とし込み、各市町村オリジナルのブレンドコーヒーができたら、コーヒーを通してもっと浜通りを好きになってくれる人が増えるかもしれないですよね。

そう言って見せてくれた手帳には、深澤さんが世界一周をしながら見た景色や感じたことが色鮮やかに描かれていました。

(写真:深澤さんご提供)

“まちを創る”ということは、談笑しながらコーヒーを飲む時間や、だれかを応援したいと思う気持ち、それを共有する人たち、深澤さんのように自分の表現でだれかを喜ばせたいという思い…そうした一つひとつの小さな積み重ねなのかもしれません。

双葉町を表現したブレンドコーヒーは、どんな味がするのだろう。

取材が終わり少し冷めたコーヒーをいただきながら、くしゃっと目尻を下げて笑う深澤さんにまた会いにこようと思いました。

深澤諒(ふかさわ・りょう)
1996年生まれ。秋田県出身。秋田県立大学生物環境科学科に進学し、高校理科(生物)の教員免許を取得。福島県三島町の地域おこし協力隊となり観光事業にたずさわる。三島町ではコーヒーの焙煎を学び、コーヒーで独立を視野に入れるようになる。浜通りに縁ができたことから、2022年に楢葉町に移住。「シェアハウスと食堂 kashiwaya」に入居し、平日はスタッフとして働きながら、週末はコーヒーショップを開いてイベントを中心に活動。現在、焙煎所のオープンに向けて準備中。
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(編集・撮影:山中散歩)

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