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台風19号の傷跡その後。重層化したコミュニティが活きる藤野の防災

世界中で気候変動に対する決断が求められる昨今。奇しくも2019年は日本国内においても自然災害が顕在化し、各地で大きな被害をもたらしました。特に9月上旬の台風15号、10月上旬の台風19号はともに関東一帯で多くの家屋や建築物が破壊され、尊い命もたくさん失われてしまいました。

これまでgreenz.jpでも度々ご紹介している神奈川県相模原市の藤野エリアもまた、台風19号によって大きな被害を受けた地域です。約2ヶ月が経過した今も復旧作業は進行中ですが、台風の直後における地域コミュニティはどのような状況だったのでしょうか。その時の様子を、藤野在住で、地域の多方面で活動し、さらにNPO法人グリーンズの監事でもある高橋靖典さんに聞きました。

「藤野電力」という地域エネルギーの存在

以前から藤野では、2011年の東日本大震災時に被災地支援を行ったことや、計画停電を経験したことをきっかけに、「藤野電力」という地域エネルギー活動に取り組んできました。

大規模発電をして売電するのではなく、あくまでも各自で電力を確保する。暮らしを自分たちの手に取り戻すため、自立分散型で、基本はDIYという「手づくりの地域エネルギー」です。各地で開催するワークショップについてなど、greenz.jpの連載「わたしたちエネルギー」などを通してもご紹介してきました。

藤野電力の事務所前で説明してくれた高橋さん。この充電スポットは誰でも無料で利用可能。手前にあるのが千葉の被災地に持参されたソーラー発電機。

台風19号が来る前は、前月におきた台風15号で被害の大きかった千葉県の館山市に支援に行ってました。停電が4,5日続いているということだったので、藤野電力のソーラー発電機を持ち込んで、スマホなどを充電してもらえるようにしました。

とても喜ばれたのですが、実際現地の被害は家屋の損害、特に屋根が飛ばされてしまった家の対処の方が緊急度も高く深刻だったんです。そこで、地域通貨よろづ屋(*詳しくは後述)のネットワークなども活用しながら、屋根に登って作業できる人員や厚手のブルーシートの手配など、館山のサポート体制を整えて、地域で支援活動を始めたところでした。

9月以降は電気供給と屋根の修理のため館山市の布良地区へ通っていた高橋さんたちでしたが、10月上旬になると今度は台風19号が接近し始めました。屋根の上の作業は危険でもあることから10月の館山行きを一旦取りやめて待機することを決めます。

地元・藤野では台風の事前対策も行いましたが、10月12日、台風19号の大雨と強風が市内各所に被害をもたらすことになりました。

予測進路や風速の強さなどから事前の備えを発信したり、私も自宅のガラス戸に板を打ち付けたりといったある程度の対策はしていましたが、台風が落ち着き、大雨が止んだ10月13日の朝になったら、あちこちから被害状況の情報が入り始めました。

現在「藤野」と呼ばれているのは、旧・藤野町にできた藤野駅周辺とその周り一帯を指していますが、かつては7つの村であり、大小さまざまな集落が50以上あったところ。中には40年前のバブル期に、田畑から住居に切り替えた場所や、山の斜面に建てた住宅などもあるそうです。大雨によって山肌がえぐられるように崩れた場所のお話が続きました。

私の家の近所でも、山の斜面が500mほど、かなり大きく土砂崩れをした場所もあります。土砂が住宅に流れ込み、体ひとつで逃げ出した方や怪我をされた方、大変残念なことに亡くなられた方も出てしまいました。また別の地域では、雨が止んだあとで地面が崩れ、建物の一部が落ちてしまったところもあります。

避難場所と避難所の違いを知ってますか?

台風15・19号に限らずも大雨の被害が多かった2019年は、都市部でも「初めて避難場所に行った」という人や「避難場所に行ってみたら入りきれない人数が来ていた」といった経験をされた声も少なくありません。藤野ではこの時、避難場所もうまく機能したのでしょうか。

雨が心配で、避難場所に行った方は多かったですね。今年、私は自分の集落で自治会長をしていることもあり、大きく被害が出た他の自治会の避難場所にも様子を伺いに行きました。

13日はタイミング的にもまだだいぶ混乱していたし、情報も錯綜して、行政の担当者と地域住民のコミュニケーションが難しくなっている点を多く見かけました。そもそも避難場所と避難所の違いを理解してない人も多かったです。

行政の資料などを読み込まれてご存知の方もいるかもしれませんが、災害対策基本法で定義されている「避難場所」は一時的な避難先、一方、「避難所」は災害被害により自宅に戻れない方が短中期的な住まいとする場所のことです。

また、地震の場合と、今回のような風水害の場合は、同じ自治体であっても避難指定先が異なることも多くあります。そうした情報を把握してない場合、自宅からやっと来た「避難場所」からすぐに「避難所」に移動しなくてはいけない、というストレスにつながりやすくなります。今回、藤野でもこうした事前情報の不足によるコミュニケーションのすれ違いは少なからずあったようです。

では雨が上がった直後から、地域ではどんなアクションをしたのでしょうか。

現状を把握しながら、具体的にはどこが問題で、それは誰と解決すべきことなのかを考えることが大事だと思いました。

たとえば、避難場所には行政から臨時の担当者が交代でついていましたが、彼らに「自分の家に入った土砂はどうしてくれるのか」とか「引越したい」とか「手元に現金がない」という相談をしてもすぐに回答は得られませんし、行政では対応ができない範囲のこともあります。

