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その続き、わたしが編みます! つくりかけの編み物を遺して亡くなった故人と家族をつなぐ「LOOSE ENDS」

みなさんは、編み物をしたことはありますか?

編み棒を動かしながら大切な人に想いを馳せる時間は、贈る人にとっても贈られる人にとってもかけがえがないもの。

そんな尊さに憧れるものの、いざ編み始めると想像以上に時間がかかり、結局未完成に終わったという方もいるのではないでしょうか。実はわたしもその一人なのですが、毛糸をほどくと込めた想いまでがほどけてしまうようで、手放すことがなかなかできませんでした。

実は、編むことが得意な人であっても最後まで編み上げられないことがあります。それは、その人が亡くなったとき。
どんなに得意でも、未完成の作品を残してこの世を去ることもあるのです。

今回は、直接出会うことはないけれど伝えたい、未来のひ孫たちへの想いがつまった編みかけのセーターがつないだ、癒しと変容の物語をご紹介します。

カレンさんが残した手仕事がもたらした出会いと癒し

物語の舞台はアメリカ。編み物が得意なKaren Sturges (以下、カレンさん)は、生まれてくるひ孫たちのためにセーターを編んでいる最中、突然リンパ腫と診断されました。

セーターの枚数は全部で5枚。でも余命はもう長くない。その知らせは家族にとってもカレンさんにとっても、計り知れないほどショックな出来事でした。

「母が一番心配していたのは、セーターを完成させられなくなることでした」と語ったのは娘のAnnie Gatewood(以下、アニーさん)。診断から約半年、カレンさんはセーターを編み終えることなく、この世を去りました。その手で、亡くなる4日前までセーターを編み続けていたといいます。

遺されたものを見た娘のアニーさんには、このセーターの編み方が分かりません。
身内にもカレンさんの作品を形にするだけの技術を持った人はいませんでした。

そこで、この編みかけのセーターを引き継いだのは、ポートランド在住のSarah deDoes(以下、サラさん)。70年以上の経験を持つ、ベテランの編み物愛好家ですが、サラさんは生前のカレンさんを知りません。いわば赤の他人。この見知らぬもの同士の間をつないだのが「LOOSE ENDS」という取り組みです。

その活動の目的は、未完成のまま遺された作品を編んでくれる人とマッチングし、仕上げる手助けをすること。引き受けるのは、「Finisher(フィニッシャー)」と呼ばれる、ウェブサイトを通じてエントリーした手仕事を愛する人たちです。

この取り組みによって、カレンさんの未完成のセーターはサラさんに託されたというわけです。

サラさんがセーターを仕上げた昨年10月下旬、娘のアニーさんはポートランドにあるサラさんの自宅を訪ね、初めて顔を合わせました。

アニーさん サラさんの姿を見た途端、思わず涙が溢れそうになりました。サラさんが、母にそっくりだったんです!

アニーさんの母親であるカレンさんとサラさんは、どちらもデンマーク系のアメリカ人。顔だけでなく物腰も似ていたのだそう。それは編みかけのセーターが導いた、再会に似た出会いでした。こうして、家族への想いが編み込まれた大切なセーターは、「LOOSE ENDS」がつないだ縁によって、無事生まれてきた赤ちゃんに送られたのです。

アニーさん 見知らぬ人に母の編みものを預けることは不安でした。でも、思い切ってそうやって手放すこと自体が癒しになりました。そしてそれは、100倍にもなって返ってきたんです。

自身の体験を振り返り、そう語るアニーさんのエピソードは、アメリカの多くのメディアで取り上げられました。

カレンさんのセーターを仕上げたサラさんは、当時86歳。このプロジェクトを知り、参加する意義を強く感じたのだと言います。フィニッシャーとしての経験を経て、現在サラさんは自分の将来のひ孫のための作品を新たに編みはじめたのだそう。

サラさん もし、わたしが完成させられなくても、きっと他の誰かが仕上げてくれる。そう思えるから、安心して取り組めるんです。

サラさんの言葉には、託す人と仕上げる人が循環していく未来が映し出されているようでした。

このエピソードは、アメリカの多くのメディアで取り上げられました。

思いやる気持ちが循環する未来へ

ふたりの編み手をつないだルーズエンズは、アメリカのメイン州出身のJen Simonic(以下、ジェンさん)と、Masey Kaplan(以下、メイシーさん)というふたりの編みもの好きの女性によってはじまりました。

きっかけは、なにげない会話で気づいたふたりの共通点。それは、病気で亡くなった人の編みかけの作品の仕上げをよく頼まれるという経験でした。「LOOSE ENDS」という活動の名前は、英語で「やり残し」を意味する言葉。作品を完成させるフィニッシャーの輪は口コミで広がり、現在38カ国7000人以上(2023年3月15日現在)へと広がり続けています。

ジェンさん カナダのほぼ全州、イギリス、オランダ、パリ、そしてカタールにもフィニッシャーがいます。

とジェンさん。

フィニッシャーたちは国籍も年齢も宗教もさまざまなバックグラウンドを持ちます。すべての作業は無償で行われ、依頼主が負担するのは送料だけ。なるべく距離が近い相手とマッチングするため、今回紹介したケースのように、直接手渡されるケースもあるのだとか。

手仕事をひとつ仕上げるには、たくさんの時間と手作業が必要です。それにも関わらず、多くの人が参加を希望しているのは、同じつくり手として「もしも自分だったら…」という想像力から生まれる共感や思いやりがあるのでしょう。

私はコロナ禍を通して、身近な人同士でも感染対策などの考え方に違いがあると気づかされました。

親切にしたつもりでも、相手にとっては迷惑になるかもしれない。
これまで迷うことのなかった親切が、それが本当に親切になるのかと考えさせられるシーンが増え、どこか臆病になった自分もいます。

でも、この記事を紹介しようと書くなかで気づいたのは、それでも親切にしたいという気持ちは消えないということです。

ルーズエンズの活動はInstagramで随時更新されており、今日も見知らぬ人同士助け合えることを証明し続けています。この記事を書いている間にも、「LOOSE ENDS」の活動に心を動かされたたくさんの人たちが、フィニッシャーとして登録し続けています。その勢いは、編集中に何度も登録人数を書き換えなければならなかったほど。

「もっと見知らぬ人と心を通わせたい」
「誰かに親切にしたい」そんな人々の思いが聞こえるようです。

アニーさん わたしたちに必要なたったひとつのことは、思い切って信じることです。信じて飛び込めば、想像以上のものが返ってくるでしょう。

母親のセーターを託した経験を振り返るアニーさんの言葉。ルーズエンズがつなぐ思いやりの輪は、わたしたちが忘れかけている見知らぬ誰かとつながる勇気を思い出させてくれるように感じました。

[via Upworthy,WMTW,KG5, WashingtonPost, LOOSE ENDS official, NewsCenterMAINE, CBC]

(Text:高橋友佳子)
(編集:greenz challengers community、スズキコウタ)