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ジャングル経由、東京行き。僕がパーマカルチャーに目覚め、アクティビストとして活動を始めるまで。#ソーヤー海の共生家革命日記

こんにちは! 僕はソーヤー海。本質的に豊かな社会や暮らしを都会から実現する活動を、「東京アーバンパーマカルチャー(TUP)」の名前で行っているんだ。そうした社会や暮らしを、パーマカルチャーや非暴力コミュニケーション(NVC)、マインドフルネス、ギフトエコノミーで実現しようとしているんだ。

このgreenz.jpの連載では、僕が描いているビジョンや、これまで出会ってきた面白い活動家たちを紹介することを通して、もしかしたらみんなが知らないかもしれない“現実”に招待したいと思う。

その前に、今回は僕の自己紹介をするね。僕は東京・三鷹で生まれて、子ども時代は南魚沼に7年、その後はハワイに4年、中学からは大阪に7年住んだ。その後はアメリカの軍隊に入ろうと思ってたんだけど、昔ヒッピーだったお父さんに薦められたカリフォルニアの大学に入学することになった。こんな感じで日本とアメリカの、田舎と都会の両方を体験しながらいろいろな場所を転々としたから、僕は多様性の眼鏡で世界を見ているんだよね。

そして大学生活が始まる数日前に、9.11が起こったんだ。それまでは戦争なんて過去のもの、平和で豊かな社会に生きていると思っていたけど、「自分が住んでる国がいまから人を殺しに行くんだ」って思ったら、いままで信じてた現実が全部崩れちゃった。

もともと、活動家が集まって実験的な授業をしているユニークな大学だったんだけど、9.11が起きてから、大学生が大学を閉鎖して戦争に抗議したりして、反戦活動の中心地みたいな感じで全米ニュースで報道されたこともあったみたい。そういうのを目の当たりにして、「世の中の不条理なことに、『おかしい!』ってちゃんと声を上げて行動している人たちがいるんだ」って心を動かされた。

それから持続可能性とか有機農業とかの世界に出合い、僕もアクティビストとして生きるようになったんだ。でもやりだしたら大変で(笑) 問題は山積みだし、メール漬けの毎日になっちゃって、生活もボロボロになって疲れちゃったんだよね。「これじゃ全然持続可能じゃないよ!」って思って、本質的な平和とか持続可能性を見つめるために、コスタリカのジャングルに移住したんだ。

コスタリカのジャングルで暮らしていた時に住んでいた小屋。周りから食べ物をとってきてソーラーオーブンで料理したりしながら、自給自足の生活をしていたんだ。

そこは水道もガスも電気もなくて、人よりサルとか軍隊アリと接していることのほうが多かったね(笑) しかも森にはお金を使う場所がないから、お金があっても食っていけない。生きるためには自分で食べ物を集めたり育てたりしなくちゃいけない。つまり、”消費者”ではなく”創造者”になる必要があるんだ。

幸い、ジャングルではバナナやマンゴーやココナッツが食べ放題! 「自然トイレ」という名の、地面に掘った穴の上にかがんで見れば、360°が森の景色。糞尿が土に還って、その栄養でバナナが育ち、それをまた食べる。そういう循環を味わいながら、「生きるってこんなにシンプルなんだ!」って思ったら、すごく楽しくて。そうやって、僕は地球と初めて出合った感じがしたんだ。

パーマカルチャーとはその頃に出合った。パーマカルチャーの創始者のひとり、Bill Mollison(ビル・モリソン)が書いた『Introduction to Permaculture』っていう、パーマカルチャーのバイブルみたいな分厚い本があるんだけど、どうやったら地球で多くの人がより豊かに暮らせるのかが書いてある、マニュアルみたいなものだった。

それを読んで本当に感動したんだ。もう、意識の革命だよね。それからはジャングルを出て、世界中のパーマカルチャーの実践例を訪れて、自分のあり方を育ててきた。

ブロックス・パーマカルチャー・ホームステッドの研修時代。畑で野菜を採って、自分たちでつくったお茶を飲みながら恋人の話をしたり……。作業するより食べてることのほうが多かったかな(笑)

なかでもアメリカ・ワシントン州のオーカス島にある「Bullock’s Permaculture Homestead(ブロックス・パーマカルチャー・ホームステッド)」は、一文無しの3兄弟が30年以上かけて育て上げたフォレストガーデンなんだけど、人も土地も、そこにあるものをうまく活かしながら、つくり、暮らしている場所なんだ。

ムダなものはなにもない。本当にそこらじゅうに食べ物がなってるし、すごく自由でなんでも学べる。そこで研修生として2年間過ごしたんだけど、「これでお金がなくても、社会が崩壊しても生きていける」っていう技術も自信もついた。そして2年目の研修期間が始まるタイミングで、3.11が起こったんだ。

アメリカ人にとっての9.11と日本人にとっての3.11は、同じような体験だと思うんだ。どちらも、いままで信じてきた現実が信じられなくなって、このままでは何もいい社会にならない、何かを変えないといけない、でもどうしたらいいかわからないっていう状況になったことがわかったわけだから。僕にとっても、こんなおかしなことに自分がこのまま流されて、加担し続けるのか? そうじゃなくて、自分にとって本当に大事にしたい価値観や生き方を選んだほうがいいんじゃないか? ……そうやって自分を見直す分岐点になった。

人間がずっと当たり前に暮らしていた持続可能な仕組みを、僕らはここ数百年で見失ってしまった。

いまではそれまでの豊かなシステムを壊してお金に換えながら、ピラミッドの上を目指してたくさんの犠牲者を生む競争をしている。
でもそんな生き方や世界観は大きく崩れはじめている。

大事なのは貨幣経済や資本主義よりも、命や社会を支えている生態系。カエルや鳥の声に耳を傾けたり、自分のガーデンで食べ物を育てたり、そうやって世界の捉え方や日々の暮らし方をちゃんと見つめれば、戦争や原発もない、持続可能な社会が生まれるんだ。

だから僕は、東京に帰ったんだ。豊かで天国みたいなオーカス島から、震災と原発事故直後の東京へ。こうして平和な社会を実現するミッションを抱えて、2011年に始まったのが、僕の新しいチャレンジ、「東京アーバンパーマカルチャー(通称: TUP)」。

……なんだけど、都市のシステムを変えるなんて、とんでもなく無謀だよね。それでも、これまで行ったワークショップでは何千人もの老若男女に会うことができたし、みんなに助けられながら、お互いに支え合いながら、「いかしあうつながり」をつくることを目指して、活動を続けているんだ。

次回からは、僕のこれまでの具体的な例やベースにある理念を紹介していくよ。それから、読者のみんなからの質問も募集中! 僕が目指す「いかしあうつながり」について、一緒に考えてもらえたらうれしいな。

(編集: 岡澤浩太郎)