そこで私たちは、台風15号の際に館山の支援を一緒にしていた地域の仲間たちでメッセンジャーのグループをつくり、どこの避難所で何が必要になっているか、各自治体がどんな状況にあるのか等、タイムリーに共有するようにしました。

藤野には以前から、「萬(よろづ)」(*)という地域通貨が機能しており、単なる物品の受け渡しではなく、困ったときの情報交換や助け合いのカルチャーが色濃く根付いています。この、助け合うことを気負わない基盤が活かされ、避難所の「困りごと」にもすぐ対応できる人が動き始めます。

「果物が食べたい」「布団がない」「プライバシーのためにテントが必要」「朝ごはんがほしい」「服が足りない」といった具体的な情報が共有され、多くの困りごとがその日のうちに解決され始めました。

(*)地域通貨は経済を自分たちの手に戻し、「いかしあうつながり」をつくるもの。旧・藤野町で10分の1の世帯が利用する「よろづ屋」に見る、地域通貨の可能性。

地元の市議会議員さんも積極的に情報共有に参加し、自宅が半壊や全壊した人の転居に関する支援策も10月末までに決定しました。また、一時的とはいえ避難所暮らしの方々のために、炊き出し、マッサージ、音楽演奏会といった慰問活動も行われました。

こうした多方面の問題解決が同時進行できた背景には、行政を含めた地域コミュニティ同士の連携があったそうです。

救助活動には自衛隊が来てくれていましたし、住宅被害や転居といったことは地域の方々や、市議会議員の方から情報が上がり、行政が素早く対応するなど、いわゆる「公助」がしっかり働いてくれていたと思います。

しかし初動におけるボランティア活動や、すぐにニーズに応えるスピード感は地域コミュニティーの方が早く確実に対処できました。特に、この地域の様々な個人や団体が横につながり、同じ目標に向かって連携できたことが良かったと思っています。

たとえば、「避難所の洗濯機が足りない、乾燥機も必要だ」というニーズを地域活動をしているNPOがヒアリングをし、それを設置するための運搬や工事は地元の商工会の青年部や青年会議所のメンバーが対応してくれました。

また、「炊き出しは足りてきた」ということがわかれば、支援金は頑丈な土囊袋の購入代に当てる、といった状況に合わせて判断も素早くできました。公助の足りてないところを「共助」で補えたと思います。

前述したように50ほどの集落の集合体である藤野ですが、いまでも地元の方々は場所を示すのに旧名を使うのが一般的です。それらは旧名であるため地図上にはなく、サポートに入っている(地元在住ではない)行政職員には把握しきれません。

さらに、個々の家にどんな方が何人家族で住んでいるのかといった情報は、日頃から地域同士のつながりがない限り知る由もないこと。こうした行政側の手が届かないことも、地域コミュニティの連携によって情報やリソースがロスなく活かされました。

重なり合うコミュニティが「共助」となり、「自助」も高めていく

今回は特に「重層化したコミュニティ」が大切だと実感しました。

たとえば私は藤野にあるシュタイナー学園の保護者で今年は地域の自治会長、また、トランジションタウン活動などもしていますが、それとは様々に異なるコミュニティがあります。地元の農家さんだったり、飲食店ごとの集まりだったり、PTAだったり。そういう様々なコミュニティの円が重なって、いかしあうつながりが生まれる。そんな重なるコミュニティの双方に関わっている方が多くいることが大事かなと思っています。

かつての家族は、みんな同じ集落に住みそこで働くといった限られた生活圏でしたので、家族ならそれぞれの人間関係はほぼ重なっていたと考えられますよね。しかし、現代では所属する会社と住む場所が違うことも多いですし、家族内でもそれぞれ別のコミュニティに属している。防災や助け合いという観点から見ると、ひとつのコミュニティやつながりだけでは柔軟性が低くなると思うんです。それらが少しずつ重なっていることが「レジリエンス」につながると感じました。

都市部の場合は特に、災害時の脆弱性が予想されるので、できれば近隣住人との日常の交流がある方が、いざという時に助け合えるのは間違いありません。

昨今、目にすることが増えた「レジリエンス」というキーワードは、いざというときの回復力や復元力を意味する言葉ですが、地域通貨や地域エネルギーといった取り組みを続けてきた藤野はまさにレジリエンスが高い場所です。復旧工事や避難生活をされてる方などの課題は続いているものの、日頃の取り組みが緊急時に活かされた実例を教えてくれました。

同時に、公助・共助に合わせてやはり「自助」も欠かせないことがはっきりしました。停電しても電気が使えるように備えたり、食べ物の入手先をいくつも把握しておいたり、避難場所の認識など、知っているだけで済むことはまだまだあるはずです。そして、ただ知識を持っているだけではなく、日常に組み入れることが大切です。

防災袋を買ったままではなく開けて使ってみる、緊急用グッズなどを1つか2つは普段のバッグに入れておいたり、実際に使ってみたり、日常の生活の中で慣れておくことを伝えていきたいです。また、自分だけの学びにせず、知ってることを共有し合うことで、それぞれの「自助」の力を高め合うことも大切だと思っています。

2019年に続いた自然災害、みなさんのコミュニティではどのように振り返りましたか。藤野の話を参考に、未来に向けて具体的な行動を始めてみるのはいかがでしょうか。

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こちらの記事は「greenz people(グリーンズ会員)」のみなさんからいただいた寄付をもとに制作しています。2013年に始まった「greenz people」という仕組み。現在では全国の「ほしい未来のつくり手」が集まるコミュニティに育っています!グリーンズもみなさんの活動をサポートしますよ。気になる方はこちらをご覧ください > https://people.greenz.jp/